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窃盗の共犯責任の範囲「仲間が勝手にやった」では済まされない #裁判例解説

「私は現場にいませんでした。仲間が勝手にやったことで、私は何も知らないんです!」
被告人が力説する。しかし、検察官は冷静に反論した。
「被告人は確かに現場にいませんでした。しかし、あなた方は指示役からの命令で動く組織の一員として、被害者からキャッシュカードをだまし取り、現金を引き出す犯行を繰り返していたのではないですか?」
法廷には、詐欺グループの構造が次々と明らかになる証拠が提示されていく。被告人が知らない間に仲間が引き出した現金。それでも被告人に責任はあるのか――裁判所の判断が注目された。
※平成31年2月28日東京高等裁判所判決(平成30年(う)1950号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 指示役からの包括的な指示に基づく犯行は、個別の実行を知らなくても共犯責任が問われる
- 共犯関係から離脱する意思を明確に示さない限り、共犯関係は継続すると判断される
- 指示内容の細部に齟齬があっても、本質的な部分で一致していれば共謀は認められる
- 詐取金の分配から排除されても、共同正犯の成立は否定されない
刑事事件における共同正犯の成立要件は、複雑な組織犯罪においてしばしば争点となります。特に、詐欺グループのように階層的な指示系統がある場合、「自分は指示に従っただけ」「他のメンバーの行為は知らなかった」という弁解がどこまで通用するのでしょうか。
今回ご紹介する東京高等裁判所の判決は、被害者からキャッシュカードをだまし取り、現金を引き出す詐欺グループの一員だった被告人について、自分が関与していない窃盗行為についても共同正犯の成立を認めた重要な事例です。
この事例を通じて、共謀共同正犯の成立要件、共犯関係からの離脱、そして組織的犯罪における個人の責任範囲について、実務的な理解を深めていきましょう。
目次
📋 事案の概要
今回は、平成31年2月28日東京高等裁判所第10刑事部判決(平成30年(う)1950号)詐欺、窃盗被告事件を取り上げます。
この裁判は、組織的な詐欺グループの一員として活動していた被告人が、自分が直接関与していない窃盗行為についても共同正犯として責任を問われた事案です。
- 事件の登場人物:
- 被告人:指示役の指示でATMから現金を引き出す「出し子」役
- 共犯者A:被告人の共犯者。被告人と同様に出し子役として活動。現金を独占した疑い
- 共犯者B: 被告人の共犯者。Aと共に出し子役として活動し、被告人が関与していない窃盗も実行
- 指示役: グループの上位者。被告人らに電話で具体的な指示を出していた
- 事件の流れ:
- 被告人らは高齢女性から4枚のキャッシュカード(A銀行、B銀行、C信託銀行、D銀行)を詐取
- 被告人は当日、そのうち3枚のカードを使用して現金を引き出した。
- その後、被告人が知らない間に、共犯者のBが残りのD銀行のカードを使用して現金30万円を引き出した
- 翌日、BがC信託銀行のカードを使用し、口座残高(17万6678円)を超える50万円を引き出した
- 争点:被告人は、自分が直接関与していない窃盗については共謀がなかったとして、無罪を主張
- 判決:控訴棄却。被告人には包括的な共謀が成立しており、直接関与していない窃盗についても共同正犯が成立すると判断。
🔍 裁判の経緯
「私は確かに、指示役の命令に従って被害者からキャッシュカードを4枚だまし取りました。そして、そのうちの3枚を使ってATMから現金を引き出したことも認めます」
被告人は取り調べでこう供述した。実際、被告人らはこのパターンで何度も犯行を繰り返していた。だまし取る、引き出す、報告する、さらに指示を受ける――この繰り返しだった。
「でも、その後BやAが勝手に残りのカードを使って現金を引き出したことは、まったく知りませんでした。私が関与していない犯行まで、なぜ私の責任になるんですか?」
共犯者のBも「Aが現金を独り占めしていたんじゃないか」と証言し、被告人が利益を得ていない可能性を示唆していた。
弁護側は、さらに別の矛盾点を指摘した。
「被告人は指示役から『クレジット機能を使うと足がつきやすいので、口座の残高を超えて引き出すな』と明確に指示されていました。しかし、Bは残高17万6678円の口座から50万円を引き出している。これは明らかに指示に反する行為です」
しかし、検察側は電話の通話記録を示して反論した。
「残りのカードでBが30万円を引き出した直後、さらに翌日50万円を引き出す前後にも、指示役と連絡が取られています。残高超過も指示役の了承のもとに行われた可能性が高い」
