アルコール依存症の夫との離婚で婚姻費用を請求された事例 #裁判例解説

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婚姻費用

「アルコール依存症だと告白します。治療を受けます。断酒に努めます。だから戻ってきてほしい」

別居していた妻に、夫は電話で必死に訴えた。

しかし、夫の断酒は約1年で終わった。そして数年後。

「貧困親戚とは縁を切れ」

「我が家の生活がうまく行かない原因は、あなたの父親の姉妹と弟の貧困なんだよ」

夫は妻が見ているところで飲酒し、酔って妻とその親族への誹謗中傷を繰り返す。

妻は子どもを連れて再び家を出て、離婚訴訟を起こした。すると夫は、別居期間中の婚姻費用の請求を始めた。裁判所の判断は…。

※東京高裁令和6年11月19日(令和6年(ラ)2455号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • アルコール依存症の治療を約束しても実行しなかった場合の影響
  • 婚姻関係破綻の主な責任がある者(いわゆる有責配偶者)からの婚姻費用請求は権利濫用となる
  • 配偶者の配慮や努力にもかかわらず飲酒・誹謗中傷を繰り返した場合の評価

婚姻費用とは、夫婦が婚姻生活を維持するために必要な生活費のことです。別居中であっても、収入の多い配偶者は他方配偶者に対して婚姻費用を分担する義務があります。

しかし、婚姻関係の破綻について主な責任がある者が婚姻費用を請求することは、権利の濫用として認められない場合があります。

今回ご紹介する裁判例は、「断酒に努める」と約束したが守らなかった夫が婚姻費用を請求したケースです。

妻が離婚を求めて裁判を起こしている最中に、夫は婚姻費用分担調停を申し立てました。裁判では妻の離婚請求が認められて離婚が成立しましたが、夫の婚姻費用分担請求は権利の濫用として却下されました。

アルコール依存症と婚姻関係の破綻、そして有責配偶者からの婚姻費用請求がどのように判断されるのか、詳しく見ていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、東京高裁令和6年11月19日(令和6年(ラ)2455号)を取り上げます。

この裁判は、アルコール依存症の夫が、別居中の妻に対して婚姻費用の分担を求めた事案です。

  • 当事者
    申立人(夫):公務員として勤務していたが退職
    相手方(妻):産婦人科医として勤務。子ども2人を養育
  • 婚姻期間:平成19年に婚姻。平成30年3月から別居開始。令和6年5月に裁判離婚確定
  • 離婚訴訟の経緯:令和3年10月、妻が離婚訴訟を提起。令和5年5月に第1審で離婚請求認容(親権者は妻)。夫が控訴したが、令和5年11月に控訴棄却。夫が上告・上告受理申立てをしたが、令和6年5月に上告棄却・上告不受理決定により離婚確定
  • 婚姻費用請求:令和4年10月、夫が婚姻費用分担調停を申立て。令和6年6月に不成立となり審判手続に移行

🔍 裁判の経緯

「平成19年に結婚して、長男と二男が生まれました。私は産婦人科医として働き続け、出産後も育児休業を取った後、子どもたちを病院附属の保育所に預けて仕事に復帰しました」

妻はこう振り返る。しかし、夫は妻が親族を自宅に宿泊させることや、長時間勤務、看護師らとの飲み会について不満を抱くようになった。

「平成22年6月頃から、夫は私に生活費を渡さなくなりました。飲酒量も増え、私を責める頻度が高くなって…平成23年7月には、子どもたちを連れて家を出ました」

夫はアルコール依存症であることを認め、治療に取り組むと約束したため、妻は平成24年3月頃に自宅に戻った。

夫は約1年間アルコール依存症専門外来に通院した。妻も夫の要望に応じて、親族の宿泊を止め、勤務時間を短縮し、飲み会への参加も控えるようになった。

しかし、平成27年12月頃、子どもたちの中学進学を巡って意見が対立すると、状況は悪化した。

「夫は、私の親族を『貧困一族』『貧困血族』と呼び、『貧困親戚とは縁を切れ』と繰り返し求めてきました。私や私の親族を侮辱するメッセージが毎日のように送られてきて…」

平成28年8月頃からは、夫は妻の前で飲酒するようになり、侮辱的な言葉を用いて非難するメッセージを繰り返し送った。

「私も、『アルコール依存症ほど、家族に迷惑をかける最低の人間はいないが、お前はアルコール依存症とは関係なく最低だ』と夫に言い返したことはあります。でも、できるだけ丁寧な言葉遣いを心がけ、離婚と別居をお願いし続けていたんです」

妻が繰り返し離婚についての意向を表明するよう求めても、夫は回答せず、妻と妻の親族、交流していた同僚ないし友人を侮辱するメッセージを送り続けた。

平成29年3月には、子どもの叱り方を巡る口論から夫が妻の背部を平手で何度も叩き、妻が110番通報する事態に。夫婦はいったん関係修復を試みたものの、夫からの誹謗中傷は続き、平成30年3月、妻は子どもたちを連れて別居した。

