介護施設での転落事故はなぜ発生する?原因と利用者側の対応方法を解説
更新日:
介護施設内で最も多い事故は、転倒・転落事故です。
転倒・転落事故の発生原因を事前に理解しておけば、介護スタッフの方に発生しやすい場所や状況で、特に注意してもらうようお願いしたり、施設側に手すりの設置など事故防止の対策をお願いしたりするなどできます。
また、実際に介護施設内で転落事故が発生してしまった場合、利用者側(本人や家族)は、今後の生活のことを考えると混乱した状況の中でも適切な対応をする必要がありますが、そのためには事前に知識を得ておくことが重要です。
今回の記事では、介護施設内での転倒・転落事故が発生する状況やその原因、転落事故が起こったときの対応方法を解説します。施設内での事故はいつでも起こりうるものと考えて、いざというときに備えましょう。
目次
介護施設での転倒・転落事故の状況
介護事故とは、介護現場において利用者に実害があった、もしくは実害が発生する可能性があった事例のことをいい、施設側の責任や過誤の有無は問いません。
介護事故には様々な種類がありますが、公益社団法人介護労働安定センターの調査報告内容(消費者庁より厚生労働省老健局に報告された276事例の介護事故が対象)から、介護施設内での転倒・転落事故の状況について解説していきます。
(参考:公益財団法人介護労働安定センター「介護サービスの利用に係る事故の防止に関する調査研究事業」報告書)
転倒・転落事故は介護施設内の事故の65.6%
上記調査報告の276事例をみると、介護施設内で最も多い事故は「転倒・転落・滑落」が181件で全体の65.6%(約3分の2)を占めています。
事故内容 | 全事故に占める割合 |
---|---|
転倒・転落・滑落 | 65.6% |
誤えん・誤飲・むせ込み | 13.0% |
不明 | 12.0% |
送迎中の交通事故 | 2.5% |
ドアに体を挟まれた | 0.7% |
盗食・異食 | 0.4% |
その他 | 5.8% |
また、介護施設内でのサービスには通所サービスなどもありますが、入所サービスでの事故が92%と大半を占めます。
なお、上記転倒・転落事故の181事例の被害はすべて骨折でしたが、当然死亡に至るケースや脳障害などが生じるケースもあります。
転倒・転落事故が発生した時の介護職員の状況
次に、転倒・転落事故が発生した時の介護職員の状況についてみていきましょう。「転倒・転落・滑落」の発生時に介護職員が行っていた業務内容は次の通りです。
業務内容 | 全事故に占める割合 |
---|---|
見守り中 | 46.7% |
他の利用者を介助中 | 7.2% |
室内移動中 | 5.0% |
目を離した隙に | 3.9% |
車いす移乗時 | 3.9% |
トイレ移動中 | 3.9% |
ベッド移乗時 | 2.8% |
付添介助中 | 2.8% |
その他 | 9.4% |
不明 | 14.4% |
「見守り中」が半数近くを占めますが、介護職員の注意が不十分であったケースも考えられます。「他の利用者を介助中」や「目を離した隙に」など、介護職員がケアできないケースでも事故が発生しています。
また、当然のことですが利用者が体を動かす際には転倒リスクが高いといえます。続いては、介護施設で転倒・転落事故が発生しやすい場所や状況について具体的に解説していきます。
転落事故が発生しやすい場所や状況
ベッドからの転落事故
ベッドは床までの距離が離れているため、転落事故が発生しやすい場所の一つといえます。
具体的には、認知症の利用者が1人でベッドから降りようとして転落するケースがあり、事故防止の対策としては、ベッド柵を高くすることが考えられます。
もっとも、ベッド柵が低い状況での転落よりもより重いケガとなる可能性が高いことやベッド柵を高くする行為自体が「拘束」と捉えられる可能性があることから、介護施設側も対策を打てないことがあるようです。
また、ベッドから車椅子に移乗する際に、介護職員が介助をミスして転落するケースもあります。
車いすからの転落事故
