過労死の定義|残業何時間で過労死ライン?どんな病気が過労死認定される?
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働き方改革による長時間労働の是正が求められていますが、長時間労働などによって過労死する人の数はあまり減少しておらず、大きな社会問題となっています。
この記事では、過労死の定義や、過労死ラインといわれる残業時間の具体的な内容、過労死が労災と判断されるポイントを解説します。
ご家族の死亡が過労死にあたるのではないかという疑問を持つ方や、幸い死亡には至っていないものの脳・心臓疾患や精神障害が仕事によって引き起こされたと考えている方も、参考にしてください。
目次
過労死の定義
過労死とは何か
過労死は過労死等防止対策推進法第二条にて、「過労死等」として以下のように定義されています。
- 業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡
- 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
- 死亡には至らないが、これらの脳・心臓疾患、精神障害
死亡以外の業務上の理由による脳・心臓疾患や精神障害まで含めて過労死等と定義付けています。
過労死等防止対策推進法による対策
国が過労死の防止対策について定めた法律が、過労死等防止対策推進法です。
過労死による遺族や社会全体の損失を防ぐために設けられており、主な目的は次の2つです。
- 過労死等に関する調査研究等について定めることにより、過労死等の防止のための対策を推進する
- 過労死等がなく仕事と生活を調和させ、健康で充実して働き続けることのできる社会を実現する
目的を達成するために、同法では国や地方公共団体、事業所などに対して次の義務(または努力義務・協力義務)を課しています。
- 国:過労死等の防止のための対策を効果的に推進する
- 地方公共団体:国と協力し過労死等の防止対策を効果的に推進する
- 事業主:国や地方公共団体が実施する過労死等の防止対策に協力する
- 国民:過労死等の防止の重要性を自覚し、これに対する関心と理解を深める
過労死等の原因
まず、長時間労働は過労死等の原因といえます。脳や心臓に負担がかかったり、精神疾患の発症につながってしまうからです。
しかし、労働時間の長さだけが過労死の原因とはいえません。労働者の働き方や職場環境、仕事内容や人間関係にも過労死の原因があると考えられます。
厚生労働省の「令和2年度 過労死等防止対策白書」によると、過労死等の原因は次の通りです。
脳・心臓疾患:発症前6か月の労働時間以外の負荷要因
- 拘束時間の長い勤務(30.1%)
- 交替勤務・深夜勤務(14.3%)
- 不規則な勤務(13.3%)
- 精神的緊張を伴う業務(11.4%)
- 出張の多い業務(8.0%)
発症前6か月において、拘束時間の長い勤務についていたり、交替勤務・深夜勤務、不規則な勤務といった働き方も負荷要因として考えられています。
精神障害:具体的出来事
- 仕事内容や仕事量に大きな変化を生じさせる出来事があった(21.9%)
- ひどい嫌がらせやいじめ、暴行を受けた(17.7%)
- 上司とのトラブルがあった(15.5%)
- 悲惨な事故や災害の体験、目撃をした(14.7%)
- 2週間以上にわたって連続勤務を行った(12.9%)
精神障害の発症原因には、仕事内容や仕事量の変化、人間関係などが過労死等の要因としてあげられます。
過労死等の認定件数
厚生労働省の「令和2年度 過労死等防止対策白書」によると、令和元年度の労働者100万人あたりの認定件数は次の通りです。
脳・心臓疾患 | 精神障害 | |
---|---|---|
民間の会社員 | 3.7件 | 8.8件 |
国家公務員 | 6.8件 | 27.1件 |
地方公務員 | 5.0件 | 4.6件 |
地方公務員は平成30年度実績
また、民間の会社員の労災認定の推移は次の通りです。
脳・心臓疾患 | 精神障害 | |
---|---|---|
平成27年度 | 251件 (96件) | 472件 (93件) |
平成28年度 | 260件 (107件) | 498件 (84件) |
平成29年度 | 253件 (92件) | 506件 (98件) |
平成30年度 | 238件 (82件) | 465件 (76件) |
令和元年度 | 216件 (86件) | 509件 (88件) |
( )内は死亡件数
過労死の定義|残業時間の長さは重要?
労働時間が長いほど、肉体的疲労・精神的疲労は蓄積されていきます。そのため過労死と定義される際には、労働時間の長さ、とりわけ残業時間(時間外労働)の長さが注視されているのです。
過労死ラインとは何か
過労死ラインとは、業務と発症の関連性が強いと評価される残業時間の指標です。
過労死ラインを満たす場合には長期間の過重業務があったと判断され、脳・心臓疾患と業務の因果関係が認められる可能性が高まります。
過労死ラインは以下のように定義されています。
過労死ラインは何時間か
- 発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働
- 発症前2か月から6か月のいずれかの期間で月平均おおむね80時間を超える時間外労働
もっとも、過労死ラインまでいかずとも、残業時間が長ければ長いほど業務と発症の関連性は強まります。とくに、1か月あたりの残業時間がおおむね45時間を超えてくると、業務と発症の関連性は強まると明示されています。
また、精神疾患を発症した方に極度の長時間労働(1か月160時間超の時間外労働など) がみられた場合には、業務と精神疾患の因果関係が強いとされています。
過労死ラインは過労死かどうかを判断する重要な目安ですが、必須条件ではありません。
残業時間の証明に有効なもの
残業時間の長さを客観的に証明する資料としては、タイムカード、入退室記録などがあげられます。これらは会社側が保持する資料となるので、会社側に提供してもらいましょう。
労働者自身のスマートフォンの記録や通勤に利用していたICカードの入退場記録なども有効といえます。
雇用者には労働者の労働時間の管理が求められる
雇用者(会社)は、労働者が快適に働ける労働環境を整えることで、労働者の安全と健康を確保する義務を負っています。
労働者の残業時間を正しく把握して、問題がある場合には是正策をとる必要があります。過労死ラインほどの残業時間が長く続く状況を見過ごし、適切な対応をとっていない場合には、安全配慮義務違反にあたるものとして損害賠償請求できる場合があります。
安全配慮義務違反の有無を判断する基準をおさえておけば、雇用者に対する損害賠償請求の検討に役立つでしょう。
過労死の定義|どんな疾患でも認められる?
