介護施設等における利用者からの暴力は労災に当たるのか徹底解説 | アトム法律事務所弁護士法人

介護施設等における利用者からの暴力は労災に当たるのか徹底解説

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介護施設利用者の暴力は労災

介護施設等では介助する職員に対し、利用者が暴力をふるったり暴言を吐いたりする場面が多々あります。利用者は体が思うように動かずイライラしがちで、自分より何十歳も年下の職員に介助されることにプライドが傷つけられることもあり、暴力的な言動をとってしまうのかもしれません。

職員の方の多くは「病気や障害を持っているから仕方ないだろう」と暴力を受けても我慢していることもあります。
実は、利用者からの暴力は労災に該当する場合も考えられます。

今回は利用者からどういった行為があった時に労災に当たるのか、判断基準も交えて紹介します。

利用者からの暴力は労災にあたる?

介護施設の利用者から暴力を受けたことがある職員は相当な数に上り、実際のところ、利用者から暴力を受けたことがない職員の方が圧倒的に少ないという状況です。介護施設の職員は排泄・食事・入浴等、利用者と密着した状態で介護サービスを提供するので、暴力を受けやすい側面もあります。

高齢者といっても男性の利用者から殴られたり蹴られたりしたら、外傷が生じる可能性も少なくありません。そうなったら治療のため通院したり、仕事を休まなければならなくなるといった実害が発生してしまいます。

利用者からの暴力で負傷してしまった場合、労災を申請することはできるのでしょうか?

利用者からの暴力は労災の申請が可能

結論からいうと、利用者からの暴力で職員が負傷した場合、労災を申請することは可能です。

労災保険は大きく仕事中の怪我等による業務災害と、通勤中の負傷である通勤災害に分けられます。利用者からの暴力の場合、該当するのはもちろん業務災害です。

どういう場合に業務災害に当たるのか

業務災害に当たるかどうかの判断基準は「業務遂行性」と「業務起因性」の2つです。

業務遂行性とは業務中に生じた怪我等であることを指し、具体的には「事業主の支配下にあるか」「施設管理下にあるか」「業務に従事しているか」といったポイントを満たす必要があります。

一方、業務起因性とは怪我等が業務を原因とするものと判断できる状態を指し、業務と怪我等の間に経験則上、相当な因果関係が認められなければいけません。

端的にまとめると、業務従事中に生じた怪我等で、かつ業務が原因だと認められれば労災認定が下りる可能性は高いです。介護施設の利用者からの暴力による負傷はどちらにも該当すると思われるため、労災の申請は可能でしょう。

ただし、労災かどうか認定するのは労働基準監督署なので、申請したからといって必ずしも労災が請求できるわけではない点には注意が必要です。

利用者からの暴言に対して労災認定は可能?

前章では利用者からの身体的な暴力は労災に当たる可能性が高いとお伝えしました。

しかし、利用者からの暴力的な行為は身体的なものに限りません。暴言により精神的苦痛を強いられるパターンもあるでしょう。

毎日のように暴力的な言葉を執拗にぶつけられていたら、精神を病んでしまう方もいらっしゃるはずです。利用者からの暴言で精神疾患を発症してしまった場合、労災の申請は可能なのでしょうか。

精神障害でも労災認定を受けることは可能

まず、前提として精神障害でも労災を申請することは可能です。精神障害で労災の認定を受けるには以下の3つの条件を満たさなければなりません。

  1. 認定基準の対象となる精神障害を発症しているか
  2. 上記精神障害の発病前六ヵ月間以内に、業務による強い精神的負荷が認められるか
  3. 業務以外の要因により発病したと認められないこと

認定基準の対象の精神障害は計10区分に分けられており、業務に関連するものにはうつ病や急性ストレス反応などが考えられます。業務による精神的負荷がどれほどの水準に達すれば「強い」といえるかという点ですが、こちらもある程度の分類が可能です。