共犯者のAは、4枚のうちD銀行のカードが後から使われた理由についてこう説明した。「指示役は最初、名前が似ている2つの銀行のカードがあることに気づいていなかった。後から気づいて『これも使え』と指示してきたんです」
「私たちは指示役の命令で動くだけでした。カードが何枚あろうと、指示されたらすべて使う。それが私たちの役割だったんです」
※平成31年2月28日東京高等裁判所判決(平成30年(う)1950号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
東京高等裁判所は、被告人の控訴を棄却し、第一審の有罪判決を支持し、被告人が直接関与していない窃盗についても共同正犯が成立すると判断しました。
主な判断ポイント
1. 包括的共謀の成立
裁判所は、指示役と被告人らの間に「包括的な共謀」が成立していたと認定しました。
被告人らが受けていた指示には、「キャッシュカードをだまし取り、その当日に引出限度額まで現金を引き出すだけでなく、なお残高がある場合には翌日にも現金を引き出す」という内容が含まれておりその共謀に基づいて一連の詐欺及び窃盗を繰り返していたとしました。
2. 共犯関係からの離脱の不存在
被告人が現場にいなかったことは、共犯関係の解消理由にはなりませんでした。裁判所は、「共犯関係から離脱するとの意思を表明しておらず、共犯関係を解消していない」と指摘しています。
3. 指示内容の齟齬は本質的ではない
弁護側は、口座残高を超える引き出しは指示に反すると主張しましたが、裁判所はこの主張を退けました。
裁判所は、犯行の本質は「だまし取ったカードで現金を引き出す」という点にあり、「残高を超えないようにする」というのは本質的な要素とはいえないとしました。
加えて、裁判所は通話記録から、残高超過の引き出しについても指示役が関与していた可能性が高いと指摘しました。BがATMで現金を引き出す前後に、指示役との間で複数回の連絡が取られていたからです。
4. 利益分配の排除と共同正犯の関係
原判決は、「仮にAが引き出した現金を独占するつもりであったとしても、それは窃取金の分配から被告人らを排除するものに過ぎず、上記共謀に基づき、被告人に共同正犯が成立することは否定されない」と述べ、高裁もこの判断を支持しました。
共同正犯が成立するかどうかは、犯行時に共謀が存在したかどうかで判断されるのであって、事後的に利益を得たかどうかは関係ないというのが裁判所の判断です。
👩⚖️ 弁護士コメント
組織的犯罪における「包括的共謀」の重要性
この判決の教訓の一つは、組織的な犯罪グループにおいて、個別の犯行を知らなかったという弁解は通用しにくいということです。
ここで重要な概念が「包括的共謀」です。これは、個々の犯行について具体的な合意がなくても、一定の範囲の犯行について包括的に合意していれば、その範囲内の犯行すべてについて共同正犯が成立するという考え方です。
本件では、被告人らは「被害者からキャッシュカードをだまし取り、残高がある限り現金を引き出す」という包括的な指示を受けていました。この包括的な合意があれば、個々の引き出し行為について逐一知らされていなくても、共同正犯が成立することになります。
組織的な犯罪グループでは、このような包括的共謀が認定されることが多く、末端の実行犯でも広範な責任を負わされることになります。
共犯関係からの離脱は容易ではない
もう一つ重要なのは、いったん共犯関係に入った以上、そこから離脱することは簡単ではないという点です。
実務上、共犯関係から離脱したと認められるためには、以下のような要件が求められます
共犯関係からの離脱の要件
- 明確な離脱の意思表明を他の共犯者に対して行うこと
- 自己の関与による因果関係を消滅させる措置を講じること(例:すでに提供した道具を回収する、警察に通報するなど)
- 他の共犯者が犯行を思いとどまるような働きかけをすること
本件の被告人は、単に「その後の犯行を知らなかった」「現場にいなかった」というだけで、離脱の意思表明もしていませんし、指示役や他の共犯者との連絡を絶っていたわけでもありません。このような消極的な態度では、共犯関係から離脱したとは認められないのです。
「自分は指示に従っただけ」という弁解
詐欺グループなどの組織的犯罪では、下位の実行犯が「自分は上からの指示に従っただけ」と弁解することがよくあります。しかし、この弁解はほとんどの場合、刑事責任を免れる理由にはなりません。
指示に従ったということは、まさに共謀が存在したことの証明になります。指示を受け、それを理解し、実行したということは、指示役との間に意思の連絡があったということであり、これが共謀にほかならないからです。
