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交通死亡事故の刑事裁判―危険運転致死罪が成立した判例 #裁判例解説

深夜の国道を時速78kmで走行する車。しかし、その車は対向車線を逆走していた――。
カーブに沿って走り続け、約550メートル、25秒間、正常な車線に戻ることはなかった。
そして午前0時50分、対向から来た車両と正面衝突。車に乗っていた9歳の子どもが、脳挫傷により命を落とした。
運転していた男性は、事故前に飲酒しており、呼気検査では事故から約4時間後でも0.05mg/lのアルコールが検出された。
「眠気によるものだった」と主張する被告人。しかし裁判所は、アルコールの影響により正常な運転操作が困難な状態だったと認定した。
※大津地判令3・12・21(令和元年(わ)667号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 事故の数時間後でも、呼気検査でアルコールが検出されれば逆算で立証可能
- 「眠気だった」との主張は、飲酒状況や運転状況から退けられる
- 対向車線逆走などの異常運転は飲酒の影響による判断力低下の証拠となり得る
- 過労や睡眠不足があっても、飲酒の影響が認められれば危険運転致死罪が成立する
今回ご紹介する判例は、飲酒後に対向車線を逆走し続け、9歳の子どもを死亡させた事案で、裁判所が危険運転致死罪の成立を認め、懲役4年の実刑判決を言い渡したものです。
被告人は「疲労と睡眠不足による眠気が原因」と主張しましたが、裁判所は飲酒量の推計、事故時の血中アルコール濃度の逆算、異常な運転状況の分析から、アルコールの影響を認定しました。
この判例を通じて、交通死亡事故の刑事裁判における立証方法や量刑の考え方を解説します。
目次
📋 事案の概要
今回は、大津地判令3・12・21(令和元年(わ)667号)を取り上げます。
この裁判は、飲酒後に対向車線を逆走して対向車両と衝突し、9歳の子どもを死亡させた危険運転致死事件です。
- 被告人:宿泊施設の支配人(当時40歳代)
- 被害者:9歳の子ども(対向車両の同乗者)
- 事故状況:被告人が運転する車両が対向車線を時速約78kmで逆走中、対向から進行してきた車両と正面衝突
- 飲酒状況:事故前日の夜、レストランとスナックでビールとウイスキーを飲酒
- 呼気検査:事故から約4時間後の検査で0.05mg/l検出
- 請求内容:検察官は危険運転致死罪で起訴(懲役6年求刑)、弁護人は過失運転致死罪を主張
- 結果:裁判所は危険運転致死罪の成立を認め、懲役4年の実刑判決
🔍 裁判の経緯
被告人は、繁忙期に連日の長時間勤務が続き、宿泊施設に泊まり込みで働いていました。睡眠時間は5時間程度で、疲労が蓄積していました。
ある夜、義理の父でもある社長に誘われ、飲食店でビールとウイスキーを飲酒しました。
深夜、社長を病院に送り届けた後、1人で宿泊施設へ戻るため国道を走り始めました。単調な深夜の道路で、眠気を感じるようになりました。
日付が変わった午前0時41分頃、車線内でふらつきながら走行。その後、時速5kmの極端な低速走行や急停止・再加速を繰り返すなど、異常な運転が続きました。カーブでは不要なブレーキを繰り返し、対向車線にはみ出すこともありました。
そして、直線区間で突然対向車線に進出し、時速50~60kmに急加速。加速を続け、時速約78kmに達しましたが、ブレーキも踏まず、約25秒間にわたって逆走を続けました。
午前0時50分、対向から進行してきた車両を至近距離で発見。急ブレーキをかけましたが間に合わず、正面衝突しました。
事故から約30分後、警察官が到着。被告人は「居眠り運転をした」と認めました。意識は明瞭で酩酊の様子も見られなかったため、飲酒確認はされませんでした。
しかし、事故から約4時間後の呼気検査で0.05mg/lのアルコールが検出されました。
被告人は起訴されました。疲労と睡眠不足による眠気が原因で、飲酒の影響ではないと主張しましたが……。
※大津地判令3・12・21(令和元年(わ)667号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
