岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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「施術を装った卑劣な犯行」アロマサロン経営者による強姦事件 #裁判例解説

更新日:
アロマサロン

普通のマッサージを受けに行っただけだったんです…

法律相談室で、女性は震える声でそう切り出した。地元の情報誌で見つけたアロマサロン。疲れた体を癒そうと訪れた店で、彼女は想像もしていなかった事態に巻き込まれることになった。

施術者の先生を信頼していました。まさか、あんなことをされるなんて…

弁護士は、彼女だけではないことを告げた。同じサロンで、同じ手口による被害者が複数いることが判明していたのだ。

それは、施術という信頼関係を悪用し、約2年半にわたって繰り返された連続性犯罪だった。裁判所は、この巧妙で悪質な犯行に対して、厳しい判断を下すことになる。

※宮崎地判平27・12・1(平成27年(わ)第28号ほか)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 立場を悪用した性犯罪は、被害者の抵抗を著しく困難にする暴行に該当する
  • アイマスクの着用や全裸の状態は、心理的な優位性を利用した犯行として評価される
  • 被害者が激しい抵抗を示さなくても、真意に反する行為であれば強姦罪が成立する

深夜まで営業するアロマサロン。疲れを癒すために訪れた女性たちを待ち受けていたのは、施術を装った性犯罪でした。

今回ご紹介する裁判例は、アロマサロン経営者が約1年半の間に5名の女性に対して強姦や強制わいせつを繰り返した事件です。被告人は全ての罪を否認し、「女性たちの同意があった」「マッサージの一環だった」と主張しましたが、裁判所は懲役11年の実刑判決を言い渡しました。

この事案を通じて、施術という特殊な状況下での性犯罪がどのように認定されるのか、被害者の「抵抗困難な状態」とは何を意味するのか、そして強姦罪における暴行の程度について、詳しく解説していきます。

📋 事案の概要

今回は、宮崎地判平27・12・1(平成27年(わ)第28号ほか)を取り上げます。

この裁判は、アロマサロン経営者が施術と称して女性客らに性的暴行を加えた事案です。

  • 被告人:宮崎市内でアロマサロンを経営する男性(事件当時40代)。アロマセラピストの最上級資格を持ち、指導的立場にあった。
  • 被害者
    • A(アロマ指導を受けていた知人女性、30代)
    • B、E、D(マッサージ客として来店した女性3名、20~30代)
    • C(無料マッサージに招待された飲食店従業員、20代)
  • 犯行状況:平成22年4月から平成25年12月までの約2年半の間に、店舗内の施術室で5件の性犯罪を実行。被害者を全裸またはそれに近い状態にさせ、アイマスクを着用させた上で犯行に及ぶ、または被害者を押し倒して無理やり性行為をしようとした。
  • 請求内容:検察側は強姦未遂1件、強姦1件、強制わいせつ3件で起訴し、懲役13年を求刑。
  • 結果:裁判所は全ての事実を認定し、被告人に懲役11年の実刑判決を言い渡した。

🔍 裁判の経緯

被害者Bの心の叫び

最初は普通のマッサージだと思っていたんです。でも、段々とおかしなことをされるようになって…

平成25年12月15日、Bさんは地元の情報誌を見てアロマサロンを予約しました。深夜近くに訪れた店舗では、経営者である被告人が一人で対応。「4時間8000円のコース」を選んだBさんは、指示に従って全裸になり、バスタオルをかけて施術台に横たわりました。

アイマスクを着けてくださいと言われて…その後のことは今でも悪夢のようです

アイマスクで視界を奪われたBさんに、被告人は徐々にわいせつな行為を始めました。足のマッサージから始まり、やがて乳房を直接もみ、乳首を触り始めたのです。

『やめて』『もういい』と何度も言ったんです。でも、止めてくれなくて…

約40分間にわたる執拗なわいせつ行為の後、被告人はさらにエスカレート。Bさんの陰部に手指を差し入れ、約15分間にわたって触り続けました。

『好きなだけ犯してくださいって言って』と20回以上も繰り返されました。最初は『いや』『言えない』と答えていましたが、あまりに何度も言われて、もう終わらせたい一心で…言ってしまったんです

