セックスレスで離婚するべき?1年間性交渉なしの夫婦に裁判所の判断は #裁判例解説

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セックスレス

「どうして私に触れてくれないの?」

妻の問いかけに、夫は視線を逸らした。

結婚式を挙げて1年。新婚旅行にも行った。
でも、その間ずっと性的な接触は一度もなかった。

「子どもが欲しいの。このままじゃ離婚も考えなきゃいけない」

弁護士を通じて対峙することになった元夫婦。
裁判所は、夫婦間における性的な営みの意義について、どのような判断を下すのか。

※東京地判平成29年8月18日(平成28年(ワ)24516号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 婚姻中の性交渉がないことは、精神的結合の不和を招き不法行為となり得る
  • 夫側の事情だけでなく、妻側の生活態度も慰謝料額の判断に影響する
  • セックスレスが離婚原因でも、慰謝料額は婚姻期間や双方の事情を総合考慮
  • 夫婦間の性的な営みは婚姻関係の重要な基礎だが、単なる性欲解消ではない

セックスレスは、夫婦関係において深刻な問題となり得ますが、法的にはどう評価されるのでしょうか。

今回ご紹介する裁判例は、交際期間から婚姻期間を通じて一度も性交渉がなかった夫婦が離婚に至り、妻が元夫に対して慰謝料を請求した事案です。

この判決を通じて、夫婦間の性的接触がなぜ重要なのか、どのような場合に不法行為となるのか、そして慰謝料額がどのように決定されるのかについて、詳しく見ていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、東京地判平成29年8月18日(平成28年(ワ)24516号)を取り上げます。

この裁判は、協議離婚した元夫婦において、婚姻中に性交渉がなかったことを理由に、元妻が元夫に対して慰謝料を請求した事案です。

  • 当事者
    原告(元妻):当時30歳で婚姻、初婚
    被告(元夫):当時34歳で婚姻、初婚
  • 婚姻期間:平成27年4月4日~平成28年4月6日(約1年間)
  • 請求内容:慰謝料500万円、弁護士費用50万円、敷金返還請求8万8000円

🔍 裁判の経緯

「結婚式の夜、疲れて飲み過ぎたって言って、私がお風呂に入っている間に寝ちゃったの。まあ、初日だし仕方ないかなって思ったんだけど…」

妻の心には次第に暗い影が差していった。

新婚旅行に行っても、夫から性的な接触を求められることは一度もなく、キスも、抱きしめられることすらもなかった。

「私、子どもが欲しいって何度も話してたの。でも夫は何もしてくれない。新婚旅行から帰った後、もう我慢できなくて『子どもを作る気がないなら離婚を考える』って伝えたんです」

妻の訴えに、夫の態度は変わらなかった。言葉で愛情を伝えることもほとんどなかった。

「どうして触れてくれないの?理由を教えて」

妻は何度も夫に理由を尋ねた。

夫は「仕事で帰りが遅くて時間がなかった」「あなたがお酒を飲んで遅く帰ることが多くて機会がなかった」と弁解したが妻は納得できなかった。

「私の両親も心配して、夫に直接理由を聞いてくれたんです。でも夫は同じことを繰り返すだけで、話をはぐらかして…」

こうした話し合いを経ても、夫の態度に何ら変化はなかった。

結婚から約1年後、妻が離婚を切り出すと夫はこれを受け入れ、協議離婚が成立した。

「交際期間も含めて、一度も性的な接触がなかったんです。結婚したのに夫婦らしいことが何もなくて…精神的にとても辛かった」

妻は弁護士を通じて、夫に対して慰謝料500万円と弁護士費用50万円の支払いを求めて提訴した。

※東京地判平成29年8月18日(平成28年(ワ)24516号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、夫婦間における性的な営みの重要性を認めつつも、単に性交渉がなかったという事実だけでなく、その背景にある夫婦間の精神的結合の状況や双方の生活態度などを総合的に考慮して判断しました。

その結果、夫に対して慰謝料50万円と弁護士費用5万円の支払いを命じました。

主な判断ポイント

1. 夫婦間の性的な営みの意義

裁判所は、性的な営みを「婚姻関係の重要な基礎」と位置づけつつも、「単なる性的欲求の解消ではなく、精神的結合を深める意義がある」と指摘しました。

性交渉そのものだけでなく、それを通じた精神的結合の深まりこそが重要であると判断したのです。

2. 夫の不法行為の成立

裁判所は、以下の事実を認定しました。

  • 交際期間、婚前の同居期間、婚姻期間を通じて一度も性交渉や身体的接触がなかった
  • 妻は子どもを授かりたいと強く希望し、夫婦の愛情を感じるために性交渉を望んでいた
  • 夫は妻の期待を察知していたが、性的欲求が乏しく、具体的な行動を起こさなかった
  • 新婚旅行後に妻が不安を伝えても、夫の態度に特段の変化はなかった
  • 身体的接触や言葉での愛情表現も乏しかった

これらの事実から、裁判所は「本件においては、被告が原告に対する性的関心を示さない、又は原告においてこれを感じることができるような態度を示さないことにより、夫婦間の精神的結合にも不和を来たし、婚姻関係の破綻に至った」と判断し、「このような経緯により婚姻関係の破綻を招来させた被告には、原告に対する不法行為が成立する」と結論づけました。

3. 慰謝料額の判断における考慮事情

慰謝料額が請求額の1割にとどまった理由は、妻が婚姻後も独身時代と変わらず深夜帰宅や朝帰りを頻繁に繰り返し、夫の不満を認識しても生活態度を改めなかったことが考慮されたためです。

