医療過誤の法的責任を病院側に追及したい|刑事訴訟と民事訴訟の違い
更新日:
医療過誤が発生した時、病院側は刑事責任・行政責任・民事責任という3つの責任を負うことになります。
これら3つの責任のなかで、医療過誤で被害を受けた患者やその家族が主体的に追及できるのは民事責任のみです。
本記事では、3つの責任の違いや民事責任を追及する方法などについて解説しています。
目次
医療過誤で病院側が負う3つの責任
医療過誤に関する法的責任については、刑事責任・行政責任・民事責任の3つがあげられます。これらの責任は、それぞれ個別に追及されることになるのがポイントです。
それでは、それぞれの責任についてみていきましょう。
(1)刑事責任|捜査機関が追及する医療従事者の責任
刑事責任とは、医療過誤によって患者が怪我・後遺症を負ったり死亡したりした場合、医療従事者に対して刑事罰を科すことです。刑事責任を追及するのは、警察や検察といった捜査機関です。
刑事責任は、医療従事者(私人)と捜査機関(国家)の間で争われます。
医療過誤が発生すると、医療従事者は刑法第211条で規定されている「業務上過失致死傷罪」に問われる可能性があります。
(業務上過失致死傷等)
刑法 第二百十一条
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
業務上過失致死傷罪の刑罰は、「5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金」と規定されています。
医療過誤が業務上過失致死傷罪で起訴されると、略式命令による略式罰金が言い渡される傾向がありますが、事案によっては公判請求で執行猶予付きの禁錮刑が言い渡される可能性もあるでしょう。
もっとも、医療過誤が発生したら必ず刑罰が科せられるわけではありません。
捜査機関が捜査したうえで、検察官が起訴・不起訴を決定します。事件が起訴されたとしても、刑事訴訟を通して裁判所が有罪判決を出さないと、病院側に刑罰が科せられることはないのです。
また、病院側の過失が認められ、かつ業務上過失致死傷罪が成立していたとしても、過失の程度が軽微であったり、示談が成立していたりすると、そもそも不起訴で終了する可能性もあるでしょう。
医療過誤の被害を受けた患者や家族が、医師の刑事責任を追及するために刑事告訴することはできます。しかし、刑事責任を追及するのは捜査機関である検察であり、刑事責任の最終的な判断を出すのは裁判所なのです。
(2)行政責任|国が追及する病院側の責任
行政責任とは、医療過誤によって患者が怪我・後遺症を負ったり死亡したりした場合、病院側に対して行政処分が下されることです。行政責任を追及するのは国の機関で、医療過誤においては厚生労働大臣が行政処分の命令を下します。
行政責任は、病院側(私人)と国の機関(国家)の間で争われます。
医療過誤における行政処分とは具体的に、医業停止や免許の取消しなどです。一例として、医師法を紹介します。
次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
医師法 第四条
一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
二 麻薬、大麻又はあへんの中毒者
三 罰金以上の刑に処せられた者
四 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者
医師が第四条各号のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。
医師法 第七条
一 戒告
二 三年以内の医業の停止
三 免許の取消し
先ほど、行政処分の命令を下すのは厚生労働大臣であるとお伝えしましたが、厚生労働大臣が個人で処分を決めるわけではありません。厚生労働省が設置する医道審議会という組織で決まった処分にもとづき行政処分が決まります。
医療過誤の被害を受けた患者や家族が、医師の行政責任を追及するために行政処分の申し入れをすることは可能です。しかし、行政処分の判断を出すのは厚生労働大臣なのです。
(3)民事責任|患者が追及する病院側の責任
民事責任とは、医療過誤によって患者が怪我・後遺症を負ったり死亡したりした場合、病院側に損害賠償責任を果たしてもらうことです。医療過誤の被害を受けた患者や家族が主体的に責任を追及できるのが、民事責任にもとづく損害賠償請求となります。
民事責任は、患者(私人)と病院側(私人)の間で争われます。
医療過誤で被った損害の補償を受けるためには、民事責任における損害賠償を請求していく必要があるのです。
医療過誤における刑事訴訟と民事訴訟はどう違う?
