離婚時の借金7000万円、どこまで財産分与で考慮される? #裁判例解説

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財産分与

「私の借金は財産分与でどう扱われるんですか?夫の借金も考慮されるべきですよね」

被告側の弁護士は即座に反論する。

「原告の借金は、個人的な投資の失敗によるものです。それを財産分与の計算に入れるのはおかしい。一方、被告の借金は事業のための必要な借入れで、会社の債務も含まれています」

プラスの財産だけでなく、マイナスの財産=借金は財産分与でどう評価されるのか。双方合わせて7000万円を超える借金の扱いが、この裁判の重要な争点となった。

※東京地判平成5年2月26日(平成3年(タ)314号・平成3年(タ)610号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 財産分与では夫婦それぞれの資産と負債を総合的に評価する
  • 個人的な投資失敗による借金は、全額が財産分与の対象とならない場合がある
  • 借金の性質・発生経緯によって、財産分与での扱いが大きく異なる

離婚時の財産分与では、不動産や預貯金などのプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も考慮されます。

しかし、夫婦の生活資金にあてられた借金と、個人的な投資やギャンブルによる借金では、扱いが大きく異なります。

今回ご紹介する裁判例は、昭和生まれの熟年夫婦が互いに離婚を請求し、妻が夫に1億5000万円の財産分与を請求した事案です。

夫には5600万円、妻には約1400万円という多額の借金がある中で、裁判所は最終的に妻への財産分与額を3000万円と判断しました。

財産分与でもらえる金額はどう決まるのか?この判決から、実践的な知識を学んでいきましょう。

📋 事案の概要

今回は、東京地判平成5年2月26日(平成3年(タ)314号・平成3年(タ)610号)を取り上げます。

この裁判は、24年間の婚姻生活を経て離婚に至った夫婦が、離婚そのものと財産分与、慰謝料について争った事案です。

  • 当事者
    原告(妻):昭和18年生まれ。子育てが一段落した昭和56年から保険外交員として活躍し、昭和61年には自宅でブティックを開店。昭和62年に保険外交員を退職。
    被告(夫):昭和12年生まれ。大卒後、機械会社に勤務。昭和53年に独立して事業を立ち上げ、のちに法人化して代表取締役に就任。
  • 婚姻と子:昭和41年に婚姻。3人の子ども(長女・次女・長男)をもうける。

🔍 裁判の経緯

妻の主張

「もう限界でした…」

原告である妻は、弁護士に相談に訪れた際、24年間の結婚生活を振り返りながら語った。

「夫は昭和60年頃から外泊が増えて、昭和61年8月からは全く帰宅しなくなりました。会社の従業員宿舎に泊まっているというんです。」

「乙山さんという女性と親密な関係にあるようで…二人きりで深夜にマンションにいるところも確認されているんです」

妻の訴えはさらに続いた。

「夫は、私に何の相談もなく、夫婦で買った土地に多額の根抵当権を勝手に設定したうえ、別の土地まで無断で売り払ってしまったんです。」

「生活費も月25万円から月10万円に減らされて、暴力まで受けました。些細なことで怪我をするほど殴られたこともあります。」

妻は、夫の外泊、不貞、土地の無断売却、生活費の減少、暴力、などを理由に、離婚と慰謝料1000万円、財産分与1億5000万円を求めた。

夫の主張

一方、被告である夫は、夫婦関係が破綻したのは妻に原因があると反論。

「妻は保険外交員として家庭を省みず猛烈に働き、自宅でブティックまで開いて相当な高収入を得ていたのに、家計には一切協力しなかった。」

「それどころか、突然離婚を言い出し、夫婦生活も拒むようになったうえ、丙川という男性と不倫関係にあった。」

夫は、家庭をかえりみない妻の身勝手な性格が、夫婦関係どころか家族全体の関係をも壊したと主張し、離婚と慰謝料1000万円を求めた。

借金の扱いをめぐる対立

夫には金融機関からの約5600万円の借金があり、そのうち2200万円は、夫が代表取締役を務める会社の事業資金として借り入れたものだった。

一方、妻は株取引や金の商品取引の失敗により、約1400万円の借金も抱えていた。

「確かに私の判断ミスですが、婚姻中にできた借金です。これを全部私だけの責任にされるのは納得できません」

双方の主張が出揃い、裁判所の判断に注目が集まった。

※東京地判平成5年2月26日(平成3年(タ)314号・平成3年(タ)610号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

