最初から別居婚でも離婚できない?一度も同居せず不倫した夫の離婚請求 #裁判例解説
「婚姻届を出してから一度も一緒に暮らしたことがないのに、離婚できないんですか?」
法廷で夫が訴える。
「妻とは完全に別居状態です。私は大阪の自宅、妻と子どもたちは別のマンション。同居の実態など最初からなかったんです」
しかし、妻の代理人弁護士が資料を示す。
提出された写真には、家族4人でのクリスマスパーティー、誕生日会、海外旅行の記録が残されていた。そして、毎月50万円の婚姻費用の振込記録。
裁判官の判断が、この複雑に絡み合った家族の運命を決める…。
※大阪高裁平成21年11月10日判決(平成21年(ネ)1269号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 一度も同居していなくても婚姻費用の支払いや家族交流で婚姻関係が認められる
- 婚姻中の交流の実態が、形式的な同居の有無より重視される
- 不倫をした有責配偶者からの離婚請求は信義則に反して認められない
- 不倫相手が既婚者と知りながら関係を続けた場合、配偶者への不法行為が成立する
夫婦関係において「同居」は重要な要素ですが、一度も同居していない場合でも婚姻関係が認められるのでしょうか。
今回ご紹介する裁判例は、婚姻届を出してから一度も同居せず、夫が別の女性と交際を続けていたという特殊な事案です。
複雑に絡み合った家族関係の中で裁判所がどのような判断を下したのか、この事例を通じて、別居婚における婚姻関係の判断基準について理解を深めていきましょう。
📋 事案の概要
今回は、大阪高裁平成21年11月10日判決(平成21年(ネ)1269号)を取り上げます。
この裁判は、夫が妻に対して離婚を求めるとともに、妻の連れ子への認知を無効にしようとし、一方で妻は夫とその不倫相手に慰謝料を請求したという、複数の争点が絡み合った事案です。
- 当事者:
原告(夫):婚姻後も別居を続け、他の女性と交際していた男性
被告(妻):連れ子がいる女性で、夫との間に実子も1人いる - 請求内容:
- 夫から妻へ離婚請求、慰謝料1000万円請求、認知無効確認
- 夫から連れ子へ認知無効確認請求
- 妻から夫と不倫相手へ慰謝料3000万円請求(共同不法行為)
- 連れ子から夫へ養育費相当額1920万円の損害賠償請求
🔍 裁判の経緯
「クラブで知り合って半年後、私は彼と関係を持ちました。それから彼の家に通うようになって…私には連れ子がいましたが、彼は息子の誕生日も祝ってくれたし、一緒に遊園地にも行きました」
妻が夫の子を懐妊したことを受け、夫は妻との婚姻届と連れ子の認知届を提出した。しかし、婚姻後も夫は単身生活を続け、妻子と同居することはなかった。
「彼は毎月50万円も生活費をくれました。別々に暮らしていても、クリスマスや子どもたちの誕生日には必ず家族で集まって。家族旅行にも何度も行きました。」
一方で、夫は婚姻直後から別の女性Dと交際を始めていた。3年近く経った頃、妻は夫が女性のマンションに出入りしていることを知り、不倫を疑うようになった。
「彼女に何度も電話をかけました。マンションにも押しかけました。でも二人とも関係を否定するばかりで…」
夫も調査会社に依頼して妻の身辺調査を行い、互いに不倫を疑い合う中で夫婦関係調整調停が申し立てられたが、成立には至らなかった。妻は離婚に応じる条件として養育費9,000万円の一括払いを求めていた。
調停不成立後、夫は離婚と連れ子の認知無効を求めて提訴。妻は夫と不倫相手に慰謝料3,000万円を請求する反訴を提起した。
※大阪高裁平成21年11月10日判決(平成21年(ネ)1269号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、夫からの離婚請求を認めませんでした。一方で、血縁関係のない連れ子への認知は無効と判断し、夫と不倫相手には妻への慰謝料150万円の連帯支払いを命じました。
