介護中の転倒事故で家族がとるべき対応と施設側の責任を検討
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介護サービス中の転倒事故発生は、介護施設から説明を受ける、家族から打ち明けられる、あるいは骨折などのケガから発覚することがあります。
家族が介護中に転倒したとの一報を受けたとき、容態はどうだろうか、なぜそのような事故が起こったのかと様々な不安や疑問が押し寄せることでしょう。
介護を受けている人にとって、転倒事故は命取りにもなりうる重大な事故です。だからこそ転倒事故に遭った場合は家族が冷静になって適切に対応することが重要になってきます。
家族が介護を受けていて転倒事故にあったときには、まず介護施設側から事情を聞くことが大切です。そして、事案によって介護施設側に責任を求めるかどうかを冷静に検討しましょう。
今回の記事では、介護中における転倒事故への対応方法について解説します。
目次
介護中に転倒事故にあったときの対応
家族が介護中に転倒事故にあったときには聴き取りから始め、介護施設側との協議での解決を目指すことが多いです。
しかし、事故によっては協議では解決できないことがあり、そういった場合には裁判を視野に入れることにもなります。
転倒事故への対応の流れ
- 転倒事故が発生した原因の聴き取り
- 補償について話し合う(示談交渉)
- 示談不成立なら裁判も検討
転倒事故への対応の流れを順番にみていきましょう。
転倒事故が発生した原因の聴き取り
まず、本人や家族に求められることは、転倒事故が発生した経緯について介護施設側と話をすることです。この際、メモを取ることに加えて文書での説明・回答をもらうようにしましょう。
文章での提出を求めることで、あいまいな表現を避けたり、今後交渉する際の資料になったりするのです。
介護施設側が真摯に対応してくれる場合もあるのですが、なかには責任を逃れるために虚偽の説明をしたり、事実を隠ぺいしたりする施設もあるため、証拠を残しておくことは極めて重要になります。
転倒事故の原因はさまざまです。身体の不自由が転倒事故を招くこともある一方で、施設設備の欠陥や職員の不注意が転倒事故を招くこともあります。
転倒事故が起きるまでの流れや、事故が起きた原因の調査の結果などについて、書面で報告してもらいましょう。
聴き取るべき内容とは?
介護施設側への責任追及が必要な可能性があるので、以下のような情報を聴き取るべきです。
- 転倒事故が起きた場所は、転倒事故が起きやすい場所であったのかどうか
- 転倒事故が起きやすい場所なら、事故防止の対策が適切であったのか
- 事故当時における職員の介助方法は適切なものであったのか
- 事故の原因が、利用者による予想外の行動であったのかどうか
- 利用者の行動に対して、職員が事故を起こさないように対処できなかったのか
以上のような情報に関して、なるべく正確に聴き取りを行いましょう。
補償について介護施設側と話し合う(示談交渉)
介護サービスを提供する施設は、転倒事故を含む介護事故に備えて任意保険に加入していることが一般的です。
すべての転倒事故について任意保険が適用されるわけではありませんが、職員の過失によって転倒事故が起きたような場合は、任意保険を通じて治療費や手術費用などの賠償金が支払われることになります。
転倒事故が発生した場合、施設側から治療費等の支払いについて説明があることが通常ですが、万一説明がなかった場合には説明を求めるようにしましょう。
こうした裁判外での当事者同士の話し合いでトラブルを解決することを示談交渉ともいいます。
示談交渉の流れをイメージしたい方は、介護事故における基本的な示談の流れを解説している以下の記事をあわせてお読みください。
注意
もっとも示談成立にはお互いにある程度の譲歩が必要になることも多いので、利用者側としても介護施設にすべての責任を負わせる、というような攻撃的な姿勢では難航する恐れがあります。
「安心して家族を預けていたのに、転倒事故が起こるなんて」という驚きと落胆の感情はもっともなことですが、法的に義務のないことを要求したり、大声で職員を罵倒するような感情的な言動は控えるようにしましょう。
あまりに過大な要求をしてしまうと、話がこじれてしまうというリスクがあります。また、場合によっては、恐喝や脅迫といった犯罪が成立する可能性もあるのです。
介護施設側との話し合いが不成立なら裁判も検討
施設側と話し合いをしても、その内容に納得できなかったり、施設側が話し合いに応じてくれなかったりして、話がまとまらないこともあります。
話し合いによる解決が難しいときには裁判を起こすことの検討も必要です。
もっとも裁判を起こしても、訴えが棄却され、損害賠償請求が認められない場合もあり得ます。介護施設側に責任がないと判断された裁判例をみてみましょう。
転倒事故に関する実際の裁判例
