離婚時の財産分与で預貯金の通帳開示を拒否された場合の対応は?
離婚を考える際、財産分与は重要な問題の一つです。
特に、預貯金額を正確に知ることは財産分与が成功するための大きなポイントになります。
この記事では、相手方の通帳開示を求めたい場合、そして自分が開示を求められたけれど拒否したい場合の対処法について解説します。
財産分与において、不公平が生じないためには、適切な手続きと法的知識が必要です。
通帳開示を求める方法や、開示を拒否したことに伴うリスクなど、通帳開示について知っておくべきポイントを分かりやすく解説します。
目次
離婚時の財産分与とは?
財産分与の基本的な考え方
財産分与は、離婚に際し、夫婦が婚姻期間中に築いた夫婦共有財産を分配する制度です。
財産分与の対象財産は、婚姻期間中に共同で築いた財産(共有財産)です。
具体的には、預貯金、不動産、株式などです。婚姻中に貯めたへそくりも財産分与の対象になります。
独身時代から有していた個人の財産や、相続や贈与によって得た財産は基本的に財産分与の対象とはなりません。
財産分与の割合は、夫婦で合意できればその割合となります。合意に至らなければ、調停や訴訟で解決を目指すことになります。
実務では、財産分与の分与割合は、原則として2分の1とされています。一方が専業主婦(主夫)でも同様です。
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預貯金通帳の開示がなぜ重要なのか?
夫婦がお互いに預貯金通帳を開示することは、公平な財産分与の実現にとって欠かせません。
ただ、現実には、離婚を求められた相手方が通帳開示を拒否するケースが少なくありません。
しかし、離婚調停などの家事事件手続において、各当事者には財産分与の際に対象財産を開示すべき法律上の義務があると考えられています(家事事件手続法2条、56条2項、258条1項)。
したがって、相手方が通帳開示を拒否する場合、「仕方がない」と諦めるのではなく、弁護士を通じて相手方にしっかりと開示請求していくべきです。
次の項では、相手方が通帳開示を拒否する場合の具体的な対処法について解説します。
相手方に通帳開示を求めたい場合の対処法
相手が開示を拒否した場合の対策
財産分与を行う場合、まずは夫婦の話し合いにおいて、お互いの財産を正直に開示するのが基本です。
預貯金の場合は、基準時(別居時)の残高が財産分与の対象になります。
したがって、お互いに通帳を開示して、基準時の残高を明らかにする必要があります。
しかし、離婚を求められた相手方が当初から任意で通帳開示に応じるケースは、そう多くはないでしょう。
相手方が通帳開示を拒否した場合の対策としては、以下の方法があります。
相手方が通帳開示を拒否した場合の対策
- ①弁護士に説得してもらう
- ②調停委員会に説得してもらう
- ③弁護士会紹介制度を利用する
- ④調査嘱託を申し立てる
- ⑤合理的な推計額を主張する
以下、それぞれの対応策について詳しくご説明します。
①弁護士に説得してもらう
相手方が夫婦の話し合いで通帳開示に応じない場合でも、弁護士が関与することで態度が変わることがよくあります。
配偶者が弁護士に依頼するほど本気で離婚を考えていると分かれば、相手方も通帳開示に応じざるを得ないという気持ちになるケースが多いのです。
当事者同士では話が一歩も先に進まないような難しい事案でも、弁護士の関与で状況が好転することが期待できます。
②調停委員会に説得してもらう
夫婦の話し合いや、弁護士が関与した上での交渉でも合意に至らなければ、調停を申し立てる流れが一般的です。
離婚調停を申し立てれば、その中で財産分与についての話し合いをすることができます。
調停では、男女各1名ずつの調停委員と裁判官1名から構成される調停委員会が仲介役となります。
相手方が通帳開示に応じない場合、調停委員や裁判官が相手方を説得してくれます。
公的な第三者が間に入れば、それまで開示を拒否していた相手方の態度が変わる可能性が高くなります。
当事者同士の話し合いでは埒が明かないとお困りの方は、弁護士に相談の上、離婚調停の利用を検討してみてください。
③弁護士会照会制度を利用する
弁護士会照会制度とは、弁護士法23条の2に基づき、弁護士が受任事件を処理するために、必要な証拠を収集するための制度です。
離婚事件の場合、金融機関に対し、相手方の預貯金等の有無及び残高、取引履歴を照会することができます。
メリットとしては、手続きの段階を問わず弁護士会照会制度を利用できる点が挙げられます。
離婚調停前、調停中、離婚訴訟中など、いずれの段階であっても照会可能です。
デメリットとしては、個人情報保護を理由に照会を拒否される場合がある点です。
④調査嘱託を申し立てる
上記①〜③の方法がうまくいかなかった場合は、調査嘱託の申立てを検討してみましょう。
調査嘱託とは、裁判所が、官庁や会社などの団体に対して、事実の調査を依頼し、回答を求める制度です。
離婚事件の場合、相手方名義の預貯金の有無や取引履歴について調査を求めることができます。
メリットとしては、裁判所という公的機関が関与するため、回答を得やすくなる点が挙げられます。
デメリットとしては、調停段階では調査嘱託の手続きが採用されにくいという点です。
離婚調停や離婚後に財産分与調停を申し立てた場合も調査嘱託の申立ては可能であるものの、実際に採用されるケースは少ないのが現状です。
一方、離婚訴訟では調査嘱託が申し立てられ、採用される場合が多いです。
しかし、その場合でも、金融機関から、預貯金の名義人である相手方の同意を求められることが多いです。
相手方が通帳開示を断固として拒否している場合、調査嘱託の同意を得るのも現実的に難しいという問題があります。
【補足】取引履歴の開示はどこまで認められる?
