有責配偶者の一方的な別居は悪意の遺棄になる?慰謝料請求の判例 #裁判例解説

更新日:
一方的な別居

「彼女が部屋を借りて、そこで僕と同棲することになった。彼女の父に保証人になってもらうんだ」

東京のアパートで、夫は妻に淡々と告げた。

「やり直せないの?離婚したくない」

妻は必死に訴えたが、夫の答えは冷たかった。

「別居することを決めた。君が離婚したくなくても、強制的に離婚してやる」

翌月、夫は浮気相手の女性が借りた部屋へと出て行った…。

※東京地判平成28年3月31日(平成25年(ワ)30262号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 浮気相手と同棲するための一方的な別居は悪意の遺棄に該当する
  • 配偶者が関係修復を望んでいる状況での別居は正当な理由がない
  • 別居後に生活費等の協力義務を果たさないことも悪意の遺棄の要素となる
  • 悪意の遺棄による慰謝料は不貞行為とは別に請求できる

夫婦には同居義務、協力義務、扶助義務という3つの基本的な義務があります。これらの義務に違反して配偶者を見捨てる行為は「悪意の遺棄」として、離婚原因になるだけでなく、不法行為として損害賠償の対象にもなります。

今回ご紹介する裁判例は、不倫相手との同棲を目的として一方的に別居した夫の行為が「悪意の遺棄」と認定され、慰謝料の支払いが命じられた事案です。

本記事では、有責配偶者による一方的な別居がなぜ悪意の遺棄となるのか、どのような事実が重視されたのかを詳しく解説していきます。

📋 事案の概要

今回は、東京地裁平成28年3月31日判決(平成25年(ワ)30262号)を取り上げます。

  • 当事者
    原告(妻):中国籍を有する。幼少の頃に来日し、日本永住者資格を持つ。
    被告(夫):米国籍を有する。平成19年6月に妻と結婚し、長男をもうける。
  • 請求内容:不貞行為、悪意の遺棄、暴力行為、子を奪った行為について、合計300万円の慰謝料請求

🔍 裁判の経緯

「平成24年5月に、主人と東京のアパートに引っ越したんです。息子を迎える準備もしていて、これから家族3人で暮らせると思っていました」

妻は弁護士に当時の状況を語った。

「ところが同年11月半ば、夫が突然言い出したんです、女性と同棲するって…」

妻の声が震える。

「しかも、その女性について『キスがうまい』とか『子どもを2人欲しがっている』とか、わざわざ私に聞かせるように話すんです。本当に信じられませんでした」

「それに、夫はお酒を飲むと暴力を振るうようになって…口論になると首を絞められたり、『死ね』とか言われたり。『息子に一生会わせない』とも脅されました」

それでも妻は、夫婦関係の修復を望んでいた。夫が別居を一方的に告げたとき、妻は必死に訴えた。

「私は『やり直せないの?離婚したくない』って何度も伝えました。でも夫は『強制的に離婚してやる』と取り合ってくれなくて…」

そして平成24年12月1日、引越費用として30万円だけを残して夫は家を出た。

「別居してから、夫は生活費も払ってくれませんでした。私も働いていたので何とかなりましたが、夫婦なのに何の協力もしてくれない。本当に悲しかったです」

調査を進めるうち、さらに衝撃的な事実が明らかになった。

「夫は、浮気相手の女性に私のことを『元妻』だと紹介していたそうです。まだ離婚もしていないのに…」

平成25年3月には、夫は離婚調停まで申し立ててきた。

「夫の一方的な別居は、明らかに浮気相手と一緒に暮らすためでした。私が『離婚したくない』と言っているのに、勝手に家を出て、浮気相手と同棲を始めて、生活費も渡さない。こんなことが許されるはずがないと思って、弁護士に相談したんです」

※東京地判平成28年3月31日(平成25年(ワ)30262号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、夫の一方的な別居について「悪意の遺棄」に該当すると明確に認定し、慰謝料50万円の支払いを命じました。さらに、不貞行為についても100万円、暴力行為に対する慰謝料30万円を認め、合計180万円の支払いを命じました。

主な判断ポイント

1. 悪意の遺棄の成立

裁判所は、次の事情を総合的に考慮して、悪意の遺棄の成立を認めました。

  • 夫は女性との交際を主目的として別居に踏み切った
  • 妻が関係修復を望む態度を示していたにもかかわらず、一方的に別居した
  • 別居後、生活費の負担等、夫婦間の協力・扶助義務を果たさなかった

