離婚判決後も自宅に住み続けられる?元妻の共有持分が認められた判例解説 #裁判例解説

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住宅トラブル

「本件不動産は残余価値ゼロと評価されました。財産分与の対象外です」

離婚訴訟の判決を聞いた元夫は、ほっとした表情を浮かべた。
しかし2年後、元妻の弁護士から届いた書面に、元夫は目を疑った。

「本件不動産には、依頼人の持分が存在します。明渡請求には応じられません」

住宅ローンが不動産価値を上回るオーバーローンの住宅は離婚後、誰のものになるのか。
裁判所の判断は元夫の予想を覆すものだった。

※東京地判平成24年12月27日(平成24年(ワ)12019号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 離婚時のマイナス財産は、原則として財産分与の対象外とされる
  • オーバーローンの住宅は、離婚後も夫婦の共有財産として扱われる場合がある
  • 結婚前の貯金で住宅の頭金を出していた場合、その分の持ち分を主張でき、結果として離婚後も住み続けられる可能性がある
  • 夫婦の共有財産である住宅の明け渡しを一方が求めても、相手に共有持分がある限り、請求が認められないことが多い

婚姻中に住んでいた家に、離婚後も妻が住むというケースは、意外と多いものです。
生活の拠点が変わることで子どもへの影響が懸念されますし、こだわって建てた家に住み続けたいと考える方は多いでしょう。

婚姻中に夫婦で購入した不動産も、離婚の際には財産分与の対象になり得ます。

財産分与とは、夫婦が離婚するときに夫婦の共有財産を原則として2分の1ずつ分け合い、公平を図るための制度です。

ただし、マイナスの財産は、財産分与ができません

では、その住宅がオーバーローン(ローン残額が資産価値を上回る状態)の場合、その物件は誰のものになるのでしょうか。

今回ご紹介する裁判は、財産分与の対象から外れた元夫名義のオーバーローン物件に、離婚後も元妻が住み続けていたケースで、元夫が「自分が所有する建物だ」と主張し、建物の明け渡しを求めた事件です。

この記事では、実際の裁判例を参考に、オーバーローンの住宅に離婚後も妻が住む方法について検討していきます。

📋 事案の概要

今回は、東京地判平成24年12月27日(平成24年(ワ)12019号)を取り上げます。

この裁判は、元夫が、元夫名義の居住用建物に住む元妻に対して、その建物の明渡しと、明渡しまでの使用料相当額の損害賠償を求めた事案です。

  • 当事者
    原告(元夫):昭和46年生まれ。離婚訴訟確定後、自宅の単独所有を主張
    被告(元妻):昭和45年生まれ。美容師資格を持ち、婚姻前に貯めた800万円を不動産購入に充当
  • 婚姻と子
    平成13年2月に婚姻。長女(平成17年生)と長男(平成20年生)の2子をもうける
  • 不動産の取得
    平成14年11月に土地を購入し、夫名義で登記。平成15年5月に建物を新築し、同月30日に原告名義で登記。同年5月に入居

🔍 裁判の経緯

「家を買うときの頭金として、結婚前に美容師としてコツコツ貯めていた自分の預金から800万円を用意したんです」

元妻は、当時を振り返りながら語り始めた。

「長女が生まれてからは、家事も育児もほぼ全部私がやっていました。夫は年収1000万円くらいあったけど、住宅ローンも給与から払われていて、それも私が家庭を支えていたからこそですよ」

平成20年5月、突然の出来事が起きた。

「夫が、私に何の相談もなく、3歳の長女と生まれたばかりの長男を連れて家を出て行ったんです。その後、家庭裁判所に申し立てて、なんとか子どもたちを取り戻しました」

平成21年、夫婦は互いに、離婚、子どもの親権、養育費、財産分与、慰謝料を求める訴えを家庭裁判所に提起。

家庭裁判所は離婚を認め、子らの親権者をいずれも妻とし、養育費(子ども一人につき月額7万円)、財産分与1058万5458円、慰謝料250万円あまりの支払いを夫に命じた。
夫が控訴したため控訴審が行われ、東京高等裁判所は養育費を月額4万円、財産分与を707万円に減額する判決を下した。

