仕事中の怪我を労災にしたくない場合はどうすればいいのか?
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勤務中や通勤中に怪我をしてしまった場合、労基署に労災の事実を報告し、労災認定されることで労災保険から補償を受けることができます。
しかし、労働者の中には、会社との関係を気にして労災保険の使用を控えたい、軽い怪我だから面倒そうな手続きをしたくないと考える方もいらっしゃるでしょう。
そこで、本記事では勤務中などの怪我の際に労災にしたくない場合、どのようにすべきか解説を行います。
目次
労災保険を使用しなくても違法ではない
労働者が業務中あるいは通勤中に怪我をしたり、後遺障害を負ったり、死亡したりすると「労災」に該当します。怪我の程度に関する規定はないので、すり傷や打撲などの軽微な怪我も労災です。
労災保険は労災事故の補償をしてくれるものですが、労災保険を使わなくても労働者の違法行為にはなりません。しかし、労災事故が起こったことは会社に報告する必要があります。
労働者は労災保険を使用しなくてもよい
労災であっても、法律上、労働者は必ず労災保険を利用しなくてはならない、とは規定されていません。
労災保険の使用には、申請用紙に記入するなど一定の手間がかかります。
- 大したことないから労災申請が面倒
- 自分の不注意もあり後ろめたい
- 会社との今後の関係が心配だ
軽い怪我の人ほど労災申請は手間がかかると考えるかもしれません。また、自分のミスが労災を招いたと気まずさを感じる人もいるでしょう。こういった理由から、仕事中のケガを労災にしたくないと感じる労働者がいます。
しかし、労災保険を使用しない場合にはデメリットも起こるので、それらを承知しなくてはなりません。デメリットについては後述しますので、このまま読み進めてください。
会社には労災事故を労基署に報告する義務がある
労災保険の使用は法律上強制される訳ではありません。
一方で労災事故が発生した場合、会社は「労働者死傷病報告」を労基署に提出する義務があります(労働安全衛生規則97条)。この報告をせずに、会社がいわゆる労災隠しをした場合は、50万円の罰金に処せられる可能性があります(労働安全衛生法120条5号、100条)。
会社は労災の事実を十分に認識しておかなければなりません。つまり、労災にしたくないから、または軽い怪我だからと労働者が労災の発生を黙っていることは、かえって会社に迷惑をかけることになるのです。
労働者本人には労災隠しの罰則はない
会社には労基署に労災発生を報告する義務がありますが、あくまでも会社の義務です。したがって、労働者に対して労災隠しの罰則などの定めはありません。
しかしながら、仮に労災申請しない場合であっても、後述する労災保険を使用しない場合のデメリットについてしっかりと認識をしておかなければなりません。
まとめ
- 労災の治療に「労災保険を使わなくてはいけない」という法的な決まりはない
- 労災事故で労災保険を使わないことには多くのデメリットがある
- 労災隠しについて、労働者に対する罰則はないが、会社には罰則がある
労災保険を使用しない場合のデメリットについて
労災保険を使用しないことが法的に可能であるという点について解説を行いました。
しかし、労災保険を使用しないことは、労働者にとってデメリットがあります。労災保険を使用しないという選択をする前に一度ご覧ください。
治療費は全額自己負担となる
労災事故の場合、健康保険を使用することはできません。健康保険法1条では、「労働者またはその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法第7条1項1号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病、負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い」と規定されています。
そのため、労災保険の使用をしない場合、治療費は全額自己負担になります。また、受診した医療機関からは、怪我の経緯等の説明を求められることからも、重大な事故であれば労災であることを説明せざるを得ないでしょう。
十分な補償を受けられない可能性がある
労災保険には、治療費の他にも、後遺障害が生じた場合の補償や休業補償が用意されています。軽微な怪我と思って労災保険を利用しない場合にも、思いのほか重大な症状が残ってしまう場合もあるでしょう。
また、後遺症によって将来働くことができなくなったり、収入が減ってしまった場合、労災保険からは補償を受けられる可能性があります。
重大な症状が残ってしまった場合でも、全額自己負担になってしまうことを強く認識しておく必要があるでしょう。
なお、労災申請には2年または5年という期限があります。何を申請するのかで期限が異なり、この期限を過ぎると労災保険を請求する権利が失われてしまいます。労災保険により生じるメリットとデメリットと併せて、今いちど申請について十分検討してください。
労災にしたくない場合どのようにすべきか
労災保険を使用しない場合、労働者にとってはデメリットがあります。それでも労災保険を使用したくないということもあるかと思います。
どうしても労災にしたくない場合、どのようにすべきかについて解説します。
会社への報告を行い、労災保険を使用しないことを伝える
「労災申請しないこと」と「労災が生じたことを会社に報告しないこと」は、明確に区別しなければなりません。また、勤務中に事故が起こってしまうということは、会社の管理体制が不十分な側面もあるでしょう。職場改善にもつながりません。
前述したとおり、会社は労災の発生を労基署に対する報告義務があります。労働者はいつどこでどのような事故があったのかを会社に伝えましょう。
会社に労災事故の発生を報告したうえで、労災保険を使用せずに全額自己負担で治療を受けるということもあわせて伝えてください。
もっとも、労働者が労災で負った怪我の治療に健康保険を使用することは違法行為であり、会社に迷惑がかかります。治療に健康保険を使用することも控えるべきといえます。
交通事故の場合は相手方の保険会社から補償を受ける
労災事故が勤務中や通勤中におきた交通事故ならば、事故の相手方の任意保険会社や自賠責保険会社から、治療費や後遺障害慰謝料、休業損害の支払いを受けられます。
事故相手の保険会社から補償を受けることで、労災保険を使用しないことの経済的なデメリットは少なくなるでしょう。
ただし被災した労働者にも過失がある場合には、これらの保険から十分な補償を受けることができない場合もありますので注意が必要です。
また、治療期間が長期化することで、相手の保険会社の態度が変わりスムーズな補償を受けられない場合があります。そうなった場合は、全額自己負担で治療費を支払うことになるでしょう。
まとめ
自分が我慢をすれば労災の申告をしなくてよいというものではありません。また、軽い怪我であっても労災認定の基準を満たすならば労災保険で治療すべきです。労災保険を使用しないのはきわめて例外的な場合といえます。
労災保険を使わない方がいいと考えている方も、いま一度、先々にどんなデメリットがあるのかをよく理解したうえで判断するようにしましょう。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了