離婚請求を認めなかった理由は、一度も同居していなかったものの、毎月50万円の婚姻費用と3年以上の家族交流から「実質的な婚姻共同生活が営まれていた」ためです。別居婚であっても婚姻関係は成立すると認定しました。
婚姻関係が悪化したのは夫の不倫が原因であり、その後4年程度しか経過していないこと、7歳の未成熟子がいることから、有責配偶者である夫からの離婚請求は信義則に反すると判断されました。
主な判断ポイント
1.別居婚でも「婚姻関係」は成立する
裁判所は、形式的な同居の有無よりも、実質的に婚姻共同生活が営まれていたかを重視しました。
具体的には、夫が毎月50万円の婚姻費用を負担した「経済的支援」、3年以上にわたって定期的に子どもたちの誕生祝いや家族旅行などの交流を重ねていた「精神的交流」、婚姻届の提出や子の認知などの「社会的評価」を総合的に判断したのです。
2.有責配偶者からの離婚請求の要件
最高裁判例(昭和62年9月2日大法廷判決)によれば、有責配偶者からの離婚請求が認められるには、(1)別居が相当の長期間に及んでいること、(2)未成熟子が存在しないこと、(3)相手方配偶者が離婚により極めて過酷な状態に置かれないこと、という要件を満たす必要があります。
本件では、婚姻関係が円満を欠く状態になってからまだ4年程度しか経過しておらず、7歳の未成熟子がいたため、夫からの離婚請求は認められませんでした。
3.別居婚における不倫の立証
本件では、夫の不倫相手である女性にも慰謝料が請求されました。
不倫相手の女性は、当初は夫が独身だと信じていたこと、婚姻の事実を知った後も「妻とは同居しておらず、夫婦関係は破綻している」と説明を受けていたことなどを理由に、不法行為には当たらないと主張しましたが、これらの主張はいずれも裁判所に認められませんでした。
裁判所は、夫が家族としての交流を続けていた事実などから、当時の夫婦関係は破綻していなかったと認定しました。
そのうえで、平成15年秋に夫に妻がいることを知った後も、平成17年まで関係を継続した点について「婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を違法に侵害した共同不法行為を構成する」と判断し、夫と不倫相手が連帯して150万円の慰謝料を支払うよう命じました。
4.慰謝料額の算定
妻は当初3,000万円の慰謝料を求めていましたが、裁判所が認めたのは150万円にとどまりました。
裁判所は、当時の婚姻関係の状況やその後の関係悪化の経緯、さらに夫からの離婚請求が棄却され、法律上の婚姻関係が今後も継続する見込みであることなどを総合的に考慮し、慰謝料額を150万円と算定しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
別居婚でも離婚は簡単ではない
この事例で特に注目すべきは、婚姻届を出してから一度も同居していない夫婦であっても、裁判所が「実質的な婚姻共同生活が営まれていた」と認定した点です。
夫は「一度も同居していないのだから、実質的な夫婦関係は存在しない」と主張しました。民法752条は夫婦の同居義務を定めていますが、この義務違反だけで直ちに離婚が認められるわけではありません。
現代では、仕事や家庭の事情で別居を選択する夫婦も増えています。いわゆる「週末婚」や「別居婚」と呼ばれる形態です。
最初から別居婚を選択する場合でも、婚姻費用の支払いや定期的な交流があれば、法的には「婚姻関係が継続している」と評価されます。別居していることを理由に、簡単に離婚が認められるわけではないことに注意が必要です。
別居婚における「実質的婚姻関係」の判断基準
この判決は、形式的な同居の有無だけでなく、実質的な婚姻生活の実態を重視する姿勢を示しています。
裁判所は、以下の要素を総合的に考慮して婚姻関係の実質を判断します。
