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電子計算機使用詐欺罪の事例|詐欺罪との違いを判例から理解する#裁判例解説

「医療費の還付金があります。ATMで簡単に手続きできますので、今から指示するボタンを押してください」
電話口の声は丁寧で、役所の職員のようだった。高齢者たちは疑うことなく、指示に従ってATMの画面を操作していく。
「次に金額を入力してください。これは還付金の確認番号ですから」
しかし、彼らが入力していたのは「振込金額」だった。
気づいた時には、自分の口座から見知らぬ口座へ、数十万円から数百万円が送金されていた―。
※大阪高判令4・11・17(令和4年(う)580号)をもとに、構成しています
<この裁判例から学べること>
- 還付金詐欺では被害者本人に振込の認識がないため詐欺罪ではなく電子計算機使用詐欺罪が成立する
- 「振込詐欺の認識」があれば電子計算機使用詐欺の故意も認められ、出し子役も共謀共同正犯となる
- ATMからの現金引出しは電子計算機使用詐欺とは別個独立の窃盗罪を構成する
特殊詐欺の中でも、高齢者を狙った「還付金詐欺」は、自治体職員を装い、「医療費の過払い金が返ってきます」と電話をかけ、被害者本人にATMを操作させる手口で行われます。
しかし、法律上はこの犯罪をどのように評価すべきなのでしょうか。
今回ご紹介する裁判例は、還付金詐欺が「詐欺罪」ではなく「電子計算機使用詐欺罪」に当たるという重要な判断を示しています。被告人は自ら現金を引き出す「出し子」を行った後、別の人物を出し子として仲間に引き入れ、総額1070万円超の被害をもたらしました。
この事例を通じて、還付金詐欺の法的な仕組みや、特殊詐欺における共犯者の責任範囲について理解を深めていきましょう。
📋 事案の概要
今回は、大阪高判令4・11・17(令和4年(う)580号)を取り上げます。
この裁判は、被告人が特殊詐欺グループの一員として、高齢者を狙った還付金詐欺に関与し、電子計算機使用詐欺罪及び窃盗罪で起訴された事案です。
- 被告人:特殊詐欺グループにおいて、出し子の手配や現金の回収などを担った
- 共犯者:
- 山田(仮名):被告人が仲間に引き入れた出し子役
- 氏名不詳の指示役ら:電話で高齢者を騙す「架け子」や、グループ全体を指示する「指示役」
- 犯行内容:
- 令和2年10月から12月にかけて、合計10名の高齢者に対して還付金詐欺を実行
- 医療費過払金の還付があると誤信させ、ATMを操作させて振込送金させた
- 被告人や山田が、他人名義の口座から現金を引き出したり、別口座に送金したりした
- 被害総額:約1,070万円(振込送金額)
- 起訴内容:電子計算機使用詐欺罪(10件)、窃盗罪(複数件)
- 結果:第一審で有罪、控訴審(本判決)でも控訴棄却(有罪確定)
🔍 裁判の経緯
「知人から『ちょっと手伝ってくれないか』と言われたんです。出し子の人間を手配してほしいと。でも、すぐには見つからなくて…それで自分がやることにしました」
令和2年9月、被告人は初めて出し子の仕事を引き受けた。グループから渡されたのは、他人名義のキャッシュカード数枚。暗証番号も記載されていた。
「まずATMで残高照会をしろって言われました。口座が凍結されてないか確認するためだと。それから連絡を待って、お金が入ったら限度額いっぱいまで引き出せばいい」
被告人はその指示通りに動き、83万円余りを引き出した。そして報酬を受け取った。
その後、被告人は知人の山田を出し子として仲間に引き入れることにした。
「山田には仕事の内容を説明しました。キャッシュカードを渡して、グループと連絡を取るアプリも入れさせて。引出限度額を超えたら、別の口座に振り込んで、そこからまた引き出すんだ、とも教えました」
令和2年10月から12月にかけて、山田は被告人から受け取ったキャッシュカードを使い、10名の高齢者の口座から合計1070万円超を不正に送金させ、その大部分を引き出した。被告人は山田が引き出した現金をグループに渡し、山田には多額の報酬を支払っていた。
被告人側の弁護人はこう主張した。
「被告人は振込詐欺に関与している認識はありました。しかし、電子計算機使用詐欺という犯罪についての認識はなかったのです。詐欺と電子計算機使用詐欺は全く異なる犯罪です。故意がない以上、無罪とすべきです」
しかし、検察官は反論した。
「被告人は自ら出し子を経験し、その手口を熟知していました。他人名義の口座に違法な資金が振り込まれ、それを引き出す。この一連の流れを理解していた以上、電子計算機使用詐欺の基本的事実を認識していたことは明らかです」
※大阪高判令4・11・17(令和4年(う)580号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、本件の手口を「医療費還付金があると誤信させ、還付手続きと誤解させたまま被害者にATMを操作させるもの」と認定しました。
