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私印不正使用罪の成立要件を明確にした重要判例#裁判例解説
「実弟の名前を使えば、無免許運転も見逃されるかもしれない…」
交通事故で逮捕された男性は、とっさの判断で弟の名を騙った。警察署の取調室で、捜査報告書に「A」と署名し、指印を押す瞬間、男性は自分が重大な犯罪を犯していることに気づいていなかった。
「偽造した署名を警察官に提出する行為は、私印不正使用罪に該当する」
弁護人は法廷で激しく争ったが、裁判所の判断は厳しいものだった。他人の印章を無断で使用し、それを公的機関に提出する行為の重大性が明らかになった瞬間である。
※福岡高判平15・2・13(平成14年(う)533号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 私印偽造罪と私印不正使用罪は手段結果の関係にある
- 偽造した署名の提出行為は私印不正使用罪を構成する
- 公的機関への提出も私印不正使用の対象となる
私印不正使用罪(刑法167条2項)は、他人の印章や署名を偽造し、それを不正に使用する犯罪です。私印偽造罪(同条1項)で偽造した印章等を実際に使用する行為を処罰するもので、文書に対する社会的信頼を保護する重要な規定です。
今回ご紹介する福岡高等裁判所の判例は、警察署で偽造した署名を捜査書類に記載し、警察官に提出した行為について私印不正使用罪の成立を認めた事例です。私印偽造と不正使用の関係、成立要件、そして公的機関への提出行為の法的評価について詳しく解説します。
この判決を通じて、私印不正使用罪の構成要件や適用範囲、そして日常生活で注意すべきポイントについて理解を深めていきましょう。
目次
📋 事案の概要
今回は、福岡高判平15・2・13(平成14年(う)533号)を取り上げます。 この裁判は、無免許運転で交通事故を起こした被告人が、警察署での取調べ時に実弟の名前を詐称し、捜査書類に偽造署名をして提出した事案です。
- 被告人:常習累犯窃盗等の前科を持つ男性(無免許)
- 事故状況:無免許運転中に前方不注視で停止車両に追突、運転者に傷害を負わせる
- 負傷内容:被害者は比較的軽傷
- 請求内容:常習累犯窃盗、道路交通法違反、業務上過失傷害、有印私文書偽造・同行使罪で起訴
- 結果:有印私文書偽造・同行使罪でなく私印偽造・私印不正使用罪として懲役3年2月の有罪判決
🔍 事件の経緯
「また無免許がバレてしまった…今度こそ実刑は免れないかもしれない」
平成14年3月31日、被告人は元仕事仲間らと朝から花見で飲酒し、その後麻雀をしながらさらに飲酒していた。帰路につく際、運転免許を持たない被告人は無免許運転で車を運転していた。
「同乗者との会話に夢中になってしまって…」
前方不注視により前方の停止車両に追突し、運転者に傷害を負わせてしまった。被害者らから追跡され、何度も停止を求められたが、被告人は山道に入り、車が脱輪して動けなくなるまで平然と逃走を続けた。
その日の夜10時頃、佐賀県佐賀警察署で取調べを受けることになった被告人。業務上過失傷害事件と道路交通法違反について、司法巡査Bから厳しい取調べを受けた。
「運転免許を持っている弟の名前を使えば、何とかなるかもしれない…」
咄嗟の判断で、被告人は運転免許を有している実弟Aの氏名を詐称した。巡査が作成した道路交通法違反(酒気帯び酒酔い)事件捜査報告書の被疑者署名印欄と、飲酒検知保管袋に署名・指印を求められると、行使の目的をもって「A」と冒書し、指印を押した。
この行為により、被告人は私印偽造と同時に私印不正使用の罪を犯すことになった。偽造した署名を実際に警察官に提出し、真正なものとして装って使用した瞬間、私印不正使用罪が成立したのである。
※福岡高判平15・2・13(平成14年(う)533号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
福岡高等裁判所は、被告人の行為について私印偽造・同不正使用罪の成立を認めました。
「被告人が実弟の署名・指印を偽造した上、即時同所において、上記B巡査に対し、偽造にかかる上記各署名・指印をあたかも真正に成立したもののように装い、上記警察官に提出してこれらを使用した」として、私印不正使用の構成要件を満たすと判断しました。
主な判断ポイント
私印偽造と私印不正使用の手段結果関係
裁判所は、「各私印偽造とその不正使用との間には手段結果の関係がある」と明確に認定しました。偽造行為(手段)と不正使用行為(結果)が一連の犯罪行為として関連性を持つことを示しています。
