岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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時速150キロで高速道路を暴走─過失運転致死傷罪の判例 #裁判例解説

更新日:

「被告人は、なぜあの日、時速150キロまで加速したのですか」

法廷に静寂が広がる。被告人席に座る男性は、言葉を選ぶように視線を落とした。

「前を走る仲間たちの車に…追いつきたかったんです」

傍聴席には、事故で命を落とした女性の遺族が座っている。雨の高速道路。ランボルギーニ、ポルシェ、フェラーリ──豪華なスポーツカーの列を追いかけた先に待っていたのは、取り返しのつかない悲劇だった。

※佐賀地判令6・4・25(令和5年(わ)131号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 雨天時の高速道路では路面状況に応じた速度調整が生死を分ける
  • 同乗者の命を預かる責任は、いかなる状況でも運転者が負う
  • 過失運転致死傷罪では、運転行為の危険性が量刑に大きく影響する

高速道路での速度超過は、一瞬で人生を変えてしまう重大な結果を招きます。

本件は、雨天の高速道路において、7000ccの大排気量スポーツカーを時速150キロまで急加速させた結果、制御を失い、同乗していた交際相手の女性(当時33歳)が死亡、さらに別の車両の家族4人が負傷するという痛ましい事故に関する裁判例です。

被告人が運転していたのは、1965年製のクラシックなアメリカ製スポーツカーに最新の大排気量エンジンを搭載した特殊な車両でした。

横滑り防止装置もタイヤ空転防止装置もない。そんな車で、仲間のスポーツカー軍団を追いかけた結果、何が起きたのか。本稿では、裁判所がどのような判断を下したのかを詳しく解説します。

📋 事案の概要

今回は、佐賀地判令・6・4・25(令和5年(わ)131号)を取り上げます。

この裁判は、高速道路において大排気量スポーツカーを運転中、雨天にもかかわらず時速約150キロまで急加速した結果、車両の制御を失って事故を起こし、同乗者1名を死亡させ、別の車両の乗員4名に傷害を負わせたとして、過失運転致死傷罪に問われた事案です。

  • 被告人:会社役員の男性(60代)
  • 被害者:被告人の交際相手の女性(当時33歳・死亡)、別の車両の運転者とその家族4名(いずれも頚椎捻挫等で加療約7日間)
  • 事故状況:雨天の高速道路下り線において、時速約120キロで走行中、前方の車両を追い越そうと時速約150キロまで急加速。後輪が空転して制御を失い、左側ガードケーブルに衝突後、追越車線を走行中の別の車両に衝突
  • 負傷内容:同乗女性は車外に放出され重症頭部外傷等により同日死亡。被害車両の4名は頚椎捻挫等
  • 請求内容:検察官は懲役3年を求刑
  • 結果:懲役2年の実刑判決

🔍 裁判の経緯

あの日は、仲間たちと昼食会に行く予定だったんです

被告人は法廷でそう振り返った。令和4年3月20日の朝、被告人は交際相手の女性を助手席に乗せ、愛車のスポーツカーで出発した。

目的地は隣県で開催される昼食会。高速道路のパーキングエリアで、ランボルギーニ、ポルシェ、フェラーリなど5台のスポーツカーを駆る仲間たちと合流した。

午前10時57分、6台のスポーツカーは隊列を組んでパーキングエリアを出発。被告人は最後尾についた。

仲間たちの車は速かった。私は100メートルから200メートルほど後ろを走っていました

ドライブレコーダーには、その後の約11分間が記録されていた。被告人は仲間たちの走行軌道に合わせ、左側追い抜きや速度超過、通行帯違反を繰り返しながら、20台以上の一般車両を追い越していった。

そして午前11時8分──雨で路面が濡れた高速道路。被告人は追越車線の車を抜こうと、アクセルを踏み込んだ。

エンジン音が急速に高まり、車体が右に流れ始めました

時速約150キロ。後輪が空転し、車両は制御を失った。左側のガードケーブルに激突し、車体上部は大破。助手席の女性は車外に放出され、路上に叩きつけられた。

午後9時12分、女性は搬送先の大学病院で息を引き取った。33歳だった。

※佐賀地判令6・4・25(令和5年(わ)131号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、被告人に対し懲役2年の実刑判決を言い渡しました。

裁判所は、「本件事故原因となった被告人の運転行為の危険性は非常に高く、その過失の程度も大きい」と指摘し、「被告人は大変厳しい非難を免れない」と断じました。

主な判断ポイント

1. 被告人車両の走行速度の認定

弁護側は走行速度について争いましたが、裁判所はドライブレコーダーの映像分析に基づく警察官と鑑定人の解析結果を採用しました。

高速道路上の100メートル間隔のキロポスト標識と、動画のフレームレートから移動距離と時間を算出した結果、事故現場直前で時速約121キロ、急加速後は時速約136キロから約150キロまで加速したと認定されました。

