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「消防の早期消火を信じた」は通用しない!類焼を予見した放火事件の判決#裁判例解説
「消防署がすぐに来て、火事は小さいうちに消してくれると思ったんです」
被告人席に座る男性の弁明が、静まり返った法廷に響いた。しかし、検察官の手元には、事務所建物から隣家まで僅か6メートルしかない現場見取り図が広げられている。
「被告人は、風速10メートルの強風が吹く乾燥した夜に放火を行いました。このような状況で、類焼しないと本気で考えていたのでしょうか?」
裁判官の厳しい視線が、被告人を捉えた瞬間だった…。
※東京高裁昭51・9・21(昭和51年(う)第388号)をもとに、構成しています。
この裁判例から学べること
- 本来の目的建物を非現住と誤信しても、付近の現住建造物への類焼(他所で起こった火災が燃え移って焼けること)を予見・認識すれば現住建造物放火罪は成立する
- 気象条件と周辺環境から類焼の可能性は客観的に判断される
- 消防の早期消火への期待は、客観的状況から判断して免責理由にならず、放火の故意は実際の認識よりも予見可能性が重視される
放火罪における「故意」の認定は、刑法の中でも特に重要な論点の一つです。放火犯が目的とした建物の性質を誤解していた場合や、延焼の可能性について楽観的な見通しを持っていた場合、果たして現住建造物放火罪の重い刑責を負うのでしょうか。
今回ご紹介する昭和51年の東京高等裁判所判決は、まさにこの問題に正面から取り組んだ重要な判例です。被告人は事務所建物を「誰も住んでいない建物」と思い込み、さらに「消防がすぐに消火してくれる」と期待していたと主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
この事例を通じて、放火罪における故意の認定基準や、客観的状況がいかに重要な判断材料となるかを詳しく解説していきます。
📋 事案の概要
今回は、東京高裁昭51・9・21(昭和51年(う)第388号)を取り上げます。 この裁判は、事務所建物への放火が隣接する住宅に延焼し、現住建造物放火罪に問われた事案です。
- 被告人:会社事務所に放火した男性
- 被害状況:会社事務所及び近隣住宅等40棟が焼失
- 争点:(1)事務所建物に人が住んでいることの認識、(2)類焼の予見可能性
- 請求内容:被告人側は現住建造物放火罪の成立を争い、非現住建造物放火罪にとどまると主張
- 結果:東京高等裁判所は控訴を棄却し、現住建造物放火罪の成立を認定
🔍 事件の経緯
「あの事務所には誰も住んでいないと思っていたんです。それに、火をつけても消防署がすぐ来て消してくれると思っていました」
被告人男性のこの弁明が、法廷で争点となった。ある日曜日の夕方5時頃、会社事務所に放火した被告人は、確かに同事務所に人が居住していることを知らなかった。
しかし、検察側が提出した現場見取り図は、衝撃的な事実を物語っていた。事務所建物の東側一帯には木造住宅が密集し、隣家の倉持方住居まではわずか6メートル、北隣りの市川方住居までも6.4メートルしか離れていなかったのだ。
「当日まで3日間雨が降っておらず、湿度が低く乾燥していました。さらに海岸方面から風速毎秒約10メートルという強い西風が吹いていたんです」
気象資料は、放火に最悪の条件が揃っていたことを示していた。被告人自身も「当時乾燥していた」と供述していたにもかかわらず、なぜ類焼の危険性を認識していなかったと主張するのか。
「事務所は高さ1.6メートルのブロック塀で囲まれ、放火場所の玄関脇は外部から発見しにくい場所でした。日曜日の夕方で人影もなく、既に日没後で辺りは暗くなっていました」
実際、火災が最初に発見されたのは午後6時55分で、消防車が到着した時には既に隣家に延焼していた。被告人の「早期消火への期待」は、現実離れした楽観論に過ぎなかったのである。
※東京高裁昭51・9・21(昭和51年(う)第388号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
東京高等裁判所は、「放火犯人が、本来の目的物である建造物を非現住建物と誤信していても、付近の現住建造物が類焼することを予見し、認識していたときは、刑法108条の現住建造物放火罪が成立する」との重要な判断を示しました。
主な判断ポイント
(1)目的建物への誤信は現住建造物放火罪の成立を妨げない
裁判所は、被告人が事務所建物に人が住んでいることを知らなかった事実は認めつつも、「このような気象状況及び場所的関係のもとにおいては、右事務所建物に放火すれば付近の民家に類焼する事態のあり得ることは、通常何人も予想すべき事柄」として、類焼の予見可能性を重視しました。
(2)客観的状況からの類焼予見義務
木造住宅密集地での6メートルという近距離、3日間無降水の乾燥状態、風速10メートルの強風という客観的状況から、「被告人においても類焼する事態のあり得ることを当然予見し、認識していたものと認めるのが相当」と判断されました。
