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特別背任罪とは?368億円不良融資で懲役7年、大手運送会社事件#裁判例解説

「債務保証で、また30億円の融資が決まりました」
暴力団のトップに知らせが届いた。
——その頃、東京都内の大手運送会社本社。
「社長、もう資金繰りが限界です。これ以上保証すれば…」
経理担当常務が懸念を示すが、代表取締役社長である被告人の決断は揺るがない。 返済能力がないことを知りながら、またも巨額の債務保証にサインする。
暴力団との癒着、放漫融資の発覚を恐れての決断だった。
会議室には、総額1000億円を超える債務保証の書類が積み上げられていた…。
※東京地判平8・3・22(平4年(特わ)404号)をもとに、構成しています。
この裁判例から学べること
- 返済能力がないと認識しながらの融資は、取締役の任務違背として特別背任罪が成立する
- 自己保身や経営権維持のための融資も「自己の利益を図る目的」に該当し、違法となる
- 企業と暴力団の癒着は厳しく断罪され、社会的責任が問われ重い実刑判決となる
企業と暴力団の癒着、そして巨額の特別背任事件——。
1996年(平成8年)、日本中を震撼させた「東京佐川急便事件」判決が東京地方裁判所で下されました。
大手運送会社の代表取締役社長が、広域暴力団会長の関連企業に157億円、さらに個人的に親しい事業家のグループ企業に211億円、合計368億円もの巨額の債務保証・貸付を行った特別背任事件です。
被告人は自己の経営権を守るため、返済能力がないと知りながら融資を続けました。
この事件は、バブル経済崩壊期における企業経営の闇、暴力団との癒着、政治家への不透明な資金提供など、日本社会の深い病理を浮き彫りにしました。
裁判所は「類例を見ない重大な事件」として、懲役7年の実刑判決を言い渡しました。本稿では、この歴史的判決の詳細を解説します。
目次
📋 事案の概要
今回は東京地判平8・3・22(平4年(特わ)404号)を取り上げます。
この裁判は、大手運送会社の代表取締役社長が、暴力団関連企業等に対して巨額の不良債務保証及び貸付を行い、会社に甚大な損害を与えたとして特別背任罪に問われた事案です。
- 被告人:大手運送会社代表取締役社長(創業者、当時40代)
- 関係者:
- 鬼塚(仮名):広域暴力団二代目会長
- 青葉(仮名):若手実業家(グループ企業代表取締役)
- 犯行期間:平成元年12月~平成3年3月
- 被害総額:
- 暴力団関係企業:債務保証122億円、貸付35億円
- 青葉のグループ企業:債務保証151億円+2400万ドル、貸付60億円
- 結果:懲役7年の実刑判決(控訴)
🔍 裁判の経緯
「政治家との付き合いには金がかかる。領収書のもらえない資金が必要なんだ」
被告人は、表に出せない裏金を欲していた。昭和61年、二つの出会いが運命を変える。
一人は若い実業家青葉。「資金も信用もないが、やる気だけはある男」を、大手運送会社の資金力で株取引をさせ、儲けの一部を還流させる。
——完璧な裏金作りのスキームだ。
もう一人は、広域暴力団の会長鬼塚。服役を終えたばかりで「正業で利益を上げたい」と語るが、実態は自己資金ゼロ、事業実績ゼロ。それでも被告人は興味を示した。「政治家のトラブル解決に、鬼塚の力が使えるかもしれない」
——昭和62年後半、有力政治家が右翼団体に絡まれた問題を鬼塚が見事に解決。被告人は確信した。この男の影響力は本物だ、と。
こうして巨額の資金援助が始まった。鬼塚の不動産会社と関連開発会社には次々と債務保証を行い、「ゴルフ場開発で200億」「大手私鉄株をもう少し」と要請が続く。青葉にも株取引資金を貸し付け、実際に合計4億円以上を受け取っていた。
しかし平成2年春、バブルが崩壊。鬼塚が投じた大手私鉄株は3060円から2000円割れ、ゴルフ場開発も頓挫。青葉の株取引も惨敗に終わった。
「もう返済できません」
——平成2年5月、両グループは完全に破綻していた。
被告人は苦悩した。ここで打ち切れば融資の実態が明るみに出て、自分の首が飛ぶ。
