悪意の遺棄とは?離婚できる具体例と慰謝料相場

「悪意の遺棄」とは、配偶者が正当な理由なく同居・協力・扶助の義務を果たさない状態をいい、民法で定められた法定離婚事由のひとつです。
たとえば、理由もなく家を出て生活費を渡さない場合や、健康で働けるのに就労せず、家事や育児にも協力しない場合などが該当します。悪意の遺棄が認められれば、離婚が認められる可能性があるほか、50万円~300万円程度の慰謝料を請求できることもあります。
ただし、単身赴任や病気療養など正当な理由があって別居している場合は、悪意の遺棄にはあたりません。また、離婚に至った責任がある側は、原則として相手に生活費を求めることはできません。
この記事では、どのようなケースが悪意の遺棄にあたるのかを整理したうえで、離婚や慰謝料請求の進め方、婚姻費用を支払わない場合の対応について、判例を踏まえて解説していきます。
悪意の遺棄とは?
悪意の遺棄の定義
「悪意の遺棄」とは、夫婦のどちらかが同居・協力・扶助の義務を果たさないことを指します。
夫婦は、相手と同居する義務、お互いに協力して扶助する義務を負っています。
(同居、協力及び扶助の義務)
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
民法752条
- 同居義務:同じ場所に居住して夫婦としての生活を共にする義務
- 協力義務:共同生活を送る上でお互いに協力をし合う義務
- 扶助義務:相手方に自己と同一程度の生活を保障する義務
「悪意」とは、遺棄すれば夫婦としての共同生活が破綻することをわかっていて、それでかまわないと思っていることを意味します。
同居義務、協力義務、扶助義務を正当な理由もなく果たさない場合、「悪意の遺棄」として離婚の正当な理由となることがあります。
悪意の遺棄の具体例
悪意の遺棄の具体例
- 正当な理由なく、同居を拒否したり、家出を繰り返す
- 暴力や暴言で同居生活を困難にする
- 家事や育児に協力しない
- 健康なのに働こうとしない
- 収入があるのに生活費を渡そうとしない
- 医療費や養育費を支払わない
夫婦のどちらかが同居を拒否したり、家出を繰り返すような場合には、同居義務違反として、悪意の遺棄にあたります。
また、家事や育児に協力しない、健康なのに働こうとしないような場合には、協力義務違反として、悪意の遺棄にあたります。
さらに、収入があるのに生活費を渡そうとしないような場合には、扶助義務違反として、悪意の遺棄にあたります。
悪意の遺棄にはあたらないケース
悪意の遺棄にはあたらないケース
- 単身赴任や出張などの仕事上必要やむを得ず別居している場合
- DVやモラハラから避難するために別居する場合
- 相手の同意を得た上で別居する場合
- 実家の親を看病、介護するために別居する場合
- 健康上の理由で家事や育児ができない場合
- 病気やケガなどで働くことが難しい場合
- 就職活動をしているものの失業中で生活費を渡せない場合
夫婦の義務を果たせない正当な理由や必要やむを得ない理由がある場合、相手からの同意を得ている場合には、悪意の遺棄にはあたりません。
悪意の遺棄で離婚できる|法定離婚事由
悪意の遺棄は裁判上の離婚事由(法定離婚事由)にあたるため、離婚することができます。
裁判で離婚を認めてもらう場合、「法定離婚事由」が必要です。「悪意の遺棄」は民法770条1項2号の法定離婚事由に該当します。
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
民法770条
ただし、悪意の遺棄があれば100%離婚が認められるというわけではありません。
裁判所が婚姻継続が相当であると判断した場合には、たとえ悪意の遺棄が認められたとしても「離婚を認めない」と判決されることがあるということです。

弁護士
悪意の遺棄だけでなく、不貞やモラハラ、DVなど他の法定離婚事由もある場合は併せて主張することが可能です。
離婚できる可能性を高めるためには、あらかじめどのような主張ができるか、把握しておく必要があります。
悪意の遺棄の判断で考慮される事情
別居期間が短くても、他に考慮される事情によっては同居義務違反にあたるとして悪意の遺棄が認められることがあります。
法定離婚事由のひとつである「婚姻を継続し難い重大な事由」が認められる別居期間は3〜5年程度が目安となっています。
しかし、悪意の遺棄の場合、別居期間の長さよりも、夫婦の共同生活が破綻することがわかっていて遺棄した事実があるかどうかが問題になります。