裁判所は「夫が婚姻生活の継続に意欲を失ったことにも一定の理解ができる」と判断しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

セックスレスと不法行為の成立要件

この判決は、夫婦間のセックスレスが不法行為となり得ることを明確に示した重要な判例です。
ただし、単に性交渉がないというだけでは不法行為は成立しません。

本件では、以下の要素が重視されました。

  • 性的接触の完全な不存在
    交際期間から婚姻期間を通じて一度も性交渉がなかっただけでなく、キスや抱擁などの身体的接触も全くなかったという極端な状況
  • 妻の明確な希望と夫の認識
    妻は子どもを授かりたいという希望を繰り返し伝え、夫もそれを認識
  • 夫の消極的態度の継続
    妻が不安を伝えても、夫は具体的な行動を起こさず、言葉での愛情表現も乏しいまま
  • 精神的結合の不和
    夫の性的関心の欠如により精神的結合に不和が生じた

これらの要素が複合的に作用して、婚姻関係の破綻を招いたと評価されたのです。

慰謝料額が抑えられた理由

本件で、請求額500万円に対し認容額が50万円(約1割)にとどまった主な理由は、婚姻期間が約1年と短かった点にあります。
長期間の婚姻であれば精神的苦痛が大きいとして高額な慰謝料が認められる余地がありますが、本件ではその点が減額要素とされました。

また、妻は結婚後も独身時代と変わらない生活を続け、深夜帰宅や朝帰りを繰り返していたことから、裁判所は、夫が婚姻生活の継続に消極的になった点について一定の理解ができると判断しました。

夫の性的関心の欠如が主な離婚原因であるものの、妻側にも夫婦関係を維持するための配慮に欠ける面があったとして、双方に一定の責任があると評価されています。

このように、離婚原因が一方にある場合でも、他方にも問題が認められるときは、慰謝料額が減額される傾向にあります。

📚 関連する法律知識

婚姻関係における性的な営みの位置づけ

民法上、夫婦間の性的な営みについて直接規定した条文はありません。

しかし、判例は「婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思を持って共同生活を営むこと」(最高裁昭和62年9月2日大法廷判決)としており、性的な営みはこの「肉体的結合」の重要な要素と解されています。

不法行為(民法709条)の成立要件

不法行為が成立するためには、以下の要件が必要です。

  1. 故意または過失
  2. 違法性(権利侵害)
  3. 損害の発生
  4. 因果関係

本件では、夫が妻の期待を認識しながら性的接触を持たず、精神的結合の不和を招いたことが違法と評価されました。

離婚と慰謝料の関係

協議離婚が成立した後でも、離婚に至った原因について一方に責任がある場合、不法行為に基づく慰謝料請求が可能です。

ただし、離婚の成立自体が双方の合意によるものである場合、慰謝料額は減額される傾向にあります。

セックスレスと離婚原因

民法770条1項は裁判上の離婚原因を定めていますが、セックスレス自体は明示されていません。
しかし、「婚姻を継続し難い重大な事由」(5号)に該当する可能性があります。

特に、性的不能や性交拒否が、悪意の遺棄(2号)や婚姻を継続し難い重大な事由と評価されるケースもあります。

🗨️ よくある質問

Q. セックスレスだけを理由に、離婚や慰謝料請求はできますか?

請求自体は可能ですが、単にセックスレスであるというだけでは、離婚や慰謝料が認められにくいのが実情です。

本判決が示すように、性的接触がない状態が続いた結果、夫婦の精神的な結びつきも失われ、婚姻関係が破綻したと評価されることが必要になります。

具体的には、性的接触を求めたにもかかわらず拒否され続けた経緯や、その理由について相手から真摯な説明がなかったかどうかといった事情が重視されます。
慰謝料額についても、婚姻期間の長さ、双方の事情、受けた精神的苦痛の程度などを踏まえて、総合的に判断されます。

Q. 夫婦間の性的な営みには、どの程度の頻度が正常と考えられますか?

法律上、夫婦間の性的な営みについて「正常な頻度」といえる基準はありません。年齢や健康状態、仕事環境などは夫婦ごとに異なるため、一律の基準を設けること自体が適切ではないからです。

本判決でも、単に性交渉の有無や回数だけで判断するのではなく、夫婦の精神的な結びつきが維持されているかどうかが重視されています。
重要なのは、双方が納得し、精神的にも肉体的にも満足できる関係が保たれているかという点です。

一方が強い不満を抱き、それを伝えても改善が見られない場合には、夫婦関係の問題として法的に評価される可能性があります。

Q. 夫婦関係で悩んでいますが、誰に相談すればよいですか?

まずは、可能であれば配偶者と率直に話し合うことが大切です。
ただし、話し合いが難しい場合や、すでに関係が悪化している場合には、以下のような相談先があります。

一つ目は、夫婦カウンセリングや心理カウンセラーです。
第三者である専門家に相談することで、感情の整理ができたり、コミュニケーション改善の具体的な方法が見えてくることがあります。

二つ目は、医療機関です。
性的な問題について、身体的または精神的な原因が疑われる場合には、泌尿器科、婦人科、精神科などの専門医に相談することが有効です。

三つ目は、弁護士です。
離婚や慰謝料請求を視野に入れている場合は、早い段階で法律の専門家に相談することで、今後の選択肢やリスクを整理できます。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了