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給付金詐欺で逮捕された事案|学習塾経営者が仕組んだ巧妙な不正受給の手口#裁判例解説

「これは緊急雇用安定助成金の申請書ですね。休業対象労働者として15名の名前が記載されていますが…」
検察官が資料を示すと、証人席の女性は首を横に振った。
「私は一度も雇われたことはありません。塾で働いてもいないし、休業手当なんて受け取っていません」
被告人席の学習塾経営者は、うつむいたまま動かない。スクリーンには、次々と映し出される虚偽の賃貸借契約書、架空の賃金台帳、偽造された領収書…。
「労働局の担当者に『従業員への支払いが遅れて困っている』と訴えていましたね。しかし実際には、従業員は存在しなかった」
コロナ禍で困窮する事業者を支援するはずの制度が、巧妙に悪用された事件の全貌が、今、法廷で明らかになろうとしていた…。
※大津地判令・5・12・4(令和2年(わ)497号等)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 架空の雇用関係や賃貸借契約での申請は悪質な詐欺として厳しく処罰される
- 「自己解釈で要件を満たす」という主張は詐欺の故意を否定できない
- 給付金制度の趣旨を理解しながら虚偽申請すると情状酌量されない
コロナ禍において、政府や自治体は事業者を支援するため、様々な給付金制度を創設しました。しかし、その迅速な支給を優先した簡易な手続きが、不正受給を招く結果となったケースも少なくありません。
今回ご紹介する裁判例は、滋賀県で学習塾を経営していた若手経営者が、5つもの給付金制度を巧妙に悪用し、合計約1547万円を詐取した事件です。
架空の従業員を作り出し、存在しない賃貸借契約を捏造し、他人になりすまして申請を繰り返した被告人に対し、裁判所は懲役3年の実刑判決を言い渡しました。
この事例を通じて、給付金詐欺の実態、裁判所の判断基準、そして自己解釈では済まされない刑事責任について詳しく解説していきます。
📋 給付金詐欺で逮捕された事案の概要
今回は、大津地判令・5・12・4(令和2年(わ)497号等)を取り上げます。
この裁判は、平成8年生まれの若手学習塾経営者が、新型コロナウイルス感染症に関連する5つの給付金制度を悪用して、合計約1547万円を詐取した事案です。
- 被告人:滋賀県内で「A塾」という屋号で学習塾を経営していた20代の男性事業者
- 被害機関:厚生労働省滋賀労働局、滋賀県F市、中小企業庁(持続化給付金・家賃支援給付金)
- 請求内容:検察官は被告人に対し、詐欺罪および詐欺未遂罪により懲役5年を求刑
- 結果:裁判所は被告人を懲役3年の実刑に処した(未決勾留日数100日を算入)
🔍 事件の経緯
「コロナで生徒が来なくなって…塾の経営が本当に厳しくなったんです」
被告人は令和2年春、新型コロナウイルスの感染拡大により学習塾の経営が困難になっていました。そこで彼が目を付けたのが、政府や自治体が打ち出した様々な給付金制度でした。
(1)緊急雇用安定助成金
「従業員を休業させた分の手当を支給してもらえる制度があるらしい…」
令和2年5月から8月にかけて、被告人は労働局に対し、4回にわたって緊急雇用安定助成金の申請を行いました。
申請書には、かつてアルバイトをしていたCさん、申請期間中に雇われていたDさん、友人や知人など最大17名の名前が「休業対象労働者」として記載されていました。
「24日間休業させて、一人当たり20万円の休業手当を支払った」
そう記載された休業実績一覧表には、それらしい賃金台帳も添付されていました。しかし、その実態は…
「そんな話、聞いていません。私は塾で働いていないし、休業手当なんて一円も受け取っていません」
証人として呼ばれたCさんは、きっぱりと否定しました。実際、Cさんは令和2年3月以降、塾の草むしりやチラシ配布を数回手伝った程度で、8月に2万5000円のアルバイト代を受け取っただけでした。
Dさんも同様です。「確かに令和元年11月から令和2年6月まで月4万円で雇われていましたが、休業なんてしていません。休業実績一覧表に押されている私の印鑑も、勝手に押されたものです」
その他の「従業員」とされた人々も、被告人の父親、妹、友人、知人ばかり。誰一人として、実際に塾で継続的に働いていた者はいませんでした。