被害者やそのご家族の立場としては、加害者である医療従事者や病院に「罰を与えたい」という気持ちになることもあるでしょう。
ただし、先述したように、いわゆる罰(刑事罰)を病院側に与えられるかどうかは、いくら被害者側が願っても必ず叶うわけではありません。
本章では改めて、刑事訴訟と民事訴訟の違いを整理して、被害者側が主体的に追及できる民事責任の重要性についてみていきたいと思います。
患者が刑事訴訟を起こすことはできない
医療過誤をはじめとした刑事事件について、刑事訴訟を提起するかどうかは検察官が決定します。患者側が刑事訴訟を提起することはできません。
検察官が刑事訴訟を通して事件の審理を行うよう裁判所に求めることを「起訴」といいます。反対に、刑事訴訟を行う必要がないと検察官が判断するのが「不起訴」です。
原則として、検察官のみが起訴や不起訴の判断を行うことができます。
ちなみに、刑事訴訟や刑事責任と聞くと、必ず加害者が「逮捕」されるイメージがあるかもしれません。逮捕されることがつまり、刑罰を受けることそのものであるとも勘違いされがちです。
しかし、逮捕はどのようなケースでも行われるわけではありませんし、刑罰でもありません。逮捕は、事件の捜査段階でとられる捜査手段の一つに過ぎないのです。
患者側による刑事訴訟の提起はできませんが、刑事告訴することで捜査機関が刑事事件として捜査してくれる可能性はあります。
刑事告訴の方法は?
刑事告訴とは、被害者が被害を申告して加害者に対する処罰を求めることです。主に警察などの捜査機関に「告訴状」という書類を提出する方法があります。
この刑事告訴がないと捜査機関が捜査してくれない親告罪という種類の犯罪もありますが、医療過誤で問題となる業務上過失致死傷罪は親告罪ではありません。したがって、医療過誤の被害者側が刑事告訴しなくても、捜査機関が必要であると判断した場合には捜査が行われることになるでしょう。
医療過誤が起きたのに警察が捜査している様子がない場合、刑事告訴することも可能です。もっとも、医療過誤で刑事告訴したからといって、捜査機関がすぐに捜査を開始したり、必ず起訴したりするわけではありません。
刑事訴訟に発展しても補償がもらえるわけではない
刑事訴訟と民事訴訟はどちらも裁判所で審理されますが、対象範囲や訴訟を行う目的が全く異なります。
前述したように、刑事訴訟は検察官が起訴すると、被告人に刑罰を科すかどうか、刑罰を科すのであればどのくらいの量刑にするかが裁判で審理されます。
一方、民事訴訟は私人同士のお金などに関する争いごとについて裁判所で審理してもらうことです。医療過誤の事案でいうと、病院側と患者側が損害賠償金に関して争うことを指すのが通常です。
つまり、刑事訴訟に発展したとしても、別途、民事訴訟を起こすなどして損害賠償請求しなければ補償を手にすることはできないのです。
医療過誤の被害にあうと、どこに怒りをぶつけてよいかわからず、刑事訴訟や刑事告訴に目が向いてしまうのも当然でしょう。しかし、刑事訴訟に発展することと適切な補償を手にすることは別軸で考えねばなりません。
補償を手にしたからといって医療過誤で受けた傷が無くなったり、すべて癒えるわけではありませんが、医療過誤が起きた後も患者や家族の人生はつづいていきます。医療過誤の被害にあったと思ったら、補償を得るために民事責任の追及を検討しましょう。
刑事訴訟 | 民事訴訟 | |
---|---|---|
目的 | 刑事上の責任追及 | 損害賠償請求 |
判決内容 | 有罪(刑罰※:5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金)または無罪 | 損害賠償金の支払い |
提起する人 | 検察官 | 患者側 |
対象 | 医療従事者など個人 | 医療従事者や病院 |
※刑法第211条の業務上過失致死傷罪
医療過誤の被害患者が追及できるのは民事責任
医療過誤の被害を受けた患者や家族が主体的に追及できるのは、民事責任にもとづく損害賠償請求であることがわかりました。
では、そもそも損害賠償請求とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
