ギャンブル依存症の夫と離婚できる?慰謝料請求は家計への影響が決め手 #裁判例解説

「ギャンブル依存症の治療のため通院する――以上を約束します」
激しい喧嘩の末に夫が署名した紙を、妻の代理人弁護士が静かに法廷で提示した。
「でも、約束から9年、夫はこの約束を守ることはありませんでした」
妻の声には疲労と諦めが滲んでいた。
一方、夫側の弁護士は「妻から渡された小遣いの範囲内でパチンコをしていただけです。家計に迷惑はかけていません。」と反論する。
果たして、裁判所はどう判断したのか。
※横浜家庭裁判所令和4年6月1日判決(令和2年(家ホ)299号・385号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- ギャンブル依存症でも家計を圧迫していない場合は慰謝料が認められにくい
- 家計圧迫・借金・生活費の使い込みなど「具体的な経済的被害」の証拠が重要
- ギャンブル依存症を理由とする離婚は、双方が望めば認められやすい
- 小遣いの範囲内のギャンブルは価値観の違いと判断される可能性がある
配偶者のギャンブルは、多くの夫婦にとって深刻な問題です。特にギャンブル依存症の疑いがある場合、治療への期待と現実のギャップは、婚姻関係に大きな亀裂を生じさせます。
今回ご紹介する裁判例は、夫が「ギャンブル依存症の治療のため通院する」と約束したのにパチンコに通い続けたケースです。
ギャンブル依存症の配偶者との離婚を考える方に向けて、確実に離婚するための条件と必要な証拠について、実務的な視点から詳しく解説していきます。
📋 事案の概要
今回は、横浜家庭裁判所令和4年6月1日判決(令和2年(家ホ)299号・385号)を取り上げます。
この裁判は、夫のパチンコ通いをめぐる夫婦の対立が婚姻関係を破綻させたとして、双方が離婚と慰謝料を求めて争った事案です。
- 当事者
原告(妻): 旅行会社で添乗員として勤務する会社員
被告(夫):会社員。結婚前に消費者金融などに約255万円の借金があり、妻の父から借りて返済した - 婚姻・別居の経緯:平成20年7月8日に婚姻、令和2年3月7日から別居開始
- 夫のギャンブル状況:
- 婚姻当初は月1~2回程度
- 多いときは毎週1回、朝から閉店までパチンコ店に滞在
- 妻から渡された小遣い(月2万円、賞与月5万円)の範囲内でパチンコをしており、家計を圧迫したことはない
- 請求内容
妻:離婚請求および慰謝料200万円の請求
夫:離婚請求、慰謝料200万円の請求、および財産分与の請求
🔍 裁判の経緯
夫は結婚当初からパチンコに通っており、最初は月に1、2回ほどだったが、次第に頻度が増えていった。
パチンコをめぐって夫婦間ではよくけんかになり、その際、夫が大きな声を出したり、食器をシンクに投げつけて損壊したりすることもあった。
平成23年8月、パチンコをめぐって再びけんかとなった。夫は借金を否定したが、妻は婚姻前の借金歴から信用できず、紙に以下の内容を書いた。
(1)借金借入できないように申請する
(2)ギャンブル依存症の治療のため通院する
(3)のどの治療のため通院する
妻は夫に対し、この記載の下に「以上3つを約束します」と書いて署名をさせた。
しかし、妻の主張によれば、夫はその後もギャンブル依存症の治療に通うことはなかった。
家計は妻が夫の給料口座も含めて管理し、夫には毎月2万円、賞与月5万円の小遣いを渡していた。夫は小遣いの増額を求めたことはなく、パチンコが家計を圧迫したこともなかった。
令和2年1月、妻は離婚調停を申し立てた。同年2月、パチンコをめぐるけんかの中で夫がテレビのリモコンを投げ、床に穴があいた。夫は同年3月、マンションを出て別居を開始した。
※横浜家庭裁判所令和4年6月1日判決(令和2年(家ホ)299号・385号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、双方が離婚を求めていることから、「婚姻を継続し難い重大な事由がある」として離婚請求を認めました。