車いすでは、利用者の身体的状況に合っていないことで、ずり落ちるように転落してしまうという事故があります。
また、上記ベッドからの転落事故同様、車いすからベッドに移乗する際に、介護職員が介助をミスして転落するケースもあります。
なお、車いすによる転倒事故についてのより詳しい特徴や介護施設へ法的責任を追及するための方法を知りたい方は下記の関連記事も参考にしてください。
車いすの関連記事
トイレの移乗中の転落事故
トイレでは、車いすなどに座った利用者への移乗介助を「狭い空間」で行わなければいけません。
そのため、介助をする介護職員も利用者も移乗に良好な態勢を取れない状況となるケースがあり、互いの無理な姿勢からの移乗介助において、転落事故が起こることがあります。
窓やベランダからの転落事故
介護施設の利用者には認知症の方も多くいます。そして、認知症の周辺症状の一つに帰宅願望があり、帰宅願望に対して、閉じ込めるといった行動を抑制しようとする対策は逆効果となり、よりその願望を実現しようとする危険があるとされています。
特に、介護施設に入所することで、生活環境が変化した認知症高齢者の方には帰宅願望が生じやすいと考えられます。
そのため、帰宅願望が生じた認知症の利用者が、通常の方法では介護施設の外に出られないため、窓やベランダから外に出ようとして転落する事故が発生するケースがあります。
階段や段差での転落事故
介護施設の利用者は高齢者の方が多く、筋力やバランス感覚、柔軟性、瞬発力などの身体機能は加齢により少しずつ低下していくのが一般的です。
そのため、階段や段差でつまづいたり、足を踏み外したりした際、若い頃であれば、転倒や転落しそうになっても体を支えることができたようなケースでも、身体機能が低下した高齢者であるため、自分の体を上手く支えることができずに転落してしまうケースがあります。
転倒・転落事故が起こる原因
転倒・転落が起こる主な原因は次の3つです。
- 要介護者本人によるもの(内的要因)
- 介護する人によるもの
- 介護施設の設備や仕組みによるもの(外的要因)
要介護者本人によるもの(内的要因)
原因の1つ目は、要介護者本人によるものです。具体的には、次のようなケースがあります。
- 1人でベッドから降りようとして転落した
- 車いすの足載せ台に足を載せたまま立ち上がり転落した
高齢者は体力的な衰えにより、今まではなんとか出来ていたことが、できなくなってしまうことがあります。さらに、介護施設に入所すると寝たきりの状態が長く、歩行する機会が少なくなるため身体機能の低下がより進むケースが多いです。
その結果、ベッドから転落してしまったり、車いすからの落下につながる可能性があるのです。
また、認知症の人の場合は、普段は思いつかないような行動によってケガをしてしまうことが珍しくありません。関連記事では、認知症をもつ介護施設入職者が負傷した場合の裁判事例や、入所者による徘徊によって事故が起こった場合の責任の所在などを解説しています。
介護する人によるもの
原因の2つ目は、介護する人によるものです。介護職員の不注意や業務に不慣れなことによって、事故を起こしてしまうこともあります。
- ベッドから降ろそうとして誤って落としてしまった
- 段差のあるところで車いすを引っ掛けて転倒させてしまった
- 車椅子からトイレへ移動する際にずり落ちてしまった
介護業界の人材が不足する中、現場で介護する人が多忙で注意力が散漫になる、教育・訓練が不十分な状態で実務を担当する人が増えた、などの状況も影響していると考えられます。
移乗介助中の事故に関する記事
介護施設の設備や仕組みによるもの(外的要因)
原因の3つ目は、介護施設の設備や運営によるものです。次のようなケースが該当します。
- ベッドが壊れていて転落してしまった
- 施設の窓から転落してしまった
- 転落を未然に防ぐための設備が不十分だった
- 勤務シフトに無理があり本来付き添うべき人がいない状況で、要介護者が1人でトイレに向かい転倒した
このような事例以外にも、介護職員の管理が不十分であったことにより事故が発生した場合などは、介護施設に原因があったと考えられます。
