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元プロ棋士が元妻をSNSで中傷し名誉毀損罪に問われた事例 #裁判例解説

「僕の棋士の人生を奪った容疑者達」「まさに誘拐一家」
元プロ棋士の男性は、自身のスマートフォンから、元妻とその家族の実名、住所、顔写真をSNSに次々と投稿していった。離婚調停で「相互に誹謗中傷しない」「SNS上で個人情報を公開しない」と約束したにもかかわらず、その約束を破る形での投稿だった。
「私は投稿していない。元妻か捜査機関の陰謀だ」
法廷で被告人は最後まで否認を続けたが、裁判所は携帯電話の解析結果や投稿内容の詳細な検証から、被告人自身による犯行であると認定した。
果たして、裁判所はどのような判断を下したのか…。
※大津地判令・5・6・23(令和4年(わ)568号・令和5年(わ)18号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- SNSでの実名・写真付き誹謗中傷は重大な名誉毀損罪として処罰される
- 「第三者の意見を求めるため」という弁解は名誉毀損の故意を否定できない
- デジタル証拠により投稿者の特定が詳細に行われる
- 知名度が投稿の拡散と刑罰に影響する
インターネットやSNSの普及により、誰でも気軽に情報発信できる時代になりました。しかし、その手軽さゆえに、他人の名誉を傷つける投稿をしてしまうケースが後を絶ちません。
特に、感情的になってSNSに相手の悪口や個人情報を投稿してしまうことは、重大な犯罪行為となります。
今回ご紹介する裁判例は、元プロ棋士が離婚した元妻の実名、住所、顔写真をSNSに投稿し、「誘拐一家」「殺人鬼」などと中傷したことで名誉毀損罪に問われ、懲役1年6月・執行猶予4年の判決を受けた事案です。
離婚調停で「誹謗中傷しない」と約束したにもかかわらず、その後も投稿を続けた被告人の行為がどのように裁かれたのか、詳しく見ていきましょう。
目次
📋 事案の概要
今回は、大津地判令・5・6・23(令和4年(わ)568号・令和5年(わ)18号)を取り上げます。
この裁判は、元プロ棋士の男性(被告人)が、元妻に対する名誉毀損罪で起訴された事案です。
- 被告人:元プロ棋士の男性(昭和58年生まれ、当時無職)
- 被害者:被告人の元妻(保育士)
- 犯行内容:SNS「B」(実名SNS)に、元妻とその家族の実名、住所、顔写真を掲載し、「誘拐一家」「殺人鬼」などと誹謗中傷する投稿を2回にわたり実施
- 請求内容:検察官は懲役1年6月を求刑
- 結果:懲役1年6月、執行猶予4年の有罪判決
🔍 裁判の経緯
「まさか、あの人がこんなことをするなんて…」
被害者の元妻は、自分の実名と顔写真がSNSに晒されていることに気づいた瞬間、震えが止まらなかったという。
二人は平成29年に結婚し、平成31年には長男が生まれた。しかし、令和元年7月、妻は長男を連れて実家に戻り、別居を開始。その後、離婚調停、複数の家事審判、さらには離婚訴訟へと発展していった。
「子どもの個人情報を第三者に公表しないでください」
令和3年6月、元妻は被告人に対してこのような民事訴訟を提起した。被告人がその訴状を受け取ったのは同年8月20日。そしてその翌日、事件は起きた。
「私を騙しうちにし、連れ去り補助をしている者」「まさに誘拐一家」
被告人は自身のSNSアカウントから、元妻とその父母の実名、職業、顔写真を投稿。
さらに「職業は保育士ですが、絶対に子供を任せないでください。子供に危害を加える危険があります」「(元妻の父の勤務先を挙げて)くれぐれも買わないようにお願いします」といった内容を、約20分の間に4回にわたって投稿した。
元妻は令和4年2月16日、この投稿について被告人を告訴。その後、同年5月13日に離婚調停が成立し、「相互に誹謗中傷しない」「SNS上で個人情報を公開しない」「過去の投稿はすべて削除する」という約束が交わされた。
「これで終わった…」
元妻はそう思っていた。しかし、令和4年11月29日、再び被告人のアカウント名で投稿が始まった。
「息子を誘拐し 法外な金銭を要求 僕の全てを潰した殺人鬼達です」
この日、午前8時13分から午後1時26分までの間に3回にわたり、再び元妻やその家族の実名、住所が投稿された。さらには、家事審判事件の担当裁判官や代理人弁護士の氏名まで公開されていた。
