岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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自宅の枯れ草を燃やしたら隣家2棟が焼失――失火罪の事例 #裁判例解説

更新日:

水道栓はあったんです。だから、何かあればすぐに消せると思っていました…

被告人の言葉に、弁護人は苦い表情を浮かべた。法廷には、全焼した隣家の写真が証拠として提出されている。

でも、実際には火から離れた場所でタバコを吸っていたんですよね?

検察官の追及に、被告人は言葉を詰まらせた。庭の枯れ草を燃やすという、田舎では珍しくもない行為。しかし、その「うっかり」が隣家2棟を焼き、被告人の人生を大きく変えることになるとは――。

※神戸地判令3・1・26(令和2年(わ)630号)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 水道栓があるだけでは「消火措置を講じた」とは認められない
  • 野焼き・焼却行為は廃棄物処理法違反と失火罪の両方に問われ得る
  • 火元から離れて喫煙していた行為は重大な注意義務違反と評価される
  • 被害回復がなされていない点は量刑上不利に考慮される

庭の枯れ草を燃やすという行為は、かつては日本の農村部で日常的に行われていました。

しかし、現在では廃棄物処理法により原則として禁止されており、違反すれば刑事罰の対象となります。さらに、焼却行為が原因で火災が発生すれば、失火罪という犯罪も成立し得ます。

今回ご紹介する裁判例は、自宅敷地内で枯れ草を焼却したところ、火が燃え広がって隣家2棟を焼失させてしまった事案です。

被告人は「水道栓があったから消火できた」と主張しましたが、裁判所はこの主張を退け、罰金80万円の有罪判決を言い渡しました。

この事例を通じて、野焼き・焼却行為に潜む法的リスクと、火気を取り扱う際の注意義務について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、神戸地判令3・1・26(令和2年(わ)630号)を取り上げます。

この裁判は、自宅敷地内で枯れ草を焼却したところ、隣家2棟に延焼させてしまった被告人が、廃棄物処理法違反と建造物等失火罪に問われた刑事事件です。

  • 被告人:車上生活をしていた男性。自宅は荒れ果てた状態だった
  • 被害者:隣接する2世帯(北西側の3名居住の家屋、北東側の1名居住の家屋)
  • 焼却物:庭に刈られた状態で放置されていた枯れ草等約20.1キログラム
  • 被害状況:隣家1棟が全焼(木造2階建・約360平方メートル)、1棟が半焼(木造2階建・約101平方メートル)
  • 請求内容:検察官は懲役6月および罰金50万円を求刑
  • 結果:罰金80万円の有罪判決(未決勾留日数の一部算入あり)

🔍 裁判の経緯

自宅の庭は草だらけで、どうにかしなければと思っていたんです…

被告人は車上生活を送っており、自宅は長らく放置されて荒れ果てた状態でした。令和2年6月8日午前11時40分頃、被告人は意を決して自宅敷地内の庭に積もった枯れ草を焼却することにしました。

しかし、その庭の片隅には古いタイヤや毛布といった可燃物が、自宅家屋に近接して放置されていました。さらに、被告人宅の北西側と北東側には、それぞれ住人のいる木造家屋が隣接していたのです。

火をつけた後は、ちゃんと見ていたつもりでした。でも、少し離れた場所でタバコを吸っていたんです…

被告人は枯れ草に点火した後、水道栓から離れた場所で喫煙していました。十分な消火用水の準備もなく、燃焼状況を終始確認することもなかった結果、火は放置されていた古いタイヤ等を介して被告人宅に燃え移り、さらに隣接する2軒の家屋へと延焼。1棟は全焼、もう1棟は半焼という重大な被害を生じさせてしまいました。

被告人は逮捕・勾留され、当初は「重過失失火罪」で起訴されましたが、裁判所は重過失までは認められないとして管轄違いの判決を言い渡しました。

その後、検察官は「失火罪」に訴因を変更し、廃棄物処理法違反を追加して再度起訴。最終的に本件の審理が行われることとなりました。

※神戸地判令3・1・26(令和2年(わ)630号)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、被告人に対し罰金80万円の有罪判決を言い渡しました。廃棄物処理法違反については罰金刑を選択し、失火罪については法定刑の上限で処断すべき事案と判断しています。

主な判断ポイント

1. 「水道栓があった」という弁護側主張の排斥

弁護人は「被告人方に存在する水道栓を使用することで消火することができたのであるから、確実に消火することができる措置を講じていた」と主張しました。

しかし裁判所は、「水道栓が存在するのみで注意義務が尽くされるものではなく、出火防止のための適切な手段が具体的に講じられていなければ、注意義務が尽くされたとはいえない」と判示。被告人が水道栓から離れた場所でタバコを吸っていた事実を指摘し、「出火に対して直ちに対応できるような具体的な準備をしていたとは到底いえず、消火措置を講じるべき義務に違反していたことは明らか」と断じました。

2. 失火罪の実行行為の解釈

裁判所は、失火罪における実行行為について重要な解釈を示しました。着火行為自体は枯れ草が燃焼することを認識した上での故意行為であり、それ自体を失火罪の実行行為とみることは困難であるとしています。

失火罪における過失とは火気取扱上の注意義務違反であることから、不十分な防火措置という不作為を実行行為として捉えるべきと判断。これにより、廃棄物処理法違反(着火行為)と失火罪(不作為)は併合罪の関係に立つとしました。

