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推しのチケット転売で逮捕…懲役刑になった事例#裁判例解説
「このアカウントで10回も申し込んだのに、全部外れた…」
弁護人が法廷で証拠の画面を示すと、被告席の若い男性は恥ずかしそうに視線を落とした。
「被告人は、どのくらいの架空名義でファンクラブに登録していたのですか?」
検察官の問いに、被告人は小さな声で答えた。
「はい…複数のアカウントを作って、当選確率を上げようとしました。当たったチケットは、良い席のチケットを買うお金を作るために転売していました」
裁判官は厳しい表情で記録に目を落とした。人気アイドルグループのコンサートチケットを不正に入手し転売した二人の若者に、執行猶予付きとはいえ懲役刑と罰金刑が言い渡される瞬間が近づいていた…。
※札幌地判令・6・10・11(令和6年(わ)517号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 架空名義でのチケット申込みは電子計算機使用詐欺罪に該当する
- 転売目的のチケット入手は組織犯罪処罰法違反となり得る
- 定価以上での転売は初犯でも懲役刑と罰金刑が科される
- 執行猶予でも前科となり将来に重大な影響を及ぼす
近年、人気アーティストのコンサートチケットは入手困難を極め、転売市場が拡大しています。しかし、チケットの不正転売は単なるマナー違反では済まされません。
今回ご紹介する裁判例は、人気アイドルグループのファンだった二人の若者が、架空名義を使ってチケットを不正に入手し、定価以上で転売したことで、電子計算機使用詐欺罪、組織犯罪処罰法違反、チケット不正転売禁止法違反という3つの罪に問われ、執行猶予付きながら懲役刑と罰金刑を言い渡された事案です。
「推しの良い席を買うためのお金を稼ぎたかった」という動機は、一見すると理解できるものかもしれません。
しかし、法律はそのような行為を厳しく処罰します。この事例を通じて、チケット転売にまつわる法的リスクと、何が犯罪に該当するのかを詳しく解説していきます。
目次
📋 事案の概要
今回は、札幌地判令・6・10・11(令和6年(わ)517号)を取り上げます。この裁判は、人気アイドルグループのコンサートチケットを不正な方法で入手し、定価を超える価格で転売した事案です。
- 原告(検察側):札幌地方検察庁
- 被告:被告人A(男性)と被告人B(男性)の2名。いずれも前科前歴のない若者で、人気アイドルグループのファン
- 請求内容:電子計算機使用詐欺罪、組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)、チケット不正転売禁止法違反の3つの罪で起訴
- 結果:被告人Aに懲役2年6月及び罰金50万円(執行猶予3年)、被告人Bに懲役2年及び罰金50万円(執行猶予3年)の判決
🔍 裁判の経緯
「あのアイドルグループのコンサート、今回も抽選倍率がすごいことになってるね…」
被告人Aは、ファン仲間の被告人Bとそんな会話を交わしていました。人気アイドルグループのコンサートは常に応募多数で抽選となり、チケットの入手が非常に困難な状況でした。
「一人一つのアカウントしか作れないなんて、当たる確率低すぎるよ。みんな複数のアカウント作ってるらしいよ」
そう考えた被告人らは、ファンクラブの規約では一人につき一つのアカウントしか登録できないにもかかわらず、架空人名義を用いて多数のアカウントを登録し始めました。抽選に当たる確率を高めるための工夫でした。
当初は自分たちが行くためのチケットを確保することが目的でしたが、次第に考えが変わっていきます。
「このチケット、定価の3倍以上で買いたいって人がいるんだって。それを何回か繰り返せば、もっと良い席のチケットを買えるかもしれない」
被告人Aは、架空人名義を用いて電子チケット6枚分(約5万2000円相当)を不正に入手しました。被告人Bも同様に、架空人名義で電子チケット2枚分(約1万7000円相当)を不正に入手しました。
さらに、転売するチケットを増やすため、より手広く不正入手を行っている「転売ヤー」と呼ばれる業者からもチケットを購入しました。被告人らは共謀して、不正に入手された電子チケット6枚分(約5万2000円相当)のパスワード等を収受したのです。
そして被告人らは共謀の上、業として電子チケットを不正に転売しました。5回にわたり9枚分(合計8万円弱相当)の電子チケットを、合計23万円超という定価の約3倍の価格で転売していたのです。