そして裁判所は、「被害者は外形的には自ら振込操作をしたが、実際は還付金の手続きだと信じており、送金の意思も認識も全くなかった」と認定しました。つまり、今回の手口は被害者を操って「振込とは気づかせずに」送金させるものであり、勘違いさせて「本人の意思で送金させる」ものではなかったと判断したのです。
この理由から、裁判所は「本件では詐欺の実行行為に当たる欺罔行為は存在せず、詐欺を論じる余地はない」と明確に述べ、本件が電子計算機使用詐欺罪に該当すると判断しました。
また、被告人の故意と共謀については、「他人をだまして振込をさせて不法な利益を得る」という大枠の認識がある以上、手口の詳細に錯誤があったとしても、故意や共謀は否定されないと判示しました。
主な判断ポイント
還付金詐欺は詐欺罪ではなく電子計算機使用詐欺罪に該当する
裁判所が重視したのは、被害者に「お金を送る意思も認識も全くなかった」点です。
詐欺罪が成立するには、被害者が錯誤に陥った上で自ら財産的処分行為(今回の場合は、振込)を行う必要があります。しかし本件では、被害者は還付金手続きと信じ込み、自分が振込をしている認識すらなかったのです。
このため、今回の手口は「本人の意思で渡させる」ものではなく、「気づかぬうちに送金させる」ためのものと判断されました。その結果、詐欺罪ではなく電子計算機使用詐欺罪が成立すると結論付けられました。
振込詐欺の認識があれば電子計算機使用詐欺の故意も認められる
被告人側は「振込詐欺の認識はあったが、電子計算機使用詐欺の認識はなかった」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
裁判所は、被告人が「他人をだまして振込させ、不法な利益を得る」という基本的な認識を持っている以上、その行為が法律上どの犯罪に該当するかを正確に理解していなくても故意は認められると判断しました。
被告人は「被害者をだまして振込させる」という手口が「被害者に財産的処分をさせるため」なのか「ATMを操作させるため」なのかという法的な違いを理解していませんでした。しかし、裁判所は、このような法律的な分類の錯誤があっても、「人をだまして振込させて不法な利益を得る」という犯罪の本質を認識していれば故意は否定されないと判断したのです。
出し子役やその手配役にも共謀共同正犯が成立する
被告人は、自ら「出し子」を務めるほか、山田を仲間に引き入れて仕事内容を説明したり、カードの受渡しや現金の回収を行ったりと、「出し子とグループをつなぐ重要な役割」を果たしていました。
裁判所は、被告人が「電子計算機使用詐欺に該当する基本的な事実関係を認識した上で、特殊詐欺グループと出し子である山田をつなぐ役割を担ったことは明らか」だとして、この詐欺についての故意や共謀を認めました。
ATMからの現金引出しは独立の窃盗罪が成立する
被告人側は、ATMからの現金引出しや別口座への送金は、電子計算機使用詐欺の不可罰的事後行為に当たると主張しました。
しかし、裁判所はこれを認めませんでした。
裁判所は、電子計算機使用詐欺で口座の残高を増加させる行為について、「あくまで債権(財産上の利益)を取得するにとどまり、これを現実化するにはさらなる行為が必要」と指摘しました。つまり、口座残高が増えただけでは、まだ現金という「モノ」を手に入れたわけではないということです。
そのため、ATMから現金を引き出す行為は「ATM内の現金に対する占有を侵奪する別の新たな法益侵害」に当たり、独立の窃盗罪が成立すると判断しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
還付金詐欺が「詐欺罪」ではなく「電子計算機使用詐欺罪」となる理由
本判決は、還付金詐欺の法的性質について重要な判断を示しています。
一般に「詐欺」といっても、刑法には主に「詐欺罪」と「電子計算機使用詐欺罪」の2種類があります。
「詐欺罪」は、だまされた被害者が「勘違い」し、その結果、自ら「財産を渡す」という認識で金品などを渡してしまう犯罪です。
一方、「電子計算機使用詐欺罪」は、被害者本人に「財産を渡す」という認識がない場合に適用されます。犯人がATMなどに嘘の情報を入力させ、機械を誤作動させて(=不実の電磁的記録を作って)利益を得る手口です。
「還付金詐欺」では、被害者は「還付金を受け取る手続き」と信じてATMを操作しており、自分が「振込(送金)をしている」という認識がありません。このため、被害者自身が財産を処分する認識がない(=詐欺罪は成立しない)ため、電子計算機使用詐欺罪が成立するのです。
「大枠の認識」があれば故意が認められる
本判決のもう一つの重要なポイントは、犯罪の「故意」に関する判断です。
被告人は「振込詐欺の認識はあったが、電子計算機使用詐欺の認識はなかった」と主張しました。しかし裁判所は、手口の詳細を誤って認識していたとしても、「人をだまして振込させ、不法な利益を得る」という大枠の認識がある以上、故意は否定されないと判断しました。