介護施設に入所していたAさんは、職員が付き添った状態で、歩行補助者を押してトイレに向かう途中、突然に後方に仰向けの状態で転倒し、頭部に傷害を負いました。
Aさんは、それまでにも尻もちをついたり、つまずいて膝をつくようなことはあったものの、急に後方に転倒するようなことはありませんでした。
この事例において、裁判所は、事業者がAさんに対して安全配慮義務を負っていることを述べたうえで、本件転倒事故当時のAさんの歩行能力やそれまでにも後方に仰向けの状態で転倒することがなかったことなどを理由に、事業者に安全配慮義務違反はなかったと判示しました。
同判決で特に注目すべき点は、事業者が安全配慮義務を負うのは、「転倒の危険を具体的に予見することが可能な範囲」に限られると判断した点にあります。
このように、事例によっては事業者に安全配慮義務違反がなかったと判断されることもあるのです。
関連記事では介護事故が起こったときの裁判の流れについて解説しています。訴訟を起こす方法やそのほかの事例を知りたい方は、関連記事も参考にしてください。
介護施設との示談段階から弁護士相談がおすすめ
介護施設との示談でも、どれくらい請求すべきか、介護施設側の法的責任はどの程度認められるのかなど、いきなり事故に巻き込まれたご本人やご家族にとって悩みや不安はつきものです。
裁判となると解決まで長期化しますし、民事裁判の費用も掛かってしまいます。また、裁判になったからといって必ず訴えが認められるとは限りません。
一方の示談による解決であれば、各々がある程度納得感をもって解決できるほか、裁判を起こすよりは早期に解決できる可能性が高まります。
いざ裁判となってからではなく、介護施設側との示談交渉段階から法律の専門家である弁護士に相談しておくことがおすすめです。
弁護士に相談してみて、介護施設側との話し合いについてアドバイスを受けたり、場合によっては弁護士に依頼して交渉を任せたりすることで、示談成立を目指せる可能性があります。
介護施設が負う転倒事故の法的責任
介護施設や職員の不注意などが原因となって、転倒事故が起きて怪我をした場合は法的責任を追及することが可能です。
ここでいう法的責任は、大別して、「民事上の責任」と「行政上の責任」、そして、「刑事上の責任」の3つに分かれます。
転倒事故の法的責任
- 民事上の責任
- 行政上の責任
- 刑事上の責任
このなかでも介護中の転倒事故に対して、本人や家族が主体的に行動すべきは「民事上の責任」です。つまり、損害賠償請求の検討ということになります。
ここからは転倒事故が起こったときの損害賠償請求についてみていきましょう。
介護施設側が負う安全配慮義務
介護施設側は、利用者が転倒しないように注意を払う「安全配慮義務」を負っています。
安全配慮義務
介護施設は入所者の安全を確保し、安心できる環境を提供する義務のこと
安全配慮義務の違反が原因となって利用者が転倒して怪我をした場合、介護施設側は利用者に対して損害賠償責任を負うことになるのです(民法415条1項)。
安全配慮義務を具体的に言うと、危険を事前に予見すること、危険を回避するための対策をとることがあげられます。
介護施設は介護の専門家という立場で、利用者の転倒のリスクや事故発生の可能性を考え、対応することが求められるのです。
安全配慮義務以外にも法的責任はある
また、職員の不注意が原因となって、利用者が転倒して怪我をした場合、職員は不法行為責任(民法709条)を負うことになり、利用者に対して損害を賠償しなければなりません。
そして、職員の業務中の不法行為について、施設は使用者責任(民法715条)を負うため、損害賠償をする義務が生じます。
職員はあくまで個人であるため損害賠償請求をしても支払いを受けられる可能性は低いです。よって、使用者責任に基づいて、介護施設に請求するケースも多くなっています。
介護事故における法的責任の追及についての知識を深めたい方は、関連記事もあわせてお読みください。
【注意】転倒事故につき必ずしも介護施設側が責任を負うとは限らない
介護サービスを利用する高齢者は、身体的に不自由であったり認知機能が低下したりしていることから、思うように自らをコントロールすることが困難な状態にあることが多いです。
一方で、介護サービスが目的としていることの一つに「心身の機能の維持」があります。そのため、介護サービスにおいては、職員がすべて介助するのではなく、利用者は自分でできることは自分で対応することになります。
このように、介護サービスは、常に職員が近くで介助するというわけではないため、避けられない事故が発生することは大いにありえるのです。
以上から、利用者が職員による介助が不要な行為を行っている最中であったり、利用者が通常では予想できない行動を行ったために転倒事故が発生した場合は、施設側に責任が生じないことがあります。
介護中の転倒事故に関するよくある質問
ショートステイでの転倒事故も介護施設の責任になる?