(1)離婚請求について

双方が離婚を求めており、今後円満な婚姻生活の継続が望めないことから、「婚姻を継続し難い重大な事由がある」として離婚を認容しました。

(2)慰謝料請求について

双方が相手の不貞を主張しましたが、どちらも決定的な証拠はなく、「婚姻関係の破綻の責任は双方にあり、その責任の程度に特に軽重はない」として慰謝料請求を棄却しました。

なお、妻が提出した証拠から、夫と女性が親密な関係にあったこと自体は裁判所も認めています。

しかし、その時期にはすでに夫婦が互いに離婚を求めて裁判をしており、婚姻関係は破綻していたと評価されるため、この交際を理由に慰謝料を請求することは困難としました。

婚姻関係の破綻とは?

夫婦生活を営む意思が互いに無いこと、あるいは客観的に夫婦関係を修復することが困難なことを、婚姻関係の破綻といいます。

お互いに離婚請求をし合っている夫婦の場合、婚姻関係の破綻が認められます。
婚姻関係が破綻した夫婦間では、配偶者以外との肉体関係を持っても、慰謝料請求は認容されません

本件では、妻は夫と別の女性との性的関係について、離婚請求をし合う前の不貞を証明できなかったため、慰謝料請求は認められませんでした。

(3)財産分与について

複雑な財産関係を丁寧に整理した上で、「財産形成についての原告、被告の貢献度・寄与度は同程度と認められる」として、被告から原告に3000万円を給付することを命じました。

財産分与の主な判断ポイント

財産分与とは、婚姻中に夫婦で築いた財産を、離婚時に清算する制度です。

裁判所は、夫婦それぞれの名義の財産について、以下のように評価しました。

夫名義の資産

  • 建物(持分割合 夫9:妻1)
    4500万円(5000万円×9/10)
  • 昭和44年に購入した土地
    4200万円
  • ゴルフ会員権
    800万円
  • 借金(会社債務除く)
    3400万円

※会社債務を個人の借金として計上するなら、公平を期すために会社の資産も計上すべきだが、それは複雑すぎて適切でないため、財産分与算定から除外。

夫の資産の合計は6100万円

妻名義の資産

  • 建物(持分割合 夫9:妻1)
    500万円(5000万円×1/10)
  • 平成2年に購入した土地
    1350万円
  • 借金
    500万円(1400万円×1/3)

※1400万円の内訳は、婚姻中の収入を元手にして株取引をおこない、そのもうけで取得した金融商品で失敗した際の損失、生活費のための姉からの借金を含む。

※個人的な投資の失敗による借金が大半であることから、財産分与では全額ではなく約3分の1に相当する部分を考慮。

妻の資産の合計は1350万円

このように、夫婦それぞれの資産を時価で算定し、合計額を2分の1ずつ分けたうえで、一切の事情を考慮し、妻への分与額を決めました。

裁判所が、財産分与算定において「本件に顕れた一切の事情」として考慮した事情には、以下のようなものがあります。

本件に顕れた一切の事情

  • 夫が、婚姻中に購入し、自身のローン弁済等のために転売した土地の売却代金(1700万円)を費消したこと
  • 夫が、自身の会社のために、夫婦の共有財産に設定した根抵当権の金額(極度額8500万円)
  • 妻の婚姻中の収入
  • 妻の借金の金額とその使途
  • 昭和63年3月まで夫は家計に月額25万円の生活費をいれ、それ以降は現在まで、月額10万円の生活費のほか、租税公課、水道光熱費、電話代等を負担していること
  • 妻は休業状態であり、相当な身元保証人がいない等の理由で就職もままならないこと

