岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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「受け子」が待機中に中止指示…それでも窃盗未遂罪は成立するのか? #裁判例解説

更新日:

「もしもし、警察署のハシモトと申します。実は、東京であなた名義のキャッシュカードが発見されまして…」

83歳の女性は、受話器を握りしめた。大阪府内の自宅に、突然かかってきた電話だった。

「これから警察官のミネシタがお宅に伺いますので、カードの確認にご協力ください」

約1時間にわたる通話。その間、被告人は最寄り駅から1キロほど離れた喫茶店で、偽の警察手帳と封筒を用意して待機していた。

しかし、女性は次第に不審に思い電話を切った。被告人にも中止の指示が届く。まだ何もしてない。被害者宅にも辿り着いていない。それでも、彼は窃盗未遂罪で有罪となった――。

※大阪高判令和4年3月1日(令和3年(う)826号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 電話で被害者を信じ込ませる行為が、窃盗の実行着手として評価されうる
  • 被害者が途中で気づき、犯行を中止しても、実行の着手後であれば未遂罪が成立する
  • 「受け子」でも、共謀共同正犯として全体の犯行に責任を負う

特殊詐欺事件において、いつの時点で窃盗罪の「実行の着手」があったと認められるのか――この問題は、刑法における重要な論点です。

今回ご紹介する判例は、警察官を装った電話が被害者にかけられた時点で、喫茶店で待機していた「受け子」にも窃盗未遂罪の成立を認めた事例です。

この事例を通じて、特殊詐欺における「実行の着手」の判断基準や、組織的犯罪における共犯者の責任範囲について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、大阪高判令和4年3月1日(令和3年(う)826号)を取り上げます。

この裁判は、警察官を装って高齢者からキャッシュカードを盗もうとした特殊詐欺事件において、被告人が被害者宅に到着する前の段階で窃盗未遂罪が成立するかが争われた事案です。

  • 被告人:遊興費約150万円の支払いに窮していた男性。SNSで見つけた高額収入の仕事に応募し、「受け子」として特殊詐欺グループに加わった
  • 被害者:大阪府内在住の83歳女性
  • 犯行態様:警察官を装った電話でキャッシュカードの確認が必要と伝え、訪問した「受け子」がカード入り封筒とトランプ入り封筒をすり替える手口
  • 結果:第一審は無罪としたが、大阪高等裁判所は原判決を破棄し、窃盗未遂罪の成立を認めた

🔍 裁判の経緯

「150万円…どうやって払えばいいんだ」

遊興費の支払いに窮した被告人は、SNSで「高額収入」の仕事を見つけた。仕事内容を聞いて、高齢者を狙った詐欺だと分かったが、報酬は一日5万円から10万円。金欲しさに引き受けた。

犯行当日

2月26日午前、被告人はA駅に到着し、コンビニで偽の警察手帳「ミネシタ」を作成。午前9時30分、被害者宅から徒歩13分の喫茶店に到着した。指示役から手順を伝えられる。

「警察官を装ってキャッシュカードを預かる。封筒に入れて封をしたら『割印が必要なので印鑑を』と言え。相手が離れた隙に、トランプ入り封筒とすり替えろ」

午前10時30分頃、被害者の住所が送られてきた。トイレでトランプ4枚を封筒に入れ準備完了。

5分後に「案件が流れた」と連絡があったが、さらに5分後再び指示が来た。

「店を出ろ」

しかし歩き始めて5分ほどで、指示役から再度連絡が入る。

「息子が帰ってきた。案件は流す」

被告人は偽の身分証明書を破棄した。その後、別の場所へ向かって歩いていたところを警察官に職務質問され、逮捕された。

一方、被害者の女性は午前10時頃、警察署を名乗る男性から電話を受けていた。約1時間対応していたが、次第に不審に思い始めた。

「なぜ警察官がキャッシュカードを確認に来るの?」

午前11時頃、女性は電話を切り、本物の警察署に通報した。

※大阪高判令和4年3月1日(令和3年(う)826号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

第一審の裁判所は、被告人が喫茶店で待機していた段階では、被害者がだまされ続けるか不確実であり、窃盗の実行の着手はなかったとして無罪判決を言い渡しました。

しかし、大阪高等裁判所は原判決を破棄し、窃盗未遂罪の成立を認めました。

大阪高裁は、警察官を装う者が電話をかけ被害者がこれに応じた時点で、「被告人が被害者宅を訪問してキャッシュカードをすり替える危険性」があったと判断。電話での虚言行為を開始した時点で、すでに窃盗罪の実行の着手があったと結論付けました。