さらに本件では、被告人は単に一回の指示を受けたのではなく、継続的に指示を受けながら複数の犯行を繰り返していました。このような場合、被告人は組織の一員として組織的犯罪に深く関与していたと評価され、より重い責任が認められることになります。
実務的な教訓
弁護士としてこの判決から学ぶべき実務的な教訓は以下の通りです。
第一に、依頼人が組織的な犯罪グループに関与している疑いがある場合、自分が直接関与していない犯行についても責任を問われる可能性があることを説明する必要があります。「知らなかった」「やっていない」という弁解だけでは不十分です。
第二に、もし依頼人が本当に犯罪グループから離脱したいと考えているなら、できるだけ早い段階で、明確な離脱の意思を示し、場合によっては警察に自首することも検討すべきです。曖昧な態度で関係を継続させていると、その後の犯行についても責任を問われることになります。
第三に、指示内容の細部における齟齬や、利益配分の有無といった事情は、共同正犯の成否を左右する決定的な要素にはならないことを理解しておく必要があります。重要なのは、犯行の本質的な部分について共謀があったかどうかです。
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窃盗罪の基本
窃盗罪は、刑法第235条に規定されており、「他人の財物を窃取した者」を処罰する犯罪です。法定刑は10年以下の懲役又は50万円以下の罰金とされています。
窃盗罪が成立するためには、以下の要件が必要です。
窃盗罪の要件
- 他人の財物であること:自分の所有物ではないこと
- 占有を侵害すること:他人が管理している物を、その意思に反して自分の支配下に移すこと
- 不法領得の意思:財物を自分のものにしたり、経済的に利用する意思があること
本件のように「出し子」がキャッシュカードを使ってATMから現金を引き出す行為は、銀行の占有を侵害する行為として主に窃盗罪が成立します。
カードの入手が詐欺による場合は詐欺罪も成立し、不正作出カードの場合は私電磁的記録不正作出罪等も成立する場合があります。
共同正犯と共謀共同正犯
刑法第60条は「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする」と規定しています。これが共同正犯です。
つまり、複数人で協力して犯罪を実行した場合、全員が「実行した本人」として同じ責任を負う、という規定です。
実際の犯行に参加しなくても、共謀に参加していれば共同正犯が成立します。これを「共謀共同正犯」といいます。
判例は古くから共謀共同正犯を認めており(大判昭和11年5月28日)、現在では確立した理論となっています。本件も、被告人が実際にはBの実行した窃盗行為に関与していないにもかかわらず、共謀があったことを理由に共同正犯の成立を認めた事例といえます。
🗨️ よくある質問
Q1:組織の指示に従っただけなのに、なぜ重い責任を問われるのですか?
A1:指示に従ったということ自体が、指示役との間に共謀があったことを示しています。刑法は、実際に実行行為を行った者だけでなく、共謀に参加した者すべてを正犯として扱います。
特に組織的な犯罪では、指示役と実行役が協力して犯罪を行うからこそ大きな被害が生じるのであり、実行役も指示役と同等の責任を負うべきだと考えられているのです。
また、「指示に従っただけ」という弁解を認めてしまうと、組織犯罪の末端の実行犯を処罰することが困難になり、組織犯罪を効果的に取り締まることができなくなってしまいます。
Q2:自分が直接やっていない犯行について、なぜ責任を問われるのですか?
A2:包括的な共謀が成立している場合、その共謀の範囲内で行われた犯行については、直接関与していなくても共同正犯としての責任を負います。
本判決でも、被告人は問題となった窃盗の現場にいませんでしたが、指示役との間の包括的共謀に基づき共同正犯とされました。「知らなかった」「現場にいなかった」という事情だけでは、責任を免れることはできません。
Q3:「闇バイト」に応募してしまったら、どうすればよいですか?
A3:まだ実際の犯行に加担していない段階であれば、直ちに警察に相談することをお勧めします。
すでに何らかの犯行に加担してしまった場合でも、それ以上関与する前に警察に自首することで、刑が軽減される可能性があります。「報復が怖い」と感じるかもしれませんが、警察は被害者・通報者の保護にも対応しています。
一人で抱え込まず、できるだけ早い段階で専門家に相談することが重要です。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

