介護施設における入浴事故の事例と損害賠償請求|施設に責任は問える?
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介護施設での入浴事故は、浴室内での転倒、浴槽内で溺れる、ヒートショックなどがあげられ、いずれも施設側に事故発生の責任がある場合は損害賠償請求できます。
なぜなら介護施設には利用者に対する安全配慮義務があり、安全配慮義務違反という過失が認められたときには損害賠償の法的根拠となりえるからです。
いいかえれば、介護施設としての安全配慮義務を果たされているとき、入浴介助中に利用者が何らかの損害を負ったとしても、施設に責任が問えない場合もあります。
まずは入浴事故が起こったときの状況を適切に理解し、介護施設側の責任の有無を検討せねばなりません。この記事では、介護施設における入浴事故の具体例、介護施設が負う責任や損害賠償請求のポイントなどを解説します。
目次
介護施設における入浴事故の事例
介護施設で起こった入浴事故について、入浴介助中の骨折事故、浴槽内での死亡事故に関する裁判例を紹介します。
判例(1)入浴介助中の骨折事故
住居型有料老人ホームを利用していた高齢女性は、施設職員に入浴介助を受けていました。セーターを脱がせようと腕を挙げた際に上腕骨を骨折してしまったのです。
裁判所は、女性が91歳と高齢だったこと、要介護5の認定を受けていたなどの状況を踏まえ、施設職員の注意義務違反を認めました。骨折は入浴介助中の過失によって起こったとして、入通院慰謝料、入院費用、後遺障害慰謝料などを一部認めたのです。(東京地方裁判所 平成28年(ワ)第9813号 損害賠償請求事件 平成29年8月25日)
高齢者は、若い人と比べて骨がもろかったり、関節が動かしづらい場合があり、骨折につながる恐れがあります。骨折してしまった原因が介護施設側の落ち度によるとき、損害賠償請求が認められる可能性があるでしょう。
判例(2)介護施設の浴槽内での死亡事故
介護老人保健施設に入所していた高齢者が、施設内の浴室ある浴槽を42度前後の湯で満たし、相当時間身を沈めた結果、心肺停止状態に陥って死亡してしまいました。利用者はほぼ完全に水没した状態で発見され、死因は溺死ではなく致死的不整脈疑いとされたのです。
裁判所は、当時の浴室内の気温と浴槽の温度差から不整脈につながった可能性を指摘しました。そして、施設管理が不十分であったという施設管理義務違反などを認め、死亡慰謝料、葬儀費用等の一部を認定したのです。(岡山地方裁判所 平成21年(ワ)第223号 損害賠償請求事件 平成22年10月25日)
この裁判例からもわかるように、入浴設備を適切に管理することも介護施設に求められるポイントです。もっとも、高齢者の徘徊で事故が起こったとき、どこまで介護施設に責任を問えるのかはケースバイケースといえます。
訪問入浴でも事故は起こっている
介護施設ではなく、スタッフが被介護者の居宅を訪問して入浴介助をする「訪問入浴」も需要が高い介護サービスの一つです。
訪問入浴においても転倒したり、溺れたりといった事故は発生しており、その事故の責任が問われることもあります。
関連記事では訪問入浴での事故について、事例や責任の所在を解説していますので、あわせてお読みください。
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介護施設が負う入浴事故の責任
介護施設での入浴事故が起こったときには、施設側に事故の責任があったのかを慎重に検討しましょう。
介護施設の責任を検討するときに注目したいポイントは、安全配慮義務違反の有無になります。
介護施設の安全配慮義務違反
介護施設には、介護が必要な人に対してどんな注意を払うべきで、どんな対応が望ましいかを熟知し、適切に対応できるという前提が求められています。
このように、介護施設は、利用者が安全に施設を利用できるようにする安全配慮義務(注意義務)を追っているのです。
そして、介護施設が安全配慮義務違反があったと認められた時には損害賠償請求が可能となります。
安全配慮義務違反とは何かをもう少しくわしくみていきましょう。
安全配慮義務違反とは?
