新生児取り違えの慰謝料|子と生みの親や育ての親が求めた損害賠償
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「大切に育ててきた我が子と血のつながりがなかった」
「家族の誰にも似ていないといわれて育ってきたが、両親は赤の他人であった」
にわかには信じがたい、新生児取り違えという事案は実際に起きています。
過去に審理された新生児取り違えに関する判例から、子や生みの親・育ての親などがどのような紛争解決方法を選択したのかみていきましょう。
本記事では、新生児取り違えに関する裁判例と慰謝料をはじめとした損害賠償を請求する際のポイントについて解説していきます。
目次
判例(1)取り違えから約6年経過後に判明
概要と争点|取り違えという過失の重さと慰謝料額
沖縄県の産婦人科で出生したA子とB子は取り違えられ、いずれも誤った両親に引き渡されました。そのままA子とB子は誤った両親のもとで実子として6年余も養育されていましたが、実の親子関係では生じ得ない血液型に疑念を持ったことを発端に、取り違えの事実が判明したのです。
取り違えられた子らおよび双方の両親は、産院の新生児管理に重大な過失があったため、実子を育てる権利や実の親から育てられる権利などが侵害されたとして民事訴訟を起こしました。産院側は取り違えの事実そのものは認めたものの、新生児管理は万全を期していたことから重大で悪質な過失はなかったと主張しています。
取り違えられた子らおよび双方の両親は、父母の慰謝料各800万円、子の慰謝料各1000万円をはじめとした損害賠償を主張しました。(那覇地方裁判所沖縄支部 昭和52年(ワ)第306号 損害賠償請求事件 昭和54年9月20日)
取り違えられた子らおよび双方の両親と産院側の主な争点は以下の通りです。
- 産院側の過失で発生した取り違えに関して、その過失が重大で悪質なものであったか
- 両親が持つ看護教育権と子の人格権・実親からの看護教育権が取り違えによって侵害されたか
- 取り違えが発生したことで生じたA子側とB子側の損害内容と損害額
判決|損害賠償請求の一部が認められた
裁判所は、産院の重大な過失によって新生児の取り違えを発生させたと判断し、産院側に慰謝料など両家に対して各約780万円の賠償を命じています。
裁判所の判断
裁判所は、産院が初歩的で基本的な注意義務を怠ったという重大な過失によって、新生児の取り違えを起こしたと認定しました。
裁判所が認めた損害賠償額
裁判所は、取り違えられた子や両親に対する慰謝料、親子関係の調査にかかった血液検査費、実子として登録しなおすためにかかった戸籍訂正費、真実の親と馴染むためにかかった交流費などを損害として認めています。
もっとも、慰謝料については、子に対して各300万円、両親に対して父母各200万円という金額に止まっています。
取り違えたにせよ、両親らは自らが最善と信じる看護教育を行い、十分な愛情を実の子と思って注いできたことから子らは心身ともに健康に生育している点や、真実の親子関係に戻った後も親の愛情と子の順応性をもってすれば円滑な親子関係が十分期待できる点などの事情を酌んだとして決まった金額です。
裁判所が本件に関して認めた主な損害賠償内容と損害賠償金は、以下の通りです。
損害の内訳 | 賠償金額 |
---|---|
慰謝料 | A子本人:300万円 A子の父:200万円 A子の母:200万円 B子本人:300万円 B子の父:200万円 B子の母:200万円 |
その他※ | A子側:37万6810円 B子側:36万5290円 |
弁護士費用 | A子側:70万円 B子側:70万円 |
一部弁済 | A子側:-30万円 B子側:-30万円 |
合計 | A子側:777万6810円 B子側:776万5290円 |
※ 血液検査費・戸籍訂正費・交流費などの損害合計
判例(2)取り違えから46年経過後に判明
概要と争点|新生児取り違えを理由とする損害賠償請求の時効について
東京都内の産院で出生したC太郎は、取り違えによって誤った両親のもとで育てられることになりました。幼少期から家族と容姿が似ていないと親戚に言われたり、両親の血液型の組み合わせでは考えられない血液型であるものの真実の親子間でもそのような事象があり得ると言い聞かしてきました。
ところが、取り違えから46年経過後、DNA鑑定によって、C太郎と育ての両親との間に親子関係が認められない事実が発覚することになったのです。
C太郎および育ての両親は、産院に不法行為と債務不履行があったとして、損害賠償を求めて産院を相手に民事訴訟を起こしました。産院側は、DNA鑑定で親子関係が否定されたことだけで新生児取り違えがあったとはいえない点や、たとえ取り違えがあったとしても損害賠償義務が発生する消滅時効が成立していると反論しました。
取り違えられた子および育ての両親は、子と両親の慰謝料各1億円を損害賠償として主張しました。(東京高等裁判所 平成17年(ネ)第3216号 損害賠償請求控訴事件 平成18年10月12日)
取り違えられた子および育ての両親と産院側の主な争点は以下の通りです。
- 産院で取り違えという過失があったのか
- 時効が成立しているかどうか
(時効の起算点を、取り違えの時点とするか、親子関係が存在しないことを知った時点とするか) - 取り違えが発生したことで生じた子と育ての両親の損害内容と損害額
判決|慰謝料の一部が認められた