損害賠償請求によって民事責任を追及する
何らかの損害を受けた時、その損害に対して補償を求めることを損害賠償請求といいます。
損害賠償に関しては、民法第709条にて規定されています。条文を確認しておきましょう。
(不法行為による損害賠償)
民法 第七百九条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
損害賠償請求を行う場合、「誰に・どのような法的根拠にもとづいて・どのくらいの賠償額が可能なのか」といった点を整理しておくことが重要です。
医療過誤における損害賠償請求については、こちらの関連記事『医療過誤の損害賠償請求要件と方法|医師・病院に問うミスの責任とは?』でも深掘りしていますので、あわせてご確認ください。
主に民事責任は金銭の支払いで果たされる
民事責任は、最終的に金銭の支払いで解決が図られるのが基本です。
損害賠償請求を通して、医療過誤によってどのような損害を受けたのか、その損害を回復するためにはどのくらいの金額の賠償金が必要なのかが決まります。
損害を回復するために必要な賠償金の項目としては、主に以下のようなものがあげられます。
以上のような項目を合計した金銭が病院側から被害者へ支払われることで、民事責任が果たされることになるのです。
示談金と慰謝料の関連記事
民事責任を追及する損害賠償請求の方法
損害賠償を請求する方法は、おおまかに以下の3つがあげられます。
- 示談
患者と病院側が直接話し合って損害賠償の内容を合意して決めること - 調停・医療ADR
患者と病院側の間に第三者を介入させ、話し合って損害賠償の内容を合意して決めること - 訴訟
裁判所が判決を出して解決させること
多くのケースでは、まず示談による話し合い(示談交渉)から解決が図られることになるでしょう。
示談が不成立に終わった場合、調停・医療ADRや訴訟へと進んでいくことが予想されます。
調停と医療ADRは、第三者を介入させた話し合いという点は共通していますが、介入する第三者機関が裁判所か裁判所以外の機関かという点に違いがあります。
具体的な医療訴訟の進み方や裁判費用については、関連記事『医療訴訟とは?医療ミス(医療過誤)の裁判の流れと弁護士に依頼するメリット』をご確認ください。
医療過誤の民事責任は故意や過失の有無で判断される
医療過誤が発生したからといって、病院側に対して必ず民事責任を追及できるわけではありません。
病院側に故意または過失があり、その故意または過失と発生した損害との間に因果関係があると認められる場合、民事上の損害賠償請求が可能になります。
故意 | どのような結果になるのかわかっていながら、わざとすること |
過失 | どのような結果になるのか認識しておらず、注意を怠ったことで起きたミスのこと |
たとえ、同じ結果となったとしても、その結果が故意によって起きたのか、過失によって起きたのかで意味合いが大きく異なります。
医療過誤で民事責任を追及する場合、病院側の過失について争われることがほとんどです。そのため、本記事では基本的に過失を前提に解説をしています。
病院側の過失を立証するには医療調査が必要
病院側の過失があったと立証するためには、まず医療調査が必要不可欠です。
医療調査では、カルテ開示の手続きにより入手したカルテなどの診療記録といった客観的な証拠から、過失の有無が検討されます。さらに、医学文献や協力医の意見を収集したりする必要もあるでしょう。
医療機関が悪質な場合、カルテが改ざんされる可能性も考えられます。改ざんの恐れがあるような場合は証拠保全の手続きを検討する必要もあるでしょう。
調査を尽くした結果、病院側の過失が認められると判明したら、本格的に損害賠償請求の段階に進むことになるでしょう。
医療調査について詳細に知りたいという方は、下記の関連記事で解説をしているので、参考にしてみてください。
誰にどんな過失があれば医療過誤の責任を追及できるのか
病院側に過失があると、民事責任を追及できることがわかりました。では、具体的に病院側の誰にどのような過失があれば、医療過誤の責任を追及できるのでしょうか。