大津地方裁判所は、被告人の主張を退け、危険運転致死罪の成立を認めました。
「被告人は、本件事故に直結した異常運転を開始した時点で、アルコールの影響により、その走行中に正常な運転に支障を生じるおそれがある状態で自動車を運転し、本件事故時においては、アルコールの影響により正常な運転操作が困難な状態に陥っていたものと認められる」
裁判所は、被告人を懲役4年に処しました。
主な判断ポイント
呼気検査結果からの血中アルコール濃度の逆算
裁判所は、山口大学大学院教授の法医学専門家の証言を採用し、ウィドマーク式という科学的手法で、事故時の血中アルコール濃度を推計しました。
計算の前提
- 呼気検査結果:0.05mg/l(事故から約4時間後)
- 血中濃度に換算:0.10mg/ml
- 被告人のβ60値(60分当たりのアルコール消失速度):0.16mg/ml/hr(日本人の標準値)
推計結果
- 異常運転開始時(午前0時41分):血中アルコール濃度0.70mg/ml前後
- 本件事故時(午前0時50分):血中アルコール濃度0.676mg/ml前後
この数値は、WHO(世界保健機関)の区分では「軽度酩酊」に該当し、注意力や忍耐力の低下、反応の鈍化、判断力の低下といった症状が見られる状態です。
裁判所は、「被告人は、正常な運転能力ないし思考・判断能力に影響を与える程度のアルコールを体内に保有していた」と認定しました。
異常な運転状況の分析
裁判所は、事故に至るまでの運転状況を詳細に分析しました。
逆走開始前の異常運転
- 車線内で左右にふらつく
- 時速5kmという極端な低速走行
- 急な減速と停止、再加速を繰り返す
- カーブで不要なブレーキを連続
- 対向車線にはみ出しては戻ることを繰り返す
裁判所は、これらを「強い眠気による意識レベルの低下ないし一時的な意識喪失」の下での走行と認定しました。
逆走開始後の異常運転
- 対向車線に進出と同時に一気に加速
- 時速約78kmまで加速
- ブレーキを踏まず、ふらつくこともなく、カーブに沿って走行
- 少なくとも約550メートル、約25秒間、逆走を継続
裁判所は、「覚醒状態で、道路状況を認識しつつ意識的に運転操作をした」と認定しました。
判断の核心
裁判所は、逆走開始後の運転について、次のように述べました。
「被告人が逆走を開始した道路は、対向車両がいつ来てもおかしくない状態であった。時速78kmで対向車線上を進行すれば、対向車両と正面衝突し、死傷結果を伴う重大な交通事故を起こす現実的な危険があったことは明らかである。(中略)そのような運転行為を意識的に選択した判断は、正常な判断能力の下ではあり得ない、明らかに不合理なものである」
つまり、覚醒状態で意識的に運転していたのに、明らかに不合理で危険な判断をした――これはアルコールによる判断力の低下以外に説明できない、と裁判所は判断しました。
「眠気が原因」との主張の否定
弁護人は、「連日の長時間勤務による疲労と睡眠不足で眠気を催したのが原因であり、アルコールの影響ではない」と主張しました。
しかし裁判所は、「眠気による意識レベルの低下では説明できない」「覚醒状態での無意味な逆走という不合理な判断はアルコールの影響によるものと見るのが自然」との理由でこれを退けました。
2つの異常運転の連続性
裁判所は、眠気による異常運転と、覚醒状態での不合理な判断による異常運転が、時間的・場所的に連続して行われたことに着目しました。
「これら2つの異常運転が、偶然にも、相互に関連性のない別々の原因によって相前後して行われたとは考え難く、むしろ、2つの異常運転に共通の原因が介在していると考えるのが自然である。その共通の原因としては、運転開始前の飲酒によるアルコールの影響以外には考え難い」
つまり、疲労等の影響にアルコールの影響が相まって強い眠気を感じた結果、意識レベルが低下し異常運転に及んだが、その後、強い眠気が解消されても、体内に保有するアルコールの影響は残存し、その影響の下、明らかに不合理な判断をして対向車線に進出した、と裁判所は認定しました。
検証実験による裏付け
裁判所は、職権で現場検証を実施しました。
