浪費vs経済的虐待で争われた熟年離婚と財産分与#裁判例解説

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熟年離婚

「厚生年金の半分、月9万円を私に払ってください。それが当然の権利です!」

妻の代理人弁護士が法廷で訴える。63歳の妻は、定年退職した夫の年金収入に注目していた。

「結婚してから30年以上、私は家事と育児に専念してきました。夫が仕事に集中できたのは、私が家庭を守ってきたからです。それなのに、離婚後の生活費も出さないというのですか?」

夫側の代理人弁護士は反論する。

「妻の浪費で1000万円以上の借金を返済させられました。財産分与どころか、慰謝料を請求したいのはこちらです!」

裁判官の前に提出された証拠書類の山。クレジットカードの明細、銀行からの督促状、家計簿…。長年連れ添った夫婦の溝は、もはや修復不可能なまでに深まっていた。

※東京地判平成12年9月26日(平成8年(タ)550号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 夫婦が婚姻中に協力して形成した財産は、名義に関わらず財産分与の対象となる
  • 婚姻破綻の責任が双方にある場合でも、財産分与は認められる
  • 熟年離婚では、年金等の将来の収入も考慮に入れて財産分与が決定される

熟年離婚の原因は夫婦によりますが、長年連れ添った相手であるからこそ、募る不満があるものでしょう。

今回ご紹介する裁判は、夫婦が互いに離婚の成立と慰謝料請求をし合った事案です。

この裁判は、収入の多い夫から、収入の少ない妻への財産分与についても判断しています。

熟年離婚をご検討中の方にとって参考になる内容なので、ぜひ最後までご覧ください。

📋 事案の概要

今回は、東京地判平成12年9月26日(平成8年(タ)550号)を取り上げます。この裁判は、68歳の夫と63歳の妻が、互いに離婚と財産分与を求めて争った事案です。

結論として、裁判所は、夫婦の離婚を認めましたが、夫の妻に対する慰謝料請求、および妻の夫に対する慰謝料請求のいずれも認めませんでした。

しかし、妻の財産分与請求は認め、妻に対して合計1500万円を支払うよう、裁判所は夫に命じました。

裁判所はどのような判断をして、そのような結論をくだしたのでしょうか。

  • 当事者
    原告(夫):68歳、大手鉱業会社の元社員。結婚当初から妻の浪費に悩まされ、2600万円以上の借金返済を強いられたと主張。
    被告(妻):63歳、裕福な家庭出身。フラワー教室の講師として収入を得ていたが、健康上の理由で継続困難に。
  • 婚姻期間
    別居開始まで約38年間の婚姻生活。長男と次男の2人の子供をもうける。
  • 請求内容
    原告(夫):離婚と慰謝料1000万円
    被告(妻):離婚と慰謝料1000万円、財産分与(自宅マンション、一時金300万円、定期金月9万円)

🔍 裁判の経緯

昭和33年、21歳で結婚した被告(妻)は、バス会社を経営する裕福な家庭で育った。原告(夫)は大学院を出て大手鉱業会社に勤める、いわばエリートサラリーマンだった。

結婚当初、家計の管理は妻がおこなっていた。昭和50年代に入ると、夫の給料が銀行振込になり、妻は夫名義のキャッシュカードと複数枚のクレジットカードを所持。生活用品をクレジットカードで購入するようになった。

「生活費は全然足りなかった。子どもの教育費、家の増改築…夫は協力してくれないから、私がクレジットカードで工面するしかなかったの」

昭和54年9月、妻はクレジットカードの多用で借金が400万円を超える金額となり、夫に相談せざるを得なくなった。

当時の夫の年収は約580万円。夫は家計管理を自分で行うことにし、妻には月6万円から8万円の生活費しか渡さなかった。

「月6万円で、育ち盛りの2人の息子を育てろというの?私は着物を売って生活費を補い、ミシンの内職までしたわ。実家の母親が亡くなったときも、帰省する旅費がなくて死に目に会えなかった…」

しかし、妻はその後もクレジットカードを利用し、信販会社からの督促や、カード会社からの利用代金支払い請求が続き、夫が返済を繰り返した。

「浪費なんかじゃない!生活必需品を買っただけよ。夫が十分な生活費を渡してくれないから、カードを使うしかなかったの。それに、明細書は全部夫のところに届いていたはず。夫は知っていたのよ」

最終的に、夫が妻の浪費を理由に、妻が夫の経済的虐待等を理由に、それぞれ離婚と慰謝料を求めて裁判所に訴えを提起。妻はさらに財産分与も請求した。

※東京地判平成12年9月26日(平成8年(タ)550号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、原告(夫)と被告(妻)の双方の離婚請求を認め、夫から妻に対して1500万円の財産分与を命じました。一方、双方の慰謝料請求は認められませんでした。

