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15歳少年による商業施設内殺人事件―保護処分を否定された逆送事件の事例 #裁判例解説
ある日、多くの買い物客で賑わう大型商業施設の女子トイレという日常の空間が、突如として凄惨な事件現場へと変わった。
凶器を手にした少年と予期せず対峙することになった21歳の女性は、恐怖の中で逃げることなく、勇気を持って少年に自首を諭す。
しかし、少年は逆上して激情のままに手にしていた包丁で女性の首を執拗に何度も突き刺し、閉ざされた空間で狂気的な犯行に及んだ。
営業中の喧騒のすぐ裏側で起きたこのあまりに理不尽な惨劇は、わずか数分間という短い時間で、尊い命と未来を残酷に奪い去ったのだった。
※福岡地判令・4・25(令和3年(わ)62号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 15歳でも凶悪犯罪では保護処分ではなく刑事処分が選択される
- 虐待等の成育歴があっても犯行の重大性により考慮に限界がある
- 情状鑑定で更生可能性が認められても社会的許容性で判断が分かれる
- 少年法55条移送の判断では保護処分相当性と許容性が重視される
少年事件において、家庭裁判所から検察官送致された後でも、刑事裁判所が「保護処分が相当」と判断すれば、再び家庭裁判所に移送される制度があります(少年法55条)。
この制度は、少年の更生可能性を最後まで考慮する仕組みとして重要な役割を果たしています。
しかし今回ご紹介する裁判例は、専門家による情状鑑定で「保護処分による更生の余地がある」と認められながらも、犯行の重大性と社会的影響の大きさから、家庭裁判所への移送が否定され、法定上限の不定期刑(10年以上15年以下の懲役刑)が言い渡された極めて重大な事例です。
15歳の少年が大型商業施設内で起こした通り魔的殺人事件。虐待という過酷な成育歴、少年院仮退院直後の犯行、そして専門家の更生可能性の指摘――これらすべてを踏まえた上で、裁判所はなぜ保護処分を否定したのでしょうか。
この判決から、少年事件における処遇選択の難しさと、社会的許容性という重要な視点について考えていきます。
目次
📋 事案の概要
今回は、福岡地判令・4・7・25(令和3年(わ)62号)を取り上げます。
この裁判は、当時15歳(判決時17歳)の少年が、大型商業施設内で包丁を盗み、見ず知らずの女性を殺害した事件について、保護処分ではなく刑事処分が相当として、法定上限の不定期刑を言い渡した事案です。
- 被告人:犯行時15歳の少年。小学3年生頃から問題行動を繰り返し、複数の児童施設、少年院に入所歴あり。少年院仮退院の2日後に本件犯行。
- 被害者:21歳の女性(殺人)、39歳の女性とその6歳の子(脅迫)
- 事故状況:令和2年8月28日午後7時頃、大型商業施設内の女子トイレで発生
- 負傷内容:殺害された被害者は頸部を包丁で多数回突き刺され、切り裂かれた。頸部刺創による出血性ショックで死亡。
- 請求内容:検察官は懲役10年以上15年以下を求刑。弁護人は少年法55条による家庭裁判所移送を主張。
- 結果:家庭裁判所移送を否定し、懲役10年以上15年以上の不定期刑を言い渡した。
🔍 裁判の経緯
少年院を仮退院した日、少年は母親から身元引受を拒否された。福岡県内の更生保護施設に入所したものの、翌日には施設から脱走。そして、その翌日――事件は起きた。
小学3年生の頃から、少年は暴力的な行動を繰り返していた。他の児童を殴る、教師に暴言を吐く。精神科病院への入院、児童心理治療施設、児童自立支援施設…次々と施設を転々としたが、どこに行っても粗暴な行為は止まらなかった。
家庭環境は過酷だった。父親は兄に暴力を振るい、その兄は少年に暴力を振るった。母親からは日常的にネグレクトを受け、「死ねばいい」という言葉を浴びせられ続けた。
情状鑑定を行った専門家は「家庭内の暴力と心理的虐待が、少年の共感性と罪悪感の欠如を引き起こした」と指摘している。
令和元年6月、少年は第3種少年院に入院。そして令和2年8月26日、仮退院が許可された。しかし母親は身元引受を拒否。少年は更生保護施設に入所したが、翌27日に脱走した。
「性的な関心があった。拒絶されないように包丁を持っていった」
少年は後に、犯行動機をそう語っている。
8月28日午後6時59分、少年は大型商業施設内の店舗で、包丁2本セット(販売価格6270円)を窃取。パッケージから取り出し、自分の腰部に差し込んでいつでも使えるよう準備した。
そして施設内で、21歳の女性とその連れを見かけた。少年は性的な興味を抱き、女子トイレに向かう彼女たちの後をつけた。
午後7時23分頃、トイレ内で女性と対面。女性は少年が包丁を持っているのに気づき、自首を諭した。
しかし、その言葉が少年を逆上させた。拒絶された、説教された――そう感じた少年は、突然女性の首を包丁で突き刺し始めた。
多数回突き刺し、最後には首を切り裂いた。女性は午後8時21分、搬送先の病院で死亡が確認された。
犯行後、少年はトイレから逃走。施設内の別の店舗で、6歳の子を連れた39歳の女性に遭遇し、包丁を突きつけて脅迫した。
