「責任を負わない」免責同意書は無効?手術ミスやスポーツ事故での効力
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免責同意書は、ある行為によって生じる可能性のあるリスクや損害について、その当事者が事前に責任を負わないことを合意する文書です。
しかし「施設は一切責任を負わない」「主催者は一切の責任を負わない」というような文言は必ずしも有効であるとは限りません。
免責同意書は、民法第90条や消費者契約法(消費者契約法8条、10条)に照らして検討された結果、公序良俗に反するもしくは消費者契約法違反として、無効とする裁判例が多く存在しています。
免責同意書が無効になる可能性あり
- 相手側の故意または重大な過失による損害は原則として免責できない(故意または重大な過失)
- 法律に違反する行為によって生じた損害は免責できない(法令違反による損害)
- 消費者契約法に違反するような不当な免責条項は無効
免責同意書や「当社は一切責任を負わない」と規定する条項を含む契約書、免責文言を含む誓約書などにサインをしていたら損害賠償請求はできないのかとお悩みの方に向けて、手術ミスなどの医療事故やスポーツ事故などの具体例を交えて対策を解説します。
目次
同意書は一切の賠償責任を免責できるものではない
同意書や免責約款などの書面があることだけを理由に、損害賠償請求をあきらめる必要はありません。
同意書にサインをしても無効であるとして賠償責任を問える例を示します。
同意書が無効となる例
- 説明義務の不履行
- 不適切な同意
- 公序良俗に反する内容
- 消費者契約法に違反する内容
- 不完全な同意
- 無効な契約条件
これらについて、もうすこし具体的に説明していきます。
説明義務の不履行
医療提供者や事業者が、同意書に記載されているリスクや条件を適切に説明していない場合は同意書が無効になる可能性があります。
医療行為を例にすると、医師が手術のリスクや副作用を正確に説明しなかった場合、患者は十分な情報を得られずに同意書に署名しているため、その同意書は無効となる可能性があるのです。
契約の場合には、契約内容の重要な情報が提供されず、消費者がその内容を理解していない場合、その同意書や契約は無効とされることがあります。
不適切な同意
同意を得る過程が適切でない場合、その同意書は無効になる可能性があります。
契約者が自分の意思でなく、強制や圧力によって同意書に署名させられた場合、同意書が無効と判断されることは十分起こり得ます。
このほか、同意する側が行為の結果を判断できる能力を持っていない(例えば、意識が朦朧としている状態や、認知症などで判断力が低下している場合)とき、その同意は無効と判断すべきでしょう。
公序良俗に反する内容
同意書の内容が社会の秩序や倫理に反する場合には、その同意は無効になる可能性があります。
民法第90条では、公序良俗に反する法律行為は無効とされています。これは、契約や行為が社会の秩序や道徳に反する場合、その契約や行為は法律的に無効とするものです。
具体的には、違法な薬物を使用する治療に同意させる場合など、同意書が違法な行為を含む場合には無効とされます。
消費者契約法に違反する内容
消費者に極端に不利な条項が含まれている場合、その同意書や契約は、消費者契約法違反として無効とされるケースがあります。
消費者契約法は、事業者の損害賠償責任の全部を免除する条項及び事業者の故意・重過失により生じた事業者の損害賠償責任の一部を免除する条項は、一律に無効としています(同法8条)。
また、事業者の軽過失により生じた損害賠償責任の一部を免除する条項も、信義誠実の原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは無効としています(同法10条)。
これは、消費者と事業者とでは有している情報の質量や交渉力に差があることから、立場の弱い消費者が不利益を被らないよう保護することを理由に設けられた規定です。
具体的には、消費者契約法が適用される場合、「当社は一切責任を負わない」という規定は無効です。
また、事業者が故意または重大な過失により事故を発生させたケースで「当社は10万円を超える責任は一切負わない」という規定の適用を主張することはできません。
不完全な同意
同意が完全でない場合、同意書が無効となる可能性があります。
例えば、同意書に記載された情報が不完全だったり、重要なリスクが省略されていたりすると、その同意書は無効となる見込みです。
また、説明が不正確で誤解を招く内容であった場合も、その同意は無効とされることがあります。
無効な契約条件
同意書の契約条件自体が無効である場合にも、同意書は無効になる可能性があります。
契約内容が過剰な免責規定や違法な約束であるなど、法的に無効とされる条項が含まれている場合、その同意書は無効とされることがあるのです。
手術前に同意書を書いたときの損害賠償請求