令和3年10月に妻は離婚訴訟を提起し、その後、夫が婚姻費用の分担を求めて申し立てを行った。

※東京高裁令和6年11月19日(令和6年(ラ)2455号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

東京高等裁判所は、夫の婚姻費用分担請求を権利の濫用として却下すべきであると判断し、抗告を棄却しました。

裁判所は、「婚姻関係破綻の主な責任は、抗告人(夫)にある」と認定し、「抗告人が飲酒を止めず、相手方、相手方の親族、交流していた同僚ないし友人につき悪質な誹謗中傷をすることを執拗に繰り返したことにより、破綻に至った」と述べました。

主な判断ポイント

1. 婚姻関係破綻の原因と有責性

原審(水戸家庭裁判所土浦支部)は、「申立人が、飲酒をやめず、相手方に暴力を振るい、相手方に対し、相手方や相手方の親族に対する暴言を繰り返したことにより、平成30年3月22日の別居及びその後の婚姻関係の破綻に至った」と認定し、「その責任は、主として申立人にある」と判断しました。

東京高等裁判所も原審の判断を支持し、「婚姻関係破綻の主な責任は、抗告人(夫)にある」と認定しました。

一方、妻が夫に対してアルコール中毒である旨やコミュニケーション障害である旨を伝えたことについては、夫の言動を受けてのものであり、「夫婦間の諍いにおける言動としてやむを得ない面がある」と評価されました。

2. 生活費負担の状況

裁判所は、夫が平成22年6月頃以降、妻に生活費を交付せず、妻が同居中の夫婦共同生活に必要な費用の大部分を負担していたこと、別居後も妻が自己と子どもたちの生活費のほか、夫が居住する妻名義のマンションの住宅ローンを負担し、夫は住居関係費を負担していなかったことを重視しました。

3. 権利濫用の判断

「婚姻関係破綻の原因及びその重大さに加えて」上記の生活費負担の状況を考え合わせた結果、「相手方が前記の経緯の後離婚請求訴訟を提起した後に婚姻費用の分担を求めた抗告人の本件請求は、権利の濫用として却下されるべきである」と結論付けました。

原審は、夫が生活費を渡さず「その分を貯蓄していた」こと、約1938万円の退職手当を受給していたことなどから、「一人暮らしの申立人が生活に困窮していたとは認められない」という理由で却下したのに対し、東京高等裁判所はより根本的に「権利の濫用」であると判断し、理由を変更して抗告を棄却しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

アルコール依存症と断酒の約束

本件で重要なポイントの一つは、夫がアルコール依存症であることを告白し、治療を受け、断酒に努める旨約束したにもかかわらず、約1年で通院をやめ、その後飲酒を再開したという点です。

裁判所は、平成24年には関係の修復に向かったものの、平成27年頃以降に「抗告人が飲酒を止めず」誹謗中傷を繰り返したことにより破綻に至ったと認定しています。つまり、断酒の約束を破ったことが、婚姻関係破綻の主な原因と評価されたのです。

さらに、平成29年3月には「飲酒をしたら離婚する」旨の誓約書を書くと申し入れながら、その後も「妻の面前で飲酒し、酔って妻に暴言を吐く状態が続いた」という事実が認定されています。

アルコール依存症の配偶者を持つ方にとって、相手が治療や断酒を約束することは、関係修復の大きな希望となります。しかし、本件のように約束が守られず、むしろ状況が悪化した場合、それは婚姻関係破綻の主な原因として評価されることになります。

配偶者の努力と配慮

本件では、妻が夫の不満を解消するために様々な配慮をしたことも認定されています。具体的には、親族を自宅に宿泊させることを止め、当直勤務の回数を減らし、勤務先の飲み会への参加を控えました

これは、アルコール依存症の配偶者を持つ方が、関係を維持するために自分の生活を大きく変えることの典型例といえます。医師として仕事をしながら子育てをする妻にとって、当直勤務を減らすことや飲み会を控えることは、キャリアにも影響する大きな決断だったと推測されます。

しかし、こうした配偶者の努力にもかかわらず、夫が約束を守らず、飲酒と暴言を繰り返した場合、裁判所は配偶者の努力を評価し、有責性の判断において考慮します

有責配偶者からの婚姻費用請求と権利濫用

婚姻費用の分担請求権は、婚姻関係が継続している以上、原則として認められるべき権利です。しかし、本件のように婚姻関係の破綻について主な責任がある「有責配偶者」が婚姻費用を請求することは、権利の濫用として認められない場合があります

特に本件では、夫がアルコール依存症の治療・断酒を約束しながら実行せず、妻とその親族への悪質な誹謗中傷を執拗に繰り返したという有責性の高さに加えて、夫が妻に生活費を渡さず貯蓄していたこと、妻が生活費の大部分を負担していたことも考慮されています。