主な判断ポイント

1.離婚は成立、慰謝料請求は否定

本件では、夫婦関係の破綻が認められ、離婚判決がくだされました。

裁判離婚ができるのは、民法770条1項1号から5号まである離婚理由のいずれかが認められる場合です。

(裁判上の離婚)
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。

民法 第七百七十条

今回は、「その他婚姻を継続し難い重大な事由」が認められ、裁判離婚が成立しました。

婚姻を継続し難い重大な事由とは、夫婦の婚姻関係が破綻し回復の見込みがないことをいいます。

婚姻関係が破綻しているかどうかは、婚姻中の夫婦双方の行動や態度、子どもの有無やその年齢、婚姻継続の意思、当事者の年齢、健康状態、資産状況、性格など、婚姻関係にあらわれた一切の事情を考慮して判断されます。

裁判所は、夫婦双方の主張を詳細に検討した結果、婚姻破綻の責任はどちらか一方にあるとは言えないと判断しました。

妻の借金について、裁判所は「家の増改築費用や長男の大学入学金が含まれており、一般のサラリーマン家庭では、日常の生活費とは別に借入れをするか預金から支出するのが通常」と指摘。夫が協力しなかったことにも一定の責任があるとしました。

一方、妻の消費行動については「カードを使い分け、デパートでの買物を続けており、衣料品、装飾品等も少なからず見受けられ、その時点での家計の状態に照らすと節約をしているとみることはできない」と評価しました。

離婚による慰謝料請求は、夫婦のいずれか一方のうち、離婚の主な原因をつくった配偶者に対して請求できるものなので、裁判所がこのような認定をしてしまうと、慰謝料請求は通らないものです。

本件では、妻から夫に対して1000万円、夫から妻に対して1000万円、互いに慰謝料請求をしていましたが、いずれの主張も通りませんでした。

2.妻からの財産分与の請求を認定

財産分与とは、離婚する際、婚姻中に夫婦が協力して築いた財産を、公平に分け合うことをいいます。

裁判所は、夫名義の財産を「特有財産ではなく、実質的には夫婦の共有財産として財産分与の対象となる」と判断しました。

財産分与の基準時については、別居後も妻が夫名義の自宅に居住し、住宅ローンは夫が返済していたことなどから、「口頭弁論終結時を基準として、預貯金の残高及び株式の時価を財産分与の対象とすべき」としました。

そして、裁判所は、本件で財産分与の対象となるのは、建物1800万円(時価2800万円、住宅ローン残債務1000万円)、預貯金970万2990円、株式時価313万8600円の合計3085万1590円であり、このほかに原告の被告に対する貸付金350万円および未払婚姻費用329万円も考慮すべきと認定しました。

財産分与の方法として、妻は建物の所有権移転を求めました。

妻が、離婚後もローンのある家に住むには、ローンの債務者を夫から妻名義に変えて返済をしながら住み続けるという方法が考えられます。
しかし、妻の収入からすると、本件では、ローンの借り換えは難しいものです。

また、仮に、夫がローンを完済してから、その後居住用不動産を妻の所有にするという方法も考えられます。
しかし、これでは、妻は2800万円の価値を手にすることになり、本来、財産分与を受けられる1500万円と比べると、過大な分与となってしまいます。

妻が夫に1300万円くらい支払うことができれば、公平になるとも言えそうですが、現実問題としてそれは難しいものでしょう。

そのため、建物を妻に分与することは相当とはいえないとし、最終的に、財産分与については、夫から妻に対して1500万円支払うよう、裁判所は夫に命じました。

一定のまとまった金額を受け取れるので、妻が居住用不動産を出て転居することは十分可能であり、困難を強いるものではないと、裁判所は述べています。

3.妻からの扶養的財産分与の請求は否定

妻は、夫の厚生年金収入の半分に相当する月9万円の定期金支払いを求めましたが、裁判所はこれを認めませんでした。

その理由として、「定期金の支払を義務づければ、将来、その支払が滞ることがあるという事態の発生が懸念される」こと、「被告に国民年金の収入があることを考慮すると、被告が新たな生活を始め、一定水準の暮らしをしていくにはさしあたり十分である」こと、「成人した息子から援助を受けることができると見込まれる」ことなどを挙げました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

婚姻破綻の責任と財産分与の関係

本件では、双方が相手の有責性を主張しましたが、裁判所は「婚姻が破綻するについて、いずれか一方にのみ責任があるということはできない」と判断しました。

重要なのは、財産分与と慰謝料は別の制度であるという点です。財産分与は、有責性に関わらず、婚姻期間中に形成された共有財産を清算する制度です。一方、慰謝料は相手の有責行為による精神的苦痛に対する賠償です。