医師や看護師個人/病院に分けて、それぞれどのような過失があれば医療過誤の責任を追及できるのか、法的根拠についてみていきましょう。
医師や看護師個人に対する責任追及の法的根拠
医師や看護師個人に対する責任追及の法的根拠として考えられるのは、以下のようなものです。
- 不法行為責任:故意または過失によって患者の権利または法律上保護される利益を侵害すること
- 債務不履行責任:契約にもとづく義務を果たさず患者に損害を与えること
これらの法的根拠を検討するうえで必要なのが「安全配慮義務違反」です。安全配慮義務とは、医師や看護師といった医療従事者に求められる、患者が危険にさらされないよう配慮することです。
安全配慮義務違反があったかどうかは、予見可能性と結果回避性から判断されます。
予見可能性 | 医療過誤は予見できたか |
結果回避性 | 適切な対応をとっていれば結果を回避できたか |
医師や看護師といった医療従事者それぞれの立場で予見できたものや、適切な対応をとっていれば結果が違ったものについて、過失があったと判断されることになるのです。
特に、医師の場合は医療行為が行われた時点の医療水準によっても判断が変わってきます。もっとも、医療水準に関する判断は医学や法律の視点から慎重におこなわなければなりません。
看護師の責任については、こちらの関連記事『医療訴訟で看護師に問う法的責任とは?過失を認めた裁判例も紹介』でも解説していますので、あわせてご確認ください。
病院に対する責任追及の法的根拠
病院に対する責任追及の法的根拠として考えられるのは、以下のようなものです。
- 債務不履行責任:契約にもとづく義務を果たさず患者に損害を与えること
- 使用者責任:雇用する医療従事者が損害賠償責任を負った場合、使用者も損害賠償責任を負うこと
病院が負う債務不履行については、医師や看護師の場合と同じように考えればいいでしょう。病院そのものは医療行為を直接行うわけではありませんが、患者との間に診療契約が結ばれていると考えると、患者に対する安全配慮義務があるのです。
また、医師や看護師といった医療従事者を雇用する病院は、使用者責任にもとづいて同じく賠償義務を負います。
安全配慮義務違反のあった医師や看護師といった医療従事者に対する損害賠償責任は、個人で負いきれない可能性が高いです。そのため、通常は使用者責任にもとづいて病院を相手に損害賠償請求するケースが多くなっています。
医療過誤の責任を追及したいなら弁護士に相談
病院側に対して医療過誤の民事責任を追及するために、損害賠償請求を検討されている場合は、弁護士に相談するのがおすすめです。また、医療過誤によって重大な後遺障害が残ったり、ご家族を亡くされてしまったような場合にご利用いただきたい無料相談の窓口を紹介します。
なぜ医療過誤問題を弁護士に相談すべきなのか
病院側に対して医療過誤の民事責任を追及したいとお考えの方は、弁護士に相談してみましょう。
- どのようなケースであれば医療過誤の責任を追及できるのか
- 適正な金額の補償を得るためにはどのように損害賠償請求していくべきなのか
- 病院側との話し合いを個人で対応するのに不安があるので弁護士に依頼できるか
弁護士に相談することで、さまざまなアドバイスがもらえます。無料の法律相談を実施している弁護士も多いので、気軽にお悩みを弁護士に話してみましょう。
弁護士に医療事故案件を相談・依頼するメリットについては、こちらの関連記事『医療ミスの示談・訴訟に強い弁護士に相談|医療事故は弁護士選びが重要』で詳しく解説中です。
アトム法律事務所の無料相談窓口
医療過誤によって、重い後遺障害が残ったりご家族を亡くされた場合は、アトム法律事務所の無料相談をご活用ください。無料相談の予約受付は24時間年中無休で対応しています。
適切な補償を手にするためには今後どのような対応をとっていくべきなのか、弁護士に相談してみましょう。
無料法律相談ご希望される方はこちら
アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了