主な判断ポイント

1. すり替え型窃盗における実行の着手時期の基準

裁判所は、複数の者が役割を分担し、公的機関の職員等を装って高齢者に電話をかけ、キャッシュカードをすり替えて盗む特殊詐欺について、次の基準を示しました。

「同態様の窃盗に密接した行為であり、かつ、その行為の開始時点で既に窃盗の既遂に至る客観的な危険性があると評価し得る場合に、その時点で窃盗の実行の着手があったと認めるのが相当である」

つまり、実際にカードをすり替える行為だけでなく、それに密接に関連する行為で、犯罪が成功する客観的危険性がある時点で実行の着手を認めるという判断です。

2. 本件における電話(虚言行為)の位置づけ

裁判所は、警察官を装った電話の内容について、次のように評価しました。

電話には、被害者が訪ねてくる人物を警察官と信じ、指示に従ってカードを渡し、すり替えの隙を作り出すような嘘が含まれていました。被害者が約1時間にわたり対応したことから、嘘の内容は相応の信ぴょう性があったと認定されました。

裁判所は、この電話を「キャッシュカードのすり替え、窃取を確実かつ容易に行うために必要不可欠な手段」であり、「犯行計画完遂の契機となり、その成否を決する重要なもの」と判断しました。

3. 犯行計画の進捗状況の評価

裁判所が「電話の時点」で危険性があったと判断した理由は、犯行計画の具体的な進捗状況にあります。

裁判所が重視した点は以下の通りです。

  • 被告人は指示に基づき、偽造の身分証明書 健康保険証や、すり替え用のトランプ4枚を入れた封筒を既に準備していたこと。
  • 被害者が電話を受けていたまさにその時、被告人は被害者宅から徒歩13分程度の喫茶店で待機しており、指示があれば直ちに向かえる状態だったこと。
  • 指示役が一度「案件が流れた」と連絡した後、わずか5分後に急行を指示していること。

裁判所は最後の点について、被害者が嘘を信じており、計画通りキャッシュカードのすり替え窃取まで進められると指示役らが判断したことを裏付けると評価しました。

これらの状況から、電話で嘘をついた時点で、被害者がカードをすり替えられる「具体的な危険性が既に発生していた」と認定されました。

4. 第一審判決の誤り

裁判所は、第一審の判断を批判しました。

第一審は「被害者が嘘を信じ込み続けることが確実でなければならない」として、被害者個人の心理状態だけに注目し、他の事情を考慮していませんでした。

しかし高裁は、「窃盗の既遂に至る危険性は客観的に判断されるべきである」と指摘。被害者が途中で不審に思って電話を切ったことや、被告人が被害者宅に向かうのをやめたことは、窃盗未遂罪の成否に影響しないと判断しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

特殊詐欺における実行の着手時期の重要性

従来、窃盗罪の実行の着手は、財物の占有を侵害する行為、つまり実際に財物を取得する行為に密接した行為が開始された時点と考えられてきました。

しかし、組織的な特殊詐欺においては、電話役(かけ子)、受け取り役(受け子)、引き出し役(出し子)など、複数の者が役割分担して犯行を行うため、個々の役割者の行為だけでなく、犯行全体を一連の計画として評価する必要があります。

本判決は、電話による虚言行為が「犯行計画完遂の契機となり、その成否を決する上で必要かつ重要なもの」であることを重視し、受け子が被害者宅に到着する前であっても、虚言行為の開始時点で実行の着手を認めました。

なお、本判決の半月前(令和4年2月14日)に最高裁第三小法廷がすり替え型窃盗の実行の着手時期について初めての判断を示しており、本判決はそれを踏まえた高裁レベルでの具体的な事例判断として実務上重要な意義を有しています。

「受け子」の刑事責任

この判決は、特殊詐欺事件における「受け子」の刑事責任が、予想以上に早い段階から発生することを明確に示しています。

多くの「受け子」は、「実際にカードを受け取らなければ罪にならない」「被害者宅に到着していなければ大丈夫」と考えがちですが、この判決によれば、電話役が被害者に嘘をついた時点で、既に窃盗未遂罪が成立する可能性があるのです。

特に重要なのは、被告人が詐欺グループと共謀していると認定されている点です。詐欺グループのメンバーと直接会ったことがなくても、SNSやメッセージアプリを通じて指示を受け、報酬を得る約束で動いていれば、共謀共同正犯として犯行全体に責任を負うことになります。