しかし、妻の慰謝料請求については、次のように判断して退けました。
「被告のパチンコについての原告の不満は、専ら原告自身の価値観によるものであるといえ、これにより原告が離婚意思を形成して婚姻が破綻に至ったとしても、被告に責任があるということはできない」
主な判断ポイント
1. パチンコをめぐる夫婦の対立
裁判所は、夫が「多いときは毎週1回、朝から閉店までパチンコ店に滞在するような状況」でパチンコをしていたという事実を認定しました。
しかし、「被告は、原告に対し、小遣いの増額を求めたことはなく、被告のパチンコが家計を圧迫したことはない」と認定し、この点が判断の決め手となりました。
2. 家計への影響の有無が決定的な判断要素
裁判所が重視したのは、夫のパチンコが家計に与えた影響の有無でした。
夫のパチンコは妻から渡された小遣いの範囲内で行われており、家計を圧迫したことはありませんでした。
この点から、裁判所は「パチンコに行くことが一般的に違法であるわけではないし、被告がパチンコに行くことで家計に影響があったわけでもなく」として、妻の不満を「専ら原告の価値観によるもの」と判断しました。
3.物を投げるなどの行為も破綻責任と認められなかった
夫は喧嘩の際に食器を投げて壊したり、リモコンを投げて床に穴を開けたりしていました。
裁判所はこれらの事実を認定しましたが、「原告にパチンコをとがめられたことを契機とするもの」であり、「頻繁にけんかになることから被告としても堪えかねる部分があった」として、夫の破綻責任を認めませんでした。
👩⚖️ 弁護士コメント
なぜこのケースでは慰謝料が認められなかったのか
本件で妻の慰謝料請求が認められなかった最大の理由は、夫のパチンコが家計を圧迫していなかったという点です。夫は妻から渡された小遣いの範囲内でパチンコをしており、家計に具体的な悪影響を与えていませんでした。
裁判所は「実際に家計を圧迫した事実がない」という現実を重視しました。妻がパチンコを嫌うのは妻個人の価値観の問題であり、夫に破綻責任を負わせる理由にはならないと判断したのです。
もし夫が借金をしてパチンコをしていた場合や、生活費を使い込んでいた場合には、判断が異なった可能性があります。
家計への具体的な悪影響がある場合には、ギャンブルが破綻責任の根拠となり得るのです。
ギャンブルが離婚・慰謝料請求の理由として認められやすいケース
- 借金を重ねている場合(消費者金融、クレジットカードのキャッシング、親族からの借金など)
- 生活費を入れない、または極端に少ない場合(悪意の遺棄に該当する可能性)
- 生活費を使い込んでいる場合(子どもの教育費、医療費などに充てるべき金を使う)
- 配偶者や家族の貯金を勝手に使った場合
- 家財や貴重品を質入れ・売却した場合
- ギャンブルのために仕事を休む、または失職した場合
- 借金の返済を配偶者に肩代わりさせている場合
これらの具体的な経済的被害がある場合、それは単なる「価値観の違い」ではなく、婚姻を継続し難い重大な事由として認められ、慰謝料請求も認められる可能性が高くなります。
ギャンブル依存症を理由とする離婚の法的考え方
ギャンブル依存症は医学的に病気として認識されています。しかし、病気であることは、離婚を拒否する理由にはなりません。
民法770条は、婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に離婚を認めています。
ギャンブル依存症によって家計が圧迫されている、生活費が入らない、借金を重ねているなどの具体的な問題がある場合、それは「婚姻を継続し難い重大な事由」に該当します。
夫婦の協力義務(民法752条)も、一方的に相手を支え続けることを強制するものではなく、相互の協力を前提としています。配偶者が問題行動を改善しようとしない場合、協力義務の範囲を超えていると言えます。
なお、本件では双方が離婚を求めていたため、裁判所は「婚姻を継続し難い重大な事由がある」として離婚を認めました。
ギャンブル依存の実態を証明するには?
