大学の学費は養育費として払うべき?離婚した親の教育費負担を巡る裁判 #裁判例解説

更新日:
養育費の増額

「養育費の増額を求めます。娘の大学の学費は年間85万円もかかります。月2万円では到底足りません」

調停から審判へと進んだ養育費の紛争は、長女の大学進学をめぐって激しさを増していた。

「国立大学に進学することを前提に、私立高校への進学を認めました。私立大学の学費を負担する約束などしていません」

「しかし、お嬢さんが大学に入学した直後、依頼人は調停を申し立てています。学費の分担を求めないつもりなど、最初からありませんでした」

離婚後の養育費に、大学の学費はどこまで含まれるのか。裁判所の判断が注目された。

※大阪高決平成27年4月22日(平成27年(ラ)241号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 離婚後でも、非監護親が大学進学を視野に入れていた場合は学費請求が認められ得る
  • 私立大学に進学しても、国立大学の学費標準額を基準に算定される場合がある
  • 両親の収入状況により、子ども自身も学費の一部を負担すべきとされることがある

離婚後の養育費は、子どもが成人するまでの生活費を想定して算定されるのが一般的です。
しかし、子どもが大学に進学した場合、その学費はどのように扱われるのでしょうか。

今回ご紹介する裁判例は、私立大学に進学した長女の学費について、非監護親である父親にどこまで負担を求められるかが争われたケースです。
この事例を通じて、大学生の子どもへの養育費の考え方について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、大阪高決平成27年4月22日(平成27年(ラ)241号)を取り上げます。

この裁判は、離婚後、母親である元妻が、父親である元夫に対して、家事調停をおこして、子どもの私立大学の学費を請求し、その後、審判に移行した事案です。

裁判所の結論としては、元夫に対して、満22歳に達する年の翌年の3月まで、子どもの養育費として、3万円(生活費2万1000円、大学の学費9000円)を支払うよう命じました

ただし、大学の学費については、実際に通う私立大学ではなく、国立大学の学費を基礎に算出された養育費になります。

裁判所は、どのような考え方で学費の支払金額を決定したのでしょうか。

🔍 裁判の経緯

「娘が高校に進学するとき、夫は『将来国立大学に行くなら』と言って、私立高校への進学を認めてくれました」

母親は調停の場で、これまでの経緯を語った。

長女は平成26年3月に私立高校を卒業し、同年4月に私立大学へ進学。
高校時代の学費は主に奨学金で賄われていたが、母親によれば父親が応分の負担をしなかった結果だという。

「離婚後も月2万円ずつ受け取っていましたが、大学進学では到底足りません。入学直後の平成26年に調停を申し立てました」

一方、父親の主張は異なっていた。

「私立高校を認めたのは国立大学進学が前提です。私立大学への進学は認めていません」

「離婚時も、長女と二女の養育費はそれぞれ月額2万円ということで双方が了解していました。長女の大学進学後も、元妻から養育費増額の請求はなかったはずです」

原審の家庭裁判所は長女の養育費を月額7万2000円と算定したが、父親が大学の学費負担について強く反対し、調停は不成立に。

母親は審判手続きに移行し、子どもたちの教育を受ける権利を守るため、法廷で闘うことを決意したのだった。

※大阪高決平成27年4月22日(平成27年(ラ)241号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

大阪高等裁判所は、原審の判断を一部変更し、長女の養育費を月額3万円(22歳の翌年3月まで)、二女の養育費を月額2万1000円(20歳まで)とした。

裁判所は、父親が私立大学の学費負担を了承していたとは認められないとしつつも、「長女が高等学校に進学する際に、抗告人も長女が国立大学に進学することを視野に入れていた」と認定し、国立大学の学費相当額については父親も応分の負担をすべきと判断した。

主な判断ポイント

1. 私立大学進学の了承について

裁判所は、「長女の私立大学進学を前提とした学費の負担について抗告人が負担を了承していたと認めるに足りる的確な資料はない」としました。

しかし同時に、父親自身が「国立大学に進学するから私立高校を認めた」と主張していることから、国立大学進学は視野に入れていたと認定しました。

この点から、国立大学の学費標準額と通学費用については、父親も応分の負担をすべきとされました。

2. 養育費に関する当事者間合意の有無

父親は、養育費を各月2万円とすることで合意があったと主張しましたが、母親は否定しており、裁判所は合意を認めるに足りる的確な資料がないと判断し、これを認めませんでした。

また、母親が長女の大学進学からわずか数か月後に調停を申し立てていることから、学費の分担を求めない意向だったとは認められないとしました。

奨学金を利用した事実についても、父親が応分の負担をしなかった結果であり、判断を左右するものではないとされました。

3. 学費等の具体的算定方法

裁判所は以下の計算により、父親が負担すべき学費等を算定しました。

まず、長女の実際の学費は年間85万円程度でしたが、裁判所は国立大学の学費標準額である年53万5800円を基準としました。
これに通学費用13万円を加えた年額66万5800円を長女の学費等としました。

次に、標準的算定表では公立高校を前提とした学習費用(年33万3844円)がすでに考慮されているため、これを控除した33万1956円が超過額となりました。

さらに、裁判所は両親の収入では学費全額を賄うことは困難であり、長女自身も奨学金やアルバイトで一部を負担せざるを得なかったであろうと推認しました。
そのため、超過額のうち父親が負担すべきは3分の1とし、月額9000円(年間11万652円)と算定しました。

これを標準的算定表に基づく月額2万1000円に加算し、最終的に月額3万円となりました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

