仮処分申立ての流れと費用|誹謗中傷・名誉毀損における仮処分の役割は?

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仮処分申立ての流れ

トラブルが起こったとき、裁判は最終的な解決方法といえます。しかし、トラブルの内容次第では裁判の結果を待っていられないという事態もあるでしょう。

このように、早く対応しないと「権利侵害が続いてしまう」「権利侵害が起こってしまう」というときに仮処分命令という裁判手続きが有効になります。

また、仮処分申立てはネット上の誹謗中傷による名誉毀損とも関連が深いものです。

  • 誹謗中傷の削除を依頼したのに削除に応じてくれない…
  • 名誉毀損で訴えたいのに時間が経ってログが消えてしまう…
  • 仮処分申立てでIPアドレスが分かるって本当?

こうしたお悩みを持つ方は、とくに仮処分申立てについて知っておくことをおすすめします。

最初に

本記事では東京地方裁判所における保全部(民事第9部)に申立てるケースを主に扱います。申立先の裁判所によっては異なる場合もあるのでご留意ください。

仮処分申立てとは何か

仮処分申立てとは何か、手続きの概要と必要な要件をおさえておきましょう。

仮処分申立てとはどんな手続き?

仮処分申立ての意味

仮処分申立てとは、通常の裁判の勝訴判決を待つ間にも権利が侵害されるのを防ぐために、裁判所に対して暫定的な処分を求める手続きのことです。

民事保全手続きのひとつであり、裁判手続きになります。

仮処分申立てに必要な要件とは?

仮処分の申立てにあたって満たすべき要件には、(1)被保全権利の存在(2)保全の必要性があります。

(1)被保全権利の存在

仮処分によって保全を求める権利を「被保全権利」といいます。どういった権利が侵害されているのか、あるいは侵害される恐れがあるのかを明確にせねばなりません。

たとえば次のような権利があげられます。

被保全権利の例

  • 金銭の支払いを請求する権利
  • 土地や建物を所有する権利
  • 借用物を借りる権利
  • 人格権
  • 名誉権
  • 肖像権
  • プライバシー権

ネット上の誹謗中傷ではとくに人格権・名誉権・肖像権・プライバシー権などがあげられます。

権利侵害の内容に応じて被保全権利を検討しましょう。

(2)保全の必要性

保全の必要性とは、仮処分命令を出さなければ権利が侵害されるおそれがあることを意味します。

保全の必要性が認められうる具体例は以下のとおりです。

保全の必要性の例

  • 相手方が権利を侵害する行為をしようとしている場合
  • 権利侵害が進行中である場合
  • 権利侵害によって回復しがたい損害を受けるおそれがある場合

インターネット上に誹謗中傷や権利侵害にあたる書き込みがなされると、ネットに接続できる不特定多数の人物の目にさらされることになります。

そうなると権利侵害がまさに進行中といえますし、拡散されればどんどん損害が広がってしまいかねません。

インターネットに掲載された悪質な投稿について「保全の必要性」は比較的認められやすいといえます。

仮処分申立ての手続きの流れ

仮処分申立て手続きがどのような流れで進行するのか、申立てから仮処分命令の発令までの流れをみていきましょう。

仮処分申立ての手続きの流れ

  1. 裁判所に仮処分命令を申立てる
  2. 債権者(申立てた側)との面接
  3. 双方審尋
  4. 担保金の供託
  5. 仮処分命令の発令

(1)裁判所に仮処分命令を申立てる

裁判所へ仮処分命令申立書や疎明資料を提出します。

提出後には疎明資料の追加提出を指示される場合がありますので、その際には次の面接までに用意しておきましょう。

東京地方裁判所の場合

  • 疎明書類の原本、申立書副本、債務者用の疎明書類写しは裁判所へ提出しない
  • 申立書副本、債務者用の疎明書類の写しは双方審尋期日指定後に債務者に直送

提出書面の形式に問題がなければ、事件番号が付与され、債権者面接の日程調整へと進む流れです。

なお、緊急性が高いと判断された場合には受付日のうちに面接が設けられることもあります。電話で書面内容の確認が入ったり、追加資料の提出が求められたりする可能性があるでしょう。

(2)債権者(申立てた側)との面接

裁判所によっては、裁判官と債権者側で、提出した申立書や疎明資料をもとに事案の確認がおこなわれます。

裁判官が申立内容について特に問題がないと判断したら双方審尋の期日調整に進む流れです。

もし内容に不足があると判断された場合には、双方審尋より前に再度面接日が設けられることもあります。

双方審尋の期日は債務者が国内であるほど早い期日設定になる見込みで、債権者面接の日から1週間から3週間ほど後になることが多いです。

(3)双方審尋

双方審尋では、双方の言い分を裁判官が聞きます。

プロバイダが強い姿勢を示しているときには双方審尋が長期化し、数ヶ月かかることもありえるでしょう。

多くの場合では1回から2回の双方審尋で終了することもあります。

なお、双方審尋において裁判官が自らの考えを示す心証開示をすることもあり、それを受けて見通しを立てることも可能です。

(4)担保金の供託

債権者側の主張が認められたら、裁判官から仮処分命令を発令するための担保金の供託を求められます。

担保金の供託は法務局で可能です。

担保金の供託後には、発令のために必要な書類を裁判所に提出します。具体的には、供託書の写しや目録(投稿記事目録、当事者目録など)などです。

担保提供期間内に担保が立てられないときには保全命令の申立てが却下されてしまうので、申立て段階で用意しておきましょう。

なぜ仮処分申立てに担保金が必要?

