介護事故による介護施設や職員の法的責任|責任追及に役立つ法知識 | アトム法律事務所弁護士法人

介護事故による介護施設や職員の法的責任|責任追及に役立つ法知識

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介護事故|介護施設や職員の法的責任|判例や賠償額も解説

65歳以上の高齢者が3割近くにも上る日本では、介護施設の利用者も増大しています。身体機能や認知機能が弱っている高齢者の方は、介護施設側が注意を払っていても転倒や誤嚥等の事故が生じる危険があります。

介護事故が発生した場合には、介護施設側に対して法的な請求を行うことになりますが、誰にどのような法的責任があるのかを知っておく必要があるでしょう。

今回は、介護事故における介護施設側や担当職員の法的責任について解説します。

介護事故における法的責任の所在

大切な家族を介護施設における事故で亡くしてしまったら、介護施設を訴えたいと感じるでしょう。しかし、訴えるためには施設側の法的責任を問う必要があります。

介護事故では介護施設側のどういった法的責任を追及できるのかチェックしましょう。

介護事故における施設側の責任

安全配慮義務違反の有無が問題となる

介護施設は契約上、利用者の安全確保に努める安全配慮義務を負っています。契約書に安全配慮義務に関する記載が無くても、一般的に介護施設は利用者の生命や身体の安全を守るよう注意しなければならないと考えられているのです。

介護施設側が安全配慮義務に違反したと認められる介護事故のケースでは、利用者やその家族は介護施設側に対し損害賠償責任を問うことができます。
では、安全配慮義務に違反するケースとは具体的にどのような状況を指すのでしょう。

安全配慮義務違反の判断方法

安全配慮義務違反とは具体的には「事故の発生を予見でき、その事故を回避することもできたにもかかわらず、回避措置を取らなかったこと」となります。

たとえば、転倒事故について、以前も同じ利用者が転倒した事案が発生していた場合、その利用者が再度転倒してしまう危険が予見できるといえるでしょう。このため何らかの転倒防止策を講じていなければ、安全配慮義務違反を問える可能性は高まります。

一方で、転倒の危険を予測し、利用者を安全な場所に移動させたところ、目を離したすきに利用者が動き出してその結果転倒してしまった場合、介護施設側は危険を回避するためにやるべきことをやったとみなされ安全配慮義務違反が否定される可能性が高いです。

故意や過失の有無に関わらず、その結果に対して責任を負うことを結果責任といいます。
しかし、介護事故における損害賠償責任は結果責任ではありません。つまり、介護施設側が通常求められるレベルの防止策を取っていたり、そもそも予測が難しい突発的な事故の場合などは安全配慮義務違反が否定される傾向にあります。

関連記事『介護施設とのトラブルの原因とは?事故事例ごとの賠償責任のポイント』では、介護施設とのトラブル事例ごとに賠償責任を検討しています。賠償責任を検討したい方はあわせてお読みください。

そのほかの法的責任

介護施設は、事業のために職員を使用して利益を得ています。
そのため、被用者である職員が故意や過失により介護事故を起こした場合には、使用者である介護施設は損害賠償責任を負うことになるのです。このような責任を使用者責任といいます。

また、介護施設の設備や構造が原因で介護事故が生じることがあります。
この場合、設備や構造が通常有する安全性を欠いたことが原因であるなら、介護施設が損害賠償責任を負うことになるのです。このような責任を工作物責任といいます。

道義的責任と法的責任は異なる

また、介護事故に関しては法的責任以外に道義的責任も生じます。道義的責任とは端的にいえば、人としての責任のことです。

たとえば、事業者は速やかに介護事故が起きたことをご家族に報告し、謝罪するといった真摯な対応が必要でしょう。
ただし、道義的責任に違反したからといって法的責任が生じるわけではない点に注意が必要です。連絡や謝罪がなかったことを理由に損害賠償責任を追及することは難しいでしょう。