私印不正使用罪の構成要件
「あたかも真正に成立したもののように装い、提出して使用」という表現で、私印不正使用罪の核心的要件を明示しました。偽造した印章等を真正なものとして装って使用することが不正使用の本質であることを明らかにしています。
公的機関への提出行為の評価
警察官への提出行為についても私印不正使用罪が成立することを認定し、公的機関に対する不正使用も刑法167条2項の適用対象となることを確認しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
私印不正使用罪の成立要件と実務上の注意点
私印不正使用罪(刑法167条2項)の成立には、(1)他人の印章・署名の偽造(2)偽造した印章等の使用(3)真正なものとして装うこと(4)行使の目的という要件が必要です。本件では、これらすべての要件が満たされたと認定されました。
特に重要なのは「あたかも真正に成立したもののように装う」という要件です。単に偽造した署名を書くだけでは不正使用罪は成立せず、それを実際に相手方に提示し、真正なものとして信じさせようとする行為が必要となります。
手段結果関係と量刑への影響
本判例では、私印偽造と私印不正使用が「手段結果の関係」にあるとして、包括的に一罪として処理されました。これは刑法54条1項前段の適用により、最も重い罪の刑で処断することを意味します。
実務上、偽造と不正使用が時間的・場所的に近接して行われる場合は、このような包括的評価がなされることが多く、結果として刑が軽減される効果があります。しかし、それでも私印不正使用罪自体は3年以下の拘禁刑という重い刑罰が科される犯罪であることに注意が必要です。
公的機関への提出と私印不正使用
本件で注目すべきは、警察という公的機関への提出行為についても私印不正使用罪が成立することを明確にした点です。私印不正使用罪は、相手方が民間人であるか公務員であるかを問わず成立します。
特に、公的手続きにおいて他人名義の署名を行う場合は、単に私印不正使用罪だけでなく、公務執行妨害罪や詐欺罪等の他の犯罪も成立する可能性があるため、より重い処罰を受けるリスクが高まります。
📚 関連する法律知識
私印偽造・不正使用罪の法的構造
私印偽造罪(刑法167条1項)は、他人の印章や署名を偽造する行為を処罰する規定で、3年以下の拘禁刑が科されます。
私印不正使用罪(同条2項)は、偽造した印章等を実際に使用する行為を処罰し、同じく3年以下の拘禁刑となります。
両罪は密接な関係にあり、多くの場合、偽造した印章等はその後不正使用されるため、手段結果の関係として包括的に処理されることが一般的です。ただし、偽造のみで使用しなかった場合は偽造罪のみ、他人が偽造した印章等を譲り受けて使用した場合は不正使用罪のみが成立します。
行使の目的と故意
私印不正使用罪の成立には「行使の目的」が必要です。これは、偽造した印章等を将来使用する意思を意味し、単に偽造しただけでは足りません。本件では、警察官に提出する明確な意図があったため、この要件が満たされました。
また、自分が偽造していることの認識(故意)も必要です。本件のように意図的に他人名義で署名した場合は、明らかに故意が認められます。
真正性の装い
私印不正使用罪の核心的要件の一つが「真正性の装い」です。偽造した印章等を、あたかも本人が作成したかのように相手方に信じさせようとする行為が必要です。
本件では、被告人が警察官に対して実弟本人であるかのように振る舞い、署名を提出したことで、この要件が満たされたと認定されました。
🗨️ よくある質問
Q.家族の名前で署名をした場合、必ず私印不正使用罪になるのですか?
家族であっても、本人の同意なく署名を偽造し、それを第三者に提出して真正なものとして装った場合は私印不正使用罪が成立します。家族関係があることは犯罪の成立を阻却しません。ただし、本人の明示的な同意がある場合は別です。
Q.私印不正使用罪と詐欺罪の違いは何ですか?
私印不正使用罪は偽造した印章等の使用行為自体を処罰する罪で、相手方に財産的損害が生じなくても成立します。
一方、詐欺罪は相手方を騙して財物を交付させる罪で、実際の財産的損害が必要です。本件のような身元詐称の場合、状況によっては両罪が成立する可能性があります。
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士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了