仮処分命令は、本訴の判決を待たずして権利侵害の現状を保全するための迅速な手段です。しかし、仮処分命令は、本訴とは別に申し立てられるため、悪用のリスクもあります。

そこで、担保金を徴収することにより、仮処分命令の申し立てを慎重に行うように抑制を図るのです。

また、仮処分命令によって債務者は本訴の判決を待たずに財産を差し押さえられたり、行為を禁止されたりするなどの不利益を受ける場合があります。

そこで、担保金を徴収することにより、仮処分命令によって不当な不利益を受けることを防止する効果ももつものです。

なお、仮処分申立てが正当なものであれば担保金は返還されます。

(5)仮処分命令の発令

仮処分命令が発令されれば、債務者に対して決定謄本が送達されます。裁判所からの仮処分命令については任意に応じる債務者がほとんどです。

誹謗中傷・名誉毀損における仮処分申立ての役割

ネット上の誹謗中傷による名誉毀損や人格権の侵害、プライバシー侵害や肖像権の侵害などが生じているとき、法的対処のひとつに「仮処分申立て」が活用されます。

具体的に言えば、削除請求における投稿削除の仮処分申立て発信者情報開示請求におけるIPアドレス開示の仮処分申立てログ保存の仮処分申立てが用いられるのです。

仮処分申立ての利用

  • 削除請求における投稿削除の仮処分申立て
  • 発信者情報開示請求における仮処分申立て
    IPアドレス開示の仮処分申立てとログ保存の仮処分申立て

それぞれどういった場面で仮処分申立てを活用するのかを解説します。

投稿削除の仮処分申立て

誹謗中傷の投稿を掲示板サイトやSNSに依頼しても、必ずしも応じてもらえるとは限りません。あるいはサイト側の返事を待つ時間も惜しく、早く削除したいという人もいるでしょう。

そこで、裁判手続きである「仮処分申立て」による削除方法も選択されます。

裁判所から削除を命じる仮処分が発令されれば、ほとんどのサイトは削除に応じる見込みです。削除された場合には仮処分命令で事足りるとして、本訴は必要ありません。

こんな人が活用

  • サイト側に削除してもらえない
  • 早く削除に着手したい

削除請求の仮処分の流れについては関連記事『削除請求の仮処分申立てとは?ネット上の誹謗中傷や名誉毀損への法的手続き』でくわしく解説しているので参考にしてみてください。

削除請求の仮処分申立てでできないこともある

削除請求の仮処分申立てが認められれば、裁判所から削除の命令が発令されます。しかしあくまで削除を命じるものであって、損害賠償請求を命令したり、投稿者の特定ができたりするものではありません。

削除請求の仮処分でできること

削除の仮処分命令が発令
誹謗中傷の削除できる
投稿者の特定できない
謝罪の要求できない
損害賠償請求できない

投稿者を特定して損害賠償請求したいという場合には、つづく発信者情報開示請求においての仮処分申立てが必要です。

削除請求の仮処分とは全く別の仮処分申立てになりますので注意しておきましょう。

発信者情報開示請求における仮処分申立て

誹謗中傷の投稿者を特定するためにも仮処分申立てを活用する段階があります。

IPアドレス開示の仮処分申立て

誹謗中傷の投稿者を特定するための「発信者情報開示請求」手続きにおいて、イラストの通り発信者情報開示請求をするためには、まず投稿がなされたIPアドレスを知る必要があります。

発信者情報開示請求

IPアドレスはサイト側に開示を求めることもできますが、IPアドレスはサイト利用者の情報なので、任意での依頼になるので応じてくれる可能性は低いです。

そこで裁判所からサイト側にIPアドレス開示を命じてもらうために仮処分申立てが有効とされます。

仮処分申立てが認められればIPアドレスの開示を受けることができ、プロバイダの特定が可能です。

ログ保存の仮処分申立て

仮処分申立てで開示されたIPアドレスから特定できたら、つづいて「ログを削除しないように求める」仮処分申立てをおこないます。

ログは、そのIPアドレスがいつ、どこからサイトにアクセスし、どんな操作をしたのかなどの情報のことです。このあとの発信者情報開示請求の訴訟や損害賠償請求における重要な証拠になります。