「もう少しだけ支えてみれば…」被告人は賭けに出た。
平成2年5月から翌年3月まで、返済能力がないと知りながら、暴力団関係企業に157億円、青葉のグループ企業に211億円、合計368億円もの援助を続けたのだ。
だが、奇跡は起きなかった。平成3年7月、事件が発覚。大手運送会社の不良債務保証・貸付の総額は、なんと5000億円を超えていた。
※東京地判平8・3・22(平4年(特わ)404号)をもとに、構成しています。
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人の行為を「この種事案として類例を見ない重大な事件」と断じ、以下のように述べました。
「被告人は、代表取締役として、会社を守る重い責任がある。融資や債務保証を行う際には、相手に返済能力があるか慎重に見極めなければならない。
返済が危ぶまれる相手には融資を断るか、十分な担保を取って会社の損害を防ぐ——それが代表取締役の任務だ。」
その上で、「この任務に背き、自己の利益及び相手方の利益を図る目的をもって、返済能力のない企業に対し債務保証・貸付を行った」として、特別背任罪の成立を認めました。
主な判断ポイント
任務違背行為の認定
裁判所は、代表取締役には返済能力が疑わしい相手への融資を差し控える義務があると明示しました。
本件では、鬼塚の不動産会社と関連開発会社は平成2年5月時点で約631億円の債務を抱え、そのうち540億円が大手運送会社の債務保証によるもので、回収は極めて困難な状態でした。また、株取引は失敗し、ゴルフ場開発も頓挫していました。
青葉のグループ企業も同様に、平成元年12月時点で約327億円の債務を抱え、大幅な債務超過状態でした。株式投資・不動産投資も軒並み失敗していました。
被告人はこれらの状況を認識しながら、融資を続けました。裁判所はこれを明確な任務違背行為と認定しました。
図利目的の認定
裁判所は、被告人に「自己の利益を図る目的」があったと認定しました。
鬼塚関係では、被告人が鬼塚の暴力団としての影響力を利用して自己の権勢を維持・拡大しようとしたことが認定されました。また融資を打ち切れば杜撰な融資の実態が露呈し、自社の会長から経営責任を追及されて社長の地位を失うことを恐れた自己保身の目的が認定されました。
青葉のグループ企業関係では、被告人が政治家への裏金作りのため青葉に資金援助し、青葉から合計4億円以上を受け取っていました。また同様に自己保身目的があったことが認定されました。
共謀の認定
裁判所は、暴力団関係では会長である鬼塚ら複数名との共謀を、青葉のグループ企業関係では青葉との共謀を認定しました。
被告人は単に相手方の要請に応じただけでなく、自ら積極的に融資方針を決定し、主導的役割を果たしていました。鬼塚の関係者や青葉は被告人に頻繁に面会して資金使途などを説明し、その承諾を得ていました。
被告人の了承なしには融資は実行されませんでした。
損害額の認定
暴力団関係では債務保証122億円と貸付35億円の合計157億円、青葉のグループ企業関係では債務保証151億円と貸付60億円の合計211億円(2400万ドルの債務保証を含めると当時の円換算で約245億円)が、いずれもほとんど回収不能となりました。
裁判所は、これらが被告人が自ら代表を務める大手運送会社の損害となったと認定しました
👩⚖️ 弁護士コメント
特別背任罪の成立要件について
本判決は、取締役の特別背任罪が成立する要件を明確に示しています。
任務違背について、取締役は会社に対し善管注意義務・忠実義務を負い、融資の際には相手方の返済能力を慎重に審査して会社の利益を守る義務があると確認されました。本件では、被告人が相手方の経営破綻状態を認識しながら融資を続けた点が任務違背と認定されました。
図利目的について、自己保身も「自己の利益を図る目的」に含まれることが示されました。被告人は自らの経営権維持のために融資を行っており、これが図利目的と認定されました。また、裏金作りという不当な動機も重視されています。
企業と暴力団の癒着について