「まだ何も盗んでいない」「被害者に会ってもいない」は通用しない

この事件では、被告人は実際には被害者宅に到着していません。また、被害者も途中で不審に思って警察に通報しています。しかし、裁判所はこれらの事情を「窃盗未遂の成否に影響しない」と明言しました。

受け子として活動することを引き受け、準備行為を行い、被害者方の近くで待機している時点で、既に犯罪への関与は相当程度進んでいると評価されるのです。

特殊詐欺への関与は、その初期段階から重い刑事責任を伴うことを認識すべきです。

SNSでの「高額バイト」募集の危険性

この事件の被告人は、SNSで見つけた「高額収入」の仕事に応募したことから犯罪に巻き込まれました。「一日5万円から10万円稼げる」という言葉に誘われ、内容が違法であることを知りながら引き受けてしまったのです。

近年、SNSを通じて特殊詐欺の「受け子」「出し子」を募集する手口が増加しています。「簡単に高収入」「すぐにお金が手に入る」といった甘い言葉には、必ず裏があります。

もし万が一、こうした誘いに応じてしまった場合は、実際に犯行を実行する前に弁護士に相談することが重要です。

📚 関連する法律知識

窃盗罪と窃盗未遂罪

窃盗罪(刑法235条)は、他人の財物を窃取する犯罪です。法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。

窃盗未遂罪(刑法243条)は、窃盗の実行に着手したものの、既遂に至らなかった場合に成立します。未遂の場合は刑が減軽される可能性がありますが、必ずしも減軽されるわけではありません。

実行の着手とは

刑法における「実行の着手」とは、犯罪の構成要件の実現に至る現実的危険性を有する行為を開始したことを意味します。

従来、窃盗罪の実行の着手は、財物を物色する行為など、直接的な占有侵害行為に近い段階で認められるとされてきました。しかし、本判決のような特殊詐欺事件では、複数人が役割分担して行う組織的犯罪の特性を考慮し、より早い段階での実行の着手が認められる傾向にあります。

共謀共同正犯

共謀共同正犯とは、複数人が犯罪の実行を共謀し、そのうちの一部の者が実行行為を行った場合、実行行為を直接行わなかった者も正犯として処罰される理論です。

本件では、被告人は電話をかけておらず、実際にすり替え行為も行っていません。しかし、SNSやメッセージアプリを通じて指示を受け、報酬を得る約束で「受け子」として動く意思を示し、準備行為を行っていたことから、共謀共同正犯として責任を負うと判断されました

特殊詐欺事件では、「指示役」「架け子」「受け子」「出し子」など、役割が明確に分担されていますが、どの役割であっても全体の犯行に責任を負います

特殊詐欺の罰則

特殊詐欺には、窃盗罪のほかにも、詐欺罪(刑法246条、10年以下の懲役)、組織的犯罪処罰法違反(1年以上の拘禁刑)などの罪が成立する可能性があります。

また、犯行の準備段階で、犯罪収益移転防止法違反(他人名義の口座の譲受けなど)や携帯電話不正利用防止法違反(他人名義の携帯電話の譲受けなど)が成立することもあります。

🗨️ よくある質問

Q1:「受け子」のバイトに応募してしまいましたが、まだ実行していません。どうすればいいですか?

A1:すぐに弁護士に相談してください。
実行前であれば、自首や中止による減免の可能性があります。また、警察に相談して捜査に協力することで、処分が軽くなる場合もあります。

決して「もう引き返せない」と考えず、一刻も早く専門家に相談することが重要です。

Q2:被害者が途中で気づいて警察に通報した場合、罪は軽くなりますか?

A2: この判決が示すとおり、被害者が途中で気づいて通報したことは、窃盗未遂罪の成否には影響しません。ただし、実際に被害が発生していない点は、量刑(刑の重さ)を決める際に考慮される可能性があります。被害者に金銭的損害がない場合は、示談の必要性も低くなるため、その点では有利に働く可能性があります。

Q3:SNSで知り合った人から「荷物を受け取るだけで報酬がもらえる」と言われていますが、これは違法ですか?

A3:非常に危険です。「荷物を受け取るだけ」「転送するだけ」といった簡単な作業で高額報酬を提示する募集は、特殊詐欺や犯罪収益の運搬に関与させられる可能性が高いです。特殊詐欺で騙し取ったキャッシュカードや現金、詐欺に使う道具などを運ぶ「運び屋」として利用されるケースが多発しています。絶対に応じないでください。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了