岡野武志弁護士

第二東京弁護士会所属。刑事事件で逮捕されてしまっても前科をつけずに解決できる方法があります。

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信用組合トップが仕組んだ221億円の巨額融資背任事件#裁判例解説

更新日:
巨額融資

被告人を懲役4年6月に処する」ーー法廷に、裁判長の厳かな声が響き渡った。

被告人は、かつてA信用組合の理事長として金融界に君臨していた人物。その隣には、B信用組合の元代表理事である共犯者の姿もあった。

221億円超の損害額。

ゴルフ場開発会社、パチンコ店経営会社、そして休眠状態の企業へ次々と行われた不正融資。返済能力のない企業への無担保貸付の連鎖。

裁判官は静かに告げた。「被告人は、金融機関の長としての責任ある公的立場を忘れ、自己ないし親密な関係者らの利益を優先させました

※東京地判平11・10・5(平成7年(刑わ)1314号ほか)をもとに、構成しています

この裁判例から学べること

  • 信用組合の代表理事が返済能力のない企業に無担保で巨額融資すれば背任罪が成立する
  • 共謀による背任では、刑法65条1項により非身分者も共同正犯として処罰される
  • 金融機関の公的責任を軽視し、私的な利益を優先した場合、実刑判決もあり得る

金融機関のトップによる背任事件は、預金者の信頼を根底から揺るがし、金融システム全体への不信を招きます。

本件は、2つの信用組合のトップが共謀し、返済能力のない企業に総額221億円超の不正融資を行った戦後最大級の信用組合背任事件です。

被告人はA信用組合の理事長として、またB信用組合の代表理事と共謀。ゴルフ場開発会社やパチンコ店経営会社、休眠状態の企業などに対し、十分な担保も取らずに多額の貸付けを実行しました。その資金は被告人個人や関連会社の債務返済、あるいは親密な関係者の救済に充てられました。

この事例を通じて、金融機関経営者の背任罪における任務違背の意味、共謀共同正犯の成立要件、そして金融の公共性と経営者の責任について理解を深めていきましょう。

📋 事案の概要

今回は、平成11年10月5日東京地方裁判所判決(平成7年(刑わ)1314号ほか)、いわゆる「旧二信組巨額融資背任事件」を取り上げます。

この裁判は、信用組合の代表理事らが、その任務に違背して返済能力のない企業に対し無担保または不十分な担保で巨額の融資を行い、組合に多大な損害を与えた事案です。

  • 被告人:A信用組合の代表理事。企業グループの経営者でもあった
  • 共犯者:B信用組合の代表理事ら。被告人と親交があり、相互に協力関係にあった
  • 請求内容:検察官は被告人を背任罪で起訴し、懲役刑を求刑
  • 結果:懲役4年6月の実刑判決。被告人は控訴

🔍 裁判の経緯

……もう限界だ。どこも貸してくれない。資金が止まれば、全部が崩れる。

被告人は焦燥感に駆られていた。平成4年から5年にかけて、バブル崩壊の波は容赦なく押し寄せていた。リゾート開発を柱としていたグループの資金繰りは急速に悪化し、当期未処理損失は約794億円に達していた。

頼む、なんとか力を貸してくれないか。今は時間がほしいんだ。

古くから付き合いのある信用組合の理事にそう頭を下げた。お互い苦しかった。まさしく、火の車だった。

その日から、いくつもの会社名を使って金を動かすようになった。ゴルフ場の開発会社、休眠していたペーパーカンパニー、パチンコ店の運営会社……。見た目だけ整えた取引が、次々と積み上がっていく。

帳簿上は新しい融資のように見せかけて、実際は自分たちの古い債務の穴埋めに消えていった。

このままじゃ終わる。あのゴルフ場の経営権を一時的にうちで預かる。もう少し時間があれば立て直せる。

現実は違った。平成6年9月、新聞報道をきっかけに両信用組合の経営問題が表面化した。

一連の事件による損害総額は、実に221億円。預金保険機構や金融機関からの支援に加え、多額の公的資金が投入され、結果として日本の金融システム全体を揺るがす大スキャンダルとなった。