3. 量刑における考慮要素

裁判所は量刑にあたり、以下の点を考慮しました。

不利な事情として、隣家1棟全焼・1棟半焼という重大な結果、被害回復がなされていないこと、火元から離れて喫煙していたという注意義務違反の程度の大きさ、日常的に焼却行為を行っていた形跡があることを挙げています。

有利な事情としては、被告人が外形的事実を認めていること、車上生活により自宅が荒れ果てていたという背景事情、今後は自治体の支援を受けて居住環境を整えようとしていることを考慮しています。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

野焼き・焼却行為の法的リスクについて

本件は、かつては日常的に行われていた「庭の枯れ草を燃やす」という行為が、現代では重大な法的責任を問われ得ることを示した事例です。

廃棄物処理法第16条の2は、廃棄物の焼却を原則として禁止しており、違反した場合は5年以下の拘禁刑または1000万円以下の罰金という重い法定刑が定められています。「自分の敷地内だから」「少量だから」という認識は通用しません。

「消火設備がある」だけでは不十分

本件で特に注目すべきは、「水道栓があった」という弁護側の主張が退けられた点です。裁判所は、消火設備が存在するだけでは足りず、出火に対して直ちに対応できるような具体的な準備が必要であると判示しました。

火気を取り扱う際には、消火用水をすぐ手の届く場所に用意し、燃焼状況を終始監視するなど、具体的かつ実効性のある措置を講じる必要があります。

火元から離れてタバコを吸うような行為は、重大な注意義務違反と評価されることを肝に銘じるべきでしょう。

被害回復の重要性

本件では被害回復がなされていない点が量刑上不利に考慮されています。

民事上の損害賠償責任も当然に発生しますので、万が一火災を起こしてしまった場合は、刑事責任だけでなく、被害者への賠償についても早期に対応することが重要です。

📚 関連する法律知識

失火罪と重過失失火罪

刑法第116条は失火罪を定めており、過失により建造物等を焼損した者は50万円以下の罰金に処せられます。

一方、刑法第117条の2は重過失失火罪を定めており、重大な過失により出火させた場合は3年以下の拘禁刑または150万円以下の罰金となります。

本件では当初「重過失失火罪」で起訴されましたが、裁判所は重過失までは認められないとして管轄違いの判決を言い渡し、最終的に「失火罪」として審理されました。

重過失と認められるかどうかは、注意義務違反の程度によって判断されます。

廃棄物処理法による焼却禁止

廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)第16条の2は、廃棄物の焼却を原則として禁止しています。

例外として認められるのは、廃棄物処理基準に従った焼却、他の法令に基づく焼却、公益上・社会慣習上やむを得ない焼却、周辺の生活環境に支障がない軽微な焼却などに限られます。

庭の枯れ草を燃やす行為は、これらの例外に該当しない限り違法となります。違反した場合の法定刑は5年以下の拘禁刑もしくは1000万円以下の罰金、またはその併科です。

併合罪として処理

本件では、被告人の行為について、廃棄物処理法違反と失火罪という2つの犯罪が成立すると判断されました。これらは同一の一連の行為により生じたものですが、それぞれ独立した犯罪であるため、裁判所は刑法上の併合罪として処理しています。

併合罪となる場合、裁判所は各罪について刑の種類や重さを検討したうえで、最終的に一つの刑にまとめて言い渡すことになります。

本件では、廃棄物処理法違反について罰金刑を選択し、さらに失火罪についても結果の重大性等を踏まえて罰金刑による処断が相当であると判断したため、両罪を併合した結果として罰金80万円が言い渡されました。

併合罪と管轄

複数の犯罪が成立する場合、それらが併合罪の関係に立つときは、刑事訴訟法第3条により、一方の罪について管轄権を有する上級の裁判所が他の罪についても管轄権を持つことになります(併合管轄)。

本件では、失火罪(簡易裁判所管轄)と廃棄物処理法違反(地方裁判所管轄)が併合され、地方裁判所で審理されました。

🗨️ よくある質問

庭でバーベキューをする際も廃棄物処理法違反になりますか?

バーベキューで食材を調理する行為自体は、廃棄物の焼却には該当しません。ただし、バーベキュー後にゴミを燃やす行為は廃棄物処理法違反となる可能性があります。

また、火災を起こせば失火罪に問われる可能性もありますので、消火用水の準備や燃焼状況の監視など、十分な注意が必要です。

農業で行う野焼きも違法になりますか?

農業を営むためにやむを得ず行う野焼き(稲わらの焼却等)は、廃棄物処理法の例外として認められる場合があります。

ただし、周辺の生活環境に支障を及ぼさないよう配慮する必要があり、自治体によっては届出が必要な場合もあります。事前に地域のルールを確認することをお勧めします。

失火で隣家を焼損した場合、民事上の責任はどうなりますか?

失火責任法により、失火者に重大な過失がない場合は民事上の損害賠償責任を負わないとされています。

ただし、本件のように注意義務違反の程度が大きい場合は、重過失と認定されて損害賠償責任を負う可能性があります。

また、刑事上は失火罪が成立しますので、刑事責任と民事責任は別個に判断されることに注意が必要です。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了