まず「特別な出来事」に該当する事象が生じた場合、強度の精神的負荷が生じたと判断されます。言うなれば、特別な出来事とは心理的負荷が著しいものを指します。

具体的には、刃物で体の至る箇所を切られたり、窒息死させようと首をしめてきたケースが考えられるでしょう。また、強姦やセクシャルハラスメントなども対象になる場合があります。こうした特別な出来事がなくても、暴言と精神障害との関連性を全体的・総合的にとらえ、強度の精神的負荷が生じたと認められる場合があります。

また、身体的な暴力と同様、業務との関連性が認められなければいけません。たとえば、家庭で配偶者からモラハラを受けていたケースでは、モラハラによって精神疾患が生じた可能性もあるため、労災認定は下りない可能性が高いでしょう。

うつ病や適応障害などの精神疾患は、業務との関連性が認められるのかがポイントです。精神疾患独自の労災認定基準についてもっと詳しく知りたい方は、関連記事も併せてお読みください。

暴言による労災認定では証拠が重要

解説した通り、精神障害の場合でも労災を受けることは可能です。つまり、介護施設等で利用者からの暴言等により精神疾患を発症した場合も労災を受けられる可能性があります。

ただし、暴言で労災認定されるには、業務による強い精神的負荷が原則として半年以内に起こり、精神的苦痛の程度も「強」である必要があります。

身体的暴力であれば体にキズが残るので、どれほどの行為があったのか証明が容易です。しかし、精神疾患の場合では、見た目から被害の程度が伝わりません。

こうした事情がある中、強度の精神的苦痛があったと証明するには客観的証拠を準備することが大切です。

客観的証拠となるもの

  • 利用者からの暴言を録音に残す
  • 上司から供述書をもらったりする

以上のような客観的証拠によって、第三者からも被害の程度が分かるようなものを用意しましょう。

社会福祉・介護事業の労災事情

介護現場は過酷な労働環境であることが各メディアの報道からも明らかになっています。実際、労災に該当するような事案も多数発生しています。ここでは社会福祉・介護事業の労災事情をチェックしましょう。

介護現場は精神障害の労災請求が非常に多い

介護現場は業種別における精神障害による労災請求件数で第一位となっています。他の業種と比較しダントツといえるほど件数が多く、年々増加傾向です。(参考:厚生労働省「社会福祉・介護事業における労働災害の発生状況」)

同僚との人間関係も要因の一つではありますが、介護現場特有の利用者からの暴力が主要因になっているのでしょう。介護現場で働く人にとって、メンタルヘルスは大きな問題です。

介護現場における労働災害の内訳

介護現場の労働災害件数は年々増加しており、2015年上半期では前年と比較し4%増えています。内訳をみると「動作の反動・無理な動作」が34%を占め、「転倒」が33%です。介護現場における労働災害は50歳以上の方が被災者の多くを占め、高齢による体力的な衰えが被災原因となっていることが伺えます。(参考:厚生労働省「社会福祉・介護事業における労働災害の発生状況」)

特に、無理な動作をしたために腰痛を引き起こしている場合が多いようです。たとえば、入浴介護中に利用者を浴槽から引きあげようとした際に腰に強い力がかかり、腰痛を発症してしまうケースなどです。

ぎっくり腰でも業務との関連性が認められれば、労災を請求することも可能です。ぎっくり腰を含め腰痛の労災認定については「腰痛の労災認定基準」に従って判断されます。
ぎっきり腰による労災認定について詳しくは、関連記事『ぎっくり腰で労災認定が受けられる?腰痛の認定基準を解説』をご覧ください。

「動作の反動・無理な動作」「転倒」の次点には「交通事故」「墜落・転落」が続いており、項目上は「利用者からの暴力」はありません。データ上は利用者からの暴力による労災請求はあまり多くないようです。利用者の暴力が原因の場合、労災認定に値する出来事が生じたとしても、我慢してしまうケースが多いことが関係しているのかもしれません。

労災給付の補償が十分でない場合はどうする?