大学学費と養育費の関係

本判決は、大学進学に伴う学費を養育費にどう反映させるかについて、実務上重要な指針を示しています。

養育費の標準的算定表は、子どもが公立高校に通うことを前提としており、大学の学費は考慮されていません。
そのため、子どもが大学に進学する場合、学費をどのように扱うかは個別の事情に応じて判断されます。

本件で注目すべきは、裁判所が「私立大学進学の了承はなかった」としながらも、「国立大学進学を視野に入れていた」という事実から、一定の負担義務を認めた点です。

明確な合意がなくても、従前の言動や経緯から黙示の了解が認定される可能性があることを示しています。

算定方法の実務的意義

本判決の算定方法は、国立大学の標準的な学費を基準にし、標準算定表で既に考慮されている学習費用を差し引いたうえで、さらに子ども自身が負担する分を見込むという、3段階の方法で算定が行われました。

特に、子ども自身にも奨学金やアルバイトによる負担を求めた点は、養育費を考える上で重要な視点です。

ただし、この負担割合は、両親の収入や子どもの状況によって異なり得るため、画一的に適用されるものではありません。

離婚時の取り決めの重要性

本件は、離婚時に大学進学費用について明確な取り決めがなかったために紛争が生じた典型例といえます。

子どもの将来の進学について、離婚時に可能な限り具体的な合意をしておくことが、後の紛争を防ぐ上で極めて重要です。

特に、大学進学を見込んでいる場合は、学費負担の有無、負担割合、終期などを書面で明確にしておくことをおすすめします。

📚 関連する法律知識

養育費の基本的な考え方

養育費とは、子どもが社会的に自立するまでに必要となる費用のことで、衣食住の費用、教育費、医療費などが含まれます。

離婚後、子どもを監護しない親(非監護親)は、監護親に対して養育費を支払う義務を負います。

養育費の金額は、双方の収入、子どもの年齢・人数などを考慮して決定されます。

実務では「養育費算定表」が広く活用されており、両親の収入と子どもの人数・年齢に応じた標準的な金額が示されています。

養育費の算定方法|基礎収入と生活費指数

養育費算定表による金額は、基礎収入と生活費指数に基づいて計算されています。

基礎収入とは、総収入から税金・社会保険料・職業費・特別経費など必要経費を差し引いた、実際に生活費に充てられる収入のことです。

実務では、必要経費を個別に計算しないで、総収入に基礎収入割合を乗じることで、基礎収入を計算するという方法をとることもできます。

生活費指数とは、世帯構成員それぞれの生活費の必要額を数値化したものです。親を「100」とした場合、子どもの年齢区分ごとに「55」「62」「85」「90」などの指数が用いられています。

養育費の計算プロセス

  1. 父母それぞれの基礎収入を算出
  2. 子どもの生活費を算定
    (世帯全体の基礎収入 × 子の生活費指数 ÷ 世帯全体の生活費指数)
  3. 父母の分担額を決定
    (子の生活費 × 父の基礎収入 ÷ 父母の基礎収入合計)

本判決で二女の養育費として算定された月額2万1000円も、このプロセスを経て導き出されたものです。

長女についても、まず同じ方法で基本額2万1000円を算出した上で、大学学費の超過分を加算する形で計算されています。

大学学費の養育費への算入

大学の学費については、標準的算定表では考慮されていないため、別途協議や調停・審判で決定する必要があります。

考慮される要素としては、非監護親が大学進学を承諾していたか、両親の学歴や社会的地位、両親の収入・資産状況、子どもの学力・意欲などが挙げられます。

本判決のように、私立大学に進学した場合でも国立大学の学費を基準とするケースや、子ども自身にも一定の負担を求めるケースがあることは、実務上参考になります。

🗨️ よくある質問

Q1. 養育費の相場はどれくらいですか?

養育費の相場は、両親の年収と子どもの人数・年齢によって異なります。

実務では、養育費算定表が広く使われており、例えば給与所得者同士で、父親の年収が500万円、母親の年収が200万円、子ども1人(0~14歳)の場合、月額4~6万円程度が目安となります。

裁判所のホームページに、標準算定方式による算定表が公開されています。
ご自身で相場を確認したい場合は、こちらの算定表をご参照していただくのがよいでしょう。

算定表を用いた養育費の相場の計算方法は『養育費・婚姻費用算定表の見方&自動計算ツール(新算定表対応)』で詳しく解説しています。

Q2. 大学の学費は必ず養育費に含まれますか?

大学の学費は養育費に強制的に含まれるものではなく、別途協議や判断が必要となります。
標準的な養育費算定表は、公立高校までの教育費のみを前提としており、大学の学費は含まれていません

大学進学が見込まれる場合は、離婚時に学費負担について明確に取り決めておくことが重要です。

Q3. 私立大学に進学した場合、学費全額を請求できますか?

一般的に、全額請求が認められるケースは限られます。

本判決でも、私立大学の学費(年85万円程度)ではなく、国立大学の学費標準額(年53万5800円)を基準として算定されました。
また、子ども自身も奨学金やアルバイトで一部を負担すべきとされ、非監護親の負担は超過額の3分の1に限定されました。

Q4. 養育費の増額はいつでも請求できますか?

事情の変更があれば増額を請求できます。
子どもの進学、両親の収入変動、病気や怪我による支出増加などが事情変更にあたります。

本件でも、母親は長女の大学進学後すぐに調停を申し立てています。
ただし、増額が認められるかどうかは裁判所の判断によりますので、まずは弁護士に相談されることをおすすめします。

🔗 関連記事

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了