財産分与を払わないとどうなる?強制執行による回収手順と差押えの対象
離婚時に財産分与の合意をしたにもかかわらず、相手が約束通りに支払ってくれない場合、法的な手段に訴えることが可能です。財産分与の不払いを放置すると、受け取るべき正当な権利が実現されません。
この記事では、財産分与が支払われない場合にどうなるのか、そして強制的に回収する手段である強制執行について、その手続きや対象となる財産を分かりやすく解説します。
目次
財産分与を払わないとどうなるのか
財産分与の支払いが約束通りに行われない場合、支払う側には法的なリスクが生じます。
最終的なペナルティは強制執行による財産の差押えです。
支払ってもらえない側は、裁判所の手続きを通じて、支払わない側の財産を強制的に差し押さえ、そこから未払いの財産分与を回収することが法的に認められています。
財産分与を払わない場合、遅延損害金の支払い義務が生じることもあります。強制執行は、それよりもさらに重い法的措置といえます。
財産分与の強制執行とは?
財産分与が支払われない場合の強制執行という手段は、具体的にどのような手続きなのでしょうか。
ここでは、強制執行の基本的な仕組みと、強制執行の実行に必要な条件について解説します。
強制執行の基礎知識
強制執行とは、国が法律に基づき、個人の請求権を強制的に実現する手続きです。
支払う義務があるにもかかわらず支払わない人に対し、裁判所が介入し、その人の財産(預貯金や給与など)を差し押さえて、権利を持つ人に分配します。
財産分与の不払いにおいて、強制執行は権利を確保するための最終手段といえます。
財産分与の強制執行に必要な債務名義
強制執行を申し立てるためには、単に離婚時に合意したというだけでは不十分です。法的に強制執行の根拠となる債務名義と呼ばれる公的な文書が必須となります。
債務名義とは、強制執行によって実現されるべき権利の存在と内容を公的に証明する文書のことです。
裁判所は、この債務名義がなければ強制執行の手続きを開始できません。
債務名義になる文書の具体例
財産分与の強制執行において、債務名義となる主な文書は以下の通りです。
- 強制執行認諾文言付の公正証書
公証役場で作成した公正証書のうち、「支払わない場合は直ちに強制執行に服する」旨が記載されたもの。 - 調停調書
家庭裁判所の離婚調停で財産分与の合意が成立し、その内容が記載された調書。 - 審判書
家庭裁判所が審判によって財産分与の内容を決定した場合の書類。審判が確定していることを証明する確定証明書が必要。 - 判決正本
離婚訴訟において、財産分与の支払いを命じる判決が下された場合の書類。審判が確定していることを証明する確定証明書が必要。
私的な合意書で強制執行はできない
離婚時に夫婦間で作成した離婚協議書や合意書は、たとえ当事者同士の署名押印があっても、それ自体は私的な文書に過ぎません。
これらは債務名義には該当しないため、この書類だけでは強制執行の申立てはできません。
もし手元にあるのが離婚協議書や合意書だけで、相手が支払いに応じない場合は、まずその合意書に基づいて家庭裁判所に調停や訴訟を申し立て、債務名義を取得する手続きから始める必要があります。
強制執行の申立て手続きと流れ
強制執行の申し立ては、原則として、相手の住所を管轄する裁判所に対して行います。
ここでは、申立ての準備から実際に回収するまでのステップを順に解説します。
1. 申立ての準備
強制執行を開始するには、債務名義の正本または謄本が必要です。公正証書や調停調書など、手元にある債務名義を確認します。
また、何を差し押さえるかによって、相手の財産情報を特定する必要があります。
| 財産の種類 | 必要な情報 |
|---|---|
| 預貯金 | 金融機関名と支店名 |
| 給与 | 勤務先の名称と所在地 |
相手の口座情報や勤務先がわからない場合、調べるための法的な手続きが必要になることもあります。
申立ての段階では、差し押さえる財産をできるだけ具体的に特定しておくことが重要です。
2. 裁判所への申立て
相手の住所地を管轄する地方裁判所に対し、債権差押命令申立書などの必要書類を提出します。
差押えの対象となる財産の種類や状況によって管轄が異なる場合があるので注意しましょう。
3. 差押命令の発令
裁判所が申立てを認めると、差押命令を発令します。
この命令は、支払義務のある相手方(債務者)と、差押えの対象となる財産を管理する第三者(銀行や勤務先)に送達されます。
4. 財産の回収
差押命令が送達されると、銀行は相手の口座からのお金の引き出しを停止し、勤務先は給与の一部を相手に支払うことを禁止されます。
その後、申立人は差し押さえた預貯金や給与を、銀行や勤務先から直接取り立てることで未払いの財産分与を回収します。
強制執行で差押えの対象となる財産
強制執行によって差し押さえることができる主な財産は以下の通りです。
預貯金債権
相手名義の銀行口座やゆうちょ銀行の貯金が対象です。
金融機関名と支店名の特定が必要で、差押えの時点で口座にある残高が対象となります。
給与債権(給料)
相手が会社員や公務員の場合、勤務先から支払われる給与も対象にできます。
ただし、相手の生活を保障するため全額を差し押さえることはできません。原則として手取り額の4分の1までが差押えの上限となります。
手取り額が一定の基準を超える場合はその上限が変動することがあります。
不動産
相手が所有する土地や建物も対象となります。
ただし、不動産の差押えは競売手続きを経る必要があり、手続きが複雑で費用や時間も多くかかる傾向があります。
動産
現金、自動車、貴金属などの動産も対象となりますが、生活に不可欠な家財道具などは法律で差押えが禁止されています(民事執行法131条)。
強制執行が難しいケースの対策
強制執行は強力な手段ですが、万能ではありません。スムーズに進まないケースもあります。
相手の財産が不明な場合の対処法
差し押さえるべき財産がわからないと、強制執行は空振りに終わってしまいます。
このようなケースでは、裁判所の財産開示手続を利用することが考えられます。
財産開示手続は、債務名義を持つ人が裁判所に申し立て、相手方を裁判所に呼び出して自身の財産について陳述させる制度です。
費用倒れのリスクと判断基準
強制執行の申立てには、裁判所に納める費用や、場合によっては弁護士費用がかかります。
相手に差し押さえるべき財産がほとんどない場合、回収額よりも手続きにかかる費用の方が高くなってしまうリスクも考慮しましょう。
財産分与の不払いや強制執行は弁護士へ相談を
財産分与が支払われずお困りの場合や、強制執行を検討している場合は、専門家である弁護士に相談することをお勧めします。
弁護士に依頼するメリットは以下の通りです。
- 手元の合意書が債務名義として有効か判断してもらえる
- 相手の財産を調査する法的手続き(財産開示手続、弁護士会照会など)をサポートしてもらえる
- 複雑な強制執行の申立書類の作成や、裁判所とのやり取りを任せられる
- どの財産を差し押さえるのが最も効果的かアドバイスをもらえる
強制執行の手続きや財産調査に不安がある場合は、速やかに弁護士にご相談ください。

高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。全国15拠点を構えるアトム法律グループの代表弁護士として、刑事事件・交通事故・離婚・相続の解決に注力している。
一方で「岡野タケシ弁護士」としてSNSでのニュースや法律問題解説を弁護士視点で配信している(YouTubeチャンネル登録者176万人、TikTokフォロワー数69万人、Xフォロワー数24万人)。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士、弁理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了
