個人事業主の相続はどうなる?事業承継の手続きと計画のポイントを解説

個人事業主が亡くなったとき、基本的に事業も終了となります。
引き続きたい場合でもそのまま終了する場合でも手続きが必要なので、よく確認しておくことが重要です。事業用の資産・負債は相続の対象になるので、この点もよく押さえておきましょう。
さらに、事業承継する場合には「個人事業承継税制」を活用することで、事業に関する相続税を大幅に抑えられることがあります。
本記事では、個人事業主が亡くなった場合の事業承継や廃業の手続き、相続などについて詳しく解説します。
※本記事の情報は2026年時点の税制をもとに作成しています。税法は改正される場合があるため、実際の申告にあたっては税理士などの専門家にご相談ください。
目次
個人事業主が亡くなると事業や相続はどうなる?
個人事業主が亡くなると事業は終了|承継か廃業か
個人事業主の方が亡くなった場合、事業そのものは相続の対象にならず終了します。
会社(法人)の場合、経営者が亡くなっても会社という「法人格」は存続し続けますが、個人事業主は「事業」と「個人」が法律上一体だからです。
そのため、相続人などが事業を引き継ぎたい場合は、その相続人が改めて開業届を提出する必要があります。
なお、事業を引き継がない場合でも、個人事業主の死亡により自動的に廃業になるわけではなく、廃業届を提出しなければなりません。
許認可・契約関係の扱いに要注意
個人事業主が亡くなった場合、生前に事業上の許認可を受けていたり、契約関係が残っていたりすることがあります。
個人事業はあくまで「個人」に紐づくため、事業そのもの同様、これらも自動的には引き継がれないケースが多くあります。
許認可について
飲食店営業許可や建設業許可、運送業許可などの行政上の許認可は、個人に対して付与されるものが一般的です。そのため、相続が発生しても当然に承継されるわけではありません。
相続人が事業を承継する場合、これらの許認可は基本的に取り直す必要があります。
もっとも、許認可の種類によっては「承継届出」や「承継認可」などの制度が設けられている場合もあります。取扱いは業種ごとに異なるため、事業を継続する予定であれば、管轄の行政機関へ早めに確認することが重要です。
取引先との契約について
個人事業主名義で締結していた取引契約は、原則として相続により権利義務が引き継がれる可能性があります。
ただし、契約内容によっては「死亡時に契約終了」とする条項や、「地位の承継には相手方の同意が必要」とされているケースもあります。
そのため、実務上は取引先に事業主の死亡を連絡し、契約の継続可否や名義変更の手続きについて確認するのが一般的です。必要に応じて再契約を行うケースも少なくありません。
事業用の資産・負債は相続の対象
個人事業主の財産は、プライベートの財産と事業用の財産が法律上明確に分かれているわけではありません。そのため、事業に使用していた資産であっても、原則としてすべて相続財産に含まれます。
具体的には、次のようなものが相続の対象になります。
- 事業用の土地・建物(店舗・工場・倉庫など)
- 機械や設備、車両などの固定資産
- 商品在庫や原材料
- 売掛金(未回収の代金)
- 事業用の預貯金や現金
- 有価証券や知的財産権
また、プラスの財産だけでなく、借入金や買掛金などの負債も相続の対象です。相続人は資産と負債の両方を引き継ぐことになります。
これらの財産は相続税の課税対象となります。ただし、相続税には基礎控除があり、一定額以下であれば課税されません。
相続税の基礎控除
基礎控除額 = 3,000万円 +(600万円 × 法定相続人の数)
- 相続放棄した人も、法定相続人の数に含めます
- 養子がいる場合、実子がいるなら1人まで、いないなら2人まで法定相続人の数に含められます
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(1)事業をどうするか相続人で話し合う
事業主が亡くなった直後は、まず相続人全員で「事業をどうするか」の方針を話し合う必要があります。主な選択肢は次のとおりです。
- 後継者が事業を引き継ぐ(事業承継)
- 一旦事業を継続しながら、今後の方針を検討する
- 事業を廃業する
個人事業は事業主本人と一体であるため、後継者がいなければ原則として事業は継続できません。後継者がいる場合は、相続手続きと並行して事業承継の準備を進めることが重要です。
また、取引先対応や資金繰りの問題から、短期間で判断を求められるケースも多くあります。スムーズな承継のためには、生前から後継者や承継方法を検討しておくことが望ましいといえます。
(2)事業用資産を含む相続財産の分割・相続をする