真意に反して「好きなだけ犯してください」と言わされたBさん。被告人はその言葉を同意だと解釈し、施術台の上で性交に及びました。

『いやだ』『抜いて』と言い続けましたが、約5分間も…本当に恐怖でした

被害者Cの苦悩

Cさんのケースも同様の手口でした。職場に営業に来ていた被告人から「化粧品を買ってくれたお礼に1万円の無料エステを」と誘われ、平成25年11月24日に来店。

知り合いだったし、まさかそんなことをする人だとは思いませんでした

上半身裸でアイマスクを着用して施術を受けていたCさんも、突然乳房を触られ、乳首をつままれました。

『だめ』と言ったのに、約20分間も続いて…唇にキスまでされました。怖くて動けませんでした

3年半後に告訴したAさんの決断

最初の事件は平成22年4月。被告人からアロマの指導を受けていたAさん(既婚、子供2人)は、宣伝用ビデオの撮影に協力するため深夜に店舗を訪れました。

作業が終わって帰ろうとしたら、いきなりガムテープを口に貼り付けようとされて…

被告人はAさんをソファに押し倒し、口を手で塞ぎ、陰部に手指を差し入れました。Aさんが大声を上げて助けを求めたため、強姦は未遂に終わりましたが、その恐怖は消えませんでした。

夫にも言えず、警察にも届け出られず…3年半も一人で抱え込んでいました。でも、他にも被害者がいると知って、勇気を出して告訴したんです

※宮崎地判平27・12・1(平成27年(わ)第28号ほか)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、被告人の行為について以下のように判断しました。

アロマトリートメントでは、たとえ客が全裸に近い状態であっても、乳房など施術対象外の部位を男性施術者に露出させられたり、触られたりすることは想定しておらず、「触らないこと」が客と施術者間の法的な共通了解である。

しかし被告人は、客を全裸にするなど圧倒的に優位な状況を作り出し、その状況下で突如として客が想定していない部位に故意に触れようとした。

このような不意打ち的な行為は、たとえその場で承諾を得ようとしたとしても、客を畏怖・驚愕させ、心理的に自由な意思決定が著しく困難な状態に陥らせるものであり、それは通常想定できることである。

主な判断ポイント

強姦罪における暴行の程度

裁判所は、殴る蹴るなどの物理的な暴力や脅迫を用いていなくても、被告人の行為(性交類似行為や約15分間の執拗な性的接触)が強姦罪の暴行に該当すると判断しました。

その理由は、こうした行為が被害者を畏怖・驚愕させ、抵抗を著しく困難な状態に陥らせるに足るものであり、強い精神的打撃を与えたと認定されたためです。

裁判所はまた、「成人女性ならもっと強く抵抗できたはずだ」とか「抵抗しなかったのは消極的な同意だ」といった見方で、強姦罪の適用を安易に否定するのは妥当ではない、という重要な判断を示しました。

施術者という立場の悪用

裁判所は、被告人が施術者としての立場を悪用したことを重視しました。

被告人は、マッサージ施術者として客(女性)を全裸にさせるなど圧倒的に優位な状況を作り出し、その状況になって初めて、客が許可していない部位(性的部位)への施術(接触)を持ち出しました。

裁判所は、たとえその場で承諾を得る形をとったとしても、このような状況下での不意打ちは客を畏怖・驚愕させ、精神的な余裕を奪うものであり、自由な意思決定が著しく困難な心理状態に陥らせることは経験上十分に想定できる、と判断しました。

子宮エステという弁解の排斥

被告人は「子宮エステという施術の一環だった」と弁解しましたが、裁判所はこれを退けました。

裁判所は、そのような施術はアロママッサージ客に一般的に認知されておらず、客の意思に反すると推定されると指摘。

特に男性施術者がこれを行うには、事前に具体的な内容や効果を説明し、客から明示的な同意を得る必要があり、それがなければ通常のマッサージの範囲を逸脱していると判断しました。

ビデオ撮影の意図

被告人が被害者全員を無断で隠し撮りしていた点について、裁判所は、これが犯行を心理的に容易にし、促進する要因であったと認定しました。

被告人は、録画映像を自らに有利な証拠として利用できると考えており、その映像を確保できること自体が、犯行の実行を後押ししたと評価されました。

被害者の同意についての判断

被告人は「被害者が同意していた、または同意していると誤信していた」と主張しましたが、裁判所はこれを全面的に退けました。

被害者Bが「好きなだけ犯してください」と言った点については、当初の拒絶にもかかわらず被告人の暴行を受け続けた結果、真意に反してやむなく応じざるを得なくなったものだと認定しました。

弁護側は「(施術中の体勢など)積極的な抵抗を封じる物理的な状況はなかった」として無罪を主張しました。

しかし裁判所は、暴行そのものが断片的に見ればさほど強くなくても、それまでの経緯や被害者の置かれた立場・状況なども含めて総合的に判断すべきだと指摘。

その上で、被告人の行為が社会常識に照らして「女性の性的意思決定の自由をどの程度抑圧したものか」を慎重に見極める必要があると述べ、弁護側の主張を退けました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

