夫からの暴行による離婚で慰謝料合計950万を認めた判決 #裁判例解説

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夫の暴力

「入通院慰謝料100万円、後遺障害慰謝料500万円を認めます」

裁判官の声が法廷に響いた。妻の代理人弁護士は、判決文に目を落とす。

夫からの暴行で右鎖骨骨折、腰椎椎間板ヘルニアを負い、肩と腰に後遺障害が残った妻。24年間の結婚生活は、この暴行をきっかけに終わりを告げようとしていた。

※大阪高裁平成12年3月8日判決(平成11年(ネ)3367号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 夫婦間の暴行でも他人間と同様の高額な慰謝料が認められる場合がある
  • 暴行による後遺障害が離婚原因となった場合、別途離婚慰謝料も認められる
  • 加齢による身体の変性があっても、故意の暴行では素因減額されないことがある

夫婦間の暴力について、「夫婦だから」という理由で損害賠償額が低く抑えられるべきなのでしょうか。この裁判例は、その問いに対して明確な答えを示しています。

今回ご紹介する事例は、夫からの暴行により重傷を負った妻が、慰謝料と財産分与を獲得したケースです。

この事例を通じて、夫婦間暴力に対する法的評価や慰謝料算定の考え方について、詳しく解説していきます。

📋 事案の概要

今回は、大阪高裁平成12年3月8日判決(平成11年(ネ)3367号)を取り上げます。

この裁判は、夫からの暴行により重傷を負った妻が、損害賠償と離婚慰謝料、財産分与を求めた事案です。

  • 当事者
    原告(妻):化粧品販売代理店経営、主婦。夫から暴行を受けた当時54歳
    被告(夫):船員(一級海技士)。定年まで海運会社に勤務
  • 婚姻期間:昭和46年4月7日に婚姻。約24年間の婚姻生活の後、平成7年4月4日から別居開始
  • 請求内容:妻が夫に対し、暴行による損害賠償2500万円以上、離婚慰謝料500万円、財産分与5000万円の合計8000万円を請求

🔍 裁判の経緯

夫は自分の考えを押し通すタイプで、妻が家事育児にややルーズなところがあると、暴力で従わせる傾向にあった。

妊娠中の妻に暴行を加えたほか、送金をめぐって激高し、妻を突き飛ばしてガラスに衝突させ、流血する事態を生じさせている。夫の運転する車の事故で妻が顔面切創や肋骨骨折を負ったが謝罪もなかった。

さらに、夫は子どもに対しても躾と称して暴力を振るっていた。妻は夫の帰宅の連絡を受けると胃が痛くなる思いだった。

平成6年9月、夫が乗船勤務で日本を離れる際、施設入所予定の夫の母の見舞いを妻に依頼した。

妻は平成7年1月に入所を知ったが、阪神淡路大震災で被災して見舞いに行けず、同年3月12日に義母が急死した。夫はこの件を根に持ち、態度はさらに暴君的になった。

平成7年4月には、妻のボランティア活動をめぐって口論となった。

「あなたが原因で胃が痛いんや」
「そこまでいわれて一緒に住むわけにはいかん、別れよう、出て行ってくれ」

妻は一旦家を出たが、下着を取りに戻った。

「何しとんや」

夫は妻を一本背負いで投げ飛ばし、顔面、頭部、腰等を何回も殴る、蹴るなどした。妻は119番をして救急搬送された。

妻は右鎖骨骨折および腰椎椎間板ヘルニアを負い、入院75日、通院55日を要し、平成8年8月14日に症状固定となった。

後遺症として肩関節および脊柱に運動障害が残り、右肩は80度しか上がらず、腰は各10度しか屈曲できない状態で家事も十分にできず、就業も困難になった。

この暴行を契機に夫婦は別居し、夫が離婚訴訟を提起、妻も反訴として離婚と損害賠償等を請求した。

※大阪高裁平成12年3月8日判決(平成11年(ネ)3367号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、妻と夫の離婚請求をいずれも認めました。妻への慰謝料については、入通院慰謝料100万円、後遺障害慰謝料500万円、離婚慰謝料350万円の合計950万円が認められました。

さらに、後遺障害による逸失利益約1114万円、財産分与2300万円も認められ、夫は妻に対して総額約4364万円を支払うよう命じられました。

なお、原審は、夫婦間の損害賠償であることや保険制度が完備していないことを理由に、入通院慰謝料50万円、後遺障害慰謝料300万円、逸失利益400万円の合計750万円と低額に算定していましたが、高裁はこの考え方を否定し、大幅に増額しました。

主な判断ポイント

1. 暴行の因果関係と素因減額の判断

夫は、妻の腰椎椎間板ヘルニアは過去の交通事故が原因であり、暴行との因果関係はないと主張しました。また、妻に椎間板の加齢による変性があることを理由に、損害額の減額(素因減額)も求めました。

