旦那が横領で離婚できる?妻が返済した230万円の行方 #裁判例解説

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旦那が横領

「あなたが会社のお金を使い込んだせいで、私の給料まで全部返済に消えたのよ!」

妻の声は震えていた。

法廷の静まり返った空気の中、彼女の代理人弁護士が証拠書類を提出する。
そこには、4年間にわたる返済記録が克明に記されていた。

「そして、やっと返し終わったと思ったら…あなたは突然いなくなった。子どもを置いて、私に何も告げずに」

夫の席は空席だった。
呼び出しを受けても、彼は法廷に現れなかった。

裁判官の前には、横領と家出、そして一人残された妻と幼い子どもの未来がかかっていた。

※名古屋地判昭和49年10月1日(昭和48年(タ)181号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 夫の横領金を妻が返済した場合、離婚時に財産分与が認められ得る
  • 行方不明・音信不通は「悪意の遺棄」として法定離婚事由になる
  • 横領による借金返済への妻の貢献が財産分与で評価される

夫が会社のお金を横領していた事実が判明した場合、妻としてどのように対応すべきか、深い不安を感じるのは当然です。
離婚は可能なのか、横領金の返済責任を妻も負うのか、今後の生活はどうなるのかなど、次々と疑問が浮かぶことでしょう。

今回ご紹介する裁判例は、夫が会社のお金260万円を横領し、妻が自分の給料で4年間かけて返済を続けた末、夫が突然家出して行方不明になったというケースです。

この事例を通じて、配偶者の横領が発覚した場合の離婚手続き、返済への貢献がどう評価されるか、そして妻自身の権利をどう守るかについて、具体的に見ていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、名古屋地判昭和49年10月1日(昭和48年(タ)181号)を取り上げます。
この裁判は、夫の横領と家出を理由に妻が離婚と慰謝料、財産分与を求めた事案です。

  • 当事者
    原告(妻):バスガイド、初婚、当時20代後半と推定
    被告(夫):旅客誘致員、再婚、前妻との間に子ども2人
  • 請求内容:離婚、親権者指定、慰謝料100万円、財産分与115万円

🔍 裁判の経緯

「もう限界でした…」

妻は弁護士に、震える声でこれまでの経緯を語った。

「結婚して間もない頃、夫が会社で集金した263万円を入金せず使い込んでしまったんです。賭け事や遊びに使ったと聞きました。
親戚から66万円を借りて一部は返しましたが、残りは返済の目処が立たず。」

「警察沙汰になるかもしれないと言われ、私も必死で…。
結局、夫の給料のほとんどを会社への返済に回し、家族の生活は私の給料だけで支えることになったんです。」

妻の目に涙が浮かぶ。

「約4年間、私の給料だけで食費も光熱費も子どもの物も全部やりくりして…やっと230万円の返済が終わったんです。利息も含めて全部で230万8195円でした」

しかし、試練はそれだけではなかった。

「返済が終わりかけた頃、夫は何も言わずに突然姿を消しました。ひと月ほどして一度だけ家に戻ってきましたが、行き先や生活のことは何も話さず、すぐにまた出て行ってしまいました。」

「義理の両親との関係も悪化し、夫が残した飲み屋などの借金の取り立てが来るようになって…私ばかり責められる状況に耐えきれず、息子を連れて実家に帰りました」

妻の声が一層小さくなる。

「それ以来、夫からは一切連絡がなく、居場所も分かりません。
4歳の息子を抱え、この先どう生きていけばいいのか分からず、眠れない夜が続いています」

そう語った妻は、離婚と慰謝料、財産分与を求めて裁判を起こした。

※名古屋地判昭和49年10月1日(昭和48年(タ)181号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、妻の離婚請求を全面的に認め、慰謝料100万円と財産分与115万円の合計215万円の支払いを命じました。

判決は、「被告は正当な理由なく原告との同居義務および協力扶助義務を尽さないことが明らかであり、その他一切の事情を考慮しても本件婚姻の継続を相当と認めえない」として、夫の行為が民法770条1項2号の「悪意の遺棄」に該当すると判断しました。

主な判断ポイント

1. 悪意の遺棄による離婚事由の認定

裁判所は、夫が「行先を告げず突然家出して消息を断った」行為について、民法770条1項2号の「悪意で遺棄されたとき」に該当すると認定しました。

横領事件そのものは直接の離婚理由ではありませんが、その後の無責任な家出と音信不通が、夫婦としての基本的義務を放棄した「悪意の遺棄」と評価されたのです。

2. 慰謝料100万円の認定

裁判所は、妻の慰謝料請求を個々の有責行為だけでなく離婚そのものによる精神的損害を含むものと解釈しました。

そして、不法行為(民法709条)ではなく財産分与(民法768条)の枠組みで処理する方が、立証が簡便で救済範囲も広くなり合理的だと判断しています。

慰謝料100万円の算定では、横領や突然の家出といった夫の有責行為の悪質性、返済負担や幼い子どもを抱えた不安など妻が離婚を余儀なくされた経緯、財産分与との調整、その他諸般の事情を総合考慮しました。

3. 財産分与115万円の認定

注目すべきは、妻が4年間自分の給料で夫の横領金を返済し続けた事実が、財産分与として評価された点です。

裁判所は「被告において費消した約230万円を原被告双方が協力して完済した経緯」を重視し、返済額の約半分を財産分与として認めました。

これは、夫の横領金を妻が自分の給料で返済し続けたという事実を、「夫婦が協力して」消極財産を解消したものとして、その貢献度を財産分与で考慮したものです。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