調査嘱託で相手方の預貯金額を調査する場合、原則として基準時(別居時)の残額が調査対象となります。
ただし、別居前に相手が預貯金を引き出している疑いがあるなど合理的な理由があれば、必要期間を限定して申立てをすることになります。
その場合も、基準時から1年程度前が限度とされ、それ以前の取引履歴の開示は、具体的な必要性がない限り認められません。
⑤合理的な推計額を主張する
調査嘱託について相手方の同意が得られなかった場合でも、まだ諦める必要はありません。
この場合、相手方が隠していると考えられる預貯金の金額を推測して主張します。
その主張に合理的な理由があれば、裁判所に、その金額を財産分与の対象財産と認定してもらえる可能性があります。
実務でも、相手方が通帳開示を拒否し続けた事案で、他方当事者の主張する合理的な推計額を対象財産と認定したケースがあります。
裁判例
【大阪高決令和3年1月13日】
この事案では、夫が預金口座の取引履歴の開示に応じず、調査嘱託についても同意しませんでした。
そこで、妻の代理人弁護士は、妻がコピーをとっていた夫名義の預金通帳の履歴から判明する給与額や児童手当額、固定的経費額などをもとに、取引履歴が分からない期間の入金額と出金額を推計し、基準時における預金残高を主張しました。
裁判所は、妻側の主張に相応の合理性があるとして、妻側が推定して主張した基準時の額について預金の存在を認めました。
この事案のように、相手方が通帳開示を一貫して拒否している事案でも、弁護士を通じ説得力のある主張を行えば、相手方の隠し財産が財産分与の対象として認められる可能性があります。
適切な主張を行うには、証拠を精査して相手方の収入と支出の状況を正確に把握することが必要です。
弁護士への相談が早期であるほど、有益な証拠が入手できる可能性があります。
相手の財産隠しにお悩みの場合は、無料相談などを利用して、ぜひお早めに弁護士に相談することをおすすめします。
【補足】相手方の財産隠しを分与割合で考慮する場合もある
相手方が夫婦共有財産を隠している可能性がある場合、財産分与の分与割合でその事実を考慮する場合もあります。
例えば、東京高判平成7年4月27日は、夫がすでに明らかになっている財産以外にも、夫婦共有財産とみなすべき財産を所持している可能性が疑われること等を考慮し、財産分与の対象となる金額の約3割6分を夫に、その他を妻に分与するのが相当であると判断しました。
通常、財産分与は2分の1ずつ行われることを考えると、財産隠しをした疑いのある夫の取り分を少なくし、妻の取り分を多くした事例だといえます。
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相手の財産を知るために別居前にしておくべきこと
弁護士会照会制度や調査嘱託の申立てを行うには、相手方の財産について、ある程度の情報が必要です。
弁護士会照会制度を利用して預貯金を調査する場合は、金融機関の支店名の特定まで必要です。
調査嘱託の場合も支店名の特定が必要です。加えて、通帳の写しや取引明細書の写しなどの提出が求められることもあります。
「ただ何となく隠し口座があるようだ」という程度では、これらの手続きを利用することはできないのです。
離婚を考える場合、別居前から相手方の財産をできる限り把握しておくことが必須です。
通帳をコピーしたり、金融機関から相手方に届いた葉書や明細書など、客観的な証拠を収集しておくと、財産分与の際に有益です。
自分が通帳開示を求められた場合拒否してもよい?
開示した方が離婚問題の解決がスムーズ
「相手方が通帳開示に応じないのであれば、自分も開示をしたくない」
そのように感じる方は少なくないと思います。
しかし、相手方が開示しないからといって自分も通帳開示を拒否するのは、決して得策とはいえません。
開示拒否は、ご自身にとって不利益をもたらす可能性があります。
自分が離婚調停等を申し立てた側であるにもかかわらず、自己名義の財産を開示しない場合は、財産分与の可否や分与額が認定できないことを理由に、申立てが却下される可能性があるのです。
却下までいかなくとも、手続きの進行に非協力的な態度でいると、調停委員会に対する印象が悪くなるのを避けられないでしょう。
もちろん、当事者の印象のみで調停の結果が変わるわけではありません。
しかし、非協力的な当事者の主張が通るよう相手方を一生懸命説得しようという気持ちに調停委員会がなるかというと、やはりそれは難しいでしょう。
調停を有利な結果につなげたいのであれば、自分の財産は最初から正直に開示して、調停委員会の印象を良くしておくに越したことありません。
調停の進行に協力的であれば、調停委員会が相手を説得してくれやすくなるため、離婚問題全体の解決がスムーズになります。
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通帳開示を拒否することによるリスク
通帳開示を拒否をし続けると、最終的には、相手方の主張する推計額どおりの預貯金額があると認定されてしまう可能性があります。
また、預貯金は存在しないと主張したにもかかわらず、弁護士会照会や調査嘱託の結果、預貯金があると明らかになれば、財産分与で不利になるおそれがあります。
それだけでなく、裁判所からの印象が悪化し、あなたの主張全体の信用性が下がってしまう可能性もあるのです。
とはいえ、様々な理由から通帳開示を拒否したいという方もおられるでしょう。その場合は、まずは弁護士に相談するのが最善策です。
自分の判断で開示を拒否し続けると、上記のとおり、大きなリスクがあります。
弁護士に相談の上、慎重な対応をとることがご自分の利益を守ることにつながります。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了