「離婚訴訟では、自宅は住宅ローン残高約3178万円と不動産価値がほぼ同程度だから『残余価値ゼロ』と評価されました。財産分与の計算では、夫名義の預金だけが対象になったんです」

離婚成立後も問題は続いた。

「離婚後も子どもたちと一緒に家に住み続けるつもりでした。でも夫が鍵を壊して家に入り、住み始めたんです。私は子どもたちと住む場所を奪われました」

元妻は占有回収の訴えを起こし、平成24年5月に自宅を取り戻した。しかし今度は、元夫が「自宅は自分の単独所有だ」として明渡しを求める訴訟を提起した。

※東京地判平成24年12月27日(平成24年(ワ)12019号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、元夫の明渡請求を棄却し、元妻に少なくとも3分の1の共有持分があることを認めました。

一方で、元妻が持分を超えて占有している部分については、月額10万円の使用料相当損害金の支払いを命じました。

主な判断ポイント

1.元妻の固有財産からの出資の認定

裁判所は、元妻の固有財産から合計1310万8601円が不動産取得に充てられたと認定しました。
内訳は以下の通りです。

  • 婚姻前の貯金から出資した頭金800万円
  • 婚姻中の住宅ローン返済総額581万7203円のうち、その半分に相当する290万8601円
  • 別居後から離婚までに支払われた住宅ローン返済額220万円(10万円×22か月分)

婚姻中(別居前)のローン返済額は、夫が婚姻中に稼いだお金で支払われた共有財産であるため、その半分は「被告(元妻)の固有財産により支払われたものと評価できる」としました。

また、別居後から離婚までのローン返済額についても、裁判所は元妻の固有財産から支払われたと判断しました。

年収1000万円の夫と3歳・0歳の乳幼児を育てる無収入の妻の場合、本来の婚姻費用は月額20万円です。 しかし、元夫のローン負担を理由に、実際は月額10万円しか支払われていませんでした。

そのため、差額の計220万円は、本来、元妻が受け取るはずのお金が返済に充てられたとみなされたのです。

2.共有持分に基づく明渡請求の制限

明渡請求が認められなかったのは、本件不動産に元夫と元妻の共有関係が認められたためです。

登記名義は元夫ですが、実際に資金を出した経緯や利用状況などを総合的に見て、名義人以外が実質的な所有者であると認定されることがあるのです。

本件で元妻が支出したとみなされる額は1310万8601円にのぼります。この金額が不動産価値の3分の1以上に相当するため、その持ち分は元妻に属すると裁判所は評価しました。

これにより、元夫の持分は3分の2、元妻の持分は3分の1となります。裁判所は最高裁判例(昭和41年5月19日)を挙げ、たとえ元夫の持分が多くても、元夫は元妻に対して明渡しを求めることができないと判断したのです。

3.オーバーローン不動産の財産分与における問題点

裁判所は、財産分与制度の趣旨と、オーバーローン不動産が財産分与から除外される場合の問題点を明確にしました。

離婚にともなう財産分与では、住宅ローン残高が不動産価値を上回る場合、積極財産として金銭評価されないため清算の対象となりません。

その結果、特有財産(固有財産)から出資した当事者は、その清算につき判断がなされないまま財産分与額を定められてしまい、たまたま登記名義を有していた相手方が不動産の財産的価値のすべてを保有し続けることができるという極めて不公平な事態が生じ得ると指摘しました。

4.使用料相当損害金の支払い

裁判所は、明渡請求は棄却したものの、元妻が自己の持分(3分の1)を超えて建物全体を占有している点について、元夫の持分(3分の2)部分を権原なく占有していると判断しました。