元妻は令和5年1月11日、この2回目の投稿についても被告人を告訴した。
※大津地判令・5・6・23(令和4年(わ)568号・令和5年(わ)18号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人に懲役1年6月、執行猶予4年の判決を言い渡しました。
判決では、「被告人の刑事責任は決して軽いものではなく、一般予防の見地からも、厳重な処罰が必要な事案」としながらも、約半年間の身柄拘束により事実上相当程度の制裁を受けたこと、前科前歴がないことなどを考慮し、執行猶予を付けました。
主な判断ポイント
1. 1回目の投稿における名誉毀損の故意
被告人側は「第三者の意見を求めるためであり、名誉毀損の故意がなかった」と主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
投稿内容が「誘拐一家」などと犯罪行為に加担しているかのような印象を与えるものであり、その社会的評価を低下させることは投稿内容から当然に想定できると判断。
さらに、「保育士ですが、絶対に子供を任せないでください」といった個人を中傷する内容になっており、社会的評価を低下させる目的であることは明らかであるとしました。
なお、被告人は「離婚調停で和解したのだから告訴は無効」と主張しましたが、裁判所は調停成立によって告訴が無効となる理由はないと明確に否定しました。
2. 2回目の投稿が被告人によるものであることの認定
被告人は2回目の投稿について「自分はしていない」と完全否認しましたが、裁判所は詳細な証拠調べにより被告人による犯行であると認定しました。
①投稿内容からの推認
- アカウント名は被告人の氏名を漢字またはローマ字表記したもの
- 投稿内容は元妻を「元嫁」、子どもを「息子」と表現し、「元プロ棋士」という立場からの投稿であることが明白
- 元妻やその家族の氏名・住所、家事審判事件の担当裁判官や代理人弁護士の氏名など、被告人やその家族以外が入手困難な情報が含まれている
②デジタル証拠からの認定
- 被告人所持の携帯電話にSNSアプリがインストールされ、問題のアカウントが登録されていた
- アカウントには被告人が使用していた携帯電話番号が登録
- プロフィール画面には被告人自身が撮影し携帯電話に保存していた写真が使用されている
- 被告人が作成・使用していたメールアドレスがプロフィールに表示
- SNS社からの警告メールが被告人の携帯電話に保存されていた
③投稿内容と被告人の行動の一致
- ペットの犬を里親施設に預けたことや、警察官から安否確認の電話を受けたことなど、被告人のプライベートな情報が投稿と同日にリアルタイムで投稿されている
- これらの情報を被告人以外の第三者が把握し投稿することは「現実的に極めて困難」
裁判所は上記の理由から「被告人自身がアカウントを使用していたのでなければ合理的に説明できない」として、被告人による犯行であると認定しました。
3. 被告人の弁解の排斥
被告人は「携帯電話は通信契約がないので投稿不可能」「元妻か捜査機関が不正をした」などと主張しましたが、裁判所はいずれも退けました。
弁解を排斥した理由
- 通信契約のない端末でもWi-Fiや他の通信媒体で通信は可能
- 別居中の元妻が被告人撮影の画像を使ってアカウントを作成するのは困難
- 捜査機関が不正を行った形跡はなく、わざわざ被害者を辱める投稿をねつ造して被告人を陥れる理由も必要性もない
👩⚖️ 弁護士コメント
SNSでの誹謗中傷は重大な犯罪行為
この事件で注目すべきは、感情的になってSNSに投稿した内容が、刑事事件として立件され、有罪判決を受けたという点です。
特に実名、住所、顔写真といった個人情報とともに「誘拐一家」「殺人鬼」といった犯罪行為を連想させる表現を用いたことは、極めて悪質と評価されました。
裁判所も「その態様は悪質」「犯行の結果は重大」と厳しく指摘しています。
離婚などの家族間トラブルでは感情的になりがちですが、SNSへの投稿は広く拡散され、取り返しのつかない結果を招きます。
特に元プロ棋士という知名度のある被告人の投稿は「少なからぬ者に閲覧等され、広範囲に拡散されて」おり、被害が拡大しました。
デジタル証拠による投稿者特定の精度
「匿名だから」「本人ではないと言い張れば」という考えは通用しません。