重要なのは、裁判所が「妻と夫が共に就業しており、別居によって妻が直ちに経済的に困窮したとの事情が窺われない」ことを考慮してもなお、悪意の遺棄に該当すると判断した点です。

この判断から、悪意の遺棄は経済面だけでなく、夫婦間の協力義務に反しているかどうかも重要な判断要素となることが分かります。

2. 不貞行為との関連性

裁判所は、悪意の遺棄を判断する上で、不貞行為との関連性も重視しました。

不貞行為の立証では、夫の発言や、不貞相手の女性が借りた部屋に夫が婚約者として入居していた事実などの状況証拠を積み重ね、不貞関係が認定されたのです。

裁判所は、「別居した主たる目的はAとの交際のため」と明確に認定しています。

単に別居したという事実だけでなく、なぜ別居に至ったのか、その動機や目的の中心に不貞行為があった点が決め手になったといえます。

3. 婚姻関係の破綻と不法行為の成否

夫側は「婚姻関係は破綻していたから不法行為は成立しない」と主張しましたが、裁判所は次の理由でこれを退けました。

  • 別居時点で婚姻関係が破綻していたと認める証拠はない
  • 別居直前の時期においても妻は離婚を望んでおらず、夫との関係修復を望む態度を示していた
  • 別居から3ヶ月後の離婚調停申立て時点でも破綻していたとは言えない

裁判所は、「本件全証拠によっても、原告と被告との婚姻関係が、被告とAとの不貞関係が開始されるより前に破綻していたとは認められない」と判断し、夫の不貞行為について不法行為に基づく損害賠償責任を認めました。

有責配偶者が「婚姻関係は破綻していた」と主張しても、相手方が関係修復を望んでいる限り、その主張が認められる可能性は低いことを示した判断です。

4. 慰謝料の算定根拠

本件では悪意の遺棄50万円に加えて、不貞行為100万円、暴力行為30万円が認められ、合計180万円の慰謝料が命じられています。

裁判所は、「本件に現れた一切の事情を考慮」したと述べており、不貞行為と悪意の遺棄については具体的に以下の要素が重視されました。

  • 不貞関係の存在
  • 別居の目的が不貞相手との交際だった
  • 妻が関係修復を望んでいたのに一方的に別居
  • 長男との同居予定が実現されなくなった

複数の不法行為が重なった場合、それぞれについて慰謝料が認められ、累積して支払いが命じられます。本件は、不貞行為・悪意の遺棄・暴力行為という3つの不法行為が認定され、総額180万円という比較的高額な慰謝料となりました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

悪意の遺棄が成立する要件

悪意の遺棄とは、正当な理由なく、夫婦の同居義務・協力義務・扶助義務を履行しないことを指します。単に別居しただけでは悪意の遺棄にはなりません

本件では、不倫相手との同棲を目的とした別居であったこと、妻が関係修復を望んでいたこと、別居後に生活費が支払われなかったことなどが総合的に考慮され、悪意の遺棄が認められました。

注目すべきは、妻が就労しており直ちに生活に困窮していなかったにもかかわらず、悪意の遺棄が成立した点です。

これは、経済的困窮が必須要件ではなく、夫婦間の協力義務に反する行為があれば、経済的困窮がなくとも悪意の遺棄が認定され得ることを示しています。

一方的な別居が必ずしも違法とは限らない

本件は、別居の仕方によっては法的責任を問われる可能性があることを示していますが、一方的な別居が直ちに悪意の遺棄となるわけではありません。

たとえば、配偶者からのDVやモラハラ、生命や健康への危険がある場合など、正当な理由のある別居は、相手の同意がなくても悪意の遺棄には当たりません。むしろ、自己防衛として法的に正当と評価されます。

また、別居後も婚姻費用を適切に支払っていれば、扶助義務を果たしているとして、悪意の遺棄と認定されにくくなります

本件で悪意の遺棄が認められた大きな理由の一つは、夫が生活費を負担せず、夫婦間の協力義務を果たしていなかった点にあります。

悪意の遺棄と認定されやすいケース

次のような場合は悪意の遺棄と認定されるリスクが高まります。

  • 不倫相手と同棲するための別居
  • 配偶者が関係修復を望んでいるのに一方的に別居
  • 別居後に生活費を負担しない
  • 正当な理由なく長期間別居を続ける

悪意の遺棄の慰謝料相場

本件では、悪意の遺棄による慰謝料として50万円が認められました。

悪意の遺棄のみの場合、慰謝料の相場は一般的に50万円~150万円程度とされています。

ただし、以下のような事情によって金額は変動します。

慰謝料を増額させる事情

  • 別居の理由が浮気など有責行為による場合
  • 配偶者が関係修復を望んでいたのに一方的に別居した場合
  • 別居後、全く生活費を渡さなかった場合
  • 別居期間が長期に及ぶ場合
  • 未成年の子がいる場合