それでも被告人は、合計1072万4178円の助成金を受け取ることに成功しました。さらに9月と10月にも同様の申請を行いましたが、こちらは警察からの情報提供により支給決定がなされず、未遂に終わりました。
(2)中小事業者固定費臨時支援金
「店舗の賃料が重くのしかかってきた。でも実際、I町の建物以外に店舗なんてないし…」
令和2年6月、被告人は次の一手を打ちました。F市が実施する固定費臨時支援金制度への申請です。
申請書には、父親が所有するM町の建物を月額20万円で、叔母が所有するP町の建物も月額20万円で賃借している旨が記載され、内容虚偽の賃貸借契約書が添付されていました。
さらに母親から器具備品を月額1万円で賃借しているとの契約書も添えられていました。
「合計で月額41万円。2か月分で50万円の支援金を…」
市役所の職員から領収書の提出を求められると、被告人は迷うことなく虚偽の領収書を作成して提出しました。そして50万円の支援金を手にしたのです。
しかし実際には、M町の建物は被告人や両親が居住する自宅であり、P町の建物は誰も住んでいない空き家でした。塾の設備など一切ありません。
(3)新たな日常に向けた地域経済活性化支援金
「事業所が3か所あることにすれば、30万円受け取れる…」
同じく6月、被告人は別の支援金制度にも申請しました。実際に塾を営むI町の建物に加えて、M町の建物を「本部」、P町の建物を「F校」として記載し、事業所が3か所あるように装いました。
「でも、M町には塾の設備なんて何もなかったですよ。普通の住宅です」「P町の建物も空き家で、塾として使っている様子は全くありませんでした」
後に現場を確認した捜査員は、そう報告しています。それでも被告人は30万円を受け取りました。
(4)持続化給付金
「今度は他人になりすまして申請してみよう」
令和2年7月、被告人は知人のSさんを連れて税務署へ行き、Sさん名義で令和元年分の所得税の申告書を提出しました。その翌日、銀行でSさん名義の口座を開設させ、通帳とキャッシュカードを受け取りました。
そして被告人は、スマートフォンで持続化給付金の申請サイトにアクセスし、Sさんが「家事サービス業」を営む個人事業主であり、令和2年6月の売上が0円だったなどと入力しました。
申請書には、被告人が経営する塾の住所や被告人の携帯電話番号が記載され、Sさんの運転免許証の画像も添付されていました。
こうして100万円の給付金が、被告人が管理するSさん名義の口座に振り込まれました。
「私は事業なんてやっていません。給付金の申請を頼んだこともありません。知らないうちに勝手に申請されていたんです」
Sさんは法廷で、涙ながらに訴えました。
(5)家賃支援給付金
「最後に大きく稼いでおこう。上限300万円の給付金だ」
令和2年7月末、被告人は家賃支援給付金の申請サイトで、友人や知人の自宅や実家を「事務所」や「社宅」として賃借している旨を申請しました。
かつて塾でアルバイトをしたことのあるCさん、Sさんらの実家や自宅を含む6か所について、合計月額110万円の賃料を支払っているとして、虚偽の賃貸借契約書と領収書を添付したのです。
「社宅として使っているという認識を、賃貸人と共有していると思っていた」
後に被告人はそう主張しましたが、実際には誰の自宅も賃借などしておらず、賃料も一円も支払っていませんでした。それでも294万9996円の給付金が振り込まれました。
こうして被告人は、5つの制度から合計約1547万円を詐取したのです。しかし、警察の捜査の網は、着実に被告人へと迫っていました…。
※大津地判令・5・12・4(令和2年(わ)497号等)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人が5つの給付金制度を悪用して総額約1547万円を詐取したことを認定し、懲役3年の実刑判決を言い渡しました。
裁判所は判決の中で、「コロナ感染の拡大の影響を受け、簡易迅速な手続で給付金を支給しようとする制度を悪用した点、各申請に当たり、内容虚偽の賃貸借契約書や賃金台帳等を作成して提出し、審査担当者から申請内容について確認を受けた際には虚偽の回答をしたり、虚偽の書面を新たに作成して提出するなどしており、巧妙な態様である点で、悪質といえる」と厳しく指摘しました。