ギャンブル依存症を理由に離婚や慰謝料を求める場合、ギャンブル行為を具体的に示す証拠が欠かせません。
たとえば、パチンコ店の会員カードや競馬・競輪の投票券の控え、オンラインカジノやスポーツベッティングの閲覧履歴やアプリの使用履歴、ギャンブルサイトへの課金が確認できるクレジットカード明細などが挙げられます。
また、本件のように「家計を圧迫していない」と判断されないためには、ギャンブルによる経済的な損失や生活への悪影響を客観的な記録によって示すことが重要になります。
借金の証拠
- 消費者金融のカード(現物または写真)
- クレジットカードの利用明細(キャッシング枠の使用履歴)
- 督促状、催告書
- 銀行口座の取引履歴(消費者金融への返済記録)
- 親族からの借金の証拠(借用書、振込記録、メール・LINE)
生活費の不足・使い込みの証拠
- 通帳の記録(配偶者から生活費がいくら入金されたか、使途不明の出金)
- 家計簿
- 配偶者への生活費の催促メール・LINE
- 自分が借金をした証拠(生活費が足りず、自分が消費者金融から借りた場合)
- 光熱費や家賃の滞納通知
配偶者に隠れた借金がある疑いがある場合には、信用情報機関(CICやJICC)で情報を開示してもらう方法が有効です。
本人の同意は必要ですが、「離婚の話し合いを進めるために互いの財産状況を明らかにしたい」と提案したり、「借金がないと示してくれれば落ち着いて協議ができる」と伝えたりすることで応じてもらえることがあります。
弁護士を通じて求めれば、相手が開示に応じやすくなる場合もありますし、調停や訴訟に進んだ場合には、裁判所が開示を命じる可能性もあります。
また、配偶者の口座から不自然に現金が引き出されている場合には、その用途を明らかにさせることが重要です。
出金がパチンコ店付近のATMで頻繁に行われている場合にはその点を指摘し、「この10万円は何に使ったのか」と具体的に問いただき、メールやLINEで回答を得て記録を残すことで証拠になります。
📚 関連する法律知識
婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)
民法770条1項5号は、「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に裁判上の離婚を認めています。
ギャンブル依存症によって家計が圧迫されている、生活費が入らない、借金を重ねているなどの具体的な問題がある場合、これに該当します。
本件では、双方が離婚を求めていたため、裁判所は比較的容易にこの要件を認めました。
しかし、一方だけが離婚を求めている場合でも、上記のような具体的な問題があれば、この要件は認められます。
悪意の遺棄(民法770条1項2号)
悪意の遺棄とは、正当な理由なく、夫婦の同居義務・協力義務・扶助義務を果たさないことです。
ギャンブルのために生活費を入れない場合、扶助義務違反として悪意の遺棄に該当する可能性があります。
悪意の遺棄が認められれば、それだけで法定離婚事由となり、慰謝料請求も認められやすくなります。
🗨️ よくある質問
Q.ギャンブル依存症の夫に問題を指摘すると「何が悪い」「俺の金だ」と開き直ります。どう対処すればいいですか?
感情的にぶつからず、具体的な事実と証拠を示して淡々と指摘することが重要です。たとえば「○月○日に消費者金融から○万円借りていることは信用情報で確認済み」「生活費○万円のうち○万円が使途不明で、ギャンブルに使った可能性が高い」など、数字と客観的資料を示すことで言い逃れを防げます。
それでも開き直る場合は弁護士への相談が有効です。専門家が介入すれば態度が変わることも多く、「裁判になればギャンブルの証拠をすべて提出する」と伝えることで相手が折れる場合もあります。
Q.ギャンブル依存症の治療を約束したのに通院しない場合、離婚できますか?
ギャンブル依存症の治療を約束したにもかかわらず通院しないという事実だけでは、直ちに離婚が認められるとは限りません。
ただし、ギャンブルによって借金が膨らんでいる、生活費を使い込んでいる、などの具体的な悪影響がある場合には、夫婦間の協力扶助義務(民法752条)に反するものであり、離婚原因として認められやすくなります。
また、双方が離婚を望んでいる場合には、婚姻を継続し難い重大な事由があるとして離婚は認められやすい傾向にあります。
ギャンブル依存症の配偶者から慰謝料や養育費を確実に回収するには?
最も確実な回収方法のひとつは、給与の差押え(強制執行)です。そのためには、強制執行認諾文言付公正証書を作成することが不可欠です。
また、離婚時には慰謝料だけでなく財産分与も請求できます。相手に借金があっても、共有財産があれば、財産分与で多く取得することで、実質的に慰謝料を回収できます。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