介護施設が安全配慮義務に違反しているかどうかは、事故発生の予見可能性と結果回避可能性から検討していきます。
介護施設側が事故発生を予見することが可能であり、事故の発生という結果を回避するために必要な措置を講じなかったのであれば、安全配慮義務違反による過失の発生が認められるのです。
入浴事故においては、利用者の転倒や湯船での溺水、ヒートショックが発生する可能性はないかなどを介護施設が予見できたことが必要になります。
そして、予見できる事故に対して、事故が発生しないように適切に対応していたかどうかも重要です。
入浴時の安全配慮義務を例示します。
入浴時の安全配慮義務(例)
- 浴室が滑りやすいことやおぼつかない足元を理解して、転倒しないように介助する
- 溺水しないように見守る、目を離さない、その場を離れない
- 浴室内の温度調節によりヒートショックを予防する
本来は介助が必要な利用者を補助しなかったり、他の利用者に気を取られて浴槽内の利用者から目を離したりといった行動は、介護施設側の責任となる可能性があります。
介護施設側の安全配慮義務違反が認められないこともある
入浴事故の発生が予測不可能な状況や、事故を予見していても回避できない状況の場合は、介護施設側には安全配慮義務違反がなく、過失も認められないと判断される可能性があります。
介護施設側に過失が認められない場合には、不法行為がないので損害賠償請求は認められません。
事故の発生を予見することができたのかどうかや、適切な措置がなされていたのかどうかについては、利用者の要介護の程度、利用者本人や家族からの介護方法に関する希望、介護施設内で過去に生じたトラブルの事例などを考慮して判断されます。
入浴事故による損害賠償請求の内容と方法
介護施設で入浴中にケガや病気、死亡した場合、介護施設に対して損害賠償請求が可能です。入浴事故の損害賠償の内容と請求方法について説明します。
介護事故で請求できる主な損害賠償の項目は以下の通りです。
費目 | 内容 |
---|---|
治療費 | 処置費用、手術費用、入院費用など |
通院交通費 | 通院するための交通費 |
入院雑費 | 入院中の日用雑貨や通信費用など |
慰謝料 | 精神的苦痛を和らげるための金銭 |
逸失利益 | 後遺障害や死亡により将来得られたはずの収入が得られなくなるという損害 |
損害賠償請求の内訳のなかで、特にイメージしづらい慰謝料と逸失利益について説明します。
入浴事故の慰謝料
介護施設での入浴事故による慰謝料金額は、事故による損害の程度によって異なります。
具体的には、入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料の3つに大別され、利用者の負った損害によって請求すべき慰謝料は変わるのです。
入通院慰謝料(傷害慰謝料)
入通院慰謝料とは、入浴事故で負った損害の治療で負った精神的苦痛に対して支払われます。
具体的に言えば、転倒での骨折の治療、多くの水を飲んだあとに経過を見るための通院治療などがあげられるでしょう。
入通院慰謝料の金額は重傷や入院を要する場合、治療期間が長期にわたる場合などで高額になります。弁護士であれば、次のような慰謝料算定表を用います。
慰謝料算定表は入院・通院期間の交わる部分を慰謝料額とします。1ヶ月の入院と3ヶ月の通院であれば、入通院慰謝料は115万円です。
ただしこの表は重傷の場合に用いるため、打撲や捻挫などで済んだ場合の慰謝料額はもう少し低い水準になります。
入浴事故の後遺障害慰謝料
後遺障害慰謝料は、入浴事故後に何らかの後遺症が残ってしまい、その後遺症が一定の症状であったときに認められます。
一定の症状である後遺症は「後遺障害」と呼ばれ、等級で区分された慰謝料相場が設けられているのです。
労災事故や交通事故でも同様に考えられるものの、介護事故では後遺障害を審査・認定してくれる第三者機関がありません。
よって、利用者側は後遺症の程度を客観的に判断して、後遺障害等級に相当することを証明し、後遺障害慰謝料を請求する必要があります。
後遺障害等級ごとの慰謝料相場は下表のとおりです。
後遺障害等級 | 相場 |
---|---|
第1級 | 2,800万円 |
第2級 | 2,370万円 |
第3級 | 1,990万円 |
第4級 | 1,670万円 |
第5級 | 1,400万円 |
第6級 | 1,180万円 |
第7級 | 1,000万円 |
第8級 | 830万円 |
第9級 | 690万円 |
第10級 | 550万円 |
第11級 | 420万円 |
第12級 | 290万円 |
第13級 | 180万円 |
第14級 | 110万円 |
たとえば、入浴事故で寝たきりになってしまった場合には後遺障害1級にあたる可能性があります。
足の骨折後に運動障害が残ったり、神経症状(しびれ)が残ったりしたときには、その症状の程度によって認定される等級は様々です。
後遺障害慰謝料の見通しを知りたい方は、損害賠償請求にくわしい弁護士へ相談して見積もってもらいましょう。
入浴事故による死亡慰謝料
介護施設における入浴事故で亡くなった場合の死亡慰謝料の相場は、1,000万円~2,000万円です。利用者のご年齢や事故の内容などをもとに金額を決めていくことになります。
死亡事故の場合は葬儀費用の請求も可能です。
入浴事故の逸失利益
逸失利益とは、将来得られたはずの収入が得られなくなるという損害のことで、後遺障害逸失利益と死亡逸失利益の2つがあります。
介護施設を利用する方は、労働による収入を得ている人ばかりではないため、逸失利益はもらえないと誤解している方もおられます。
たしかに、年金のみの方について後遺障害逸失利益の請求は難しいです。しかし、死亡による逸失利益の請求は認められています。
なぜなら、後遺症を負っても年金の金額には影響しないものの、死亡してしまうと年金を受け取れなくなるという違いがあるからです。
このように逸失利益はそもそも請求できるのかという点から検討が必要になります。損害賠償請求にくわしい弁護士に相談して、逸失利益の金額算定を依頼しましょう。
逸失利益の計算の基本は関連記事で解説しています。入浴事故による利用者の逸失利益請求を検討している方はお役立てください。
入浴事故の損害賠償請求の方法
介護施設での入浴介助中に事故が起こったなら、まずは介護施設側との話し合いが必要です。事故発生時の状況や対応について話を聞きましょう。
話を聞いてみて介護施設側に責任があると感じた場合は、賠償について示談交渉を申し入れます。
示談交渉とは?