逮捕後の取調べで、少年は事実関係は認めたものの、反省の態度は見られなかった。事件から2年近く経過した法廷でも、被害者や遺族と向き合う姿勢は見せなかったという。
※福岡地判令・4・7・25(令和3年(わ)62号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、専門家による情状鑑定で「保護処分による更生の余地が残されている」と認められたにもかかわらず、以下の理由から少年法55条による家庭裁判所移送を否定し、懲役10年以上15年以下の不定期刑を言い渡しました。
裁判所は判決で次のように述べています。
「非常に残虐、凶悪な犯行によって、各被害者らに激しい恐怖心を与え、一人の生命を奪うという取り返しのつかない結果を生じさせるとともに、社会も大きく動揺させた被告人が、その人格的な未熟さや成育歴等を理由に保護処分を受けることは、社会的に許容し難い」
主な判断ポイント
1. 保護処分可能性の認定
裁判所は、情状鑑定を行った臨床心理学・臨床福祉学の専門家の意見を高く評価しました。
鑑定人は「被告人の暴力行為の背景には、父親の兄に対する暴力、兄の被告人に対する暴力、母親による慢性的ネグレクト及び心理的虐待という成育環境に由来する、共感性と罪悪感の欠如、ケア葛藤や劣等感が存在している」と指摘。
さらに「第3種少年院において、治療的養育と心理・精神療法、認知行動療法を行うことで更生できる可能性がある」と結論づけました。
裁判所はこの鑑定意見について、「鑑定人の公正さや能力に疑問を挟む具体的事情や、重要な前提事実の認識の誤りなど、鑑定意見を採用できない合理的事情は認められない」としました。
また、「被告人が保護処分によって鑑定意見の指摘するような治療を受けることで、その成育歴による問題を改善し、更生する余地は残されている」と認定しました。
2. 保護処分許容性の否定
しかし裁判所は、更生可能性があっても「保護処分の許容性」がないと判断しました。
犯行態様について、裁判所は「本件商業施設内において、包丁を盗んで隠し持ち、性的な関心の下、見ず知らずの被害者らのあとをつけ、女子トイレ内で、被害者の頚部等を包丁で多数回突き刺したり、とどめを刺すかのように頚部を切り裂いたりして殺害した」と指摘。
「多数の利用客が行き交う営業中の大型商業施設内で通り魔的に行った極めて残虐な犯行」と評価しました。
成育歴の考慮についても限界を示しました。「本件は、被告人に虐待を加えた相手を対象としたものではなく、見ず知らずの被害者に対する通り魔的な犯行であるし、被告人は、少なくとも小学5年生以降、家族と離れて虐待を受けることのない施設等に入所していたのであるから、成育歴の影響を考慮することにも限界がある」と述べています。
3. 量刑の理由
裁判所は、同種事案(犯行時18歳以下の少年が犯した殺人事件1件のもの)の量刑傾向と比較し、「本件は、被告人に対して無期懲役刑や定期刑を科するには至らないものの、同種事案の中で非常に重い部類に属する」と判断。
不定期刑の長期を法定上限とすることについて、「判示第3の被害者との間で示談が成立したことなど被告人のために酌むべき事情を考慮しても、まことにやむを得ない」としました。
不定期刑の短期も法定上限とした理由については、「被告人が、これまで複数の施設や少年院に入所したにもかかわらず、保護観察期間中に更生保護施設から脱走し、少年院を仮退院したわずか二日後に本件犯行に及んでいること、法廷で一応事実を認めたとはいえ反省や謝罪の態度が見られないことも考慮すると、現時点では再犯のおそれが大きい」「被告人の根深い問題の改善には相当の長期間を要する」と説明しています。
👩⚖️ 弁護士コメント
少年法55条移送の判断基準
本判決は、少年法55条による家庭裁判所への移送判断において、「保護処分可能性」と「保護処分許容性」という2つの要素を明確に区別して判断した点で重要です。
専門家による情状鑑定で更生可能性が認められても、それだけでは移送は認められません。犯行の重大性、社会に与えた影響、被害者の処罰感情などを総合的に考慮し、「社会的に許容できるか」という観点からの判断が必要とされます。
本件では、通り魔的で残虐な犯行態様、21歳という若い女性の生命を奪った結果の重大性、営業中の大型商業施設という場所での犯行により社会に与えた不安が、保護処分の許容性を否定する決定的な要因となりました。
成育歴の考慮とその限界
虐待などの過酷な成育歴は、少年の責任を減じる重要な事情として考慮されます。本件でも裁判所は、家庭内での身体的・心理的虐待が少年の人格形成に深刻な影響を与えたことを認めています。
しかし同時に、裁判所は成育歴の考慮には限界があることも示しました。特に、①犯行が虐待を加えた家族ではなく無関係な第三者に向けられたこと、②小学5年生以降は家族から離れて施設で生活していたことを理由に、成育歴による責任の減軽には限度があるとしています。
この判断は、虐待被害者への配慮と、無関係な被害者の保護という2つの要請のバランスをとる難しさを示しています。
情状鑑定の位置づけ
本判決は、情状鑑定の証明力について重要な示唆を与えています。
裁判所は鑑定人の専門性を尊重し、鑑定意見の内容が「証拠上認められる事実関係と整合的であり、十分に合理的で納得できる」として、更生可能性に関する鑑定意見を採用しました。