過労死は一定の脳・心臓疾患と精神疾患を対象としています。過労死が労災認定されるには、対象疾病かどうかがポイントです。
過労死の認定対象となる脳・心臓疾患
過労死認定の対象となる脳・心臓疾患は次の通りです。
対象疾病 | |
---|---|
脳血管疾患 | 脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症 |
虚血性心疾患等 | 心筋梗塞、狭心症、心停止※、重篤な心不全、大動脈解離 |
※心臓性突然死を含む
過労死の認定対象となる精神疾患
過労死認定の対象とされる精神疾患の具体的な病名は国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)で定められており、統合失調症、気分障害、神経症性障害、適応障害などが代表的です。特に、うつ病や急性ストレス反応は業務との関連性が高いとされています。
分類コード | 疾病の種類 |
---|---|
F0 | 症状性を含む器質性精神障害 |
F1 | 精神作用物質使用による精神および行動の障害 |
F2 | 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害 |
F3 | 気分[感情]障害 |
F4 | 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害 |
F5 | 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群 |
F6 | 成人のパーソナリティおよび行動の障害 |
F7 | 精神遅滞[知的障害] |
F8 | 心理的発達の障害 |
F9 | 小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害、特定不能の精神障害 |
過労死の定義|仕事により発症したとどう証明する?
脳・心臓疾患や精神疾患は、労働者自身が仕事と関係なく発症のリスクを持っている場合もあります。たとえば高血圧は心臓疾患のリスクを高めることになりますし、心療内科に通いつつ働く人もいるでしょう。
過労死が労災と認定されるには、「労働者本人の健康状態や気質」と発症に関連性がないこと、そして業務によって発症したという因果関係を示さなくてはなりません。ここに過労死の労災認定が難しいとされている理由があります。
仕事と発症に関連があるかどうかを判断する基準をみていきましょう。
過労死の認定基準を満たすことを示す
脳・心臓疾患発症に至る負荷がかかったことを示す
厚生労働省の令和2年9月改訂「脳・心臓疾患の労災認定」によると、労災の対象となるのは、業務による明らかな荷重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患です。
「業務による明らかな荷重負荷」の有無の判断基準は次の3つとなります。
- 異常な出来事が発症直前から前日までに起こった
- 過重業務が発症前おおむね1週間の短期間に起こった
- 過重業務が発症前おおむね6か月間の長期間に起こった
精神障害を発症するほどの出来事があったことを示す
発病前概ね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められた場合には、精神障害と仕事に因果関係があるものと認められる可能性が高まります。
強い心理的負荷を受けたかどうかは、「特別な出来事」の有無によります。特別な出来事は、厚生労働省「精神障害の労災認定」(別表1)で類型が定められていますので、一例を示します。
- 心理的負荷が極度のもの(業務上で生死に関わるけがをした場合など)
- 極度の長時間労働(1か月160時間超の時間外労働など)
「特別な出来事」に該当する出来事がない場合であっても、「精神障害の労災認定」(別表1)に定める具体的出来事から総合的に判断されます。
過労死の認定基準や労災認定を受けた場合の補償についてもっと詳しく知りたい方は、関連記事も併せてお読みください。
業務以外に原因となる事象がないことを示す
過労死が労災認定されるには、脳・心臓疾患や精神障害の発症原因が業務にあると示す必要があります。同時に、労働者本人の健康状態や気質によって発症していないこともポイントです。
脳・心臓疾患の場合
基礎疾患や発症リスクを元々持っていたとしても、労災認定を受けられる可能性はあります。次のような点を満たす場合には、脳・心臓疾患と業務に因果関係があるといえるでしょう。
- 基礎疾患の状態が安定している
- 急変して危篤状態になる状態ではない
- 自然経過によるものではない
- 業務による過重負荷が認められる
これまでの裁判例をみても、医師の見解や診断書が重視される傾向にあります。健康診断の結果なども踏まえて、脳・心臓疾患が業務によって引き起こされたものだと示していきましょう。
精神障害の場合
精神障害の場合には、業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないことがポイントです。「業務以外の心理的負荷」とは以下のようなものとなります。
- 離婚した、配偶者や子どもが死亡した、など
- 交通事故を起こした、火事にあった、など
「個体側要因による発病」とは、精神障害の既往症やアルコール依存状況など個人的な要因による精神障害の発病をいいます。
どちらの場合も判断が難しい面がありますが、「業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病した」と認められた場合は、労災認定されません。
関連記事『精神疾患の労災認定基準|うつ病や適応障害も労災?認定されないときの対処法』では、精神疾患の労災認定基準の詳細や、認定されない時の対処法も紹介していますので、参考にしてください。
労災事故|過労死は弁護士に相談も有効
そして、過労死が起きた場合には、労災として認定されるかどうかだけでなく、監督者である会社に対する損害賠償請求を行えるかどうかという点も大きな問題となります。過労死であると認定されたとしても、労災保険から慰謝料は受け取れないのです。
しかし、会社も簡単には責任を認めないことが多いでしょう。
そのため、過労死に関する適切な請求を行うためには、専門家である弁護士に依頼することをおすすめします。
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アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了