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依頼を放置した弁護士が「判決書」を偽造―公文書偽造の事例 #裁判例解説

「先生、判決書はまだでしょうか。もう何度もお願いしているのですが…」
依頼者からの催促メールが、また届いていた。弁護士である被告人は、画面を見つめたまま固まった。2年以上も放置し続けた訴訟。実際には提起すらしていない裁判。それなのに「判決が出た」と嘘をついてしまった。
「…作るしかない」
被告人は、過去に担当した別事件の判決書を取り出した。裁判官の署名押印部分を切り取り、パソコンで作成した偽の判決文に貼り付ける。複写機のスイッチを入れる手が、わずかに震えていた。
※福岡地判令7・2・4(令和6年(わ)1009号)をもとに、構成しています
この裁判例から学べること
- 依頼事件の放置と虚偽報告は、さらなる犯罪行為を招く危険がある
- ADHDなどの特性があっても、専門職としての責任は免れない
- 被害弁償や反省があっても、信頼を裏切る行為には相応の刑事責任が伴う
- 成年後見人による財産管理の不正は厳しく処罰される
弁護士は、依頼者の権利を守り、法的紛争を解決する専門家として、高度な倫理観と責任感が求められる職業です。しかし、今回ご紹介する裁判例は、その信頼を根底から裏切る衝撃的な事件です。
ある弁護士が、依頼された訴訟を2年以上も放置した挙句、「判決が出た」と嘘の報告をし、発覚を免れるために判決書まで偽造してしまいました。
さらに、成年後見人として管理していた被後見人の預金から40万円を横領していたことも明らかになりました。
裁判所は、弁護士という職責の重さを踏まえ、「厳しい非難を免れない」と判示しています。この事例を通じて、専門職に対する社会の信頼がいかに重要か、そしてその信頼を裏切ることの重大さについて考えていきましょう。
📋 事案の概要
今回は、福岡地判令7・2・4(令和6年(わ)1009号) を取り上げます。
この裁判は、弁護士が依頼された訴訟を放置して判決書を偽造・行使したことに加え、成年後見人として管理していた被後見人の財産を横領した、有印公文書偽造・同行使罪および業務上横領罪が問われた刑事事件です。
- 被告人:某県弁護士会に所属していた弁護士
- 被害者:訴訟依頼者である親子(公文書偽造被害)、成年被後見人(横領被害)
- 起訴内容:有印公文書偽造および同行使、業務上横領(2件・計40万円)
- 結果:懲役2年・執行猶予4年(有罪判決)
🔍 裁判の経緯
公文書偽造事件
「訴訟の依頼を受けたのに、ずっと手をつけられなかったんです…」
被告人は、司法書士からの紹介で、ある親子から地上権設定登記の抹消手続請求訴訟を依頼されていました。
しかし、この依頼を2年以上も放置。それにもかかわらず、紹介者の司法書士や依頼者には「訴訟を提起して判決を受けた」と虚偽の報告をしていました。
依頼者から判決書の送付を再三催促されるようになり、追い詰められた被告人は、令和5年4月末から5月にかけて、偽の判決書を作成することを決意します。
パソコンで「令和4年12月16日判決言渡」「地上権設定登記抹消登記手続請求事件」などと記載した文書を作成。過去に担当した別事件の判決書から裁判官の署名押印部分を切り取って貼り付け、複写機でコピーして、一見すると本物のように見える判決書写しを完成させました。
この偽造判決書は、まず電子メールで司法書士に送信され、その後、司法書士を介して依頼者の親子にも紙で交付されました。
横領事件の背景
「後見人として選任されたのは、令和2年11月のことでした…」
被告人は、家庭裁判所から成年後見人に選任され、被後見人の財産管理を任されていました。しかし、令和4年7月、被後見人名義の預金口座から40万円を引き出し、そのうち35万円を自分のために使い込んでしまいます。
さらに同年10月には、再び10万円を引き出し、翌日には5万円を自分名義の口座に入金。専門職後見人として厳格な財産管理が求められる立場にありながら、計40万円を着服したのです。
※福岡地判令7・2・4(令和6年(わ)1009号)をもとに、構成しています
⚖️ 裁判所の判断
判決の要旨
裁判所は、被告人に対し懲役2年・執行猶予4年の判決を言い渡しました。偽造された判決書写し等は没収され、訴訟費用は被告人の負担とされています。
裁判所は量刑理由において、被告人の行為を次のように厳しく評価しました。
「被告人は、当時弁護士であったところ、過去に受任した別事件の判決書を悪用して、一般市民が偽造の判決書写しとは気づかぬ程度の外観を有するものを巧妙に作成した」
「判決書は、紛争当事者間の権利関係を確定させるなど重要な社会的機能を有し、その作成の真正が高度に要求される公文書である。そのような判決書につき上記外観を有する写しを偽造して行使することは、判決書に対する信頼を害し、ひいては国民の司法制度に対する信頼を損なうものといえ、同偽造等は有印公文書偽造、同行使事案の中でも悪質なものといえる」
主な判断ポイント
1. 公文書偽造の悪質性
裁判所は、判決書が持つ重要な社会的機能を強調しました。判決書は紛争当事者間の権利関係を確定させる文書であり、その真正性は高度に要求されます。弁護士という法律の専門家が、この判決書を偽造したことは、司法制度全体への信頼を損なう極めて悪質な行為と評価されました。
2. 動機・経緯に酌量の余地なし
偽造に及んだ理由は、2年以上放置した依頼事件について虚偽報告をしていたところ、判決書の送付を再三催促され、「その場しのぎにこれをかわすため」でした。裁判所は、この安易な動機・経緯には酌量の余地がないと断じています。