この事件では、携帯電話の解析により、アカウント情報、登録電話番号、メールアドレス、保存写真、SNS社からの警告メール、さらには投稿内容と被告人の実際の行動(警察からの電話など)の一致まで、多角的に証拠が収集されました。
裁判所は「被告人自身がアカウントを使用していたのでなければ合理的に説明できない」として、デジタル証拠から被告人による犯行を確実に認定しています。
「第三者の意見を求めるため」という弁解は通用しない
被告人は1回目の投稿について「第三者の意見を求めるためで、名誉毀損の故意はなかった」と主張しましたが、裁判所は「社会的評価を低下させることは投稿内容から当然に想定できる」として、この主張を明確に退けました。
どのような目的であれ、他人の名誉を傷つける内容を投稿すれば名誉毀損罪が成立します。「意見を求めるため」「真実を知ってもらうため」といった理由は、故意を否定する理由にはなりません。
📚 関連する法律知識
名誉毀損罪とは
名誉毀損罪は、刑法230条に規定されている犯罪で、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した」場合に成立します。法定刑は3年以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金です。
名誉毀損罪の構成要件
- 公然性
不特定または多数の者が認識できる状態。SNSへの投稿は典型的な「公然」に該当します - 事実の摘示
具体的な事実を示すこと。「誘拐した」「殺人鬼」といった表現は事実の摘示と評価されます - 名誉の毀損
社会的評価を低下させる危険性があれば足り、実際に低下したことは不要
この事件では、実名、住所、顔写真という個人を特定できる情報とともに犯罪行為を連想させる表現が用いられており、明確に名誉毀損罪の要件を満たしています。
執行猶予制度
執行猶予とは、有罪判決を受けながらも、一定期間(1年から5年)罪を犯さずに過ごせば刑の言い渡しが効力を失い、刑務所に行かずに済む制度です。
この事件では、被告人の刑事責任は重いものの、約半年間の身柄拘束により事実上相当の制裁を受けたこと、前科前歴がないことなどが考慮され、執行猶予が付けられました。
ただし、執行猶予中に再び罪を犯すと執行猶予が取り消され、元の刑と新しい刑の両方を受けることになります。
SNSと名誉毀損の特徴
SNSでの名誉毀損には次のような特徴があります。
SNSにおける名誉毀損の特徴
- 拡散性
一度投稿すると瞬時に広がり、削除しても完全には消えない - 永続性
デジタルデータとして半永久的に残る可能性がある - 証拠性
投稿記録、ログイン情報、端末情報などが詳細に残り、投稿者の特定が容易
この事件でも、元プロ棋士という知名度により投稿が広範囲に拡散され、被害が拡大しました。また、携帯電話の解析により投稿者が確実に特定されています。
🗨️ よくある質問
真実のことを書いても名誉毀損になりますか?
真実のみを書いても名誉毀損罪は成立します。名誉毀損罪は「事実を摘示」することが要件であり、虚偽であるか真実であるかは問いません。
ただし、刑法230条の2により、公共の利害に関する事実で、公益目的があり、真実であることが証明された場合は処罰されません。
しかし、離婚トラブルのような私的な事柄は通常この例外には該当しません。
投稿を削除すれば罪にならないのでしょうか?
投稿を削除しても名誉毀損罪は成立します。名誉毀損罪は投稿した時点で成立する犯罪であり、その後削除しても犯罪の成立には影響しません。
ただし、削除などの事後の対応は、量刑において被害回復の努力として考慮される可能性はあります。
この事件の被告人も調停で削除を約束しましたが、すでに成立していた1回目の犯罪については告訴が有効と判断されました。
「個人の感想です」と書けば名誉毀損にならないのでしょうか?
「個人の感想」という但し書きがあっても、具体的な事実を摘示して社会的評価を低下させる内容であれば名誉毀損罪が成立します。
この事件でも「第三者の意見を求めるため」という弁解は認められませんでした。表現の自由は保障されていますが、他人の名誉を傷つける自由まで認められているわけではありません。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