横領と離婚事由について

配偶者の横領行為そのものは、必ずしも直接的な法定離婚事由にはなりません。

しかし本件のように、横領後の無責任な対応や家出、音信不通などが重なることで、民法770条1項2号の「悪意の遺棄」や5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由」に該当する可能性が高まります。

悪意の遺棄とは、正当な理由なく同居義務・協力義務・扶助義務を履行しないことを指します。

本件では、夫が突然家出し、その後も音信不通で生活費も送らないという状況が、明確な悪意の遺棄と認定されました。

横領金の返済と財産分与の関係

通常、財産分与は「婚姻中に夫婦が協力して形成した財産」を分けるものですが、本件では逆に「婚姻中に夫婦が協力して解消した負債」について、その貢献度を評価しています。

妻は自分の給料のほぼ全額を4年間にわたって返済に充て、その間、家族全員の生活を支えました。

この事実を裁判所は「原被告双方が協力して完済した」と評価し、返済総額230万円の約半分である115万円を財産分与として認めたのです。

妻への返済義務について

重要な点として、夫の横領による損害賠償債務は、原則として夫個人の債務であり、妻には返済義務はありません

ただし本件のように、会社側が「夫婦で協力して返済する」という合意をした場合や、妻が連帯保証人になっている場合は別です。
本件では、妻が自主的に返済に協力することで、夫の解雇を防ぎ、刑事告訴を回避したという事情があったと推測されます。

現実問題として、配偶者の横領が発覚した場合、妻としては以下の選択を迫られることになります。

  1. 夫と協力して返済し、夫婦関係を維持する
  2. 離婚して、夫の債務から距離を置く
  3. 返済に協力しつつ、一定期間後に離婚する

離婚のタイミングと証拠保全

本件のような横領事案では、離婚を切り出すタイミングが重要です。

横領発覚直後に離婚を切り出すと、会社側から「妻が夫を見捨てた」と見られる可能性がありますし、夫側からは「最も困っているときに裏切られた」と慰謝料請求されるリスクもあります。

一方、本件のように返済が完了する頃まで待つと、「夫婦で協力して債務を解消した」という実績が残り、財産分与の場面で有利に働く可能性があります。

ただし、刑事事件になる可能性がある場合は、早めに弁護士に相談し、離婚のタイミングや財産保全の方法を検討すべきです。

📚 関連する法律知識

法定離婚事由とは

裁判で離婚を認めてもらうには、民法770条に定められた以下の5つの「法定離婚事由」のいずれかが必要です。

法定離婚事由

  1. 不貞行為
  2. 悪意の遺棄
  3. 3年以上の生死不明
  4. 回復の見込みがない強度の精神病
  5. その他婚姻を継続し難い重大な事由

本件では、夫の突然の家出と音信不通が「悪意の遺棄」に該当すると認定されました。

横領行為そのものは直接の離婚事由ではありませんが、その後の無責任な対応が法定離婚事由を構成したのです。

財産分与の基本

財産分与とは、離婚時に夫婦が婚姻中に協力して形成した財産を分け合う制度です(民法768条)。

財産分与には以下の3つの性質があります。

  1. 清算的財産分与
    夫婦共有財産の清算
  2. 扶養的財産分与
    離婚後の生活保障
  3. 慰謝料的財産分与
    精神的苦痛への賠償

本件の115万円は、主に「清算的財産分与」として、妻が返済に貢献した負債の清算という形で認められました。

通常、財産分与の割合は2分の1ずつが原則ですが、個々の事情(収入格差、家事育児の分担、財産形成への寄与度など)によって調整されます。

慰謝料と財産分与の関係

本件では、慰謝料100万円と財産分与115万円が別々に認められましたが、判決は興味深い法的解釈を示しています。

裁判所は、「離婚そのものによる精神上の損害の賠償」については、不法行為(民法709条)ではなく、財産分与(民法768条)の中に含めて処理する方が合理的だと述べています。

これにより、手続きが簡便になり、また離婚を余儀なくされた者が求められる賠償の範囲が広くなるというメリットがあります。

実務上は、慰謝料と財産分与を明確に区別せず、財産分与の中で慰謝料的要素も考慮するという処理がよく行われます。

🗨️ よくある質問

Q. 夫が会社のお金を横領したことが分かりました。これだけで離婚できますか?

横領行為そのものは直接的な法定離婚事由にはなりませんが、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)に該当する可能性があります。

特に、横領後に夫が無責任な対応をとったり、家出して音信不通になったりした場合は、「悪意の遺棄」(同2号)として離婚が認められやすくなります。

まずは弁護士に相談し、具体的な状況を整理することをお勧めします。

Q. 夫の横領金の返済を会社から求められています。妻の私にも支払い義務がありますか?

原則として、夫の横領による損害賠償債務は夫個人の債務であり、妻には支払い義務はありません。

ただし、妻が連帯保証人になっている場合や夫婦で合意して返済することを約束した場合、横領金が夫婦の生活費として使われた場合(日常家事債務の範囲)は例外となります。

会社から請求を受けた場合は、安易に応じず、まず弁護士に相談してください。
支払い義務がないにもかかわらず返済してしまうと、後で取り戻すことが困難になります。

Q. 夫の横領金を私が返済した場合、離婚時にその分を取り戻せますか?

本件のように、妻が自分の収入で夫の横領金を返済した場合、離婚時の財産分与でその貢献が考慮される可能性があります。

ただし、全額を取り戻せるとは限りません。本件では返済額230万円の約半分である115万円が財産分与として認められました。

重要なのは、給与明細や振込記録など返済の記録をしっかり保管しておくことです。

また、返済開始前に弁護士に相談し、将来の離婚時に有利になるような証拠を残しておくことをお勧めします。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了