事情によっては別居期間が3年以下でも悪意の遺棄の離婚が認められるので、離婚が認められるケースか迷ったら弁護士に相談するのも手段のひとつです。
悪意の遺棄での離婚が問題となった判例
悪意の遺棄での離婚が認められた裁判例
過去に悪意の遺棄が認められた裁判例を紹介します。
夫の横領と家出を理由に妻が離婚を求めた裁判例
名古屋地判昭49・10・1(昭和48年(タ)181号)
夫が会社の売上金290万円を横領し、妻は夫と協力して4年間給料のほぼ全額を返済に充て、自分の給料だけで幼い子を抱えた3人の生活を支えた。ようやく完済した直後、夫は妻に行先を告げず突然家出し消息を絶った。
その後も生活費を一切送らず、他の女性と同棲している噂だけが聞こえてくる状態に。悪意の遺棄の成否が争点となった。
裁判所の判断
「正当な理由なく原告との同居義務および協力扶助義務を尽さないことが明らか」
名古屋地判昭49・10・1(昭和48年(タ)181号)
- 悪意の遺棄を認定し離婚を認容
- 慰謝料100万円を認定
- 財産分与115万円を認定(夫の借金230万円の半額相当)
- 長男の親権者を妻と指定
この裁判例では、夫が突然家を出て行方をくらまし、その後、妻に連絡せず生活費も一切渡さなかったことが、民法上の「悪意の遺棄」にあたると判断されました。
妻は4年間にわたり夫の借金返済に協力し、自身の収入だけで幼い子どもを育てながら家計を支えていました。そうした中で、借金を完済した直後に夫が一方的に家出した点について、裁判所は夫婦の同居義務や協力・扶助義務に明らかに反する行為だと認定しています。
他にも、一方的に説明なく別居を開始し、関係の修復を求められても拒絶して別居を継続した事例では、同居義務違反があったとして悪意の遺棄にあたると判断されました(東京地判平成29年9月29日)。
病気の妻を置き去りにして別居し、別居中も生活費を出さなかった事例についても、悪意の遺棄にあたると判断されました(浦和地判昭和60年11月29日)。
正当な理由なく、一方的に同居・協力・扶助義務を果たさなかった場合には悪意の遺棄として認められやすいようです。
悪意の遺棄で離婚できない裁判例
一方で、たとえ同居義務や扶助義務を果たしていなかったとしても、悪意の遺棄にあたらないと判断されてしまう場合もあります。
もっぱら妻の方に責任がある事情から夫婦が別居し、夫が妻に生活費を渡さなかったケースでは、悪意の遺棄に当たらないと判断されました(最判昭和39年9月17日)。
婚姻関係の破綻に責任がある者から相手に対して扶助請求を主張することができないからです。
悪意の遺棄でなく他の離婚事由が認められた裁判例
また、悪意の遺棄が認められないものの、他の離婚事由にあたると判断される場合もあります。
夫が仕事の都合で1ヶ月のほとんどを家庭の外で過ごし、1ヶ月平均2万円程度の生活費を家庭に入れていた事例では、悪意の遺棄にはあたらないと判断されました(大阪地判昭和43年6月27日)。
同居をしなかったのがあくまで単身赴任などの仕事の都合である場合、正当な理由があって別居していたとして悪意の遺棄にあたらないと判断されることがあります。
しかし、ほとんど同居することなく十分な生活費を渡さなかった状況には変わりなく、このケースでは他の離婚事由である「婚姻を継続し難い重大事由」にあたると判断されました。
正当な理由があって同居しない、生活費を入れない場合、悪意の遺棄にあたるとまでは判断されないものの、状況によっては他の離婚事由にあたると判断されるケースもあるようです。
悪意の遺棄で離婚をする方法
悪意の遺棄で離婚をする方法
では、悪意の遺棄があった場合に離婚をするにはどうしたらいいのでしょうか。
離婚には複数の種類があり、「協議離婚」、「調停離婚」、「裁判上の離婚」といった種類があります。
協議離婚
協議離婚の場合、夫婦間で離婚の合意が成立すれば、離婚をすることができます。
まずは、離婚をしたい意思を伝え、離婚に合意してもらえるよう話し合ってみましょう。
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離婚調停・裁判
離婚に相手が合意してくれない場合には、調停や裁判での離婚を目指していくことになります。
まずは、家庭裁判所に離婚調停を申し立てます。調停でも合意できない場合は離婚の裁判を提起することができます。
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悪意の遺棄を証明する証拠は?