しかし裁判所は、妻の腰痛は暴行の前に治癒していたこと、暴行の10日ほど前には夫と一緒にスキーに行っていたこと、暴行の直後から腰が痛くなったことから、暴行と腰椎椎間板ヘルニアの間には相当因果関係があると認定しました。

素因減額については、暴行が故意による不法行為であること、夫が妻の年齢や以前の腰痛を知りながら何回も腰を蹴ったという悪質性を考慮し、「本件において素因減額をすることは不相当である」と判断しました。

2. 夫婦間であることを理由とした減額の否定

夫は、「妻の暴言や行動にも原因がある」「夫婦間の損害賠償である」ことを理由に、損害額を低く評価すべきと主張しました。

しかし裁判所は、暴行について「控訴人が一旦家を出た後下着を取りに戻ったことから被控訴人が激昂して振るったものであり、本件暴行につき控訴人にも責任があるということは到底できない」と判断しました。

そして、「夫婦間における暴行が、その原因において、相手方が暴力行為を挑発したなどの特段の事情がある場合は格別、単に夫婦関係があることのみから損害額を低く算定すべきであるとはいえない」と明言しました。

3. 保険制度の有無による減額の否定

原審は、夫婦間の損害賠償であることや、交通事故のように保険制度が完備していないことを理由に、損害額を低く算定していました。

しかし高裁は、「保険制度が完備しているか否かで損害額の算定を変えることは、交通事故の場合、加害者が任意保険に加入しているか否かで損害の算定を変えることと同じで明らかに不合理である」として、この考え方を否定しました。

4. 慰謝料の算定

裁判所は、合計75日間の入院と実日数55日間に及ぶ通院という長期治療に加え、手術を要したこと、暴行が故意によるものであったことを踏まえ、入通院慰謝料として100万円を認定しました。

また、肩関節および脊柱に運動障害が残存したことに加え、暴行が直接の契機となって離婚に至った点など、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、後遺障害慰謝料として500万円を認めています。

さらに、これらの暴行による損害とは別個に、離婚に伴う精神的苦痛に対する慰謝料として350万円が認定されました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

夫婦間暴力でも高額な慰謝料が認められる理由

この判決は、夫婦間の暴力についても他人間と同様に評価すべきだという重要な原則を示しています。

「夫婦だから」という理由だけで損害額を低く抑えることは、被害者の人格権を軽視することになります。配偶者であっても、一人の人間として尊重されるべきであり、暴力による被害は適切に評価されなければなりません

この事案では、妻に暴行を挑発したような事情は認められませんでした。単に口論の末、妻が一旦家を出た後に下着を取りに戻ったことで夫が激昂したという経緯であり、これをもって妻に責任があるとはいえません。

故意の暴行と過失の事故の違い

判決は、故意による暴行であることを慰謝料算定において重視しています。交通事故の多くは過失によるものですが、本件は夫が激昂して故意に妻の腰を何回も蹴ったという悪質なケースです。

原審では、保険制度の有無を理由に損害額を低く算定していましたが、高裁はこの考え方を明確に否定しました。

損害額は被害の実態に基づいて算定されるべきであり、加害者の資力や保険加入の有無によって左右されるべきではないという原則を確認したものです。

交通事故の賠償基準の適用

本件のように配偶者間の暴力で傷害を負った場合、損害賠償額の算定にあたっては、交通事故の損害賠償で確立している基準を参考にすることが一般的です。

家庭内暴力で怪我を負った場合と交通事故で怪我を負った場合とで、区別されるべき合理的理由はありません。入通院の期間や後遺障害の程度が同じであれば、同程度の慰謝料が認められるべきです。

ただし、家庭内暴力の場合は自賠責保険や任意保険による認定を受けることができません

そのため、後遺障害の等級や労働能力喪失率については、自賠責保険や労災保険の基準を参考にしつつ、医師の診断書や医療記録等の証拠に基づき、当事者間で協議するか、最終的には裁判所が判断することになります。

財産分与における寄与度の考え方

本件では、財産分与の割合が夫7:妻3とされました。通常は2分の1ずつが原則ですが、夫が特殊な資格を活用して高収入を得ていたという特別な事情が考慮されました。

裁判所は「資格を取得したのは被控訴人(夫)の努力によるものというべきであり、右資格を活用した結果及び海上での不自由な生活に耐えたうえでの高収入であれば、被控訴人の寄与割合を高く判断することが相当である」と述べています。