3. 業務上横領の利欲的動機
成年後見人として管理していた40万円の横領についても、「被害結果は軽視できず、利欲的な動機に酌むべき余地はない」と厳しく評価されました。専門職後見人には特に高い倫理観が求められることが改めて示されています。
4. ADHDの特性を考慮しても責任は免れない
弁護人は被告人のADHDの特性を指摘しましたが、裁判所は「弁護士の担う職責の重さ及び求められる高度の倫理観に照らせば、被告人は厳しい非難を免れない」と判示し、障害特性があっても専門職としての責任は軽減されないとしました。
5. 執行猶予を付した理由
一方で、横領被害の全額弁償、被告人の反省、心理療法等を通じた自己改善の努力、前科前歴がないこと、母親による監督の約束、弁護士会からの退会命令処分という社会的制裁を受けていることなどを考慮し、今回に限り執行猶予を付して社会内更生の機会を与えることが相当と判断されました。
👩⚖️ 弁護士コメント
専門職後見人の責任について
成年後見制度は、判断能力が不十分な方の財産と生活を守るための重要な制度です。弁護士や司法書士などの専門職が後見人に選任されるケースでは、その専門性ゆえに、より高度な注意義務と倫理観が求められます。
本件では、被告人が専門職後見人としての立場を悪用し、被後見人の財産を私的に流用しました。このような行為は、成年後見制度そのものへの信頼を揺るがすものであり、厳しく処罰されるのは当然といえます。
後見人による財産管理は、家庭裁判所への定期報告や監督を通じてチェックされる仕組みになっていますが、専門職であっても不正が起こり得ることを示す事例として、制度運用の在り方を考えさせられます。
依頼事件の放置がもたらす連鎖的な問題
本件で特に注目すべきは、依頼事件の放置が、虚偽報告、そして公文書偽造という重大犯罪へとエスカレートしていった点です。
弁護士業務において、案件を抱え込みすぎて処理が滞ることは珍しくありません。しかし、依頼者への誠実な報告義務を怠り、虚偽の説明で取り繕おうとすることは、問題をさらに深刻化させます。本件は、初期段階で正直に状況を説明し、適切な対応をとっていれば防げた事件といえるでしょう。
依頼者の皆様には、弁護士との連絡が取りにくい、進捗報告がないなどの状況があれば、早めに確認を求めることをお勧めします。
ADHDと専門職責任の関係
本件では、被告人のADHDの特性が弁護側から主張されました。ADHDの方は、タスク管理や締め切りの遵守に困難を抱えることがあり、これが事件放置の一因となった可能性はあります。
しかし、裁判所が判示したとおり、障害特性があるからといって専門職としての責任が軽減されるわけではありません。自身の特性を理解し、適切なサポート体制を整えることも、専門職としての責任の一部といえます。
📚 関連する法律知識
有印公文書偽造罪・同行使罪(刑法155条・158条)
有印公文書偽造罪は、行使の目的で、公務員の印章・署名を使用して公文書を偽造した場合に成立し、法定刑は1年以上10年以下の拘禁刑です。偽造した公文書を行使した場合は、同行使罪も成立します。
判決書は裁判所が作成する公文書の中でも特に重要なものであり、その偽造は司法制度への信頼を直接損なう行為として、重く処罰されます。
業務上横領罪(刑法253条)
業務上横領罪は、業務上自己の占有する他人の物を横領した場合に成立する犯罪で、法定刑は10年以下の拘禁刑です。単純横領罪(5年以下の拘禁刑)より重い刑罰が定められているのは、業務上の信任関係を裏切る行為だからです。
成年後見人は、被後見人の財産を業務として管理する立場にあるため、その財産を私的に流用すれば業務上横領罪が成立します。
弁護士の懲戒制度
弁護士が非行を行った場合、所属する弁護士会から懲戒処分を受けます。処分の種類は、戒告、2年以内の業務停止、退会命令、除名の4段階があります。
本件の被告人は「退会命令」の処分を受けています。これは除名に次いで重い処分で、弁護士会からの強制的な退会を命じられ、弁護士資格を失うことになります。
🗨️ よくある質問
弁護士に依頼した案件がきちんと進んでいるか不安です。どうすれば確認できますか?
定期的な進捗報告を求めることは依頼者の正当な権利です。弁護士には依頼者への報告義務がありますので、遠慮なく状況確認の連絡をしてください。
連絡が取りにくい、報告がないなどの状況が続く場合は、弁護士会の相談窓口に相談することも検討しましょう。また、重要な書類(判決書など)については、裁判所に直接問い合わせて確認することも可能です。
成年後見人による不正が疑われる場合、どこに相談すればよいですか?
成年後見人を監督しているのは家庭裁判所です。後見人の不正が疑われる場合は、家庭裁判所に報告・相談することができます。
また、後見人が弁護士や司法書士などの専門職の場合は、各士業の所属団体(弁護士会、司法書士会など)にも相談・通報が可能です。早期に相談することで、被害の拡大を防ぐことができます。
弁護士がADHDなどの発達障害を抱えている場合、依頼者として注意すべき点はありますか?
弁護士の障害の有無にかかわらず、依頼者として重要なのは、定期的なコミュニケーションを心がけることです。
進捗確認の連絡を入れる、重要な期限は共有して確認し合うなどの対応が有効です。もし対応に不安を感じる場合は、複数の弁護士が所属する事務所を選ぶ、弁護士会の相談窓口を活用するなどの方法も検討してください。
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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了