主な判断ポイント
1. 雇用関係の実態がないことの認定
裁判所は、被告人が「申請当時、雇用関係があり、受給要件を満たすと認識していた」という主張を退けました。
証人として出廷したCさんやSさんらは、いずれも「被告人に雇われて塾で働いたことはなく、休業したこともなく、休業手当も受け取っていない」と明確に証言しました。
特にDさんについては、休業実績一覧表に押された印鑑も「被告人が無断で押したもの」と認定されました。
裁判所は、「被告人は、休業手当を支払ったことがないのに、内容虚偽の出勤簿や賃金台帳を作成し、休業実績一覧表を作成して申請した」と判断しました。
2. 賃貸借契約の実態がないことの認定
中小事業者固定費臨時支援金、新たな日常に向けた地域経済活性化支援金、家賃支援給付金の各申請について、裁判所は賃貸借契約の実態がなかったと認定しました。
被告人の父親、母親、叔母らはいずれも「賃貸借契約を締結したことはなく、賃料を受け取ったこともない」と証言しました。
M町の建物やP町の建物には塾の設備もなく、被告人の主張する「事業所」や「社宅」としての実態は全く認められませんでした。
裁判所は、「支援金を受給するには、賃貸借契約を締結して賃料を支払っていることが要件となることを認識しながら、内容虚偽の賃貸借契約書を作成して申請し、虚偽の領収書を提出している」と指摘しました。
3. なりすまし申請の悪質性
持続化給付金の申請について、裁判所は被告人がSさんになりすまして申請した事実を認定しました。
Sさんの「事業を営んでいない。給付申請を委任しておらず、申請していたことも知らなかった」という証言は信用でき、振込通知の送付先が被告人の塾の住所になっていることや、Sさん名義の通帳が被告人の管理する金庫から発見されたことと整合していると判断しました。
4. 詐欺の故意の認定
被告人は「独自の解釈で要件を満たすと考えていた」「追認を得られると思っていた」などと主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
裁判所は、以下の理由から詐欺の故意を認定しました。
- 申請可能な支援金等の金額に合わせて必要な書類を作成し、申請手続や要件に沿って書類を提出している
- 審査担当者から問合せを受けた際、申請が認められるような回答をし、指摘を踏まえた書類を提出している
- 労働局の職員に対し「従業員への支払いが遅れて困る」といった発言をするなど、制度の目的を理解している
5. 被告人の特性と責任能力
弁護人は、被告人が自閉スペクトラム障害の特性を持ち、「独自の解釈」をしたことを主張しましたが、裁判所は「被告人の特性は詐欺の故意があるとの判断を左右するものとはいえない」と判断しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
給付金詐欺の重大性について
本件は、コロナ禍で困窮する事業者を支援するために創設された複数の給付金制度を悪用した、極めて悪質な事案です。
給付金詐欺は、単なる財産犯罪にとどまらず、本来支援されるべき真に困窮している事業者への支援を阻害し、制度全体への信頼を損なう行為です。
本件では、被告人が迅速な支給を優先した制度の特性を悪用し、架空の雇用関係や賃貸借契約を作り出して申請を繰り返しており、その計画性と悪質性は看過できません。
裁判所が懲役3年の実刑判決を言い渡したことは、このような不正行為に対する社会的非難の高さを示しています。
独自の解釈は通用しない
被告人は「自己解釈で要件を満たすと考えていた」と主張しましたが、裁判所に認められませんでした。
本件で重要なのは、被告人が制度の要件を正確に理解した上で、それに合わせて虚偽の書類を作成していた点です。
雇用していない者を「従業員」として記載し、存在しない賃貸借契約の契約書を作成し、受け取っていない休業手当や賃料の領収書を偽造していました。
さらに、審査担当者から疑義を指摘された際には、申請が通るように虚偽の説明をしたり、新たな虚偽書類を提出したりしていました。
これらの行動は、被告人が制度を正しく理解し、意図的に虚偽申請を行っていたことを示しています。
「自分なりの解釈で要件を満たすと思った」という弁解は、詐欺の故意を否定する理由にはなりません。
障害特性と刑事責任