本件では、双方の慰謝料請求が認められなかったものの、1500万円という相当額の財産分与が認められています。これは、長年の婚姻生活における双方の貢献を評価した結果といえます。

財産分与における「実質的共有財産」の考え方

この判決が示す重要なポイントは、夫名義の財産であっても、婚姻期間中に夫婦が協力して形成したものは「実質的共有財産」として財産分与の対象になるという原則です。

専業主婦や家事に専念していた配偶者の貢献は、直接的な収入には結びつきませんが、もう一方の配偶者が仕事に専念できる環境を作ったという意味で、財産形成への重要な寄与として評価されます。本件でも、妻が「家庭の主婦として家事一般や二人の子どもの育児を主に担当」したことが認定され、夫名義の財産も共有財産とされました。

定期金より一時金が選択される理由

本件で妻は年金収入からの定期金支払いを強く希望しましたが、裁判所は一時金での分与を選択しました。これは実務上、非常に重要な判断です。

定期金での財産分与は、将来的に支払いが滞るリスクがあり、その場合の強制執行には困難が伴います。また、支払義務者が死亡した場合の取扱いなど、複雑な問題が生じます。そのため、裁判所は一時金での解決を優先する傾向にあります。

ただし、高額な一時金の支払いが困難な場合や、特別な事情がある場合には、定期金が認められることもあります。個別の事情に応じた判断が必要です。

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財産分与制度の基本

財産分与は、民法768条に定められた制度で、離婚時に夫婦が婚姻中に協力して形成した財産を公平に分配するものです。

対象となるのは、婚姻中に夫婦が協力して形成した「共有財産」です。名義が夫婦のどちらにあるかは問いません。一方、婚姻前から所有していた財産や、相続・贈与で取得した財産は「特有財産」として、原則として財産分与の対象になりません。

財産形成への貢献度(寄与度)は、原則として夫婦それぞれ2分の1と推定されます。ただし、特別な事情がある場合には、寄与度に応じて分与割合が調整されることもあります。

年金分割制度との違い

妻が求めた「月9万円の定期金支払い」は、実質的に年金の分割を求めるものでしたが、本判決の時点(平成12年)では、年金分割制度はまだ存在していませんでした。

平成16年の年金制度改正により、離婚時の厚生年金の分割制度が創設されました。現在では、婚姻期間中の厚生年金記録を分割する「合意分割」と、平成20年4月以降の第3号被保険者期間について自動的に分割される「3号分割」の制度があります。

年金分割は財産分与とは別の制度であり、離婚時には両方を検討する必要があります。

離婚時の財産調査の重要性

財産分与を適切に行うためには、相手方の財産状況を正確に把握することが重要です。

預貯金、不動産、株式、保険、退職金など、すべての財産を洗い出す必要があります。相手方が財産を隠匿する可能性もあるため、離婚を切り出す前に、通帳のコピーを取る、固定資産税の納税通知書を確認するなど、証拠を確保しておくことが望ましいです。

弁護士に依頼すれば、弁護士会照会制度や調査嘱託を利用して、金融機関等に財産調査を行うことも可能です。

🗨️ よくある質問

Q. 専業主婦(主夫)でも財産分与を受けられますか?

受けられます。専業主婦(主夫)として家事や育児を担当していた場合、その貢献は配偶者の収入を支えたものとして評価されます。

一般的には、夫婦の寄与度は2分の1ずつと推定され、特別な事情がない限り、財産を半分ずつ分けることになります。

Q. 離婚時に住宅ローンが残っている自宅はどうなりますか?

住宅ローンが残っている不動産も財産分与の対象になりますが、時価からローン残高を差し引いた「純資産価値」で評価されます。

本件では、自宅マンションの時価が2800万円、ローン残高が1000万円だったため、1800万円の価値として計算されました。

実際には、ローンの債務者を変更することは債権者(銀行)との関係で困難なため、本件のように債務者がそのまま所有権を取得し、他方配偶者には金銭で財産分与するケースが多くなります。
売却して代金を分ける方法もありますが、市況によっては売却損が出る可能性もあるため、慎重な判断が必要です。

Q. 離婚前に生活費をもらっていなかった期間の分も請求できますか?

請求できる可能性があります。
夫婦には婚姻費用の分担義務があり、別居中はもちろん、同居中であっても配偶者に生活費を渡さないことは義務違反となります。

本判決でも、夫が約4年間、妻に生活費を渡していなかったことが認定され、月7万円として計算した329万円が財産分与額の算定で考慮されました。

ただし、過去の婚姻費用は独立した請求権として認められるわけではなく、財産分与の金額を決める際の一つの考慮要素として扱われることが多いです。時効の問題もあるため、できるだけ早く婚姻費用分担の調停を申し立てることをおすすめします。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

詳しくはこちら

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了