1. 経済的支援の有無と金額
本件では、夫が毎月50万円という相当額の婚姻費用を支払い続けていたことが重視されました。婚姻費用を支払い続けることは、「夫婦としての経済的一体性」を示す重要な証拠となります。
逆に、婚姻費用の支払いが停止した時期は、婚姻関係の破綻を示す一つの指標となります。
2. 精神的交流・家族行事への参加
本件では、3年以上にわたって誕生日会、クリスマスパーティー、家族旅行などが続いていたことが、写真という客観的証拠で立証されました。
別居婚の場合、同居していない分、このような定期的な交流の有無が婚姻関係の実質を判断する重要な要素となります。
3. 性的関係の有無
本件では夫婦間の性的関係について明確な認定はありませんが、一般的には夫婦間の性的関係の有無も婚姻関係を判断する一要素となります。
4. 社会的評価
婚姻届の提出、子の認知、対外的に夫婦として振る舞っているかなども考慮されます。
別居婚における「婚姻の破綻」はどう判断されるか
夫は「婚姻当初から夫婦関係は脆弱で、平成14年夏前頃には既に破綻していた」と主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。
一方で、平成17年以降については「夫婦としての信頼関係が修復困難なほど大きく損なわれており、既に破綻している」と認定しました。ただし、破綻の原因を作ったのは夫の不倫行為であると判断されました。
別居婚における「破綻」の立証方法
別居婚の場合、通常の夫婦と異なり「別居」という事実だけで関係の破綻を示すことはできません。そのため、婚姻関係がいつから実質的に破綻したかを裏づける客観的な証拠が重要になります。
証拠として有効なもの
- 婚姻費用の支払いが停止した日時の記録
- 家族交流が途絶えた時期の記録
- 離婚の意思を明確に伝えたメールやLINE
- 調停申立ての時期
- 別居の理由や経緯を記した日記やメモ
本件では、家族の写真によって「平成17年夏頃までは円満だった」と認定されました。別居婚の場合、このような客観的証拠が判断を左右します。
別居婚で離婚を進める際の注意点
本件の夫のように自ら不倫をすると、有責配偶者とみなされ、裁判での離婚請求は認められにくくなります。たとえ別居婚であっても、法律上は婚姻関係が続いている以上、他の人との交際は不貞行為にあたります。
別居婚の状態で新たな交際を望むのであれば、まずは配偶者と離婚に向けた話し合いを始め、必要に応じて調停を申し立てるなど、法的に離婚を成立させたうえで関係を持つのが適切です。
さらに、本件では7歳の未成熟子がいたことも、夫の離婚請求が退けられた大きな理由の一つでした。未成熟子がいる場合、有責配偶者からの離婚請求は原則として認められにくい傾向があります。
別居婚であっても子どもがいる場合は、成人に至るまで離婚が困難になる可能性を念頭に置く必要があります。ただし、相手が離婚に同意すれば、協議や調停によって成立させることは可能です。
別居婚における不倫のリスク
別居婚の場合、「もともと別居しているのだから、他の人と交際しても問題ないのでは」と考える方もいますが、これは大きな誤解です。
本件では、夫の不倫が婚姻関係破綻の主要な原因とされました。不貞行為をした有責配偶者からの離婚請求は、原則として認められません。
夫は「婚姻当初から別居していた」と強調しましたが、裁判所は別居の事実だけで直ちに破綻とはいえないとしてこの主張を退けました。そして、別居期間は婚姻時からではなく、婚姻関係が円満を欠く状態になってからの約4年間を基準に判断しています。
また、不倫相手が「夫婦関係はすでに破綻していた」と主張しても、別居婚の場合は認められにくいです。婚姻費用の支払いや家族としての交流が続いていれば、法律上は婚姻関係が維持されていると評価される可能性が高いといえます。
別居婚で不倫を立証するには?