しかし、それでもなお家庭裁判所への移送を否定したのは、情状鑑定が判断するのはあくまで「更生の可能性」であり、「保護処分を選択すべきかどうか」という最終的な処遇選択は、社会的許容性も含めた裁判所の総合的判断に委ねられているという構造を明確にしたものといえます。
不定期刑の上限選択
少年法52条は、18歳未満の少年に有期刑を科す場合、不定期刑とすることを定めています。本件では、長期15年、短期10年という法定上限の不定期刑が選択されました。
裁判所は量刑理由で、同種事案(犯行時18歳以下の少年による殺人1件)の中で「非常に重い部類に属する」と位置づけました。ただし、無期刑や定期刑(少年に対しても科すことができる場合がある)には至らないとしています。
短期についても法定上限とした理由は、少年院仮退院2日後の犯行という経緯、法廷での反省の欠如、母親の協力姿勢の欠如から、「現時点では再犯のおそれが大きい」「根深い問題の改善には相当の長期間を要する」という判断に基づいています。
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少年法55条(家庭裁判所への移送)
家庭裁判所から検察官に送致された少年事件について、刑事裁判所が「保護処分に付することが相当」と認めるときは、決定で事件を家庭裁判所に移送しなければなりません。
この制度は、検察官送致後も少年の特性に応じた柔軟な処遇選択を可能にするためのものです。実務上、重大事件であっても、少年の成熟度、更生可能性、犯行の計画性の程度などを総合的に考慮して移送が認められる場合があります。
本判決は、専門家の鑑定で更生可能性が認められても、犯行の重大性と社会的許容性の観点から移送が否定される場合があることを示した重要な事例です。
少年法52条(不定期刑)
18歳未満の少年に有期拘禁刑を科す場合、処断刑の範囲内で長期と短期を定めた不定期刑とします。長期は15年、短期は10年を超えることはできません。
本件のように殺人罪(法定刑:死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑)の場合、法定刑のままであれば、上限は長期15年、短期10年となります。
不定期刑の趣旨は、少年の可塑性を考慮し、矯正の進み具合に応じて柔軟に釈放時期を決定できるようにすることにあります。ただし本件のように、長期・短期とも法定上限が選択された場合、この柔軟性は大きく制限されます。
少年法20条(検察官への送致)
家庭裁判所は、死刑、拘禁刑に当たる罪の事件について、調査の結果、その罪質及び情状に照らして刑事処分を相当と認めるときは、決定をもって事件を検察官に送致しなければなりません。
また、故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪の事件で、その罪を犯すとき16歳以上の少年に係るものについては、原則として検察官に送致しなければなりません(逆送)。
本件は被告人が15歳時の犯行であったため、この原則的逆送の対象ではありませんでしたが、家庭裁判所が犯行の重大性を考慮して検察官送致の判断をしたものと考えられます。
🗨️ よくある質問
15歳の少年でも重い刑が科されるのですか?
犯行の重大性によっては科されることがあります。少年法は少年の健全育成を目的としていますが、極めて重大な犯罪については、被害者の人権保護や社会の安全という観点も重視されます。
本件のように、通り魔的で残虐な殺人事件の場合、15歳であっても法定上限の不定期刑が選択される場合があります。
ただし、成人の場合と異なり、無期刑ではなく有期刑の範囲内(最長で長期15年、短期10年)での処罰となります。
専門家が「更生可能性がある」と判断したのに、なぜ保護処分にならなかったのですか?
保護処分の選択には、「更生可能性」だけでなく「社会的許容性」も重要な判断要素となるためです。
本件では、情状鑑定により更生可能性は認められましたが、裁判所は、営業中の大型商業施設での通り魔的殺人という犯行の重大性、21歳の女性の生命を奪った結果の深刻さ、社会に与えた不安の大きさなどを考慮し、「社会的に許容し難い」と判断しました。
更生の可能性があっても、それが保護処分という形で実現されることを社会が受け入れられるかという観点からの判断が必要とされるのです。
虐待を受けて育った少年の事件では、どのように考慮されるのですか?
虐待などの過酷な成育歴は、少年の責任を減じる重要な事情として考慮されます。
本件でも裁判所は、家庭内での身体的・心理的虐待が少年の人格形成に深刻な影響を与えたことを認めています。しかし、成育歴の考慮には限界もあります。
特に、犯行が虐待を加えた家族ではなく無関係な第三者に向けられた場合や、ある程度の期間、虐待環境から離れて生活していた場合には、成育歴による責任の減軽効果は限定的になります。
裁判所は、虐待被害者への配慮と、無関係な被害者の保護という2つの要請のバランスをとって判断します。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