裁判所は、産院の重大な過失によって新生児の取り違えを発生させたと判断し、産院側に慰謝料合計2000万円の賠償を命じています。
裁判所の判断
裁判所は、産院で同時期に出生した育ての両親の実子とC太郎が入れ替わった蓋然性は相当高い判断しています。さらに、新生児の取り違えという事実をすぐに気づくのは困難であるため、消滅時効は完成していないとして、損害賠償請求が認められたのです。
ちなみに、一審では時効が完成しているため損害賠償請求は認められないと判断されていましたが、控訴審では判決が覆された形となっています。
裁判所が認めた損害賠償額
裁判所は、子と育ての両親に対する慰謝料を認めています。
もっとも、子と育ての両親は各1億円を主張していましたが、子に対して各1000万円、両親に対して父母各500万円という金額に止まっています。
損害の内訳 | 賠償金額 |
---|---|
子に対する慰謝料 | 1000万円 |
父に対する慰謝料 | 500万円 |
母に対する慰謝料 | 500万円 |
合計 | 2000万円 |
新生児取り違えの慰謝料請求に関する注意点
新生児の取り違えの被害にあったと思っても、すべての主張が通るわけではないので注意しましょう。
産院側に賠償責任があると認められる場合に限って、慰謝料をはじめとした賠償金の支払いが受けられます。
では、どのような場合なら賠償責任が認められるのでしょうか。
ここからは、新生児取り違えにおける過失と因果関係、慰謝料など損害賠償の請求方法、適正な金額の慰謝料について簡単に解説します。
産院側の過失を検討する
産院側の過失があったかどうかは、新生児を真実の親元へ安全に引き渡すよう注意する責務を全うしていたかどうかで判断されることになるでしょう。
また、看護師や医師個人の過失が認められて賠償責任を負うときは、雇用主である産院も同様の賠償責任を負います。雇用主も賠償責任を同じように負うことを「使用者責任」といいます。看護師や医師個人では、資力が低いことも多いので、雇用主に対する請求が多くなっているのです。
産院側の過失と結果の因果関係を証明する
産院側による過失が認められた場合でも、結果に影響を及ぼさなければ因果関係がないと判断され、損害賠償請求は認められません。
先述した判例でも、親子関係が認められなかった事実そのものだけで取り違えがあったと判断されたわけではありません。過失と結果の間に因果関係があると証明できるかどうかで、損害賠償請求の可否に影響します。
取り違えがあったかどうかは、当時の状況や養子として他人の子を引き取った事実がないと証明できる証拠があるかなど、さまざまな資料や証拠にもとづいて判断されるでしょう。
新生児取り違えなどの医療過誤事案をはじめ、さまざまな問題で損害賠償請求を検討されている場合は、法律の専門家やその他の専門家に相談することをおすすめします。当該案件では、損害賠償請求できるのかや今後進むべき道筋についてアドバイスがもらえるかもしれません。
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産院側に慰謝料請求する方法は3通り
慰謝料をはじめとした損害賠償を請求する方法としては、主に訴訟・示談・調停の3つがあります。
慰謝料を請求したい方の多くは、はじめから訴訟を考えることがあるでしょう。内容や状況によって訴訟から取り組むべきケースもありますが、最終手段として訴訟を選択することになるのが通常です。
多くの損害賠償請求案件では、示談による交渉からはじめることが多くなっています。
示談とは、紛争の相手方と話し合いを行い、お互いが合意した内容で紛争を終結させる方法です。
お互いが納得すれば紛争を終結させられるので、順調に話し合いが進むと早期解決が期待できるでしょう。ただし、お互いに意見が分かれて話し合いが進まないことも当然あるので、示談でまとまらない場合は、裁判所などの第三者を交えて話し合う調停や、訴訟に発展することになるでしょう。
事案の内容に応じて、選ぶべき請求方法は異なります。
適正な金額の慰謝料や損害を把握することが大切
損害賠償請求を検討する前には、どのような損害を被り、その損害を回復させるにはどのくらいの金額が必要になるのかを確認しておく必要があります。
新生児取り違え事案で考えられる損害の主な内訳については、以下の通りです。
- 慰謝料
- 検査費用
- 戸籍訂正費用
- 休業損害 など
新生児取り違えに関する判例では以上のような項目が認められたことがありますが、事案ごとに請求すべき項目は異なります。ご自身がお困りの案件ではどのような損害が生じたのかを把握することが大切です。
関連記事では、示談金の相場はもちろん、示談交渉の流れについても解説しているのでご確認いただくことをおすすめします。
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まとめ
- 新生児取り違えに関する慰謝料などの損害賠償請求は、産院側に過失が認められる場合に可能となる
- 産院側の取り違えという過失は、不法行為や債務不履行といった点を主張できるかがポイントになる
- 判例では取り違えの時点から時効の起算点がはじまるのではなく、取り違えの事実が判明した時点から時効の起算点がはじまるとされている
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了