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パチンコ店の女性用トイレに侵入。建造物侵入罪で最高裁まで持ち込まれた判例 #裁判例解説

「被告人は、女子トイレという私的空間に、盗撮という卑劣な目的で侵入しました」
検察官の声が法廷に響く。スクリーンには、パチンコ店の女子トイレから押収された小型カメラの写真が映し出されている。
「建造物侵入罪と迷惑防止条例違反。この2つの罪は牽連犯として一罪となりますが、事案の悪質性に鑑み、罰金40万円を求刑します」
しかし、裁判官は首を横に振った。
「建造物侵入罪の罰金刑の上限は10万円です。40万円という求刑は、法定刑を超えています。」
被告人の侵入行為をどう評価するか。その判断が、最高裁判所にまで持ち込まれることになる…。
※最判令・2・10・1(平成30年(あ)845号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 盗撮目的でのトイレ侵入は建造物侵入罪と条例違反の両方が成立する
- 建造物侵入罪は「手段」の犯罪として牽連犯を構成することが多い
- 侵入罪の罰金上限が低いと、かえって拘禁刑が選択される場合がある
- 科刑上一罪でも罰金刑は被告人に有利な方が適用される
他人の建造物に無断で立ち入る建造物侵入罪は、プライバシーや平穏な生活を守るための重要な犯罪類型です。
特に、盗撮や窃盗などの目的で侵入した場合、建造物侵入罪は「手段」の犯罪として、目的の犯罪と牽連犯(セットで一つの罪として扱われ、重い方の罪を基準に処罰されれる)の関係に立ちます。
今回ご紹介する裁判例は、パチンコ店の女子トイレに盗撮目的で侵入した事案です。
建造物侵入罪(罰金上限10万円)と迷惑防止条例違反(罰金上限50万円)が牽連犯となった場合、罰金刑の上限はどちらの罪で決まるのでしょうか。
この技術的な問題が、被告人に懲役刑が科されるか罰金刑で済むかを左右することになりました。
最高裁判所は、建造物侵入罪の罰金上限ではなく、条例違反の罰金上限を適用すべきとの判断を示しました。建造物侵入罪が関わる事案の量刑実務に影響を与える重要な判例を詳しく解説します。
目次
📋 事案の概要
今回は、最判令・2・10・1(平成30年(あ)845号)を取り上げます。
この裁判は、盗撮用カメラを設置する目的でパチンコ店の女子トイレに侵入し、実際に盗撮を行った被告人について、建造物侵入罪と迷惑防止条例違反の牽連犯としての量刑が争われた事案です。
- 被告人:共犯者と共謀して盗撮行為を行った者
- 侵入場所:パチンコ店の女子トイレ
- 侵入目的:盗撮用小型カメラの設置
- 被害者:同トイレを利用した女性
- 請求内容:検察官は罰金40万円を求刑
- 結果:第一審・控訴審は懲役2月(執行猶予3年)を言い渡したが、最高裁は破棄差戻し
🔍 裁判の経緯
「女子トイレへの侵入は、管理権者の意思に反する悪質な行為です」 検察官は厳しく指弾した。
事件は、被告人が共犯者と共謀し、パチンコ店の女子トイレに盗撮カメラを設置したものである。この行為により、建造物侵入罪と条例違反(盗撮)が成立。両者は手段と目的の関係にある牽連犯とされた。
ここで問題になったのは、両罪の法定刑の違いが問題となる。
- 建造物侵入罪:懲役は重い(3年以下)が、罰金は安い(10万円以下)。
- 条例違反:懲役は軽い(6月以下)が、罰金は高い(50万円以下)。
検察官は、事件の悪質性を考慮しつつも、初犯であることを鑑みて罰金40万円を求刑した。しかし、さいたま簡易裁判所は意外な判断を下す。
「牽連犯は、最も重い罪で処断する。懲役刑が重い『建造物侵入罪』を基準とすれば、罰金の上限は10万円となる。これでは軽すぎるため、懲役刑を選択せざるを得ない」
その結果、被告人に言い渡されたのは、求刑よりも重い懲役2月(執行猶予3年)だった。侵入罪の罰金上限の低さが、皮肉にも被告人を懲役刑へと追いやったのである。
控訴審の東京高等裁判所もこの判断を支持し、被告人の控訴を棄却した。
「重い罪のせいで、妥当な罰金刑が科せないのはおかしい」 弁護人はこの矛盾を正すべく、最高裁への上告を決意した。
※最判令・2・10・1(平成30年(あ)845号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
最高裁判所第一小法廷は、原判決及び第一審判決を破棄し、本件をさいたま簡易裁判所に差し戻しました。
裁判所は、建造物侵入罪と条例違反の牽連犯における罰金刑の多額について、「懲役刑の重さに関わらず、罰金刑の上限については、金額が高い方の罪の基準を採用する」と判示しました。
主な判断ポイント
1. 建造物侵入罪と条例違反の牽連犯関係
本件では、パチンコ店女子トイレへの侵入(建造物侵入罪)が、盗撮(条例違反)の手段となっています。
このように、ある犯罪を実行するための手段として別の犯罪を行った場合、両罪は牽連犯として科刑上一罪となります。
建造物侵入罪は、窃盗や強盗、本件のような盗撮など、様々な犯罪の「手段」として牽連犯を構成することが多い犯罪類型です。
2. 建造物侵入罪の罰金上限による制約の問題
第一審・控訴審は、懲役刑の上限で比較して重い建造物侵入罪の罰金上限(10万円)を適用しました。