被告人車両と同種の車両を使い、時速約78kmで事故現場付近を走行したところ、本件道路は、湾曲や傾斜に応じた継続的かつ意識的な操作が必要で、意識低下状態での走行は不可能と確認されました。
また、ハンドルを手放したり、意識的に操作しない状態で走行すると、100メートル足らずで車線を逸脱し、側壁に衝突することも確認されました。
この検証結果から、裁判所は「逆走開始後、事故現場に至るまでの区間は、断続的仮睡状態で走行し続けられるようなものでないことはもとより、意識朦朧状態で走行できるようなものでもなく、覚醒状態でなければ走行できない」と結論づけました。
👩⚖️ 弁護士コメント
交通死亡事故の刑事裁判における立証方法
この判例は、飲酒運転による交通死亡事故の刑事裁判において、アルコールの影響をどのように立証するかを示した重要な判例です。
科学的手法による血中アルコール濃度の推計
事故から数時間後の呼気検査結果から、事故時の血中アルコール濃度を逆算する手法(ウィドマーク式)が、裁判所に採用されました。
この手法は、警察実務や法医学会で広く用いられており、60分当たりのアルコール消失速度(β60値)を用いて計算します。日本人の平均的なβ60値は0.16mg/ml/hrです。
本件では、被告人に最大限有利に解釈しても、事故時の血中アルコール濃度は0.576mg/ml以上と推計されました。
異常な運転状況からの推認
裁判所は、防犯カメラや後続車両運転者の証言から、事故前の運転状況を詳細に再現しました。
そして、逆走開始後の運転が「覚醒状態でなければできない運転」であることを、現場検証実験で確認した上で、「覚醒状態で意識的に行った明らかに不合理な判断」はアルコールによる判断力低下以外に説明できないと判断しました。
「眠気だった」との主張への対応
被告人は「疲労と睡眠不足による眠気が原因」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
ポイントは、2つの異なる異常運転(眠気による異常運転と、覚醒状態での不合理な判断による異常運転)が連続して起きたことです。
裁判所は、これらに共通する原因として、アルコールの影響があったと認定しました。つまり、疲労等の影響にアルコールが相まって眠気を感じ、その後眠気が解消されても、アルコールの影響は残り、判断力の低下をもたらしたという理論です。
危険運転致死罪と過失運転致死罪の境界
法律上の違い
- 危険運転致死罪(自動車運転処罰法2条):1年以上20年以下の拘禁刑
- 危険運転致死罪(自動車運転処罰法3条):1か月以上15年以下の拘禁刑
- 過失運転致死罪(自動車運転処罰法5条):7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金
危険運転致死罪が成立するのは、主に以下のケースです。
- アルコール・薬物の影響で正常な運転が困難な状態での運転(2条1号)
- 制御困難な高速度での運転(2条2号)
- 未熟な運転技能での運転(2条3号)
- アルコール・薬物の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転で、その影響により正常な運転が困難となった場合(3条1項)など
本件は3条1項の危険運転致死罪が成立しました。
量刑の考え方
裁判所は、本件を「懲役4、5年前後に位置付けるべき事案」としました。
刑を重くする事情
- 9歳の子どもが死亡という重大な結果
- 酒気帯び運転基準値の2倍前後のアルコール保有
- 対向車線逆走という極めて危険な運転
- 長時間・長距離の運転継続
- 異常運転開始後も約11km、約9分間運転を継続
刑を軽くする事情
- 前科なし
- 一定の反省
- 任意保険による賠償の見込み
結果として、懲役4年の実刑判決となりました。
📚 関連する法律知識
自動車運転死傷処罰法の体系
危険運転致死傷罪(2条)
- アルコール・薬物の影響で正常な運転が困難な状態での運転
- 制御困難な高速度での運転
- 未熟な運転技能での運転
- 妨害目的での運転(割り込み、幅寄せ等)
- 赤信号無視
- 通行禁止道路の進行 など
危険運転致死傷罪(2条)の法定刑