この判断は、特殊詐欺事件における共犯者の責任を考える上で重要な意味を持ちます。特殊詐欺グループでは役割が分担されており、末端の実行犯が犯行の全貌を知らないことも少なくありません。しかし本判決は、そうした場合でも「人をだまして金を奪う」という基本的な認識さえあれば、詳細を知らなくても故意が認められることを明確にしました。
特殊詐欺に関わる危険性
本判決は、特殊詐欺に少しでも関わることの危険性を示しています。
被告人は、最初は「ちょっといい仕事」として手配を頼まれただけかもしれません。しかし、自ら出し子を務め、仲間を引き入れることで、重大な犯罪の「共犯」として刑事責任を負うことになりました。
「現金を受け取っただけ」「詳しい手口は知らない」といった弁解は通用しません。特殊詐欺に関わる「うまい話」には絶対に手を出さないでください。
もし家族や知人が関与している、あるいは関与してしまった場合は、直ちに弁護士へ相談し、自首や被害回復など適切な対応を取ることが重要です。
📚 関連する法律知識
詐欺罪と電子計算機使用詐欺罪の違い
詐欺罪(刑法246条)
- 人を欺いて財物を交付させる、または財産上不法の利益を得る犯罪
- 被害者が錯誤に基づいて自ら財産的処分行為を行うことが必要
- 法定刑:10年以下の拘禁刑
電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)
- 虚偽の情報や不正な指令を電子計算機に与えて、財産権の得喪・変更に関する不実の電磁的記録を作出し、財産上不法の利益を得る犯罪
- 被害者本人が財産的処分の認識を持たない場合に適用される
- 法定刑:10年以下の拘禁刑
電子計算機使用詐欺罪は、昭和62年の刑法改正で新設された比較的新しい犯罪類型です。コンピュータやATMを悪用した犯罪に対処するために設けられました。
共謀共同正犯とは
共謀共同正犯とは、2人以上の者が犯罪を実行することを共謀し、そのうちの一部の者が実行行為を行った場合に、実行行為を行わなかった者も正犯として処罰される制度です(刑法60条)。
成立要件は以下の通りです:
- 2人以上の者の間で犯罪実行の共謀があること
- 共謀に基づいて実行行為が行われたこと
- 共謀者が犯罪の実現に重要な役割を果たしたこと
特殊詐欺事件では、指示役、架け子、出し子など役割分担がなされていますが、犯罪の実現に向けて共謀し、それぞれの役割を果たした以上、全員が正犯として処罰されます。
窃盗罪(刑法235条)
他人の財物を窃取する犯罪です。法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。
本件では、ATMから現金を引き出す行為が窃盗罪に該当すると判断されました。ATM内の現金は銀行の占有下にあり、正当な権限なく引き出す行為は窃盗罪を構成します。
🗨️ よくある質問
Q.還付金詐欺の被害に遭ってしまった場合、お金は返ってきますか?
残念ながら、還付金詐欺の被害に遭ったお金を全額取り戻すことは、容易ではありません。
犯人グループが逮捕された場合でも、すでに使われているケースが多いためです。
しかし、被害に気づいたらすぐに警察と振込先の金融機関に連絡し、口座を凍結できれば、振り込んだお金の一部が残っていて回収できる可能性はあります。
また、「振り込め詐欺救済法」という法律に基づき、凍結された口座に残っていたお金が被害者に分配される制度(被害回復分配金)もあります。
まずは警察や弁護士にご相談ください。
Q.家族が特殊詐欺の出し子のアルバイトをしようとしています。止める方法はありますか?
まず、本人に特殊詐欺に関与することの重大性を理解させることが重要です。
「簡単に稼げる」「ただATMから現金を下ろすだけ」などと勧誘されても、それは重大な犯罪への加担を意味します。
関与すれば、本判決のように共謀共同正犯として重い刑事責任を負うことになります。拘禁刑で前科がつけば、将来の就職や人生に深刻な影響を及ぼします。
どうしても本人が聞く耳を持たない場合は、手遅れになる前に警察や弁護士に相談することも検討してください。
Q「振込詐欺の認識はあったが電子計算機使用詐欺の認識はなかった」という弁解が認められないのはなぜですか?
裁判所は、「人をだまして振込をさせて財産上の不法の利益を得る」という基本的な認識があれば、具体的な手口の詳細の認識について錯誤があったとしても故意は否定されないと判断しました。
犯罪の本質的な部分(違法に他人の財産を奪うこと)を認識していれば、それが法律上どの犯罪類型に該当するかを正確に知らなくても、故意が認められるという考え方です。この判断により、「詳しい手口は知らなかった」という弁解は通用しないことが明確になりました。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

