手術失敗?裁判例から手術ミスの損害賠償を知る|同意書の役割とは?
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「術後に障害が残ったのは手術を失敗したからに違いない」
「手術ミスで家族が死亡したのかもしれない」
自分や家族が手術ミスによって障害が残ったり、死亡したりした場合、どのような対応をとっていけばよいのでしょうか。
手術ミスによって被害を被った場合、慰謝料などを損害賠償請求する方法としては、裁判・調停・示談が考えられます。
本記事では、手術ミスの裁判例を通して、どのくらいの慰謝料が認められたのか紹介していきます。損害賠償請求を行う際の注意点や弁護士が担う役割についても解説していますので、最後までご覧ください。
判例(1)腫瘍摘出時に手術ミスがあり障害が残った
概要と争点|坐骨神経を傷つけるような手術ミスはあったのか
県立病院で右大腿部の腫瘍摘出手術を受けた被害者は、担当した医師らの手術ミスにより坐骨神経が傷つけられ、右下肢機能全廃の障害を負ったとして、病院を相手取って医療訴訟を提起しました。(神戸地方裁判所 平成9年(ワ)第1908号 損害賠償請求 平成14年3月14日)
被害者と病院の主な争点は以下の通りです。
- 手術中の手技の選択を誤り、坐骨神経を傷つける執刀上のミスがあったか
- 手術後に神経縫合術などの適切な措置をとったか
- 手術を中止して、腫瘍摘出を続行すると生じる影響についての説明を怠ったか
- 専門医へ転医させる義務を怠ったか
- 被害者が受け取った見舞金に示談の効力があるか
- 手術によって生じた被害者の損害内容と損害額
判決|手術ミスはあったとして損害賠償請求が認められた
裁判所は、手術ミスによって坐骨神経が傷つけられたことが認められることから、病院側に約4880万円の損害賠償を命じました。
裁判所による判断
裁判所は、手術ミスによって坐骨神経が傷つけられ、右下肢機能全廃の等級5級の後遺障害を負ったと認定しました。また、病院側から支払われた見舞金10万円は、病院から法的責任を負うような手術ミスはなかったという説明を受けて応じただけであり、実際には手術ミスという法的責任を追及できる過誤があったのであるから示談は無効であったとも認定しています。
裁判所が認定した賠償金額
裁判所は、入院付添費・入院雑費・休業損害・入通院慰謝料・後遺障害逸失利益・後遺障害慰謝料・弁護士費用を認めています。裁判所が認定した賠償金額は、以下の通りです。
損害の内訳 | 賠償金額 |
---|---|
入院付添費 | 31万5000円 |
入院雑費 | 7万5600円 |
休業損害 | 191万2982円 |
入通院慰謝料 | 200万円 |
後遺障害逸失利益 | 2845万7978円 |
後遺障害慰謝料 | 1300万円 |
損益相殺※ | -143万2000円 |
弁護士費用 | 450万円 |
合計 | 4882万9560円 |
※ 傷病手当と見舞金の合計
判例(2)手術ミスが原因で聴覚を失ったと主張した
概要と争点|内耳をノミで損傷するような手術ミスがあったか
右耳に放水活動の水を浴びたことでめまいや耳垂れの症状がでた原告は、耳鼻咽喉科を受診しても症状が治まらなかったため、総合病院を受診して外傷性右外リンパ瘻との診断を受けて入院しました。右耳の手術を受けて退院しましたが、右耳の聴力と右側の味覚を失うこととなります。
原告は、内耳がノミで傷つけられたという手術ミスがあったことで聴力や味覚を失う後遺障害を負ったとして、総合病院を経営する医療法人財団に対して医療訴訟を提起しました。(甲府地方裁判所 平成16年(ワ)第259号 医療過誤による損害賠償請求事件 平成21年9月29日)
原告と病院側の主な争点は以下の通りです。
- 耳に負った傷病を外リンパ瘻と診断し、一回目の手術を行ったことが妥当であったか
- 一回目の手術において内耳をノミで損傷するような手術ミスがあったか
- 二回目の手術の必要性と手術にあたって医師から十分な説明が行われていたか
- 後遺障害と二回目の手術との因果関係はあったか
- 手術ミスで生じた損害内容と損害額
判決|手術ミスは認められない
原告側の損害賠償請求は認められませんでした。裁判所による判断は以下のとおりです。
裁判所による判断
裁判所は、原告の傷病を外リンパ瘻と診断したことや、一回目の手術を行ったことは相当であったと判断しています。
また、原告が主張する誤ったノミ操作によって内耳が傷つけられたと認めるに足りる証拠もないことや、二回目の手術の必要性を医師から説明されていたことなどを踏まえて、損害賠償請求は認められませんでした。
手術ミスで損害賠償請求する時の注意点と弁護士の役目
手術ミスで損害を被ったと患者側が主張しても、認められるケースと認められないケースがあります。手術を行った医師や医師を雇用する病院に賠償責任があると認められれば、賠償金が支払われるのです。
医師や病院に賠償責任が認められるとは、具体的にどのようなケースを指すのでしょうか。
病院側の過失はどのように判断されるのか、裁判以外に損害賠償請求する方法について解説していきます。また、手術の前に求められる手術同意書がもつ意味にも触れていますので、引き続きご覧ください。
病院側の過失を検討|手術同意書にサインしたら責任は問えない?