元妻が住み続ける限り、元夫の3分の2の持分権侵害は続きます。

そのため、裁判所は、平成24年5月7日以降、本件建物明渡済みまで、使用料相当損害金を支払うよう、元妻に命じました。

使用料相当損害金については、所在場所・建築時からの経過年数・建物の床面積・土地の地積等を総合して建物全体の使用料を月額15万円とし、持分権に応じて、元夫に支払うべき金額を月額10万円(15万円×2/3)と認定しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

オーバーローン不動産の落とし穴

離婚にともなう財産分与において、住宅ローン残高が不動産価値を上回る、いわゆるオーバーローンの場合、その扱いは大きく2通りに分かれます。

  • 預貯金など他のプラスの財産と差し引きし、プラスが残ればそれを夫婦で分ける
  • オーバーローン物件の価値を0円とみなし、財産分与の計算には一切含めない

実務では判断が分かれるところですが、本件では残余価値0円と評価され、財産分与の対象外となりました。

しかし、不動産の購入資金の一部を自分のお金で負担していた元妻にとって、これは不公平な結果です。
なぜなら、登記名義人である元夫は、ローンさえ完済すれば、その不動産を積極財産として保有できてしまうからです。

たとえオーバーローンで財産分与の対象外と判断された場合でも、配偶者が固有財産から出資していれば、共有関係の清算が別途必要になります。

離婚訴訟の判決で財産分与額が確定しても、不動産の所有権が確定したわけではないという点を見落としがちです。

離婚時の不動産処理の重要性

本件のようなトラブルを防ぐためには、離婚時に不動産の処理を明確にしておくことが重要です。

オーバーローン不動産であっても、売却して残債を整理するか、一方が住み続ける場合には名義変更や持分の清算について合意しておくべきでしょう。

また、離婚協議や調停の段階で、各自が不動産取得に出資した固有財産の額を明らかにし、共有持分について合意しておくことで、離婚後の紛争を予防できます。

📚 関連する法律知識

財産分与制度の基本

財産分与(民法768条)は、離婚に際して、婚姻中に夫婦が協力して形成した財産(共有財産)を公平に分配する制度です。

原則として、共有財産の2分の1ずつを分与することが多いですが、各自の貢献度や特殊事情により割合が変わることもあります。

特有財産と共有財産

婚姻前から所有していた財産や、婚姻中に相続・贈与で得た財産は「特有財産」と呼ばれ、原則として財産分与の対象にはなりません。

一方、結婚生活の中で夫婦が協力して築いた財産は「共有財産」となり、分与の対象です。 たとえば、夫が会社員で妻が専業主婦の場合、夫の給料は夫婦の共有財産とみなされます。

ただし、今回の判決のように、特有財産を使って不動産などを購入した場合は、共有関係が問題になることがあります。

共有関係とは、一つの物を複数人で共同所有している状態のことです。
その持ち分(所有権の割合)は、原則として購入時に出した金額の割合によって決まります。

🗨️ よくある質問

Q1. 離婚訴訟で財産分与が確定した後でも、不動産の所有権について争えるのですか?

争える場合があります。
本判決が示すように、オーバーローン不動産が財産分与の計算から除外された場合、その不動産の所有権(共有関係)については判断されていないため、別途清算が必要になることがあります。

特に、配偶者が固有財産から頭金を出資していたり、婚姻中の住宅ローン返済に寄与していたりする場合は、共有持分が認められる可能性があります。

Q2. 住宅ローンの名義人でなくても、不動産の共有持分が認められるのですか?

名義だけでなく、実質的な出資や貢献が重要視されます。

本判決では、住宅ローンの返済原資が夫の給与(夫婦共有財産)であることを理由に、返済額の半分を妻の固有財産からの出資と評価しています。
また、婚姻費用の代わりに住宅ローンが支払われた場合も、その分が配偶者の持分として認められました。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了