2. 事故原因の特定

専門家による鑑定では、被告人車両は7000ccの大排気量エンジンを搭載した後輪駆動車であり、軽量なプラスチック製ボディのため「アクセルを踏み込むと後輪が空転しやすい」特性があると指摘されました。

さらに横滑り防止装置やトラクションコントロールシステム、ABSなどの安全装置が搭載されていなかったことも認定。雨天で路面が湿潤していた状況下での急加速が、後輪の空転と制御喪失を招いたと判断されました。

3. 同乗者の状況と結果への影響

死亡した女性は4点式シートベルトのうち2点のみを装着していましたが、裁判所は「本件事故の原因は、飽くまで危険性の非常に高い被告人の運転行為にあり」として、被告人に有利に考慮する程度には限界があるとしました。

4. 量刑判断

裁判所は本件を「同種事案の中で重い部類に属する事案」と位置づけ、実刑は避けられないと判断。一方で、任意保険による被害弁償の見込みがあること、被告人が事故を後悔していることなどを考慮し、求刑3年に対して懲役2年としました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

高性能車両の運転には特別な注意義務がある

本件で特に注目すべきは、被告人車両の特殊性です。1965年製のクラシックカーのボディに2000年代の7000ccエンジンを搭載するという、いわゆる「レストモッド」と呼ばれる改造車両でした。

現代の車両には標準装備されている横滑り防止装置やトラクションコントロールがなく、運転者の技量に大きく依存する車両だったのです。

裁判所は、このような車両特性を被告人が「相当程度理解していた」と認定しています。つまり、危険性を認識しながら無謀な運転をしたことが、過失の程度を重くする要素となりました。

「好意同乗」の抗弁の限界

弁護側は、死亡した女性が被告人の交際相手として自らの意思で同乗した「好意同乗者」であることを主張しました。

しかし裁判所は、この事情を被告人に有利に考慮しつつも、「自ずと限界がある」と述べています。同乗者が危険を承知していたとしても、運転者の責任が大幅に軽減されるわけではないことを示しています。

集団心理と交通事故

本件では、スポーツカー仲間との「集団走行」が事故の背景にありました。仲間についていこうとする心理が、普段はしないような危険運転を誘発することがあります。このような状況では、自分のペースを守る冷静さが求められます。

📚 関連する法律知識

過失運転致死傷罪とは

過失運転致死傷罪は、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(自動車運転処罰法)5条に規定されています。

自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた場合に成立し、法定刑は7年以下の拘禁刑、または100万円以下の罰金です。

本件では、法定速度(時速100キロ)を大幅に超過し、雨天という悪条件下で急加速するという「運転上必要な注意を怠った」行為が認定されました。

危険運転致死傷罪との違い

より重い「危険運転致死傷罪」は、進行制御が困難な高速度での走行や、制御困難な状態での運転などが要件となります。本件では過失運転致死傷罪が適用されましたが、より悪質な態様であれば危険運転致死傷罪(致死の場合は1年以上の有期拘禁刑)が適用される可能性もあります。

高速道路における法定速度

高速自動車国道における普通乗用車の法定速度は時速100キロです(道路交通法施行令第27条)。これを超過した走行は速度違反となり、本件のように事故につながった場合は過失の重要な要素として評価されます。

🗨️ よくある質問

同乗者がシートベルトを正しく装着していなかった場合、運転者の責任は軽くなりますか?

本件でも死亡した女性は4点式シートベルトのうち2点のみを装着していましたが、裁判所は「事故の原因は被告人の危険な運転行為にある」として、責任軽減には限界があると判断しました。

ただし、民事上の損害賠償では過失相殺の対象となる可能性があります。

仲間と一緒にスポーツカーで走行する際、何に気をつけるべきですか?

集団走行では「ついていかなければ」という心理が働きやすく、普段はしない危険運転を誘発することがあります。

自分の車両の性能と自身の技量を冷静に判断し、無理についていこうとしないことが重要です。また、天候や路面状況に応じた速度調整を心がけてください。

改造車両やクラシックカーを運転する際の注意点は?

現代の車両には標準装備されている安全装置(横滑り防止装置、トラクションコントロール、ABSなど)がない車両では、運転者の技量がより求められます。

車両特性を十分に理解し、特に悪天候時や高速走行時には慎重な運転を心がける必要があります。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了