手術ミスという病院側の過失があったかどうかを検討するにあたっては、医師による安全配慮義務違反の有無が重要です。
医師には、患者を危険にさらすことなく安全に配慮して治療を行わなければならないという安全配慮義務が課せられているのですが、このような義務を守らなかったことを安全配慮義務違反といいます。
安全配慮義務違反によって生じた出来事であったのかは、予見可能性と結果回避性で判断されます。
たとえば、予見できたであろう事故や、適切な対応をとらなかったために生じた事故なら損害賠償請求が可能になるのです。
さらに、医師の安全配慮義務違反が認められるケースでは、医師を雇用する病院に対しても損害賠償請求が可能になります。このような雇用主にも損害賠償請求できることを「使用者責任」といいます。
医師個人のみに全額を損害賠償請求することはできますが、医師の資力が十分でないこともあるでしょう。医師よりは資力が大きいと考えられる病院に対して請求することで、補償が得られる可能性がより高まります。
手術同意書にサインしても責任を問える?
手術前には、医師から「同意書」にサインを求められるのが通常です。手術の内容に関する説明を医師から受け、その内容に納得したうえで手術を受けることを承諾した証となります。
医師が最大限の注意を払って行った手術でも、一定の割合で合併症などのリスクを伴うこともあるでしょう。このような一定の割合で起こり得るリスクに関して医師から説明を受け、納得したうえで同意書にサインしたのであれば、医師や病院に責任を問うことはむずかしいのです。
手術というのは治療行為の一環で、病気を治せる可能性はあるものの、そもそも体を傷つける行為であることを再認識せねばなりません。
ただし、医師の説明が不十分な状態で同意書にサインしてしまった場合や、一定の割合で起こり得るリスク以外の悪い結果が医師の過失によって生じた場合は、医師や病院に責任を問うことができる可能性もあるでしょう。
関連記事『「責任を負わない」免責同意書は無効?手術ミスやスポーツ事故での効力』においても同意書と損害賠償の可否について解説しています。
手術ミスという過失と結果に因果関係はあるか
手術ミスという過失があったとしても、過失と結果の間に因果関係ありと証明できなければ損害賠償を請求できることはできません。
先ほど紹介した判例でも、ノミの操作を誤って内耳を傷つけた手術ミスはなかったと判断されたために損害賠償請求は認められませんでした。ある結果が起きたとしても、原因と結果とのつながりが認められなければ、損害賠償請求することはできません。このような原因と結果のつながりを因果関係といいます。
因果関係は、手術ミスが生じた時の状況をはじめ、さまざまな証拠にもとづいて判断されることになります。証拠にはカルテや検査画像などの資料が含まれ、因果関係を証明するために扱われるのです。
カルテや検査画像などの証拠はカルテ開示や証拠保全といった手続きにより収集します。
証拠が充実しているに越したことはありませんが、単純に充実しているだけで因果関係を適切に証明できるわけではありません。法的な問題はどこにあったのか、証拠を使って因果関係を適切に主張していく必要があります。
因果関係は弁護士の見解を聞くことも大事
弁護士は法律の専門家なので、証拠を用いてどのような主張を行っていくべきかなどの検討が可能です。
手術ミスの被害にあったと感じたら、弁護士に相談してどのような対応をとっていくべきかアドバイスをもらいましょう。
弁護士に依頼すれば、責任追及手続きに先立ち、医療調査という手続きを実施して、医師や病院に賠償責任が認められそうかどうかの見通しを教えてくれます。
関連記事では医療調査のより詳しい内容、手術ミスを弁護士に相談する「法律相談」の有用性や、医療過誤の相談先となる公的機関についてまとめています。
裁判以外にも損害賠償を請求する方法がある
手術ミスの補償を求めて損害賠償請求する方法として、「裁判」を思いつくかもしれません。もっとも、いきなり裁判を選択するよりも、「示談」や「調停」といった方法がはじめに行われることが多いです。
損害賠償問題を解決するにあたっては、病院との示談からはじまるのが一般的といえます。示談とは、病院と話し合いを行い、問題を終結させるためにお互いが納得できる内容を決めていく方法です。なかには裁判からはじめた方がいい事案もありますが、示談で解決しなかった場合に裁判へと進むことが多いでしょう。