労災保険の給付だけでは、補償が十分でない可能性があります。足りない分の損害は泣き寝入りするしかないのでしょうか。

労災給付の不足分は損害賠償請求で補てんできるかもしれない

労災保険による給付は、治療費や収入の減収分の補償など多岐にわたります。労災による怪我でもらえる労災給付の主な内訳は以下の通りです。

  • 療養補償給付
  • 休業補償給付
  • 障害補償給付
  • 傷病補償年金
  • 介護補償給付
    など

一見、補償としては十分であるように思えますが、労災保険だけで被った損害すべてが補償されるとは限りません

さらに、利用者からの暴力という労災である場合なら、精神的な苦痛を味わうでしょう。このような精神的苦痛に対する補償として「慰謝料」という補償を労働者は受けられるのですが、労災保険から慰謝料は給付されません

このように、労災保険の給付だけでは足りない損害の部分については、損害賠償請求によって補償が受けられないか検討する必要があるでしょう。

もっとも、どんな労災でも損害賠償請求できるわけではなく、損害賠償請求できる根拠がなければなりません。つづいては、利用者からの暴力における損害賠償請求の根拠をみていきましょう。

労災で損害賠償請求できる根拠

そもそも、損害賠償請求とは「損害を加えてきた者に対して、その損害に対する補償を求めること」です。

利用者からの暴力という労災で損害賠償請求する場合は、以下のようなケースを根拠に主張することが考えられるでしょう。

  • 第三者行為災害
  • 安全配慮義務違反

以上のような根拠が労災として認められれば、労災保険の給付とは重複しない範囲で損害賠償請求できる可能性があります。

利用者からの暴力は第三者行為災害

第三者行為災害とは、労災が起きた原因が第三者の行為によって生じたものです。第三者とは、労災保険の当事者である労働者・会社・政府以外をさすので、暴力をふるった利用者が第三者ということになります。

したがって、利用者からの暴力は第三者行為災害として扱われるので、利用者に対して損害賠償請求できる可能性があります。

ただし、利用者が認知症などで責任能力がない場合、利用者に対する損害賠償請求はできません。責任能力がない場合は、監督義務者として利用者の家族が損害賠償責任を負うとも考えられますが、事案によって判断が分かれるところでもあるので、慎重な判断が要されます。

安全配慮義務違反があった場合

従業員を雇う会社には、従業員が快適に働ける環境を整えて、安全と健康を確保しなければならないという「安全配慮義務」を負っています。

利用者から暴力を受けて損害を被った場合は、その利用者に対して損害賠償を求めるのが原則です。

もっとも、利用者が暴れまわる傾向にあるのを介護施設が把握していたにもかかわらず、職員間でその情報の共有が徹底されていなかった、職員一人だけで対応させていたなどの場合は、会社に安全配慮義務違反があると判断される可能性があります。

安全配慮義務違反によって起こった出来事なのであれば、会社に対して損害賠償請求できる可能性があります。
安全配慮義務違反の有無を判断する基準がありますので、関連記事も併せてお読みください。

安全配慮義務違反では?損害賠償の疑問は弁護士に相談

損害賠償請求は示談交渉や民事訴訟などの方法で進めることになります。
そして会社に対して損害賠償請求する際に重要になるのが、安全配慮義務違反の有無です。

しかし、安全配慮義務違反の有無を一人で判断するのは難しいでしょう。弁護士に相談すれば、具体的なアドバイスを受けられる可能性があります。

また、弁護士と正式に契約をしたなら、弁護士を代理人として立てることが可能です。
会社との交渉は代理人である弁護士が対応するので、ご本人が直接立ち会う機会を極力減らせます。

さらに、弁護士ならば、相手の提示額の妥当性を判断可能です。
お一人で交渉すると不当に低い金額を提示されていても気づけない場合もありますが、弁護士であればこれまでの事例や法的根拠をもとに交渉できます。

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アトム法律事務所 岡野武志弁護士

岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了