転落事故が発生したときの利用者側の対応方法
最後に、介護施設で転落事故が発生した場合の利用者側の適切な対応方法について解説していきます。
介護中における転倒事故への対応方法について詳しく知りたい方は、下記の参考記事をご覧ください。
転倒事故に関する記事
転落事故の状況を確認する
転落事故が発生したら、介護施設から家族に連絡が入るのが一般的です。事故の詳しい状況についても説明されますが、現場にいなかった家族だけでなく、事故にあった本人でも事故原因がわからないことも多いため、曖昧な点があったり説明に納得がいかない場合は次の手段を検討しましょう。
介護施設から書面での報告を求める
介護施設からの説明が曖昧であったり、納得がいかない場合は、事故の状況や原因について書面で報告を求めるのも1つの手段です。書面で報告してもらうことには、次のメリットがあります。
- 文章での提出を求めることで、いい加減な回答がしにくくなる
- 損害賠償を求める訴訟にまで発展したときに文章記録が証拠となる
口頭で納得いくまで説明してもらう方法もありますが、日頃からお世話になっている介護施設の人に対し、遠慮して聞きたいことが聞けないケースもあるでしょう。
市区町村等への報告書を確認する
次の介護事故が発生した場合、介護施設は事故状況などを市区町村に報告しなければなりません。
- 介護サービスの提供による利用者のケガ、または死亡事故の発生
- 食中毒、感染症、結核の発生
- 職員(従業者)の法令違反・不祥事等の発生
- 誤薬(与薬漏れ、落薬含む)
- 離設・行方不明
具体的な事故報告の方法や事故報告書の作成方法・書式などについては、市区町村ごとに「介護保険事業者における事故発生時の報告取扱要領」などを設けて詳細を定めています。報告期限は「事故発生後速やかに、遅くとも5日以内」が目安です。
(参考:横浜市「介護保険事業者からの事故報告について」)
事故報告書については、要介護者やその家族が介護施設に請求すれば入手することができます。市区町村に対する報告書なので、記載内容は信頼性の高い情報といえます。
利用者やその家族へ事故報告の内容を積極的に開示し、求めに応じて交付してください。 |
介護施設側に損害賠償請求できるケースか検討する
転落事故の状況を確認し、事故の原因が介護施設や介護職員にあると思われるような場合は、損害賠償請求できるケースかどうかを検討します。
介護施設側に対する損害賠償請求が認められるためには、介護施設側に法的責任があると立証する必要があります。ここで重要なのは、法的責任と道義的責任は異なるということです。
たとえば、転落事故が介護職員の眼を離した隙に発生した場合、介護施設側に道義的責任は問えても、法的責任までは問えないというケースもあります。
介護施設側に法的責任を問うためには、介護施設側に安全配慮義務違反(過失)があったことを主張・立証する必要があります。
介護施設は、利用者が安全に施設を利用できるよう配慮するという法的義務を負っているからです。
安全配慮義務違反の有無は、下記の「予見可能性」と「結果回避可能性」という2つの考慮要素から判断します。
- 予見可能性:事故が発生することが予見できたか
- 結果回避可能性:何らかの措置を講ずれば事故を回避することができたか
つまり、転落の危険性があることを予見していたにもかかわらず、転落事故回避のために必要な対策を取っていなかったかどうかが問題となるのです。
たとえば、2階テラスの転落防止用の柵が低めで、もたれかかると転落の危険があることを把握していたが、柵を作り直したり十分な注意を払わなかったために転落事故が発生した場合、介護施設に安全配慮義務違反が問われる可能性があります。
賠償金額について介護施設側と話し合う(示談交渉)
介護施設側に法的責任があると利用者側が判断した場合、介護者側との話し合いで損害賠償請求をするのが一般的な対応です。
この話し合いのことを示談交渉といいます。
介護施設は、転落事故を含む介護事故に備えて任意保険に加入していることが一般的です。