医療過誤があったのではないかと疑わしいときに、手術前に同意書にサインをしたことを思い出して対応に迷ってしまう方がおられます。
結論から言えば、手術前に同意書にサインしていても、損害賠償請求できる可能性があるのです。
同意書に署名しても損害賠償請求は可能
医療過誤であると認められた場合には、損害賠償請求できる可能性があります。
同意書に署名するときには、医師や看護師が十分に責任を果たすことを前提として、それでも避けられないリスクが生じうることに同意しているのです。
仮に、医師が手術ミスをしてしまったり、看護師が投薬ミスをしたことで損害を被ったりした場合、患者はそうしたことを予見してまで同意したわけではありません。
医師や看護師が医療従事者として持ち合わせるべき注意を払わなかったり、標準的な医療基準に従わなかったりした場合には、損害賠償請求ができる可能性があります。
医師や看護師の責任
ここからは医療過誤で問題となりうる医師や看護師側の責任の一例を説明します。
説明義務の不履行
説明義務違反の本質は、自己決定権の確保です。
同意書があっても、医師がリスクや治療の内容について適切に説明しなかった場合、患者が十分な情報を持っていなかったときには、患者の自己決定権が十分に保障されていなかったと考えられます。
こうした説明義務違反は損害賠償請求するうえで法的根拠となりうるものです。
債務不履行
債務不履行とは、医療に携わるものとしての診療契約上の注意義務を果たしていないという意味になります。
もっとも、その医療機関が提供できる医療の水準や医療環境などは考慮される点は留意しましょう。
たとえば、高度な治療をしていれば助かっただろうという事故であれば、その医療機関が事故発生時に高度な対応ができたのかという点が問題です。
高度な治療対応ができないとすれば、そうした治療ができる高次の医療機関に転送する義務をいつ負ったのか、その義務を直ちにしていれば救命できたかも賠償請求の要点になりえるでしょう。
医療過誤の法的責任は弁護士のアドバイスが重要
医療過誤が疑われるときには、まず弁護士に相談をして、病院側の過失が問える可能性があるのかを確かめてみてください。
たとえば、手術について説明を受けてから同意書にサインをして、手術を受けたとします。その手術が失敗して合併症を引き起こして亡くなってしまっても、病院側の責任を問えるかどうかは別問題です。
手術という医療行為は、そもそも身体に傷を付けて、薬品を投与するという一定のリスクを伴う行為になります。術前に合併症リスクの説明を受けて同意書にサインしているなら、病院側の責任を問うことは難しいでしょう。
逆に、合併症のリスクの説明を受けていなかったり、手術中にミスがあったことが死因となったりしたケースでは病院の責任を問える可能性があります。
とくに医療問題に力を入れる弁護士に相談して、個別具体的な助言を受けるようにしてください。
なお、関連記事では医療過誤で病院に問える法的責任や、相談する弁護士の選び方について解説しています。医療過誤を弁護士に相談したいと考えている方は、あわせてお読みください。
免責同意書にサインしたスポーツ事故での損害賠償請求
スポーツ事故とは、スポーツ活動をなす過程において突然人や物に発生する損害のことをいいます。
スポーツは、参加者が、道具を利用したり、自己の身体的能力を活用したりして行うものであるため、参加者が怪我をするなどの事故が発生しやすくなっています。
上記のとおり、スポーツにおいては事故のリスクが内在しているため、事故が起きたときの責任を回避しようと、スポーツ施設の管理者やスポーツイベントの主催者は、事前に利用者や参加者から免責同意書を得ているケースが多いです。
もっとも、事前に免責同意書にサインをしていたということだけで、損害賠償請求をあきらめる必要はありません。
結論から言えば、免責同意書にサインしていても、スポーツ事故による損害については、損害賠償請求できる可能性があるのです。
免責規定が無効とされるケース
下記のような状況では、免責規定が無効となり、免責同意書にサインしていてもスポーツ事故に関する損害賠償請求が可能となります。
- 免責規定が消費者契約法に違反する
- 免責規定が公序良俗に違反する
それぞれについて説明します。
免責規定が消費者契約法に違反する
ジムやプールなどスポーツを行う施設での事故には、消費者契約法が適用される可能性が高いです。
消費者契約法が適用される場合、事業者(スポーツ施設の管理者やスポーツイベントの主催者など)が「一切責任を負わない」とする免責規定は無効となります。
また、事業者が故意または重大な過失により事故を発生させた場合、「当社は10万円を超える責任は一切負わない」といった賠償責任を制限する免責規定は無効になります。
免責規定が公序良俗に違反する
スポーツは、生命・身体に重大な被害が発生するリスクを内在しています。