※東京地判平11・10・5(平成7年(刑わ)1314号ほか)をもとに、構成しています

⚖️ 裁判所の判断

判決の要旨

裁判所は、被告人の行為について、「金融機関の長としての公的立場を忘れ、自己ないし親密な関係者らの利益を優先させたものであり、公私を混同したものとして厳しく非難されなければならない」と断じました。

その上で、被告人の一連の行為は背任罪が成立すると明確に認定し、本件の被害規模や悪質さ、金融システムに与えた深刻な影響を重く見て、「実刑は免れない」と判断し、懲役4年6月の判決を言い渡しました。

主な判断ポイント

任務違背の存在

信用組合の代表理事は、貸付けに際して、関係法令や定款、貸出規定等を遵守し、貸付先の営業状態や資産を精査し、確実に十分な担保を徴して貸付金の回収に万全の措置を講ずべき任務を負っています。

本件では、融資先の多くが債務の返済能力を欠き、ゴルフ場開発も用地取得が進まず本認可の見通しが立たない状態でした。しかし、被告人らは何ら担保を徴求せず、極めて不十分な担保(未発行会員権、登記留保の根抵当権など)しか徴求しませんでした。

裁判所は、このような貸付けは明らかに任務に違背するものである、と判断しました。

損害発生の認識

被告人は、融資先企業の財務状況を熟知しており、返済能力がなく、担保が不十分であることを十分認識していました。そのため、多額の貸付けを行えば、信用組合に貸倒れ等の損害が発生する危険が高いことを認識していたと認定されました。

図利目的の存在

融資金の大半が、被告人個人や親族、被告人関連会社の借入金の元利払い、知人等への貸付けや株式の損失補填、あるいは親密な関係者の経営する倒産寸前の会社の債務返済等に充てられました。

弁護人は「信用組合の利益を図るためだった」と主張しましたが、裁判所は「一部が信用組合に還流していたとしても、全体として見れば、主として被告人らの利益を図る目的であった」と認定しました。

共謀共同正犯の成立

B信用組合からの融資については、被告人は代表理事ではありませんでした。しかし、B信用組合の代表理事と共謀して融資を実行させたため、刑法65条1項により背任罪の共同正犯が成立すると判断されました。
被告人は、ゴルフ場開発会社の取得をB信用組合に持ち掛けました。また、複数の融資に自ら深く関与し、一部の融資は被告人の了承のもとで実行されました。

弁護人の主張への反論

弁護人は「銀行の管理下にあり、銀行が了解していた」「行政の監督下にあった」などと主張しました。

しかし、裁判所は「銀行は個々の貸出しを事前に審査するシステムはなく、管理していたとはいえない」「行政の監督は後見的なものにすぎない」として、これらの主張を退けました。

また「プロジェクトファイナンスであり、担保が不十分でも任務違背とはいえない」との主張に対しても、「貸付金の大半が事業には使用されておらず、プロジェクトに由来するリスク以上のリスクを背負わされている」として排斥しました。

👩‍⚖️ 弁護士コメント

金融機関経営者の重い責任

本判決は、金融機関の経営者に課される任務の重さを改めて示すものです。

信用組合は、預金者・組合員から資金を預かり、適切に運用して経済活動を支える公共的な役割を担っています。その経営者は、個人的な利益や情実を優先させることは決して許されません。

本件で被告人は「債務の付替え」という手法を用いて、形式的には融資先を変えながら、実質的には自己や関連企業の債務を膨張させました。このような巧妙な手口であっても、実質的な任務違背が認められれば背任罪が成立することを明確にしました。