実務上のアドバイス

配偶者から暴力を受けた場合は、すぐに医療機関を受診し、診断書を取得してください。警察に被害届を出すことも検討すべきです。写真や録音なども有力な証拠となります。

日常的な暴力がある場合は、日記やメモで記録を残しておくことが重要です。日付、時間、暴力の内容、目撃者の有無などを記録してください。

暴力が深刻化する前に、弁護士やDV相談窓口に相談することをお勧めします。適切な保護命令の申立てや、安全な別居の方法などについてアドバイスを受けることができます。

📚 関連する法律知識

不法行為に基づく損害賠償(民法709条)

故意または過失によって他人の権利を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います。夫婦間であっても、一方が他方に対して不法行為責任を負うことに変わりはありません。

損害賠償の範囲は、財産的損害(治療費、逸失利益など)と精神的損害(慰謝料)の両方を含みます。

不法行為による損害賠償が認められるには、加害行為と損害との間に因果関係が必要です。因果関係の立証においては、診療録(カルテ)、診断書、医師の意見書などの医療記録が重要な証拠となります。

慰謝料の種類

本件では入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、離婚慰謝料の3種類が認められました。それぞれの内容を説明します。

入通院慰謝料

傷害を負って入院・通院したことによる精神的苦痛に対する慰謝料です。

入通院期間の長さ、治療内容の大変さなどが考慮されます。実務では、交通事故の損害賠償基準(民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準)が参考にされます。

後遺障害慰謝料

後遺障害が残ったことによる精神的苦痛に対する慰謝料です。障害の程度、日常生活への影響の大きさなどが考慮されます。

自賠責保険の後遺障害等級が一つの目安となりますが、家庭内暴力の場合は保険による認定を受けられないため、医師の診断書や医療記録をもとに判断されます。

離婚慰謝料

婚姻関係が破綻して離婚に至ったことによる精神的苦痛に対する慰謝料です。破綻の原因、婚姻期間の長さなどが考慮されます。

財産分与

離婚時には、婚姻中に夫婦が協力して築いた財産を分け合う財産分与が行われます。

対象となるのは、婚姻期間中に形成された共有財産で、名義がどちらかは問いません。不動産や預貯金のほか、退職金、保険、株式、ゴルフ会員権なども含まれる場合があります。

分与の割合と寄与度の修正

分与の割合は、原則として夫婦それぞれ2分の1とされています。専業主婦(主夫)であっても、家事や育児を通じて財産形成に寄与したと評価されるため、同様に2分の1の割合が認められるのが通常です。

もっとも、特別な事情がある場合には、この割合が修正されることがあります。

本件では、夫が一級海技士という特殊な資格を活用し、年間6~11か月の海上勤務という不自由な生活に耐えて高収入を得ていたことが考慮され、夫7:妻3の割合とされました。

ただし、このような修正は例外的なケースです。

医師、弁護士などの高度な専門資格を有する場合や、会社経営者として特別な才覚を発揮した場合などに限られます。単に一方の収入が高いというだけでは、寄与度は修正されません

別居後の財産形成

別居後に形成された財産は、原則として財産分与の対象となりません。夫婦が協力して形成したとはいえないからです。

本件でも、退職金については別居時の金額を推定して、その金額を分与の対象としています。

🗨️ よくある質問

Q.夫婦間の暴力でも、他人間と同じように損害賠償が認められるのですか?

夫婦間の暴力でも、他人間と同様に損害賠償が認められ、損害額の算定において夫婦関係のみを理由に低く評価されることはありません。実務では、交通事故の損害賠償基準を参考にして慰謝料額が算定されることが一般的です。

Q.加齢による身体の変化があると、損害額が減額されるのですか?

加齢による身体の変化があるからといって、直ちに損害額が減額されるわけではありません。

素因減額が認められるのは、被害者の身体的素因(既往症や疾患等)が通常の加齢を超えて損害の発生・拡大に大きく寄与している場合に限られます。

本件のように故意による不法行為の場合、加害者が被害者の弱点を知りながらその部位を攻撃したという悪質性が考慮され、素因減額が認められないこともあります。

Q.離婚慰謝料と暴行による慰謝料は別々にもらえるのですか?

本件のように、暴行による傷害や後遺障害が生じた場合には、離婚慰謝料とは別に、暴行による入通院慰謝料や後遺障害慰謝料が認められるケースもあります。

しかし、実務では、暴行による慰謝料を明確に区別せず、包括的に離婚慰謝料として判断することが多いです。

Q.夫から離婚訴訟を起こされた場合、妻からも慰謝料を請求できますか?

夫から離婚訴訟を提起された場合、妻も同じ訴訟手続きの中で反訴として慰謝料や財産分与を請求できます。反訴を提起することで、別々に裁判を起こすよりも効率的に紛争を解決できます。

本件でも、夫から離婚訴訟を起こされた妻が、反訴として離婚と夫の暴行による損害賠償等を請求し、認められました。

人事訴訟法では、離婚訴訟において、離婚の原因となった暴行による損害賠償請求を併合することが認められています。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了