しかし、この解釈では、事案に見合った罰金刑を科すことができず、結果として懲役刑が選択されるという不合理が生じます。
最高裁は、刑法54条1項の趣旨(被告人に不当に重い刑が科されることを防ぐ)に照らし、この解釈を否定しました。
3. 罰金刑は被告人に有利な方を適用
最高裁は、科刑上一罪において、軽い罪の罰金刑の多額の方が重い罪のそれよりも多いときは、軽い罪の罰金上限によるべきと判断しました。
本件では、建造物侵入罪の罰金上限10万円ではなく、条例違反の罰金上限50万円が適用されます。
これにより、検察官は最大50万円までの罰金を求刑でき、裁判所も事案に応じた適切な罰金刑を言い渡すことが可能になります。
👩⚖️ 弁護士コメント
建造物侵入罪の位置づけ
建造物侵入罪は、刑法130条に規定される犯罪で、正当な理由なく他人の建造物に侵入した場合に成立します。
建造物には、住居以外の建物(店舗、事務所、学校など)が広く含まれ、本件のようなトイレも建造物の一部として保護の対象となります。
建造物侵入罪の特徴は、それ自体が目的というよりも、窃盗、盗撮、暴行など他の犯罪の「手段」として行われることが多い点です。
このため、建造物侵入罪は牽連犯の手段の罪として問題になることが頻繁にあります。
本判決の実務的意義
本判決は、建造物侵入罪が関わる牽連犯の事案において、罰金刑の上限が建造物侵入罪の10万円に制限されないことを明らかにしました。
従来、下級審では「懲役刑で重い建造物侵入罪の法定刑によるべき」との理解が一般的でした。
しかし、建造物侵入罪の罰金上限は10万円と比較的低額であり、この解釈に従うと、事案の悪質性に見合った罰金刑を科すことができないという問題がありました。
本判決により、建造物侵入罪と他の罪(条例違反、暴行罪など)の牽連犯の場合でも、他の罪の罰金上限が高ければそちらが適用されることが確立されました。
これは、建造物侵入罪が関わる事案の量刑実務に大きな影響を与える重要な判例です。
盗撮目的の建造物侵入への対応
本件のような盗撮目的でのトイレ侵入は、近年増加傾向にある犯罪類型です。被害者のプライバシーを著しく侵害する悪質な行為であり、厳しい処罰が求められます。
弁護人としては、本判決を踏まえ、事案に応じた適切な量刑を求めることが重要です。罰金刑の選択が可能であれば、被告人の社会復帰や更生の観点から、罰金刑を求める弁護活動も検討すべきでしょう。
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建造物侵入罪とは
建造物侵入罪は、刑法130条前段に規定されており、「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入」した場合に成立します。
法定刑は「3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金」です。
侵入とは、管理権者の意思に反して立ち入ることをいいます。本件のように、営業中の店舗であっても、女子トイレに男性が盗撮目的で立ち入ることは、明らかに管理権者の意思に反するため、建造物侵入罪が成立します。
牽連犯の典型例
牽連犯とは、ある犯罪を実行するための手段として別の犯罪を行った場合(手段結果の関係)をいい、刑法54条1項後段により科刑上一罪として扱われます。
建造物侵入罪が関わる牽連犯の典型例としては、以下のものがあります。
- 建造物侵入罪と窃盗罪(店舗に侵入して商品を盗む)
- 建造物侵入罪と強盗罪(銀行に侵入して強盗を行う)
- 建造物侵入罪と盗撮(本件のようにトイレに侵入して盗撮する)
- 住居侵入罪と暴行罪(住居に侵入して暴行を加える)
迷惑防止条例違反(盗撮)
各都道府県の迷惑防止条例は、公共の場所等での盗撮行為を禁止しています。
埼玉県の場合、条例2条4項で盗撮を禁止し、違反者には「6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金」が科されます(条例2条4項)。
なお、2023年7月13日、撮影罪を規定する「性的姿態撮影等処罰法(略称)」が施行されました。
撮影罪の新設により、各都道府県の迷惑防止条例よりも刑罰の上限が拡大されており、科される刑罰は「3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金」となります。
🗨️ よくある質問
建造物侵入罪だけで起訴されることはありますか?
建造物侵入罪だけで起訴されることはあります。
ただし、建造物侵入罪は他の犯罪の手段として行われることが多いため、窃盗罪や盗撮などの目的の犯罪と併せて起訴されるケースが一般的です。
建造物侵入罪だけで起訴される場合としては、侵入後に目的の犯罪が未遂に終わった場合や、侵入行為自体が悪質な場合(深夜の住居侵入など)が考えられます。
異性のトイレへの侵入は必ず建造物侵入罪になりますか?
管理権者の意思に反する立入りであれば、建造物侵入罪が成立します。
営業中の店舗の異性トイレに盗撮目的などで立ち入る行為は、明らかに管理権者の意思に反するため、建造物侵入罪が成立します。
なお、清掃員が業務として立ち入る場合など、正当な理由がある場合は犯罪は成立しません。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