| 区分 | 法定刑 | 期間 |
|---|---|---|
| 致死(死亡) | 1年以上の有期拘禁刑 | 下限1年〜上限20年 |
| 致傷(負傷) | 15年以下の拘禁刑 | 下限1か月〜上限15年 |
危険運転致死傷罪(3条)
- アルコール・薬物の影響で正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転
危険運転致死傷罪(3条)の法定刑
| 区分 | 法定刑 | 期間 |
|---|---|---|
| 致死(死亡) | 15年以下の拘禁刑 | 下限1か月〜上限15年 |
| 致傷(負傷) | 12年以下の拘禁刑 | 下限1か月〜上限12年 |
過失運転致死傷罪(5条)
- 自動車運転上の注意義務違反による死傷事故
過失運転致死傷罪の法定刑は「7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金」です。法律上「死亡」と「負傷」で差はありません。ただし、実際の裁判では、死亡事故の方がより重い刑が選択されるのが一般的です。
道路交通法との関係
飲酒運転には、道路交通法上の刑事罰もあります。
- 酒酔い運転:5年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金
- 酒気帯び運転:3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金(呼気中アルコール濃度0.15mg/l以上)
死亡事故を起こした場合、自動車運転死傷処罰法の罪が成立すれば、道路交通法違反は通常併合罪として処理されます。
アルコールの影響と運転能力
WHOの区分によれば、血中アルコール濃度と酩酊度の一般的な傾向を以下のように示しています。
- 0.1~0.5mg/ml(無症状期):自己抑制の低下、判断力の低下
- 0.6~1.0mg/ml(軽度酩酊):注意力・忍耐力の低下、反応の鈍化、判断力の低下
- 1.0~1.5mg/ml(中等度酩酊):反応の著明な低下、運動機能の低下、言語不明瞭
本件の被告人は0.6~0.7mg/ml前後であり、軽度酩酊に該当しました。
🗨️ よくある質問
Q.飲酒運転で死亡事故を起こした場合、必ず危険運転致死罪になりますか?
必ずしも危険運転致死罪に該当するとは限りません。
危険運転致死罪が成立するには、「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」または「正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」での運転が必要です。
少量の飲酒で、正常な運転に支障がない程度であれば、過失運転致死罪と道路交通法違反の酒気帯び運転の併合罪となることが多いでしょう。
Q.事故から数時間後の呼気検査でも、事故時の飲酒運転を立証できるのですか?
可能です。本判例のように、ウィドマーク式という科学的手法で、事故時の血中アルコール濃度を逆算できます。
アルコールは時間経過に伴い一定の速度で分解されるため、検査時の数値から事故時の数値を推計できます。
ただし、被告人に有利に解釈するため、日本人の平均的なアルコール消失速度を用いるなど、慎重な計算が行われます。
Q.「疲労や睡眠不足で眠気があった」と主張すれば、危険運転致死罪を免れられますか?
免れられません。本判例が示すように、疲労や睡眠不足があっても、飲酒の影響が相まって事故を起こした場合、危険運転致死罪が成立します。
裁判所は、飲酒がなければこのような状態に陥ることがなかった場合、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態に陥ったと判断します。
本件でも、覚醒状態での明らかに不合理な判断(対向車線逆走)は、アルコール以外では説明できないと認定されました。
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一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