すべての転倒事故について任意保険が適用されるわけではありませんが、介護職員の過失によって転落事故が起きたような場合は、任意保険会社を通じて治療費や慰謝料などの賠償金が支払われます。
示談交渉の流れをイメージしたい方は、介護事故における基本的な示談の流れを解説している以下の記事をあわせてお読みください。
示談交渉で解決できない場合には裁判
介護施設側が落ち度を認めなかったり、賠償金額について介護施設側と折り合いがつかないような場合には、裁判を起こすことを検討する必要があります。
介護事故が起こったときの裁判の流れを詳しく知りたい方は、関連記事も参考にしてください。
もっとも、裁判を起こしても、訴えが棄却され、損害賠償請求が認められない可能性も当然あるため、裁判を起こすべきかどうかは慎重に検討する必要があります。
介護施設における転落事故の裁判例
ここからは、介護施設での転落事故に関して損害賠償請求をした実際の裁判例を紹介します。
介護施設の居室窓から転落
認知症対応型共同生活介護サービスを提供するグループホームの2階居室窓から、認知症高齢者である入居者が自ら転落して怪我をしてしまいました。病院に運ばれて検査を受けたところ、左恥坐骨骨折、右踵骨骨折などと診断されたのです。
裁判所は、グループホームが通常有すべき安全性を欠いていたとして損害賠償請求の一部を認めました。居室窓のストッパー設置方法は入居者の転落事故を防止するために十分とは言えず、認知症対応型共同生活介護サービスを提供する介護施設として危険な状態にあったこと、被害高齢者は帰宅願望があり、施設側も認識していたことなどを指摘しました。(東京地方裁判所 平成26年(ワ)第25822号 損害賠償請求事件 平成29年2月15日)
介護老人保健施設の食堂窓から転落
介護老人保健施設にショートステイしていた高齢者が、2階食堂の窓から外に出ようとして転落して死亡してしまいました。この利用者には強い帰宅願望があり、施設からの抜け出しや帰宅を求める言動があったのに、介護施設が適切な対応をしなかったものとして、ご遺族は安全配慮義務違反などを問う損害賠償請求を起こしたのです。
裁判所は、これまでに認知症患者が帰宅願望によって窓から脱出を試みて転落する事故例が報告されていたこと、窓につけられていたストッパーによる開放制限措置が不適切であったなどと判断して損害賠償請求を認めました。(東京高等裁判所 平成26年(ネ)第5371号 損害賠償請求控訴事件 平成28年3月23日)
特別養護老人ホームのベッドから転落
特別養護老親ホームの入所者が、介護施設のベッドから転落して負傷した後に死亡してしまいました。ご遺族はベッドの柵の本数、ベッドの高さ、体動センサー設置などの転落防止措置が不十分であったとして、介護施設に損害賠償請求を行ったのです。
裁判所は、転落の危険を防止するための一手段として、体動センサーを設置して未然に転落を防ぐ方策をとる義務があったと指摘し、ベッドからの転落でできた裂傷に関する治療費や入院費用などを認めました。(東京地方裁判所 平成21年(ワ)第22488号 損害賠償等請求事件 平成23年6月14日)
損害賠償請求を行うなら弁護士に相談
転落事故を原因とする損害賠償請求を介護施設に対して行うのであれば、弁護士に相談することをおすすめします。
損害賠償請求の根拠となる安全配慮義務違反を主張・立証するためには法的知識が欠かせません。
また、弁護士に依頼すれば、介護施設との示談交渉や裁判手続きを代わりに行ってくれます。弁護士であれば安心して示談交渉や裁判手続きを任せることができ、自身の負担も軽減することが可能です。
アトム法律事務所の無料相談
転落事故によって、ご家族が亡くなられたり、重い障害を負われたりした場合は、アトム法律事務所の無料相談をご活用ください。
介護施設への損害賠償請求を行うために何をすべきなのか気になっている方は、弁護士への相談を行いましょう。
法律相談の予約受付は24時間体制で行っているので、ご連絡はいつでも可能です。
無料法律相談ご希望される方はこちら
アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了