原審は、夫が生活費を渡さず「その分を貯蓄していた」と明確に認定しており、約1938万円の退職手当も受給していたことから、生活困窮も認められませんでした。

誹謗中傷の程度と有責性

本件で特徴的なのは、夫の誹謗中傷が極めて悪質であったという点です。夫は、妻だけでなく、妻の親族、同僚や友人、さらには子どもたちに対しても侮蔑的な言動を繰り返しました。

裁判所は、こうした夫の言動を「執拗に、悪質な誹謗中傷をしながら侮辱するもの」と評価し、「婚姻関係継続中の相手方に対する言動として、受忍を求め得る限度を超えたもの」と判断しました。

アルコール依存症による暴言は、しばしば家族に深刻な精神的ダメージを与えます。本件のように、飲酒の上で執拗に誹謗中傷を繰り返した場合、それは単なる夫婦喧嘩ではなく、精神的DVとして評価され、有責性の判断において重要な要素となります。

📚 関連する法律知識

婚姻破綻の原因となる行為

婚姻破綻の原因となる行為には、不貞行為、暴力(DV)、悪意の遺棄(生活費を渡さない、正当な理由なく別居するなど)、配偶者の親族との不和、性格の不一致などがあります。

本件のような執拗な誹謗中傷も、婚姻関係を破綻させる重大な原因となり得ます。特に、配偶者の人格を否定するような言動や、配偶者の親族まで侮辱するような行為は、婚姻関係の継続を困難にする重大な事情として評価されます。

アルコール依存症と離婚原因

アルコール依存症それ自体は、直ちに離婚原因となるものではありません。しかし、アルコール依存症により、家庭生活が困難になったり、配偶者に対する暴力や暴言が繰り返されたりする場合には、「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)として離婚原因となり得ます

また、本件のように、アルコール依存症の治療や断酒を約束しながら実行しなかった場合、あるいは誓約書を書きながら守らなかった場合、婚姻関係の破綻の原因として評価される可能性が高くなります

婚姻費用分担義務

夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する義務があります(民法760条)。婚姻費用には、日常の生活費、住居費、食費、医療費、子どもの養育費・教育費などが含まれます。

別居中であっても、婚姻関係が継続している限り、婚姻費用分担義務は原則として存続します。通常は、収入の多い配偶者が他方配偶者に対して婚姻費用を分担することになります。

有責配偶者と権利濫用

婚姻関係の破綻について主な責任がある配偶者を「有責配偶者」といいます。有責配偶者からの離婚請求は、原則として認められません(最高裁昭和62年9月2日判決)。

婚姻費用分担請求についても、有責配偶者が他方配偶者に対して同程度の生活を保障することを内容とする婚姻費用分担請求をすることは、権利の濫用として認められない場合があります

ただし、有責配偶者が生活に困窮している場合には、他方配偶者は有責配偶者に対する最低限度の生活を維持させる程度の生活扶助義務は免れないとされています。

家事事件における審理と証拠

本件で夫は、原審で審問の機会を与えられなかったと主張しましたが、裁判所は、離婚訴訟における両者の本人尋問調書が資料として提出されており、反対尋問を経た供述内容の資料があることから、重ねて審問を行う必要性はないと判断しました。

家事事件においても、既に他の訴訟手続で十分な審理がなされている場合には、改めて同じ事項について審問を行う必要はないとされることがあります。

🗨️ よくある質問

Q.アルコール依存症の配偶者と離婚することはできますか?

アルコール依存症それ自体は直ちに離婚原因となるものではありませんが、アルコール依存症により家庭生活が困難になったり、配偶者に対する暴力や暴言が繰り返されたりする場合には、「婚姻を継続し難い重大な事由」として離婚が認められる可能性があります。

Q.アルコール依存の治療や断酒を約束した場合、どのくらい様子を見るべきですか?

アルコール依存症の治療は長期間を要し、再発のリスクも高い病気です。一概に何年とは言えませんが、本件では夫が約1年で通院をやめ、その後飲酒を再開したことが問題視されました。

重要なのは期間よりも、約束が守られているか、治療が継続されているか、飲酒が再開されていないかという実態です。約束が守られない場合、誓約書を書いても守られない場合、配偶者の努力や配慮にもかかわらず状況が改善しない場合は、別居や離婚を検討する時期といえるでしょう。専門家への相談をお勧めします。

Q.婚姻費用分担請求が認められないのはどのようなケースですか?

婚姻費用分担請求は、原則として婚姻関係が続いている限り認められますが、例外的に認められない、または減額される場合もあります。

たとえば、有責配偶者からの請求、請求者自身に十分な収入や資産がある一方で相手方の収入が少ない場合、正当な理由なく別居して同居義務に違反している場合などです。本件では、有責配偶者からの請求に当たるとして、権利の濫用を理由に却下されました。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了