本判決の特に重要な点は、企業経営者と暴力団の癒着に対する厳しい姿勢です。
裁判所は「暴力団幹部が経営する企業に資金援助をすることは、健全な社会から排除されるべき暴力団組織を経済的に支えて活発化させ、また、活動の資金を提供するものとして、到底許容されない」と明言しています。
企業経営者には、暴力団との関係を断つべき社会的責任があります。たとえ一時的な利益や便宜があったとしても、長期的には企業の信用を失墜させ、結果として企業を破綻に追い込むことになります。
時代に左右されない経営責任
本事件の背景には、バブル経済期特有の楽観的な経済見通しがありました。しかし、裁判所は「バブル経済とその崩壊が背景にあったとしても、それは責任を軽減する事由にはならない」という姿勢を示しています。
むしろ、好況期であればこそ、経営者はリスク管理を徹底し、杜撰な融資を慎むべきでした。本判決は、すべての企業経営者に対し、いかなる経済状況下でも健全な経営判断を行うべき責務を改めて示しています。
📚 関連する法律知識
特別背任罪とは
特別背任罪は、会社法960条(旧商法486条)に規定される犯罪です。
株式会社の取締役などが、次の3つをすべて満たした場合に成立します。
- 目的: 自分や第三者の利益を図る、または会社に損害を加える目的がある
- 任務違背: その任務に背く行為をした
- 損害発生: 実際に会社に財産上の損害を与えた
10年以下の拘禁刑、または1000万円以下の罰金、あるいはその両方が科される重い犯罪です。
会社役員には、会社を守る特に高度な忠実義務があります。そのため、一般の背任罪(刑法247条)と比べて、対象者が会社役員に限定され、刑も重くなっています。
取締役の善管注意義務・忠実義務
会社法330条、355条により、取締役は会社に対し善管注意義務(善良な管理者の注意義務)および忠実義務を負っています。
取締役は職務を遂行する際、会社の利益を最優先し、通常の注意深い経営者として行動する義務があるのです。融資等の判断においては、相手方の返済能力、担保の有無、会社の財務状況等を総合的に検討し、慎重な判断を行う必要があります。
暴力団排除の法的枠組み
本判決後、平成3年に「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(暴対法)が制定され、企業と暴力団の関係に対する法規制が強化されました。
現在では、多くの企業が契約書に暴力団排除条項を盛り込み、取引先が暴力団関係者であることが判明した場合には契約を解除できる体制を整えています。
金融機関でも、暴力団関係者への融資を厳しく制限しています。
🗨️ よくある質問
Q.会社の代表取締役が融資を決定した場合、どのような場合に特別背任罪が成立しますか?
特別背任罪が成立するには、3つの要件を満たす必要があります。①任務違背行為があること、②自己ないしは第三者の利益を図る目的もしくは会社に損害を与える目的があること、③会社に財産上の損害を与えたこと、です。
融資の場合、返済能力がない相手と知りながら融資を行い、自己保身や裏金作りなどの不当な目的があり、結果として融資金が回収不能となった場合に成立し得ます。
Q.経営判断の失敗と特別背任罪の違いは何ですか?
経営判断は結果的に失敗に終わることもありますが、それ自体は犯罪ではありません。特別背任罪が成立するのは、経営者が会社の利益ではなく自己の利益を図る目的で、明らかに不適切な判断を行った場合です。
本件では、被告人が返済不能と認識しながら自己保身のために融資を続けた点が、単なる経営判断の失敗ではなく犯罪と認定されました。
Q.本判決の社会的影響は?
本判決は、企業経営者に対し暴力団との関係を断つべき強いメッセージとなりました。また、バブル経済期の放漫経営に対する警鐘となり、その後の企業統治(コーポレートガバナンス)強化の契機となりました。
本件をきっかけに、企業の内部統制システムの整備や、取締役会の監督機能強化などの議論が進みました。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