裁判では悪意の遺棄を証明する必要があるため、可能な限り証拠を集めておきましょう。
裁判をしない場合でも、証拠の有無は、協議離婚や調停での話し合いを有利に進めるために重要になります。
例えば、住民票や賃貸借契約書、源泉徴収票、預貯金通帳、日記やメモなどが証拠として用いることができます。
- 住民票の写し(配偶者が別居して住民票を移動させていた場合)
- 賃貸借契約書(配偶者が新たに別居先の住居を借りたことを示す)
- 源泉徴収票(配偶者の収入額を示す)
- 通帳の写し(以前は送金されていた生活費が送金されなくなっていることを示す)
- メールやSNSのやり取り(別居に正当な理由がないことを示す)
- 配偶者の行動を記録した日記やメモ書き
その他にも、不貞行為やモラハラ、DVといった別の法定離婚事由があると疑われるような場合には相手方の不法行為に関する証拠も集めておきましょう。

弁護士
集めておくべき証拠については、一度弁護士に相談してみることが有効です。
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悪意の遺棄で慰謝料・婚姻費用を請求する
悪意の遺棄で慰謝料請求はできる
悪意の遺棄があったと認められれば、慰謝料を請求することができます。
ただし、慰謝料の請求ができるのは離婚後3年までです。
慰謝料を請求したい場合は、離婚前の段階から、慰謝料についても請求できるよう離婚の準備をすすめておきましょう。
悪意の遺棄の慰謝料の相場は50万円~300万円
悪意の遺棄による慰謝料の相場は50万円~300万円程度です。実際には100万円以下にとどまる例も少なくありません。
また、離婚後の生活支援の目的も含め、財産分与など他の金銭とあわせて慰謝料を一括で支払うケースもあり、その場合は慰謝料のみを支払うときよりも合計額が高くなる傾向があります。
以下のような事情は、慰謝料が高くなる要素となります。
- 離婚に至った責任が重い場合
- 婚姻期間が長く、当事者の年齢が高い場合
- 未成年の子どもがいる場合
- 離婚に至った責任のある配偶者に十分な収入や社会的地位がある場合
- 離婚に至った責任のない側に十分な資力がない場合
たとえば、夫が海外赴任中に不貞行為に及び、帰国後も不貞相手と同居したうえ、妻子に生活費を渡さず住居も確保しなかった事案では、夫と不貞相手に対して連帯で不法行為による慰謝料300万円と弁護士費用30万円の支払いが命じられました(東京高判令和元年9月25日)。
一般的に、未成年の子どもがいる場合、生活や養育への影響が大きいため、精神的苦痛が重いと評価されやすく、慰謝料の増額要素となります。
支払う側に高い年収や社会的地位があり、十分な支払能力があると認められる場合も、損害の補填という観点から金額が上がる方向に働きます。
さらに、遺棄された側に持病や身体的障害があることや、生活費をまったく渡さない、ほとんど帰宅しないといった悪質な経緯がある場合も、増額要素として考慮されます。
これに対し、別居期間が6か月程度と比較的短く、かつ生活費の一部でも支払われている状況では、慰謝料は抑えられる傾向があります。
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婚姻費用を払わないのは悪意の遺棄
悪意の遺棄が疑われる状況では、離婚が成立する前であっても、婚姻費用を請求することができます。
婚姻費用とは、夫婦が通常の生活を維持するために必要なお金のことです。具体的には、衣食住にかかる費用のほか、医療費や交際費、子どもの養育費・教育費などが含まれます。
夫婦は、それぞれの収入や資産に応じて、こうした費用を分担する義務があります。
(婚姻費用の分担)
夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
民法760条
この条文は、婚姻生活にかかる費用を夫婦が協力して分担することを定めたものです。結婚しているにもかかわらず生活費を渡さない場合、婚姻費用の分担義務を一方的に果たしていないことになります。
婚姻費用の金額は、夫婦それぞれの年収や子どもの人数・年齢に基づき「改定標準算定表(算定表)」を参考に決められるのが一般的です。たとえば、夫の年収が500万円、妻が専業主婦で子どもが2人いる場合、月額12万円から14万円程度が目安とされています。
生活費(婚姻費用)の支払いを拒否されたら?