慰謝料を減額させる事情

  • 配偶者も一定の収入があり、経済的困窮が軽微な場合
  • 別居期間が短い場合
  • 夫婦関係が既に冷え切っていた場合

複数の不法行為が重なる場合の慰謝料

本件では、悪意の遺棄50万円に加えて、不貞行為100万円、暴力行為30万円が認められ、合計180万円の慰謝料が命じられました。

不貞行為と悪意の遺棄は、事実関係として密接に関連していますが、法律上は別個の不法行為です。したがって、両方が認められる場合、慰謝料は累積して高額になります。

浮気をした上で一方的に家を出た配偶者は、不貞行為と悪意の遺棄の両方の責任を負う可能性が高いことを認識すべきです。

有責配偶者からの離婚請求の制限

本件のように不貞行為や悪意の遺棄をした有責配偶者からの離婚請求は、原則として認められません(最高裁昭和27年2月19日判決)。これは、自ら婚姻関係を破綻させた者が、その破綻を理由に離婚を求めることは信義則に反するという考え方に基づきます。

ただし、次の要件をすべて満たす場合には、例外的に有責配偶者からの離婚請求が認められることがあります(最高裁昭和62年9月2日判決)。

  • 別居期間が相当長期に及ぶこと
  • 未成熟子がいないこと
  • 離婚によって相手方配偶者が精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状態に置かれないこと

📚 関連する法律知識

夫婦の3つの義務

民法752条は、「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」と定めています。これは夫婦の基本的義務を定めた規定です。

同居義務

夫婦は同じ場所で生活する義務があります。ただし、仕事の都合や病気療養など、正当な理由がある場合は例外的に別居が認められます。

協力義務

夫婦には、互いに協力して婚姻生活を維持する義務があります。家事や育児、仕事など、夫婦生活に必要な事柄について協力し合うことが求められます。

扶助義務

夫婦には、互いに経済的に支え合う義務があります。収入の差があっても、夫婦の生活水準が同程度になるよう配慮することが求められます。

離婚事由としての悪意の遺棄

民法770条1項2号は、「配偶者から悪意で遺棄されたとき」を裁判上の離婚事由の一つと定めています。つまり、悪意の遺棄が認められれば、相手に対して離婚を請求することができます。

ここでいう「悪意」とは、相手を害しようとする積極的な意思までは不要ですが、少なくとも義務に違反しているという認識が必要です。

本件では、夫は妻が関係修復を望んでいることを知りながら、不倫相手との同棲を目的に別居しており、この点からも「悪意」が認められるといえます。

🗨️ よくある質問

Q. 同意のない別居は、それだけで悪意の遺棄になりますか?

同意のない別居が、すべて悪意の遺棄になるわけではありません。

裁判所は、別居の理由や経緯、別居後の生活費の負担状況、夫婦関係の実態などを総合的に判断します。たとえば、不倫相手との同棲を目的に一方的に別居し、生活費も支払わない場合は、悪意の遺棄と認定されやすくなります。一方、DVやモラハラから逃れるための別居など、正当な理由がある場合は該当しません。

別居を強行された場合は、婚姻費用分担調停を申し立て、生活費の支払いを求めることが重要です。

Q. 配偶者に一方的な別居をされた側はどう対応すればよいですか?

まず、別居の経緯や日時、配偶者とのやり取りを記録・保存しましょう。後の慰謝料請求や離婚手続で重要な証拠になります。

生活費が支払われない場合は、家庭裁判所に婚姻費用分担調停を申し立てることができます。別居中も扶養義務は残ります。早めに弁護士へ相談し、悪意の遺棄に当たるか、慰謝料請求が可能かを確認しましょう。不貞が疑われる場合は、調査を検討することもあります。

感情的な連絡や引き止めは避け、冷静に法的手段を選択することが大切です。

Q. 「婚姻関係は破綻している」として一方的に家を出た配偶者は悪意の遺棄にあたりますか?

配偶者が一方的に「婚姻関係は破綻している」と主張しても、それだけで破綻が認められるわけではありません。どちらか一方が関係修復を望んでいる場合、破綻は簡単には認められません。

特に、不貞などの有責行為が原因で別居した配偶者が破綻を主張しても、認められる可能性は低いでしょう。婚姻関係の破綻は、当事者の主張ではなく、客観的な事情にもとづいて判断されます。

🔗 関連記事

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了