施術における信頼関係の悪用

この事件の最も深刻な点は、施術者と被施術者という特殊な信頼関係を悪用したことです。アロマトリートメントを受ける際、女性は施術者を信頼して全裸またはそれに近い状態になります。この信頼を裏切る行為は、単なる性犯罪以上に悪質だと言えます。

「抵抗困難な状態」の新しい理解

従来、強姦罪における「暴行」は物理的な力の行使を中心に考えられてきました。しかし、この判決は、心理的な支配や状況的な優位性も「抵抗を著しく困難にする暴行」に該当し得ることを明確にしました。

特に注目すべきは、被害者が激しい抵抗を示さなかったことをもって「同意があった」とは言えない、という判断です。全裸でアイマスクを着用し、オイルを塗られた状態では、物理的に逃げることも大声を出すことも極めて困難です。

事前説明義務の重要性

裁判所は、施術において性的部位に触れる場合、事前に十分な説明を行い、明確な同意を得る必要があることを強調しました。これは全ての施術業界にとって重要な指針となります。

「マッサージの一環」「業界では普通」といった弁解は通用しません。特に初対面の客に対して、事前説明なしに性的部位に触れる行為は、強制わいせつ罪に該当するリスクが極めて高いと言えます。

被害届の重要性と難しさ

A事件では、被害から3年半後に告訴がなされました。裁判所はこの期間の経過を理由に証言の信用性を否定することはありませんでした。性犯罪被害者が届出を躊躇することは珍しくなく、時間が経過したからといって虚偽であるとは限りません。

もし同様の被害に遭われた場合は、できるだけ早く警察や弁護士に相談することをお勧めします。時間が経過しても、証拠があれば十分に立証可能です。

📚 関連する法律知識

強姦罪(現在の不同意性交等罪)の成立要件

この事件当時の刑法では強姦罪でしたが、現在は不同意性交等罪として、被害者の性別を問わず処罰されます。成立要件は以下の通りです。

強姦罪の成立要件

  • 暴行または脅迫を用いたこと
  • 姦淫すること
  • 加害者は男性、被害者は女性
  • 故意があること

不同意性交等罪の成立要件

  • 「同意しない意思を形成し、表明し、若しくは全うすることが困難な状態」のもとで、性交等を行う(刑法177条1項)
  • わいせつな行為ではないと誤信させたり、人違いをさせること又は相手方がそのような誤信をしていること」に乗じて性交等を行う(刑法177条2項)
  • 相手が13歳未満」もしくは「相手が13歳以上16歳未満で、行為者が5歳以上年長である」場合に性交等を行う(刑法177条3項)

法改正の背景として、性犯罪の本質的要素を「自由な意思決定が困難な状態で行われた性的行為」と捉え、犯罪の成立要件が被害者の状態(不同意)を基準とするものへと改められました。

これにより、従来の「強制」か否か(加害者の行為)から、「被害者が同意できない状態であったか」(被害者の状況)に重点が移りました。

不同意性交等罪における意思の形成・表明・全うが困難な状況の例は以下です。

  • 暴行・脅迫をして性交等をした
  • 心身の障害に乗じて性交等をした
  • アルコール・薬物の影響に乗じて性交等をした
  • 睡眠その他の意識不明瞭に乗じて性交等をした
  • 不意をついて(同意しない意思を形成・表明・全うするいとまがない状況で)性交等をした
  • 予想と異なる事態に直面し、恐怖・驚愕フリーズする相手に性交等した
  • 虐待に起因する心理的反応を利用して性交等した
  • 経済的・社会的関係上の地位を利用して、性交等をした

刑法第19条の没収規定

本件では、犯行を隠し撮りしたデジタルビデオカセット4本が没収されました。刑法19条1項2号は「犯罪行為の用に供した物」の没収を定めています。

裁判所は、ビデオ撮影が「犯行を促進した」と認定しました。つまり、証拠を作出できるという認識が被告人の犯行を心理的に容易にしたという理由です。

🗨️ よくある質問

Q.「同意があったか」はどのように判断されますか?

裁判所は、単に被害者が激しく抵抗しなかったことをもって「同意があった」とは判断しません。

被害者の置かれた状況(全裸、アイマスク着用、施術者との関係など)を総合的に考慮し、真意に基づく同意があったかを判断します。

本件のように、恐怖や驚愕から抵抗できない状態に置かれていた場合、真意に基づく同意はなかったと認定されます。

Q.事前に「このような施術をします」と説明していた場合はどうなりますか?

事前説明があったとしても、それだけで同意があったとは限りません。

説明の内容が具体的で明確であったか、被害者が真意から承諾したか、施術中に嫌がる素振りを見せていなかったかなど、総合的に判断されます。

特に性的部位に触れる施術については、明確な同意が必要であり、曖昧な説明では同意があったとは認められません。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了