被害者側(利用者側)と加害者側(介護施設側)が裁判手続き外で話し合い、損害賠償の金額などを決めること
示談交渉は、(1)裁判に比べて迅速に解決できる、(2)精神的な負担を軽減できる、(3)柔軟な交渉が可能といったメリットがあるのです。
よって、いきなり裁判を起こすのではなく示談交渉での解決を目指し、示談不成立となると裁判手続きを検討します。
介護事故の解決には弁護士相談がおすすめ
介護施設側と話し合いがこじれてしまったり、そもそも示談交渉の機会を設けてもらえなかったりしてうまく進まないことも多いです。
介護事故の示談交渉については弁護士に相談したうえで、助言を受けたり、弁護士に対応を任せたりすることをおすすめします。
関連記事では、介護事故の示談交渉の進み方や弁護士の役割を解説しているので、示談交渉での解決を目指す方は参考にしてみてください。
【補足情報】利用者側に過失があるなら減額となる
介護施設側に過失があるために損害賠償責任が発生する場合でも、利用者側にも過失がある場合には、利用者側が請求できる損害賠償額が減額される可能性があります。(民法722条2項)
利用者側の過失とは、立ち上がらないように指示していたにもかかわらず自分で行動した、既往症があるにもかかわらず適切に申告していなかったといったケースがあるでしょう。
もっとも入浴時に介助が必要な利用者への対応には、介護施設としても高度な安全配慮義務が求められるため、言われるままに利用者側の落ち度を認めることは早計です。
利用者側の過失や既往症によりどの程度の減額が生じるのか、減額の程度に納得がいかないのであれば、専門家である弁護士に検討してもらうことをおすすめします。
増加する高齢者の入浴中の事故
高齢者の不慮の溺死・溺水や浴槽内での溺死・溺水は増加傾向にあります。介護施設にかぎらず、家庭であっても、十分な中外必要です。
高齢者の入浴中の死亡者の推移
厚生労働省による「人口動態調査」によると、65歳以上の高齢者において、多くの溺死・溺水事故が起こっています。
2022年も増加傾向は顕著で、不慮の溺死および溺水は6,228人、浴槽内での溺死および溺水は5,737人、浴槽への転落による溺死および溺水は21人となっています。
年 | 人数 |
---|---|
2019年 | 5,310 |
2020年 | 5,083 |
2021年 | 5,054 |
2022年 | 6,228 |
年 | 人数 |
---|---|
2019年 | 4,839 |
2020年 | 4,669 |
2021年 | 4,679 |
2022年 | 5,737 |
年 | 件数 |
---|---|
2019年 | 19 |
2020年 | 30 |
2021年 | 31 |
2022年 | 21 |
入浴事故は冬季に集中
東京消防庁が発表している「救急搬送データからみる高齢者の事故」(https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/topics/nichijou/kkhansoudeta.html)によると、溺れる事故は11月から2月という冬季にピークを迎えています。
また、転んだり、落ちたりといった事故形態と比べて入院の必要があったり、生命の危険があったりと中等症以上と診断されるケースが多いです。
家庭においては長時間お風呂から出てこない、浴室が静かであるなどの異変を察知して浴室を見に行くと、意識がない状態で見つかったという事案が報告されています。
入浴中の事故を防ぐポイント
入浴中の事故を防ぐポイントを以下に例示します。
- 入浴前に脱衣所や浴室を暖めておく
- 湯温は41度以下にし、長時間の入浴は避ける
- 浴槽からはゆっくり立ち上がる
- 食後や飲酒後の入浴は避ける
入浴時には、できるだけ身体に負担のかからない方法を採る必要があります。
介護施設側でも、入浴事故を防ぐポイントを十分に理解し、適切な対応が求められているのです。そして、起こりうるリスクに適切に対応した入浴介助が行われていたのかなど、事実に基づく検討が必要になります。
入浴事故が起きたら弁護士に相談
弁護士に相談してアドバイスをもらおう
介護施設において入浴事故が起きた場合には、介護施設に対する損害賠償請求も検討するべきです。
しかし、介護施設に安全配慮義務違反があるのか、利用者側の過失を原因としてどの程度減額を行うべきなのかという点については、法的知識が必要となります。
また、損害賠償請求を行うのであれば介護施設との交渉や裁判を行うことになりますが、適切な交渉や裁判手続きを行わないと、希望する損害賠償金を得られない恐れがあるのです。
弁護士に相談すれば、どのような主張を行うべきなのかや、必要な証拠の収集方法などについてアドバイスを受けることができます。
また、弁護士に依頼すれば、介護施設との交渉や裁判の手続きを代わりに行ってくれるのです。
弁護士に相談・依頼することで生じるメリットを詳しく知りたい方は『介護事故を弁護士に相談・依頼するメリット!介護トラブルに強い弁護士とは?』の記事をご覧ください。
アトムの弁護士による無料相談
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アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了