ショートステイであっても、介護施設側が負う安全配慮義務を果たしていなかったときには損害賠償請求可能な場合があります。
例
- トイレには必ず付き添って見守る介護計画になっていたが、施設従業員内で共有されておらず、一人で行かせてしまいトイレ内で転倒していた
- 清掃後で床が濡れており、利用者が足を滑らせて転んでしまった
- 朝からふらつきのみられる利用者だったが、特に見守りを強化する対応をとらずにいたところ、転倒してしまった
その転倒について介護施設側が予測できたのか、転倒が起こらないように十分対策をしたのかなどの観点で検討が必要です。
施設が注意を怠ったことで骨折させられた場合、施設側に責任を問える可能性があります。一方で予測不可能な行動による転倒と判断されれば、施設の責任が問われないこともあるのです。
ショートステイから帰宅後に骨折が発覚した場合は?
家族がショートステイから帰宅したときに、歩き方がおかしい、腕が腫れているなどの異常に気付いたときには、施設側に何か事故が起こっていなかったのかを確認しましょう。
状況の説明を聞くときには冷静に、まずは事実の確認をしてください。たとえショートステイ中の骨折であっても、ただちに介護施設に責任を問えるとは限りません。
まずは双方で骨折の事実を認識したうえで、治療費や入院費用といった補償の話し合いを進めていくことになります。
また、関連記事『介護事故で骨折した責任を施設側に問える?慰謝料相場と対応方法を解説』では骨折の慰謝料の計算方法や責任の検討についてわかりやすく解説していますので、あわせてお役立てください。
介護施設の送迎に関する転倒事故の責任は?
介護施設の責任範囲や転倒時の状況しだいですので、介護施設との契約範囲や状況確認をしましょう。
介護サービスの範囲が送迎車から降ろすところまでなのか、あるいは居宅までの移動を含むのか、介護施設との契約次第になります。
介護サービスの範囲内で転倒してしまったときには、転倒時の状況から施設側の責任を検討していくことも必要です。
関連記事はデイサービス利用時の送迎事故に関する記事ですが、デイサービスに限らず、介護施設からの送迎事故で悩んでいる方に役立つ記事になります。
損害賠償請求が認められた裁判例も紹介していますので、参考にしてみてください。
転倒事故ではどんな損害賠償請求を検討すべき?
転倒事故において介護施設側に責任があるときには、治療費、入院費などの請求が可能です。手術をした場合には手術費用も請求の対象になります。
また、転倒による損害内容によって慰謝料の請求も検討しましょう。
慰謝料とは、その損害によって受けた精神的苦痛を緩和するための金銭をさします。慰謝料には3種類あり、それぞれ相場や算定方法は下表のとおりです。
慰謝料の種類 | 慰謝料の相場 |
---|---|
入通院慰謝料 | 治療期間やケガの程度次第 打撲で通院1ヶ月:19万円 骨折で通院6ヶ月:116万円 |
後遺障害慰謝料 | 110万円~2,800万円 |
死亡慰謝料 | 1,000万円~2,000万円 |
たとえば転倒して大腿骨骨折となってしまい半年治療が必要になった場合と、死亡してしまった場合とでは当然慰謝料は違います。
関連記事『介護事故のケガや死亡の慰謝料相場は?損害賠償の内訳や判例も紹介』では、慰謝料のくわしい計算方法のほか、慰謝料以外の賠償費目を解説していますので、参考にしてください。
責任を追及するなら弁護士に相談しよう
介護施設や職員に対し、民事責任を追及しようとする場合には、専門家である弁護士に相談することをおすすめします。
特に、介護施設に安全配慮義務違反があったかどうかについては法律上の明確な判断基準がありません。
そのため、転倒事故当時の状況や事故以前の状況など、さまざまな要素を考慮しなければならず、一個人で対応することは極めて難しいといっていいでしょう。
弁護士に相談し、適切な対応方法を確認するべきといえます。
また、弁護士に依頼すれば、証拠の収集や介護施設との交渉などを代わりに行ってくれるため、自身の負担が軽くなります。
介護事故に関して弁護士に相談や依頼を行うメリットについては『介護事故を弁護士に相談・依頼するメリット!介護トラブルに強い弁護士とは?』の記事で詳しく知ることが可能です。
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アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了