事業を引き継ぐ場合は、遺産分割によって事業用資産を誰が取得するかを決めます。
個人事業では、事業用の資産もすべて相続財産に含まれるため、後継者が事業を継続するには、店舗や設備、売掛金などをまとめて取得する必要があります。
ただし、これらの資産は分けにくいため、他の相続人との間で不公平が生じやすい点に注意が必要です。その場合は、後継者が事業用資産を取得し、他の相続人には代償金を支払うなどして調整するケースもあります。
なお、借入金や買掛金などの負債についても相続の対象となるため、資産と負債を一体として承継することになります。
(3)税務・保険関係の手続きをする
後継者が個人事業を引き継ぐ場合は、税務や社会保険などの各種手続きを行う必要があります。
【税務関係の届出】
- 開業届(個人事業の開業・廃業等届出書):税務署へ提出(原則1か月以内)
- 青色申告承認申請書:税務署へ提出(原則2か月以内または3月15日まで)
- 消費税関係の届出:課税事業者となる場合などに提出
開業日や提出期限の扱いはケースによって異なるため、税務署または税理士への確認が必要です。
【社会保険・雇用関係の届出】
従業員を雇用していた場合は、次のような手続きも必要になります。
- 労働保険(労災・雇用保険)の名義変更や新規加入
- 社会保険の適用事業所に関する変更手続き(該当する場合)
【その他の手続き】
- 屋号、事業用口座、ドメインなどの名義変更
- 取引先や仕入先への連絡、契約の再締結
- 許認可の再申請または承継手続き(業種ごとに異なる)
(4)確定申告・準確定申告をする
個人事業主が亡くなった場合、その年の1月1日から死亡日までの所得を対象に「準確定申告」を行う必要があります。これは、相続人が被相続人に代わって行う所得税の申告です。
申告・納付期限は「相続の開始を知った日の翌日から4か月以内」と短いため、早めに準備を進めることが重要です。
また、後継者が事業を引き継いだ場合は、引き継ぎ後の所得について通常どおり確定申告を行う必要があります。準確定申告とあわせてスケジュールを整理しておきましょう。
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事業用資産などの相続税負担は事業承継税制で軽減できる
事業承継税制とは?
「個人版事業承継税制」とは、個人事業主から後継者へ事業用資産を引き継ぐ際に生じる贈与税・相続税の納税を猶予・免除する制度です。
また、後継者が死亡するなど一定の事由が生じた場合には、猶予されている贈与税・相続税の納税が免除されます。
事業承継税制には法人版と個人版があり、個人版については2019年1月1日から2028年12月31日までの相続・贈与が対象です。
個人事業で事業承継税制を受ける要件
この税制の適用を受けるには、2028年9月30日までに「個人事業承継計画」を都道府県に提出する必要があります。
適用要件はほかにもあり、例えば事業を継承する相続人などに関する要件を一部挙げると以下の通りです。
- 円滑化法の認定を受けていること
- 相続開始の直前において、特定事業用資産に係る事業(同種・類似の事業等を含む)に従事していたこと
※先代事業者等が60歳未満で死亡した場合を除きます。 - 相続税の申告期限において、開業届出書を提出し、青色申告の承認を受けていること
※見込みを含む
なお、事業承継税制については、これまでも税制改正で事業承継計画の提出期限が延ばされるなどしてきた経緯があります。
適用を検討する際は最新情報を確認するようにしましょう。
個人事業承継計画書の作成時に検討すべき内容
個人事業承継税制を受けるには、事業承継計画書の作成が必要です。日本政策金融公庫のサンプルでは、以下の項目を書くようになっています。
- 事業承継の概要(現経営者名、後継者名、承継時期)
- 事業承継を図るための内容
- 承継に向けた事業の方向性
- 株式・財産
- 後継者教育
- その他の課題や取り組み事項
- 事業承継を図るために必要な資金
こうした項目を記入するために検討すべき内容を解説していきます。
(1)後継者の選定と育成
まずは、誰が事業を引き継ぐのかを明確にします。
後継者が決まった後は、経営に必要な知識やスキル、取引先との関係などを段階的に引き継いでいくことが重要です。単に財産を渡すだけでなく、「経営そのもの」を引き継ぐ視点が求められます。
(2)事業用資産の棚卸しと整理
事業に関係する資産と負債を洗い出し、全体像を把握しておきます。
具体的には、土地・建物、設備、在庫、売掛金、借入金などを一覧化し、承継に必要なものと不要なものを整理します。不要な資産は生前に処分しておくことで、相続時の負担を軽減できる場合があります。