弁護人は被告人の自閉スペクトラム障害の特性を主張しましたが、裁判所はこれを詐欺の故意を否定する理由とは認めませんでした。
障害特性が刑事責任に影響するのは、それによって是非弁別能力や行為制御能力が著しく減退していた場合です。
しかし本件では、被告人が申請書類を緻密に作成し、審査担当者とのやり取りにも適切に対応していたことから、十分な判断能力と行為制御能力があったと判断されました。
障害があることと、犯罪行為の責任を負うことは別の問題です。
実刑判決の重み
本件では、前科がなく若年であるという被告人に有利な事情がありながら、執行猶予が付されませんでした。
被害額が約1,547万円と高額であること、5つもの制度を悪用した計画性と継続性、巧妙な手口、そしてコロナ禍で困窮する真の被支援者を裏切る行為の悪質性が、実刑判決という重い結果につながりました。
給付金の不正受給は、「ばれなければラッキー」といった軽い気持ちで行える犯罪ではありません。発覚すれば、返還義務だけでなく、刑事罰を受ける可能性があることを、改めて認識すべきです。
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詐欺罪とは
詐欺罪は、人を欺いて錯誤に陥れ、財物を交付させた場合に成立する犯罪です(刑法246条1項)。法定刑は10年以下の拘禁刑です。
本件のような給付金詐欺では、①虚偽の申請書類を提出するという欺罔行為、②審査担当者が要件を満たすと誤信すること、③その結果として給付金が交付されること、という流れで詐欺罪が成立します。
給付金の不正受給と刑事責任
コロナ関連の給付金に限らず、補助金や助成金の不正受給は詐欺罪として処罰されます。過去には、雇用調整助成金の不正受給で拘禁刑が科された事例も多数あります。
不正受給が発覚した場合、給付金の返還だけでなく、刑事告発される可能性があります。特に本件のように複数の制度を悪用し、金額が大きく、手口が巧妙な場合には、実刑判決のリスクが高まります。
併合罪と量刑
本件では、複数の詐欺行為が併合罪として処理されました。併合罪とは、確定裁判を経ていない複数の罪を一つの裁判で処理する場合を指します。
併合罪の場合、最も重い罪の刑に法定の加重がなされます(刑法47条)。本件では、最も犯情が重い緊急雇用安定助成金詐欺(別表1番号2)を基準として、それに加重された刑が科されました。
未遂罪について
本件の緊急雇用安定助成金の一部(令和2年9月・10月申請分)は、警察からの情報提供により支給決定がなされず、詐欺未遂罪として処理されました。
詐欺未遂罪は、財物の交付までは至らなかったものの、欺罔行為を行った段階で成立します。
未遂であっても処罰の対象となりますが、その刑は減軽されることがあります。 ただし、自らの意思で犯行を中止した中止未遂に限っては、その刑は必ず減軽または免除されます。
🗨️詐欺による逮捕についてよくある質問
給付金の申請で一部誤りがあった場合、詐欺罪になりますか?
単純な記載ミスや計算間違いなど、故意によらない誤りであれば詐欺罪にはなりません。
しかし、本件のように意図的に虚偽の書類を作成し、受給要件を満たしていないのに満たしているように装って申請した場合は、詐欺罪が成立します。
重要なのは「故意」の有無です。誤りに気付いた場合は、速やかに申請を取り下げるか、訂正の手続きを取ることが大切です。
給付金を受け取った後に不正が発覚した場合、返還すれば刑事責任を免れますか?
返還しても刑事責任は免れません。詐欺罪は給付金が交付された時点で既遂となり、犯罪は成立しています。
ただし、返還することは情状面で有利に働く可能性があります。不正受給に気付いた場合は、できるだけ早く自主的に返還し、捜査機関に協力する姿勢を示すことが重要です。
本件のような給付金詐欺で、執行猶予がつく可能性はありますか?
被害額が少額で、初犯であり、全額返還済みで深く反省している場合などには、執行猶予が付される可能性もあります。
しかし本件のように、被害額が高額(約1,547万円)で、複数の制度を悪用し、手口が巧妙で計画的な場合には、たとえ初犯であっても実刑判決となる可能性が高いです。
給付金詐欺は社会的影響が大きく、厳しく処罰される傾向にあります。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

