夫の不貞で発症したうつ病|離婚後の精神的苦痛も慰謝料に#裁判例解説

「夜、眠れないんです。食事も喉を通らなくて…何も考えたくないのに、頭の中で夫の嘘が繰り返し流れるんです」
診察室で、女性は震える声で医師に訴えた。離婚してから3か月以上が経っていた。
夫の不貞行為が明らかになった時、妻の心は深く傷ついた。そして離婚後、その傷は精神疾患という形で表面化した。
法廷で問われたのは、不貞行為そのものだけでなく、それによって引き起こされた妻のうつ病も含めた損害の評価だった。
※東京地判平成30年1月16日(平成28年(ワ)43000号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 不貞行為による精神的苦痛でうつ病を発症した場合も損害として評価される
- 離婚後に発症したうつ病でも、不貞行為との因果関係が認められる
- うつ病の症状の具体的記載が慰謝料額に影響する
配偶者の不貞行為は、被害者に深刻な精神的ダメージを与えます。
今回ご紹介する裁判例は、夫の不貞行為により離婚した妻が、離婚後にうつ病を発症したケースです。
この事例を通じて、不貞行為によるうつ病がどのように損害として評価されるのか、医師の診断書がどう活用されるのか、そして精神的被害を適切に主張する方法について、詳しく解説していきます。
📋 事案の概要
今回は、東京地方裁判所平成30年1月16日判決(平成28年(ワ)第43000号)を取り上げます。この裁判は、元妻から、元夫に対して、離婚後に慰謝料請求をした事例です。
元妻は、離婚によって、うつ病を発症してしまいました。
結論としては、裁判所は、妻からの慰謝料請求を認め、150万円を妻に支払うよう、夫に命じました。
裁判所が、慰謝料請求を認めた理由はどのようなものだったのでしょうか。
- 当事者:
原告(元妻):昭和46年生まれ。被告の前の夫との間に長女(当時14歳)がいる。
被告(元夫):昭和47年生まれ。写真撮影を趣味とし、頻繁に旅行に出かけていた。 - 婚姻期間:
平成25年3月25日に婚姻、平成28年8月29日に協議離婚(約3年5か月)
🔍 裁判の経緯
「写真撮影が趣味だからって、しょっちゅう外出するようになって。宿泊を伴う旅行も多くて、家を空けることが増えたんです」
夫は「一人で写真撮影の旅に行く」と繰り返し告げて島根・京都・北海道へ旅行していたが、実際には女性と同室宿泊を複数回重ねていた。
平成28年8月、夫が婚姻前に交際していた女性のアルバムをめぐって口論になった。さらに、夫が妻にブログを見せないことについても激しく言い合いになり、夫はその日、家を出てしまった。
「それから彼は戻ってきませんでした。その後、弁護士さんに依頼して調査してもらって、女性との旅行のことを知ったんです」
夫婦は、そのまま協議離婚。妻は、強いストレスから気分の落ち込み、食欲不振、睡眠障害、強い不安感、焦燥感などの症状が現れ、同年12月からクリニックに通院し、うつ病と診断された。
「結婚生活を信じていたのに、裏切られていた…その事実を知ってから、何も手につかなくなって…」
不貞行為という裏切りは、妻の心を深く傷つけ、離婚後も精神疾患という形で影響を与え続けていた。
※東京地判平成30年1月16日(平成28年(ワ)43000号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、夫側の主張を退け、複数の客観的証拠から不貞行為を認定しました。そして、不貞行為の態様や婚姻期間などを総合的に考慮し、150万円の慰謝料支払いを命じました。
主な判断ポイント
1.慰謝料額の算定とうつ病の影響
裁判所は、「被告の行為態様及び原告と被告の婚姻期間等、一切の事情」を考慮して、慰謝料を150万円と認定しました。
特に重要なのは、妻が離婚後にうつ病を発症した事実です。
通常、不貞慰謝料の算定要素としては、婚姻期間の長さ、不貞行為の期間、不貞行為の態様、不貞行為が婚姻関係の破綻につながったかどうかなど、一切の事情が考慮されて、その金額が算定されます。
うつ病などの精神疾患を発症してしまった場合も、裁判において、慰謝料金額を算定する際の考慮要素となる可能性はあります。
本件では、婚姻期間が約3年5か月と比較的短いものの、複数回の不貞行為があり、妻がうつ病を発症したことなどを総合的に考慮して150万円が認定されました。
2.客観的証拠の重要性
裁判所は、弁護士による調査嘱託で入手したホテルの予約記録を重視しました。
夫は「一人で宿泊した」と主張しましたが、裁判所は「一人で宿泊するにもかかわらず敢えて料金が高額になる二人分で予約することについて合理的な説明をしていない」と指摘し、不貞を認定しました。
3.ブログ投稿内容と実際の行動の矛盾
本件では、夫のブログ投稿が複数の点で証拠として活用されました。
平成27年4月25日のブログには「昨日は久しぶりにお家ご飯にしました☆」と夕食の写真が掲載されていましたが、背景に写っている場所は夫婦の自宅ではありませんでした。