裁判を行うには、訴訟費用といった手数料や手間と時間もかかります。その反面、示談は当事者双方の話し合いで進められるので手数料などは基本的に発生しませんし、話し合いが順調に進めば早期解決が望めます。このような理由から、示談から損害賠償請求がはじめられるケースが多いのです。
調停とは、第三者を間に入れて話し合いを行い、問題を終結させるためにお互いが納得できる内容を決めていく方法です。示談と同じように話し合いで進められる点が共通していますが、第三者を間に入れるという点が異なります。調停は裁判ほど費用や手間はかかりませんが、示談と比べると費用や手間がかかるので、示談と裁判の間にとられることが多い方法です。
どの方法で損害賠償請求すべきかは、事案の内容や状況によって違います。どの方法を選ぶべきか、そもそも損害賠償請求できる事案なのかについては弁護士に相談してみましょう。
請求したい損害賠償の金額は適切か
手術ミスで受けた被害について補償を請求する時には、どのような被害を受けて、その被害を回復するためにはどのくらいの補償額が必要になるのかあらかじめ算定しておく必要があります。
手術ミスなどの医療過誤で生じる主な損害の内訳と基本的な算定方法については、以下のとおりです。
損害 | 算定方法 |
---|---|
慰謝料 | 入通院慰謝料:治療期間や怪我の程度 後遺障害慰謝料:障害の部位や程度 死亡慰謝料:家庭内の役割 |
休業損害・逸失利益 | 事故前の収入など |
治療費 | 実費 |
葬儀費用 | 上限150万円とした実費 |
紹介した損害の内訳は、多くの方が請求するであろう主なものに限られます。請求できる項目は事案によってことなるので、事案ごとに細かく算定することが大切です。
手術ミスを原因として、常時介護が必要な障害が残ったり、死亡したようなケースであれば、被害者本人への慰謝料だけでなく、近親者や遺族への慰謝料も認められる可能性が高くなるでしょう。
もっとも、手術ミスのようなケースでは手術を行う前から既往症を持っていたなどの事情から、損害額に影響が及ぶことも考えられるので注意しましょう。
損害賠償請求では争点となりやすい示談金の相場についても把握しておく必要があります。関連記事では示談金の相場はもちろん、示談交渉の流れもわかりやすく解説しているので、ご一読ください。
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手術ミスで請求できる治療費|再手術や手術のやり直し費用は請求できる?
手術を含む医療機関側(病院や医師)と患者との診療契約は、一般的に民法上の準委任契約の一類型と判断されます。
そのため、治療費は治療(手術)の成功という結果に対してではなく、治療(手術)を行うこと自体の対価になるので、手術ミスがあったからといって、行われた手術に関する治療費を必ず請求できるわけではありません。
もっとも、準委任契約の受託者は善管注意義務(当該職業人として通常要求される程度の注意義務)を負っているので、手術が一般的な医療水準に達していないものであれば、行われた手術に関する治療費を請求できる可能性があります。
なお、手術ミスとの因果関係が認められるのであれば、再手術や手術のやり直しに関する治療費も請求することができます。
実際、子宮鏡下筋腫核出術の際に、不適切な手技で筋腫以外の正常部分の子宮壁を損傷して子宮穿孔を生じさせた結果、開腹手術を余儀なくされた事例で、開腹手術を行うために要した治療費が被告の過失との因果関係が認められるとして、請求が認容された事例があります(神戸地方裁判所平成20年6月5日判決)。
また、説明義務違反の事例ですが、医師の説明義務違反があったために、上眼瞼切除術のやり直しをせざるを得なくなった事例で、手術に要した費用を損害として認めた裁判例もあります(東京地方裁判所平成17年11月21日判決)。
手術ミスで損害賠償請求を検討するなら弁護士相談
手術ミスに関する裁判例の紹介をはじめ、手術ミスでもどのようなケースなら損害賠償請求できるのかなどについて解説をすすめてきました。あらためてポイントを簡単にまとめておきます。
- 手術ミスが過失と認められ、その過失を原因として損害を被った場合に、病院に対する損害賠償請求が認められる
- 安全配慮義務違反の有無などから病院側の過失があったか判断される
- 裁判だけでなく、示談や調停といった方法で損害賠償請求ができる
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アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了