財産分与には離婚後の生活費の補償の意味合いが含まれることがあります(扶養的財産分与)。

本件でも、夫婦の婚姻中のそれぞれの資産状況、妻の現状等にかんがみ、妥当な解決を目指したと考えられます。

最終的な財産分与額を算定するにあたり、夫婦の総資産7450万円(6100万円+1350万円)を2分の1ずつ分けると、妻が取得すべき額は約3725万円です。

そこから妻名義の資産1350万円を差し引き、さらに「本件に顕れた一切の事情」を踏まえた結果、夫から妻に3000万円を給付するのが相当と判断しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

なぜ借金の全額が考慮されないのか

この判決で最も注目すべきは、借金の扱い方です。

夫の借金5600万円のうち2200万円が除外され、妻の借金約1400万円のうち約900万円が除外されました。
なぜこのような判断になったのでしょうか。

裁判所は、住宅ローンや生活費の借入れ、子どもの教育ローンといった夫婦の共同生活のために生じた借金については、財産分与の計算に全額を含めるべきと判断します。

一方、事業のための借入れは、個人と会社を切り分けて扱います。本件でも会社債務は財産分与の対象から除外されました。

また、個人的な判断による投資・投機の失敗については、その損失を相手に全額負担させるのは不公平とされ、本件では約3分の1のみを考慮しています。

この分類の背景には、「財産分与は婚姻中に協力して形成した財産の清算」という基本的な考え方があります。
個人的な理由で生じた損失まで相手に負担させるべきではない、という判断に基づくものです。

個人的な投資失敗と財産分与

妻の借金が、約3分の1のみ考慮されたのはなぜでしょうか。

裁判所は以下の事実を重視しました。

  • 保険外交員を辞めた後に、退職金や積立金を元手に投資を始めた
  • 独自の判断で株取引、さらに金の商品取引に手を出した
  • 結果的に350万円以上の損失を出し、補填のために姉から980万円借入れ

つまり、これは、夫婦の共同生活の維持とは無関係な、妻個人の投資判断による損失と評価されたのです。

扶養的財産分与の考慮

本件では、妻は休業状態であり、「相当な身元保証人がいないこと等で就職することもままならない状況」が一切の事情として考慮されました。

これは、財産分与の扶養的財産分与という側面を示しています。
財産分与には単なる財産の清算だけでなく、離婚後の生活保障という要素も含まれます。

特に、長年専業主婦だった方や、高齢で再就職が困難な方、病気や障害がある方などの場合、この扶養的要素が重視されることがあります。

離婚前に借金を完済すべきか?

本件のように、個人的な投資失敗による借金の場合、離婚前に完済しておけば、財産分与でマイナス評価されるリスクを減らせます

一方、住宅ローンなど夫婦の共同生活のための借金の場合、無理に完済する必要はありません。むしろ、離婚後の生活資金を確保することの方が重要な場合もあります。

また、本件の夫のように、事業のための借金がある場合、それを個人資産で返済するのは得策でない場合もあります。

判断のポイント

  • 借金の性質(共同生活関連か、個人的なものか)
  • 返済原資(共有財産か、個人財産か)
  • 離婚後の生活設計
  • 相手方との交渉戦略

これらを総合的に考慮して、弁護士と相談しながら方針を決めることをお勧めします。

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借金の分類と財産分与での扱い

借金は、その性質によって財産分与での扱いが異なります。

以下のような借金は、夫婦の共同生活の維持・向上のための借金として、全額が財産分与の対象となります。

全額考慮される借金

  • 住宅ローン
    夫婦の居住用不動産の購入資金
  • 生活費の借入れ
    日常の生活費が不足した際の借入れ
  • 子どもの教育ローン
    学費、塾代などの教育費用
  • 自動車ローン
    家族で使用する自動車の購入資金
  • 医療費の借入れ
    家族の治療費、入院費など