「コンサートの良い席を購入するために使っていました。一度、50万円もする席を買ったこともあります」
被告人らは、転売で得た利益をすべて、より良い席のチケット購入に充てていたと供述しました。こうした常習的な犯行が繰り返される中、警察の捜査が入り、被告人らは逮捕・起訴されることになったのです。
※札幌地判令・6・10・11(令和6年(わ)517号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人らの行為について「規約を遵守する者がチケットに当選する確率を著しく減少させる悪質な犯行」と評価し、犯情は芳しくないと判断しました。
一方で、「被告人らもアイドルグループのコンサートチケットを巡る仕組みに翻弄された面があることは否定できない」とし、また被告人らが公判廷で素直に事実を認め反省の言葉を述べていること、前科前歴がないことなどを考慮し、執行猶予付きの判決としました。
主な判断ポイント
1. 電子計算機使用詐欺罪の成立
被告人Aが架空人名義を用いて電子チケット6枚分を入手した行為、被告人Bが架空人名義を用いて電子チケット2枚分を入手した行為について、それぞれ電子計算機使用詐欺罪が成立すると判断されました。
ファンクラブの規約では一人につき一つのアカウントしか登録できないにもかかわらず、架空名義を使って複数のアカウントを作成し申し込んだことが、「不正な方法」によるチケット入手と評価されたのです。
2. 組織犯罪処罰法違反(犯罪収益等収受)の成立
被告人らが共謀して、転売ヤーが不正に入手した電子チケット6枚分のパスワード等を収受した行為について、組織犯罪処罰法11条の犯罪収益等収受罪が成立すると判断されました。
なお、弁護人は「チケット不正転売禁止法が適用される事案では、組織犯罪処罰法は適用されないと解釈すべき」と主張しましたが、裁判所は「チケット不正転売禁止法にいう不正転売にかかるチケットは、必ずしも犯罪行為により得られた犯罪収益等に限らず、正当に入手したものも含まれる」として、この主張を退けました。
3. チケット不正転売禁止法違反の成立
被告人らが共謀して、業として電子チケットを不正に転売した行為について、チケット不正転売禁止法3条違反が成立すると判断されました。
5回にわたり9枚分の電子チケットを合計23万円超で転売していたことが、「業として」の不正転売に該当すると認定されました。
4. 量刑判断
裁判所は、本件が「常習的犯行の一環」であり、「規約を遵守する者がチケットに当選する確率を著しく減少させる悪質な犯行」と厳しく評価しました。
しかし、転売で得た利益がより良い席のチケット購入に充てられていたこと、被告人らが公判廷で素直に事実を認め反省していること、アイドルの応援活動をやめると述べていること、父親が出廷して監督を約束していること、前科前歴がないことなどを総合的に考慮し、業として行った不正転売に見合う罰金刑は併科するものの、懲役刑については執行猶予が相当と判断しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
チケット不正転売の法的リスクについて
本件は、人気アイドルのファンという一般の若者が、軽い気持ちで始めたチケット転売が重大な刑事事件に発展した事例です。「みんなやっている」「ファン活動のため」という動機があったとしても、法律は厳格に適用されます。
特に注目すべきは、単なる転売だけでなく、架空名義でのチケット入手が「電子計算機使用詐欺罪」という罪に問われている点です。
これは最長で10年の拘禁刑が科され得る重罪です。また、他の転売ヤーからチケットを購入する行為も「犯罪収益等収受罪」として処罰されています。
執行猶予が付いたとはいえ、懲役刑の有罪判決は「前科」となり、就職や資格取得に大きな影響を与えます。罰金50万円という経済的負担も決して軽いものではありません。
ファンクラブ規約違反の重大性
本件では、ファンクラブの規約で「一人につき一つのアカウント」と定められているにもかかわらず、架空名義で複数のアカウントを作成したことが犯罪の出発点となりました。
裁判所は、このような行為が「規約を遵守する者がチケットに当選する確率を著しく減少させる」と指摘しています。
つまり、ルールを守る大多数のファンの権利を侵害する行為として、社会的に許されないと評価されたのです。
近年、チケット不正転売への取り締まりは年々厳しくなっています。「バレなければ大丈夫」という考えは通用せず、デジタル上の取引記録から容易に犯行が立証されてしまいます。
「推し活」と犯罪の境界線