そして、生命・身体のような重大な権利に関し、事前に一切の責任追及を放棄することは、責任を免責される側にあまりにも一方的に有利なものであり、公序良俗(民法90条)に違反すると考えられます。
そのため、スポーツ事故で死亡してしまったり、身体に重い障害が残ってしまったりしたようなケースでは、事業者に重過失まで認められなくても免責規定が公序良俗に違反するとして無効になる可能性があります。
スポーツ事故で免責規定の効力が争われた裁判例
ここからは、スポーツ事故で免責規定の効力が争われた実際の裁判例を紹介します。
スポーツクラブのプールで溺水して死亡したケース
スポーツクラブのプールで溺死した会員の親が、スポーツ施設管理者に対し、債務不履行や不法行為
、使用者責任に基づいて損害賠償請求訴訟を提起した事案です。
溺死した会員は、故意・重過失によるものを除く一切の賠償責任を免除するという免責条項が含まれる会員規約を遵守する旨の誓約書にサインをしていました。
裁判所は、上記の事実のみでは、免責条項の内容を認識・了解し、これに合意したものと認めるのは困難であるとして、免責合意の成立を認めませんでした。
また、仮に成立したと解しても、免責条項が、被告に契約上の債務不履行があり、その結果会員の生命や身体に重大な侵害が生じた場合においても、被告が損害賠償責任を負わない旨の内容を有するものであるとすれば、右規約はその限りにおいて、公序良俗に反し、無効であると判断しています(富山地判平成6年10月6日)。
スキューバダイビングの講習中に海で溺水して重傷を負ったケース
スキューバダイビングの講習中に海で溺水して一命を取りとめたものの、低酸素症による重度の障害が残った被害者が、ダイビングクラブとインストラクターを被告として損害賠償請求訴訟を提起した事案です。
被害者は、被告らの一切の責任を免除する免責同意書にサインしていました。
裁判所は、スキューバダイビングは、ひとつ間違えば直ちに生命に関わる危険のあるスポーツであり、水中で行われる講習においてもこれと同様の危険があることは容易に理解できると判断しました。
上記のような観点から、生命・身体に対する危害の発生について、免責同意者が被免責者の故意、過失に関わりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効であると判断しました(東京地判平成13年6月20日)。
スポーツ事故の損害賠償請求は責任の有無が大事
休日にスポーツをしていてケガをしたとき、そこから損害賠償請求トラブルに発展した事例は数多くあります。
スポーツにケガはつきものだということは、スポーツをする人ならだれでもわかっていることでしょう。
それでもケガの原因に納得がいかなかったり、腑に落ちなかったりするときに考えるべきなのは、そのケガの原因が誰にあるかということです。
たとえば、スポーツジムの器具が整備不良で落下してケガをしてしまったり、スポーツ大会の運営が不適切で死亡事故が起こったりしたとき、それは自己責任の範囲を超えている可能性があります。
スポーツ事故の賠償請求の具体的な流れや責任の検討をしていきたい方は、関連記事を参照してみてください。
また、関連記事『休日のスポーツで怪我をした|すべて自己責任?損害賠償請求できる?』では、スポーツ事故にまつわる様々な疑問にお答えする記事です。ケガが起こった状況別の質問にも回答していますので、ご自身のケースに当てはまるものがあればお役立てください。
損害賠償請求は弁護士に相談すべき
同意書にサインしていても、状況によっては請求できる可能性があります。しかし、法律の知識がないと、自分で判断するのは難しいので、法律の専門家である弁護士への相談が不可欠です。
弁護士に相談してみて、損害賠償請求の見通しが立ったときには弁護士へ交渉を任せることも検討しましょう。
なぜなら相手は同意書があることを理由にして、あなたの主張に対抗してくる可能性があるからです。
損害賠償請求にくわしい弁護士ならば相手の出方も予想したうえで、どういった証拠を集めるべきか、どんな交渉方法が有効かを十分に検討します。
どんな契約の同意書であったか、どういった損害を受けたのかなど相談したいことをあらかじめ整理しておくとスムーズです。
弁護士が注力している分野を事前にチェック
弁護士への相談にあたってはその弁護士が対応できる分野なのかをしっかりと確認しましょう。
たとえば医療過誤であれば、医療過誤の問題に力を入れている弁護士が望ましいです。弁護士は法律の専門家でありますが、実務として得意とする分野は個別に異なります。
弁護士のホームページでプロフィールや実績を確かめ、法律相談の予約を入れる際には取り扱い可能な相談範囲かどうかを確認しましょう。
以下の関連記事では医療事故やスポーツ事故を相談する弁護士を見つけるポイントをまとめています。弁護士への相談を検討している方はあわせてお読みください。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了