このような証拠は、不貞行為の状況証拠として有効ですが、直接的証拠とはなりません。本件でも、ホテルの宿泊記録などの客観的証拠と組み合わせて総合的に評価しました。
👩⚖️ 弁護士コメント
離婚後の慰謝料請求は認められるのか
配偶者の不貞によって離婚することになった場合、通常、離婚後3年間は、慰謝料請求が可能です。
本件では、離婚による強いストレスで、妻がうつ病と診断されました。
たとえ離婚後の発症でも、因果関係が認められれば損害として評価される可能性があります。
離婚直後は気丈に振る舞っていても、時間が経ってから精神的な不調が現れることは珍しくありません。
そうした場合でも、適切に診断を受け、因果関係を証明できれば、慰謝料請求が認められる可能性があるのです。
不貞行為による精神的苦痛の立証
不貞行為による精神的苦痛を主張する際、「傷ついた」「苦しい」という主観的な訴えだけでは、具体的な損害として認められにくい場合があります。
本件では、クリニックでの診断により、以下の点が明確になりました。
- うつ病という具体的な病名
- 「離婚の原因による強いストレス」という因果関係の明示
- 具体的な症状の列挙(気分の落ち込み、食欲不振、睡眠障害、不安感、焦燥感)
- 継続的な通院の必要性
これらの情報が記載された診断書は、精神的損害を証明する強力な証拠となります。
うつ病になったことを主張する場合は、夫の不貞や離婚で強い精神的ストレスを受けたことを証明できるよう、医師の診察を受けて、その旨の診断書を作成しておくとよいでしょう。
不貞行為の立証における調査嘱託
本件では、弁護士が裁判所に申し立てた「調査嘱託」によって入手したホテルの予約記録が決定的な証拠となりました。
調査嘱託とは、裁判所が第三者に対して調査を命じ、その調査結果を裁判の事実認定に利用できる手続です(民事訴訟法186条)。
よくあるのは、離婚の財産分与の調査嘱託などですが、本件のように、不貞行為については宿泊記録など、調査嘱託できるケースもあるでしょう。
ただし、調査嘱託はあくまで裁判手続きの中で行われるものです。裁判前の段階で同様の情報を得たい場合は、弁護士会照会制度(弁護士法23条の2)の利用を検討しましょう。
うつ病が問題になった他の慰謝料事例
本件のほか、夫の不貞が原因でうつ状態になった妻が、浮気相手に対して慰謝料請求をし、裁判所が浮気相手に対して慰謝料400万円を支払うよう命じた裁判があります(東京地判平16年4月23日判決)。
こちらは、夫と不倫相手は一度は別れ話が持ち上がったものの、最終的には、夫が自宅を出て不倫相手と同居し、夫が離婚を求めるようになり、離婚はしていないものの、事実上、婚姻関係が破綻してしまった事案です。
こちらの事案では、妻のうつの症状が重篤であること、投薬治療をしていることも、慰謝料の算定の際、考慮されていると考えられます。
📚 関連する法律知識
不貞行為とは何か
不貞行為とは、配偶者のある者が、自由な意思に基づいて配偶者以外の者と性的関係を持つことをいいます。民法上、不貞行為は離婚原因の一つとされており(民法770条1項1号)、また不法行為として損害賠償請求の対象となります(民法709条)。
重要なのは、「自由な意思に基づいて」という点です。
強制された場合や、泥酔して意識がない状態での行為は、不貞行為とは評価されません。
不貞行為による精神疾患と損害賠償
不貞行為による損害には、精神的苦痛に対する慰謝料が含まれます。そして、この精神的苦痛が医学的に診断される精神疾患(うつ病、適応障害、PTSDなど)として表面化した場合、それも損害の一部として評価されます。
本件の判決文では治療費や逸失利益について具体的な言及はありませんが、慰謝料150万円という金額の中に、うつ病による各種の損害が総合的に評価されていると考えられます。
🗨️ よくある質問
Q1. 不貞行為でうつ病になった場合、慰謝料は増額されますか?
うつ病などの精神疾患の発症は、慰謝料額の増額要素として考慮されます。
本件では、婚姻期間が約3年5か月と比較的短いにもかかわらず150万円の慰謝料が認められましたが、これは複数回の不貞行為という悪質性に加えて、妻がうつ病を発症したことも評価されたと考えられます。
医療機関を受診し、病名、原因、症状などが記載された診断書を取得することも重要です。
Q2. 離婚後にうつ病になった場合でも、慰謝料請求できますか?
可能です。本件でも、妻は離婚成立から約3か月後にうつ病と診断されましたが、裁判所は不貞行為との因果関係を認めました。
ただし、時間が経過すればするほど因果関係の立証は難しくなります。離婚後に精神的な不調を感じたら、なるべく早く医療機関を受診し、適切な診断を受けることをおすすめします。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