別居婚の場合、もともと別々に暮らしているため、配偶者の行動を監視することが困難です。本件の妻は調査会社を使って夫を調査し、夫が不倫相手のマンションに出入りしている現場を押さえました。
別居婚で配偶者の不倫が疑われる場合、探偵や調査会社の利用を検討することも一つの方法です。ただし、相応の費用がかかる点や、違法な手段で得た資料は証拠として使えないおそれがある点には留意が必要です。
日頃から適度に連絡を取り、相手の行動状況を把握しておくことも大切です。メールやLINE、SNSなどのやり取りは、後に備えて保存しておくとよいでしょう。
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別居婚における同居義務と離婚事由の関係
民法752条は、夫婦の基本的義務として「同居、協力、扶助」を定めています。しかし、単に同居していないという事実だけで直ちに離婚が認められるわけではありません。
裁判上の離婚事由の一つである「悪意の遺棄」(民法770条1項2号)に該当する場合には、離婚が認められます。
「悪意の遺棄」とは、正当な理由なく同居義務を果たさず、相手を経済的または精神的に困難な状況に置く行為を指します。例えば、理由もなく他方の配偶者や子を放置して住居を出てしまい、生活費も負担しないようなケースが典型例です。
本件のように、夫婦が合意の上で最初から別居婚を選択した場合、同居義務違反だけでは離婚事由にはなりません。
別居婚における婚姻費用の考え方
婚姻費用とは、夫婦が婚姻生活を維持するために必要な生活費のことをいいます。食費や住居費、光熱費、医療費、子どもの教育費などがこれに含まれます。
民法760条は、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻費用を分担する」と定めています。この義務は、同居か別居かにかかわらず生じます。
家庭裁判所では、「婚姻費用算定表」を用いて婚姻費用を算定します。夫婦それぞれの収入や子どもの人数・年齢を踏まえたうえで、個別事情も考慮に入れます。別居婚であっても考え方は同じです。
もっとも、子どもが私立学校に通っている場合や高額な医療費が必要な場合、住宅ローンの負担がある場合、受け取る側に十分な収入がある場合、あるいは支払う側に他の扶養義務がある場合などには、算定表の金額から増減されることがあります。
別居婚における財産分与の特殊性
財産分与とは、婚姻中に夫婦が協力して築いた財産を、離婚時に分ける制度です(民法768条)。本件では財産分与は争点となっていませんが、別居婚では特有の問題が生じます。
分与割合は原則として2分の1ずつとされます。もっとも、この原則は「夫婦の協力によって形成された財産」であることが前提です。
別居婚のように各自が家計を別にし、経済的に独立している場合には、どの程度相手の財産形成に寄与したのかが問題となり、その評価によって割合が修正される可能性があります。
また、財産分与の基準時は通常、別居時とされますが、別居婚では事情が異なります。経済的扶助や夫婦としての交流が途絶えた時期など、実質的に協力関係が解消した時点を基準時として個別に判断することになります。
さらに、別居婚では相手の財産状況を把握しにくいという課題があります。調停や訴訟で財産目録の提出を求めるほか、弁護士照会や裁判所の調査嘱託といった手続を通じて、預金残高などを確認する方法が用いられます。
🗨️ よくある質問
Q.最初から別居婚でも、離婚の際には普通の夫婦と同じように扱われるのですか?
本判決が示すように、形式的に同居していなくても、実質的な婚姻共同生活が営まれていれば、通常の夫婦と同様に扱われます。定期的な家族としての交流、婚姻費用の負担、子どもの養育への関与などがあれば、「実質的な婚姻生活」と評価される可能性が高いでしょう。
逆に言えば、別居しているからといって、簡単に離婚できるわけではありません。
Q.別居婚で婚姻関係の破綻はどのように証明すればよいですか?
別居婚では、通常の夫婦のように明確な「別居開始日」がないため、破綻時期の立証が難しくなります。裁判所は、主観的な主張ではなく、客観的な資料を重視します。
たとえば、婚姻費用の支払いが止まった時期を示す通帳の記録、家族としての交流が途絶えたことを示す写真やメール、離婚を求めたやり取り、調停の申立て時期、関係悪化の経緯を記した記録などが判断材料になります。別居婚で離婚を見据える場合には、早い段階から経過を客観的に示す資料を残しておくことが重要です。
Q.別居婚の離婚で財産分与はどのように計算されますか?
別居婚であっても、財産分与の基本的な考え方は通常の夫婦と同じです。婚姻中に夫婦が協力して形成した共有財産を分けることになります。
割合は原則として2分の1ずつですが、事情によって修正されることがあります。たとえば、一方が高額の婚姻費用を長期間負担していた場合や、主に子どもの養育を担っていた場合には、その寄与の程度が考慮されます。
基準時は通常は別居時とされますが、別居婚では婚姻関係が実質的に破綻した時期を基準とするかどうかが個別に判断されます。さらに、相手の財産状況を把握しにくい点にも注意が必要です。早い段階で専門家に相談し、財産関係を整理しておくことが重要です。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