本件の被告人らは、転売で得た利益を自分たちのファン活動(より良い席の購入)に充てていました。裁判所も「被告人らもアイドルグループのコンサートチケットを巡る仕組みに翻弄された面がある」と一定の理解を示しています。
しかし、たとえ動機が「推しのため」であっても、違法な手段で利益を得ることは許されません。真のファンであれば、アーティストやほかのファンに迷惑をかけない方法で応援すべきです。
チケット転売問題の根本には、需要と供給のバランスや、転売を助長する市場の存在など、複雑な社会問題があります。しかし、個人がそれを理由に違法行為を正当化することはできないのです。
📚 関連する法律知識
電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)
コンピュータに虚偽の情報を与えたり、不正な指令を与えたりして、財産上不法な利益を得る行為を処罰する罪です。
架空名義でのチケット申込みがこれに該当します。法定刑は10年以下の拘禁刑で、通常の詐欺罪と同等の重い犯罪です。
組織犯罪処罰法(組織的犯罪処罰法)
正式名称は「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」です。
本件で適用された11条は、犯罪によって得られた収益を収受する行為を処罰するもので、法定刑は10年以下の拘禁刑及び500万円以下の罰金です。
本件では、転売ヤーが不正に入手したチケットを購入する行為が、この犯罪収益等収受罪に該当すると判断されました。
チケット不正転売禁止法
正式名称は「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」で、平成30年12月に施行されました。
同法3条は、興行主の事前の同意を得ずに、定価を超える価格で転売することを禁止しています。違反した場合、1年以下の拘禁刑もしくは100万円以下の罰金、またはその両方が科されます。
「業として」行った場合は、より重い刑罰の対象となります。本件のように複数回にわたって転売を繰り返した場合は、「業として」と認定される可能性が高くなります。
併合罪と量刑
本件では、被告人らに複数の罪が成立しています。このように複数の罪を犯した場合を「併合罪」といい、刑法は最も重い罪の刑に一定の加重をすることを認めています。
被告人Aの場合、最も重い電子計算機使用詐欺罪(懲役10年以下)に法定の加重がなされ、さらにチケット不正転売の罰金刑が併科されました。結果として懲役2年6月及び罰金50万円という刑が言い渡されています。
執行猶予制度
執行猶予とは、一定期間(本件では3年間)犯罪を犯さずに過ごせば、刑の言渡しが効力を失う制度です。
ただし、執行猶予期間中に再び犯罪を犯した場合、執行猶予が取り消され、実刑となる可能性があります。
また、執行猶予付きであっても有罪判決であることに変わりはなく、「前科」として記録に残ります。就職時の身元調査や、特定の資格取得の際に影響が出る可能性があります。
🗨️ よくある質問
定価で購入したチケットを定価で譲るのも違法ですか?
定価以下での譲渡は違法ではありません。
チケット不正転売禁止法が禁止しているのは、興行主の同意なく「定価を超える価格」で転売することです。
やむを得ない事情で行けなくなった場合に、定価またはそれ以下で友人などに譲ることは問題ありません。
ただし、最初から転売目的で購入した場合は、たとえ定価で転売しても、購入時の詐欺的な行為が問題となる可能性があります。
フリマアプリでチケットを購入したら、それが不正入手されたものだった場合、購入者も罪に問われますか?
購入者が、そのチケットが不正に入手されたものだと知っていた場合、または知り得た場合には、本件のように犯罪収益等収受罪に問われる可能性があります。
ただし、通常の取引価格で、不正入手の事実を知らずに購入した場合は、刑事責任を問われる可能性は低いでしょう。
しかし、明らかに定価を大きく上回る価格で取引されている場合や、販売者が組織的に大量出品している場合などは、注意が必要です。
本人確認のあるチケットでも転売は可能ですか?
近年、多くの興行主は本人確認付きのチケットや、電子チケットで転売を防止しています。
このようなチケットを他人に譲渡すること自体が、興行主の利用規約違反となり、入場を拒否される可能性があります。
また、本人確認を回避するために虚偽の情報を提供する行為は、別の犯罪(詐欺罪など)に該当する可能性もあります。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