(3)早期消火への期待は免責理由にならない
被告人の「消防の早期消火への期待」について、裁判所は、ブロック塀に囲まれた発見困難な場所、日没後の時間帯、日曜日で人気のない状況を挙げ、「火災の早期発見、早期消火を容易に期待し難い客観的状況にあった」として、この弁解を信用できないと断じました。
👩⚖️ 弁護士コメント
放火罪における故意の認定基準について
この判例は、放火罪の故意認定において極めて重要な指針を示しています。刑法108条の現住建造物放火罪は、109条の非現住建造物放火罪と比べて格段に重い刑罰が科せられる重大犯罪です。
そのため、どのような場合に現住建造物放火罪の故意が認められるかは、刑事弁護において重要な争点となります。
本判例の意義は、犯人の主観的認識よりも客観的状況を重視した点にあります。
たとえ犯人が「非現住建物への放火」と考えていても、周辺の現住建物への類焼が客観的に予見可能であれば、現住建造物放火罪の故意が認定されるという判断基準を明確にしました。
予見可能性の判断要素
裁判所が類焼の予見可能性を判断する際に重視したのは、以下の客観的要素でした。
- 建物間の距離(6〜6.4メートル)
- 気象条件(3日間無降水、強風)
- 周辺環境(木造住宅密集地)
- 時間的条件(日没後、日曜日)
- 発見可能性(ブロック塀で囲まれた見つけにくい場所)
これらの要素を総合的に判断し、「通常何人も予想すべき事柄」として予見義務を認定したのです。
弁護実務への影響
この判例により、放火事件の弁護において、単に「類焼を意図していなかった」「早期消火を期待していた」という主観的弁解だけでは不十分であることが明確になりました。
客観的状況から合理的に判断して類焼の可能性が高い場合には、現住建造物放火罪の成立を争うことは困難となります。
📚 関連する法律知識
現住建造物放火罪と非現住建造物放火罪の違い
現住建造物放火罪(刑法108条)は、人が現に住居に使用している建造物等に放火する犯罪で、死刑または無期、5年以上の拘禁刑という極めて重い刑罰が科せられます。
裁判員裁判の対象となる重大な犯罪です。
一方、非現住建造物等放火罪(刑法109条)は2年以上の有期拘禁刑とされており、両者の間には大きな刑の差があります。
現住建造物放火罪と非現住建造物放火罪の違い
現住建造物放火罪 | 非現住建造物放火罪 | |
---|---|---|
定義 | 人が住んでいる建物への放火 | 空き家や無人建物への放火 |
法定刑 | 死刑または無期、5年以上の拘禁刑 | 2年以上の有期拘禁刑 |
刑の重さ | 非常に重い | 重い |
放火罪における「故意」の内容
放火罪の故意には、(1)放火行為自体の故意、(2)対象建造物の性質に対する認識、(3)類焼の可能性に対する認識が含まれます。
本判例は、(2)について誤信があっても、(3)が認められれば現住建造物放火罪が成立することを明確にしました。
類焼と既遂の関係
放火罪は危険犯とされており、目的とした建造物の一部でも焼損すれば既遂となります。類焼した建造物についても、それぞれ独立して放火罪が成立し、包括一罪として処理されることが一般的です。
🗨️ 現住建造物等放火罪に関するよくある質問
Q.放火の意図がなく、隣家への延焼も予想していなかった場合はどうなりますか?
故意がない場合は刑事責任は問われませんが、過失により火災を発生させた場合は過失致死傷罪や重過失失火罪等が成立する可能性があります。
ただし、本判例のように客観的状況から類焼が予見可能な場合は、故意が推認される可能性が高くなります。
Q.空き家だと思って放火した場合も現住建造物放火罪になりますか?
現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物であることの認識を欠く場合には、非現住建造物等放火罪の限度で責任を問われるにとどまります(刑法38条2項参照)。
ただし、本判例のように、空き家への放火でも隣接する住宅への類焼が予見可能であれば、現住建造物放火罪の故意が認定される可能性があります。
Q.誰も住んでいない建物を放火し、延焼もしなかった場合は罪になりませんか?
誰も住んでいない建物(非現住建造物)を放火して焼損した場合は、「非現住建造物等放火罪」(刑法109条)が成立します。その建物が他人所有であれば、2年以上の拘禁刑が科されます。
なお、自己所有の場合は、6か月以上7年以下の拘禁刑となりますが、「公共の危険が生じなかったときは、罰しない」と刑法109条2項に規定されています。
Q.消防署の近くで放火した場合、早期消火の期待は考慮されますか?
本判例では、客観的状況から早期発見・消火が困難と判断されれば、消防の早期消火への期待は免責理由とならないことが示されています。消防署の近さよりも、発見の容易さや燃え広がりやすさなどの具体的状況が重視されると考えられます。
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学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了