また、資産の評価額を把握しておくことで、相続税の見通しも立てやすくなります。
(3)許認可の承継対策
個人事業の許認可は、原則として事業主個人に付与されているため、相続によって当然に引き継がれるものではありません。
そのため、業種ごとに必要な許認可を確認し、後継者が承継後にスムーズに営業できるよう準備しておく必要があります。承継制度がある場合はその要件を確認し、再取得が必要な場合は手続きの流れや必要書類を事前に把握しておきましょう。
(4)納税資金の確保
事業用資産は現金化しにくいものが多く、相続税の納税資金が不足しやすいという特徴があります。
そのため、生命保険の活用や、資産の一部売却、金融機関からの借入などを含めて、納税資金の確保方法をあらかじめ検討しておくことが重要です。
納税資金の準備が不十分な場合、事業継続に必要な資産を手放さざるを得ないケースもあるため注意が必要です。
事業や財産を引き継がない場合の手続き
廃業する場合の手続き
後継者がいない場合や、事業の継続が難しい場合には、廃業を選択することも現実的な判断の一つです。無理に事業を続けるよりも、相続人の負担を抑えられるケースもあります。
廃業を行う場合には、次のような手続きが必要になります。
【廃業時の主な手続き】
- 個人事業の廃業届の提出(税務署)
- 青色申告の取りやめ届出書の提出
- 消費税に関する廃業届出(該当する場合)
- 従業員の解雇手続きおよび退職金の支払い
- 許認可の返納・廃止手続き
- 取引先への廃業通知と未処理業務の整理
- 在庫や設備の売却または廃棄
- 事業用借入金の返済
廃業にあたっては、単に手続きを行うだけでなく、関係者への配慮や段階的な整理が求められます。
継続と廃業、どちらを選ぶかの判断基準
事業を継続するか廃業するかは、次のような観点から総合的に判断します。
- 後継者がいるか
意欲のある後継者がいれば継続を検討しやすいが、不在の場合は廃業も選択肢 - 事業の収益性
安定した利益が出ていれば継続、赤字や先行き不透明であれば廃業を検討 - 許認可の取得可能性
後継者が取得・承継できる見込みがあるかどうか - 取引先との関係
個人への信頼に依存している場合は承継が難しいこともある - 負債の状況
事業資産で返済できるか、返済困難か
このように、複数の要素を踏まえて現実的に判断することが重要です。感情的になりやすい問題でもあるため、早い段階で税理士や専門家に相談することをおすすめします。
相続放棄する場合の手続き
事業に多額の負債がある場合などは、「相続放棄」を選択することも検討されます。相続放棄とは、被相続人の財産について、プラスの財産もマイナスの財産も一切引き継がない手続きです。
相続放棄を行う場合は、次の点に注意が必要です。
- 家庭裁判所へ申述が必要
- 期限は「相続の開始を知った日から3か月以内」
- 一度行うと原則として撤回できない
相続放棄をすると事業用資産も取得できないため、事業の承継はできなくなります。つまり、「事業を継ぐかどうか」と「相続放棄をするかどうか」は密接に関係しています。
なお、判断に迷う場合は、一定期間内に財産状況を調査したうえで判断することも可能です(期間の伸長が認められるケースもあります)。
負債の状況や今後の生活への影響を踏まえ、慎重に検討することが重要です。
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まとめ|個人事業の事業承継は専門家に相談を
個人事業主の相続・事業承継は、税務・法律・行政手続き・経営判断が複雑に絡み合うテーマです。特に以下のような場面では、専門家のサポートが不可欠です。
- 相続税の申告・納税資金の準備
- 個人版事業承継税制の適用検討
- 遺言書の作成・内容の確認
- 許認可の再申請・承継手続き
- 準確定申告
相続税や事業承継に詳しい税理士であれば、節税対策から手続きのサポートまで一括して対応してもらえます。
税理士を選ぶ際は、「相続・事業承継の実績が豊富か」「初回相談を無料で受け付けているか」などを基準に選ぶと安心です。
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監修者
高部孝之税理士事務所
税理士高部孝之
2019年税理士試験合格 2020年税理士登録
都内大手税理士法人にて約13年間勤務。資産税部門の責任者などを経て、2024年に独立し浅草にて資産税を強みとする税理士事務所を開業。
専門用語を用いず、平易な言葉で説明することを大切にしており、お客様が親しみやすく相談しやすい税理士を理想としています。
保有資格
税理士・FP技能士1級・相続診断士