相手が支払いに応じないときは、家庭裁判所に調停や審判を申し立てることが可能です。
婚姻費用の分担は夫婦である以上当然に生じる義務であり、離婚していなくても請求できます。支払いがない状態が続けば、義務違反として悪意の遺棄にあたる可能性もあります。
注意点として、婚姻費用は原則として申立てをした月以降の分しか認められません。
たとえば半年前から生活費が支払われていなくても、調停申立て前の分までは認められないケースが多いのが実情です。そのため、生活費が途絶えた場合は、早めに内容証明郵便で請求するか、家庭裁判所に調停を申し立てることが重要です。
調停では、源泉徴収票や給与明細など収入を示す資料の提出が求められます。婚姻費用の不払いが長期化すると、それ自体が離婚事由となるだけでなく、慰謝料請求の根拠としても考慮されます。
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悪意の遺棄による離婚についてよくある質問
Q. 悪意の遺棄で離婚するには証拠が必要?
悪意の遺棄で離婚を認めてもらうには、配偶者が正当な理由なく同居・協力・扶助の義務を果たしていない事実を証明する証拠が必要です。具体的には、別居先の住民票、生活費の振込が途絶えたことを示す通帳のコピー、別居について話し合った際のメールやLINEの記録などが有効です。
証拠は調停や裁判で相手の反論を防ぐために不可欠であり、請求を起こす前の段階から計画的に集めておくことが重要です。期間の長さよりも、意図的に義務を放棄している事実を客観的に示せるかが判断のポイントとなります。
Q. 悪意の遺棄の慰謝料はいくらもらえる?
悪意の遺棄の慰謝料は50万円~300万円程度が相場ですが、金額は別居期間の長さ、婚姻期間、未成年の子どもの有無、配偶者の収入や社会的地位などによって変動します。
たとえば、配偶者が愛人宅に転居して2年間一切生活費を渡さなかったケースでは300万円が認められた裁判例がある一方、別居期間が半年程度で生活費も一部支払われていた場合は50万円~100万円程度にとどまります。
慰謝料は離婚しなくても請求できますが、離婚を伴わない場合は金額が低めになる傾向があります。請求権の時効は損害を知ったときから3年です。
Q. 婚姻費用を払わないのは悪意の遺棄になる?
配偶者が収入があるのに婚姻費用を払わない場合、扶助義務違反として悪意の遺棄にあたる可能性があります。婚姻費用は夫婦が共同生活を維持するための生活費であり、たとえ別居中であっても支払い義務は継続します。
重要な注意点として、婚姻費用は調停を申し立てた月からしか認められないのが原則です。そのため、配偶者が生活費を渡さなくなったら速やかに内容証明郵便で請求するか、家庭裁判所に調停を申し立てることが必要です。
婚姻費用を払わない状態が長期間続くと、それ自体が離婚事由となるだけでなく、慰謝料請求の根拠にもなります。
悪意の遺棄での離婚は弁護士に相談
悪意の遺棄で離婚できるかの判断はひとりでは難しい
悪意の遺棄にあたるかどうかは、法律的な観点から判断されるため、専門的な知識や経験がないと判断が難しいケースもあります。
悪意の遺棄で慰謝料や婚姻費用を請求する場合、より迅速な対応が必要です。
法律の専門家である弁護士であれば、悪意の遺棄にあたるかどうか、慰謝料や婚姻費用はいくら請求できるか、集めるべき証拠は何か、といった判断を適切に行うことができます。
離婚手続きをスムーズに進めたい、慰謝料もしっかり請求したいとお考えであれば、まずは弁護士に相談をしてみましょう。

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

弁護士
悪意の遺棄に対しては慰謝料の請求も可能です。