以下のような借金は、減額されたり、財産分与の計算から除外されることがあります。

減額または除外される借金

  • 個人的な投資・投機の失敗
    株取引、FX、仮想通貨、先物取引など(本件)
  • ギャンブルによる借金
    パチンコ、競馬、カジノなど
  • 個人的な趣味・嗜好品
    高級車、ブランド品、美術品など(共同生活と無関係なもの)
  • 不貞行為に関連する支出
    愛人への貢ぎ物、不倫旅行など
  • 事業の失敗
    個人事業の失敗による借金(配偶者の同意がない場合)

中小企業の経営者の場合、個人保証している会社の債務の扱いが問題になります。

本判決は、実質一人会社であっても、会社と個人の財産は別個のものとして扱うという原則を示しました。

ただし、以下の場合は例外的に考慮されることがあります。

例外的に考慮される会社債務

  • 会社が完全なペーパーカンパニーで、個人財産の隠匿手段として使われている
  • 会社の債務が実質的に個人の消費のために使われた
  • 個人資産と会社資産が混同されている(公私混同が著しい)

借金と慰謝料の関係

借金の存在は、慰謝料請求にも影響する場合があります。

慰謝料が認められやすいケース

  • 相手が夫婦の財産を無断で処分し、借金だけ残した
  • 相手が浪費やギャンブルで多額の借金を作り、家計を破綻させた
  • 相手が不貞行為のために借金を作った

本件では、夫が土地を無断で売却した行為がありましたが、婚姻破綻の責任が双方にあるとして、慰謝料請求は認められませんでした。

財産分与制度の3つの性質

財産分与とは、離婚する夫婦が、婚姻中に協力して形成した財産を公平に分配する制度です。民法768条に規定されています。

財産分与には、主に以下の3つの性質があります。

  1. 清算的財産分与
    夫婦共同で築いた財産の清算
  2. 扶養的財産分与
    離婚後の生活保障
  3. 慰謝料的財産分与
    離婚原因に対する慰謝料としての性質

本件は主に清算的財産分与が問題となったケースですが、原告の離婚後の生活不安という点で扶養的要素も考慮されています。

🗨️ よくある質問

Q.相手名義の借金も財産分与で考慮されますか?

婚姻中に夫婦の生活のために生じた借金であれば、財産分与の計算でマイナス財産として考慮されます。

ただし、個人的な事業の失敗や投資の失敗による借金については、その全額を考慮することが不公平な場合もあります。

本件では、妻の株取引失敗による借金約1400万円のうち、3分の1程度の500万円のみが考慮されました。
借金の性質や発生経緯によって、どこまで考慮されるかは個別に判断されます。

Q.離婚前に借金を完済しておいた方が、財産分与で有利になりますか?

ケースバイケースです。
本件のように、個人的な投資失敗による借金の場合、離婚前に完済しておけば、財産分与でマイナス評価されるリスクを減らせます。

しかし、住宅ローンなど夫婦の共同生活のための借金を無理に完済する必要はありません。
むしろ、離婚後の生活資金を確保することの方が重要な場合もあります。

Q.離婚後の生活が不安な場合、財産分与で考慮されますか?

考慮される可能性があります。財産分与には「扶養的財産分与」という側面があり、離婚後の生活保障という要素も含まれます。

本件でも、原告が「就職することもままならない状況」にあり「離婚後の生活に不安がある」ことが「一切の事情」として考慮されました。

特に、長年専業主婦だった方や、高齢で再就職が困難な方、病気や障害がある方などの場合、この扶養的要素が重視されることがあります。

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まとめ

夫婦の生活資金にあてた借金は財産分与で加味されます。一方、個人の借金は財産分与で考慮されません。

ただ、離婚後の生活費も考慮して財産分与額が決まるので、具体的な事情によっては、二分の一ずつ分与できるほか、扶養的財産分与も受け取れる可能性もあります。

ケースバイケースですので、ご自身に有利な離婚を進めるには、まずは離婚に詳しい弁護士に無料相談してみるところから始めてみてください。

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了