担保評価の重要性

本判決は、担保の実効性について厳格な判断を示しています。特にゴルフ場の未発行会員権について、「会員権の発行主体が倒産寸前である」「未発行会員権が大量に担保差入れされている」などの事情から、担保価値が極めて低いと判断しました。

また、登記留保された根抵当権についても、実効性のある担保とは認められないとしました。債務者が無断で第三者に譲渡するリスクがあり、十分な担保とはいえないのです。

共謀共同正犯の成立範囲

本件では、被告人はB信用組合の代表理事ではありませんでした。しかし、B信用組合の代表理事と共謀して融資を実行させたため、刑法65条1項により背任罪の共同正犯が成立しました。

この条文は、「身分によって構成すべき犯罪行為に加功したときは、身分のない者であっても、共犯とする」と規定しています。つまり、代表理事という身分を持たない被告人でも、身分を持つ者と共謀すれば、背任罪の共同正犯として処罰されるということです。

この判決は、金融機関の役職員ではない外部者であっても、経営者と共謀して不正融資を実行させれば、背任罪の共同正犯として処罰される可能性があることを示した判断です。

📚 関連する法律知識

背任罪の成立要件

背任罪(刑法247条)が成立するには、以下の要件が必要です。

  • 他人の事務を処理する者であること:信用組合の代表理事は、組合の事務を処理する者に該当します。
  • 任務に背く行為をしたこと:代表理事が貸出規定等に違反して、返済能力のない相手に無担保で融資することは任務違背に当たります。
  • 図利加害目的があること:自己や第三者の利益を図る目的、または本人(信用組合)に損害を加える目的が必要です。本件では被告人らの利益を図る目的が認められました。
  • 財産上の損害が発生したこと:本件では回収困難な不良債権が発生し、最終的に221億円超の損害が生じました。

共謀共同正犯について

複数の者が犯罪の実行を共謀し、そのうちの一部の者が実行行為を行った場合、実行行為を直接行わなかった者も共同正犯として処罰されます(刑法60条)。

本件では、被告人が共犯者に融資を依頼し、共犯者がそれを実行するという役割分担がありました。

被告人は融資の方法を考案し、融資先を指定し、融資実行を働きかけました。そのため、単なる教唆や幇助ではなく、共謀共同正犯として処罰されました。

身分犯における共犯

背任罪は「他人の事務を処理する者」という身分がなければ成立しない身分犯です。一方、刑法65条1項は、このような身分犯について、身分のない者が身分のある者と共犯関係に立った場合、身分のない者も共犯として処罰されることを規定しています。

本件では、被告人はB信用組合の代表理事ではありませんでした。しかし、B信用組合の代表理事と共謀したことにより、刑法65条1項に基づき背任罪の共同正犯として処罰されました。

🗨️ よくある質問

Q.一部が信用組合に還流していれば背任罪にならないのではないですか?

貸付金の一部が信用組合に還流していても、全体として見て主たる目的が被告人らの利益を図ることにあれば、背任罪は成立します。

本件でも、一部還流はありましたが、大部分が被告人個人や関連会社の債務返済に充てられていました。そのため、主として被告人らの利益を図る目的があったと認定されました。

Q.将来の収益で返済できる見込みがあれば返済能力があるといえますか?

単なる期待や願望では返済能力があるとはいえません。

本件でも、弁護人は「ゴルフ場が完成すれば会員権販売で返済できる」と主張しました。しかし裁判所は、「本認可の時期も明確でなく、将来の収益を予測することは極めて困難」として、返済能力を否定しました。
具体的な事業計画や資金計画がなければ、返済能力は認められません。

Q.銀行や行政が監督していれば違法性が阻却されませんか?

銀行や行政の監督は、被告人の責任を免除するものではありません。

本件で裁判所は、次のように判断しました。
銀行は個々の貸出しを事前審査するシステムを持っていませんでした。また、行政の監督も事後的・後見的なものにすぎませんでした。
そのため、これらの監督があったからといって違法性は阻却されないとされました。経営者自身が責任を負うべきです。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了