介護事故における介護職員個人の法的責任

利用者と契約関係にない介護施設の職員に対し、法的責任を問うことができるのでしょうか。
民事上の責任や刑事上の責任についてそれぞれ検討を行います。

民事上の責任

民事上の責任に関しては民法709条の不法行為責任を追及できる可能性があります。不法行為責任とは、故意もしくは過失によって他人の権利や法律上の利益を侵害した際に負う賠償責任です。

可能性があるといっても、実際のところ、職員に対して損害賠償請求が行われるケースはほぼありません。資金力の乏しい個人に請求できる賠償額には限度がありますし、余程悪質な行為がなければ請求が認められにくいためです。

そのため、介護職員が故意により介護事故を引き起こし、介護施設側には安全配慮義務違反が認められないので法的責任を負わないといった限られた場面でのみ、介護職員個人への損害賠償請求が行われるでしょう。

刑事上の責任

刑事上の責任に関しては、刑法第211条業務上過失致死傷等が適用される可能性があります。211条には、業務上必要な注意を怠り、または重過失により人を死傷させた場合、5年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金に処されると規定されています。
ただ、こちらも虐待など悪質な行為がなければ、個人に対する責任追及が認められる可能性は低いでしょう。

仮に、刑事上の責任が認められ、懲役刑や禁固刑に処された場合には、社会福祉士や介護福祉士の欠格事由に該当するため、資格がはく奪されるという行政上の責任を負う可能性があります。

介護事故の裁判例を紹介

介護事故の裁判例をいくつか紹介します。介護施設側の安全配慮義務違反を肯定し、家族の損害賠償請求が認められた事案は数多くあります。

大阪地裁平成29年2月2日判決

特別養護老人ホームで転倒事故が発生し、利用者は転倒が原因で急性硬膜下血腫を発症してしまいました。
利用者は過去に介護施設内で転倒事故を起こしたことがあったので、移動する際はナースコールで職員を呼ぶよう頻繁に声掛けをされていたにもかかわらず、ナースコールを押さずに事故を起こしてしまったことから、介護施設側に安全配慮義務違反はあったのかどうかが争点となりました。

裁判所は転倒防止を目的とした離床センサーを設置しなかったことに落ち度があるとして安全配慮義務違反を肯定し、介護施設側に損害賠償命令を発出しています。

この判決の決め手となったのは「ナースコールを押さない可能性がある利用者に対しては離床センサーを設置すると転倒予防効果がある」と述べた学会発表です。
事故当時、この学会発表から5年以上も経過していたこともあり、介護サービスの事業者としての責務を怠ったと判断されたのです。

この判例からは介護事故防止対策では常に最新の情報を入手するように努め、それに合わせて制度をアップデートしていくべきであると裁判所が求めていることがわかります。

東京地裁平成22年12月8日判決

介護施設側の道義的責任と法的責任の関係性がわかる事例です。
デイサービスの利用者が昼食時に誤嚥し、後日それが原因で死亡してしまい、利用者の妻子は損害賠償を求めて裁判を提起しました。

利用者の妻子は「介護施設側は当初、自らの責任を認める発言をしていたのに、後日法的な責任はないと回答したことは矛盾している」と主張しました。
これに対し裁判所は「介護施設側が謝罪し、事故の責任を認める趣旨の発現をしていても、それは介護事業者・介護事業所として職務上の役割を果たすことができなかったことに対する言葉であり、このことをもって法的な損害賠償責任が生じると断ずることはできない」と述べています。

介護事故が起きてしまったこと自体の謝罪により法的責任が発生するとはいえないと判断した点がポイントです。

鹿児島地判平成29年3月28日

介護老人保健施設において、誤嚥により窒息状態に陥り、低酸素脳症を発症してしまった事案です。

誤嚥のリスクを十分考慮できるにもかかわらず、ロールパンをちぎらずそのままの大きさで与えたことに対して、施設側の安全配慮義務違反を認めています。約3,700万円の請求額がほぼ全額認められ、内訳には妻子の慰謝料も含まれています。

ちなみに介護施設で発生する事故として最も多いのは転倒・転落・滑落事故で全体の65%を占めており、ダントツです。
また、誤嚥・誤飲・むせこみによるものが全体の13%を占めています。転倒と誤嚥事故だけで全体の8割近くを占めており、裁判に発展するケースも両者の数が多くなっています。

介護事故において責任を負うものへ主張可能な内容

介護事故において法的責任が認められる介護施設や介護職員には、損害賠償請求にもとづいて様々な損害に対する請求が可能です。
損害賠償請求にもとづいてどのような請求が可能となるのかについて紹介します。

介護事故の事案ごとに賠償額の相場は大きく異なる

ケガの程度や被害者の過失の大きさ等の事情によって、賠償額は大きく変化します。

たとえば、転倒による骨折事故は比較的賠償額が低く、1,000万円以下の支払いにとどまる場合が多いです。
一方、誤飲は死亡事故が生じる可能性が高いこともあり、2,000万円以上の支払いが命じられるケースも少なくありません。最近の事例ではスイートポテトを盗食し誤飲したケースで、植物状態に陥り、結果的に死亡したケースで約4,600万円の損害賠償命令が発出されました。

慰謝料や具体的な損害について請求できる

法的責任を負う介護施設や介護職員に対しては、被害者に生じた精神的苦痛を金銭化したものである慰謝料や、被害者に生じた損害などについて請求を行うことが可能です。

介護事故の被害者が慰謝料以外に請求できる主な内容とは、以下のような内容になります。

  • 治療費
    処置費用、手術費用、入院費用などの治療に必要な費用
  • 通院交通費
    通院するために発生した交通費
  • 入院雑費
    入院中の日用雑貨や通信費用など
  • 逸失利益
    事故によって後遺障害や発生したり死亡したために将来得られたはずの収入が得られなくなるという損害

慰謝料だけでなく、上記の請求可能な内容を含めた金額を請求することとなります。

介護事故における慰謝料の種類や相場額については『介護事故のケガや死亡の慰謝料相場は?損害賠償の内訳や判例も紹介』の記事をご覧ください。

請求のためには証拠を確保しよう

慰謝料や損害について請求可能でも、介護施設側の法的責任の存在や損害の発生に関する証拠がなければ、請求は認められません。
そのため、証拠の確保も重要となります。

証拠として重要となるのが、介護施設側からの説明や調査結果の報告などの情報です。介護事故発生時に何が起きたのか、事故発生の原因が何なのかについて確認しましょう。

もっとも、介護施設側から提供されるため、悪質な介護施設の場合は事実と異なる報告を行ったり、保身のために報告内容を途中で変えてくることがあります。
特に、被害者の言い分と異なっている場合は注意が必要です。

このような事態を防ぐ方法としては、介護施設の主張を報告書という形で書面に残したり、報告を聞く際に録音しておくというものが考えられます。
介護施設側の対応に問題がある場合は、訴訟による解決が必要な可能性が高いので、証拠の確保がより重要となるでしょう。

適切な証拠の確保を行う方法については、専門家である弁護士に相談すべきです。

介護事故で慰謝料の請求を行うなら弁護士に依頼しよう

介護事故において慰謝料を請求したいのであれば、弁護士に依頼することをおすすめします。

介護事故では、基本的に安全配慮義務違反による損害を主張する必要がありますが、法律知識の不十分な人が正確に主張することは困難です。

また、慰謝料についても相場額がしっかりと定められているわけではないため、適切な金額は弁護士に分析や算定をしてもらうべきでしょう。

特に、被害者に後遺症が残ったり、死亡した場合には請求できる金額が高額になるため、介護施設側が要求した金額の支払いを拒絶する可能性が高くなります。
このような場合は弁護士に依頼を行い、適切な請求を行ってもらわないと、本来得られたはずの金額を得られない恐れがあるのです。

また、弁護士に依頼すれば介護施設との交渉や裁判手続きを弁護士が代わりに行ってくれるため、自身の負担を減らすこともできます。

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アトム法律事務所 岡野武志弁護士

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了