ポイント

ログはプロバイダによって3ヶ月から半年ほどで消えてしまうので、通常の裁判を待つのではなく、仮処分申立てによる迅速な保全が必要とされています

発信者情報開示請求の手続きや全体像については、関連記事『発信者情報開示請求とは?ネットの誹謗中傷の投稿者を特定する方法と要件』でもくわしく解説しています。

仮処分申立てにかかる費用の相場

仮処分申立てにかかる費用について、手続きにかかる費用、担保金、仮処分申立ての弁護士費用にわけて説明します。

仮処分の手続きにかかる費用の相場

仮処分申立ての手続き自体にかかる主な費用は、収入印紙、郵券、担保金です。

収入印紙

削除請求や発信者情報開示請求における仮処分申立ての収入印紙は2,000円です。仮処分の申立書の正本に収入印紙を貼付して納付します。

正本とは裁判所に提出する分、副本は仮処分の申立ての相手方に送る分です。なお、申立時に副本が必要かどうかは裁判所によって異なるので、あらかじめ問い合わせておきましょう。

郵券

郵券とはいわゆる郵便切手代のことです。

今後の手続きにおいて、裁判所から書類を郵送することが予想されますので、あらかじめ郵便切手代を納付することになります。事前に納付することから「予納郵券(よのうゆうけん)」ともいわれているものです。

双方審尋の期日の送達や仮処分命令の発令など、裁判所からの郵便物が発生するときに、切手の納付指示を受けることになるでしょう。

担保金の相場

担保金の相場は10万円から30万円といわれていますが、事案によっては50万円程度になる場合もあります。

仮処分の申立てが認められそうな流れでは、裁判官から担保金の納付について促されるので、すぐに納付できるように事前に準備をしておきましょう。

担保金は正当な申立てであると認められたら返還されます。たとえば、裁判所から削除の仮処分命令が発令され、命令を受けて投稿が削除された場合は正当だったと判断され、担保金が返還されるのです。

仮処分を手続を任せる弁護士費用の相場

削除を求める仮処分申立てであれば、着手金の相場は20万円程度報酬金の相場は10万円から20万円程度ともいわれています。

発信者情報開示請求にもとづく仮処分申立てに関しては、特定までに数十万円から100万円程度かかる可能性もあるでしょう。

なお、弁護士費用は各法律事務所の費用体系により様々ですので、あくまで参考情報として理解しておいてください。

弁護士費用は契約前にしっかり確認しよう

仮処分申立ての弁護士費用の主な内訳は、着手金成功報酬実費です。

着手金は弁護士との契約と同時に発生しますので、すぐに支払う必要がある費用になります。

一方の成功報酬は成果に応じて必要になる費用です。どういった結果に対していくらの成功報酬が発生するのか、あらかじめ弁護士に確認を取っておきましょう。

とくに発信者情報開示請求にかかる仮処分申立てについては、仮処分申立てにかかる弁護士費用とは別に、相手方と交渉を任せる際に新たな着手金や成功報酬がかかるケースもあります。

正式な契約をする前に費用を必ず確認し、曖昧な部分は残さないようにしてください。

仮処分申立てに関してよくある質問

仮処分申立てに関するよくある疑問をまとめています。

仮処分申立ての必要書類は?

仮処分申立てに必要な書類は、仮処分命令申立書、疎明資料です。疎明資料とは、いわゆる証拠資料を言います。

仮処分命令申立書も主な記載内容は以下のとおりです。

記載内容

  • 申立人の氏名または名称、住所
  • 相手方の氏名または名称、住所
  • 申立の趣旨
  • 被保全権利の内容
  • 保全の必要性
  • 証拠(疎明資料)の目録

ネット上の誹謗中傷における疎明資料

ネット上の誹謗中傷に関しては、相手方のウェブページの写し、誹謗中傷や権利侵害のあった投稿の目録などが疎明資料としてあげられます。

なお、仮処分命令申立書の作成や資料の収集は、ネットトラブルにくわしい弁護士に任せることがおすすめです。なぜなら裁判手続きに慣れていない方が独力でおこなうよりもスピーディだからです。

仮処分命令の良いところは、普通の裁判結果を待つよりも早く一定の権利保全ができる点にあります。そのため仮処分申立てのメリットを最大化するためにも、弁護士に仮処分手続きを任せる方法が最適です。

仮処分申立てに時効はある?

民法や民事訴訟法には、仮処分申立てについての時効規定は設けられていません。ただし、ネット上の誹謗中傷においては一定の期間を過ぎているとき仮処分申立てをしても望ましい結果が迎えられない可能性があります。

たとえば誹謗中傷の投稿者を特定するために、仮処分申立てによってIPアドレスの開示を受けたとしましょう。しかし、IPアドレスからプロバイダを特定しても、ログが残っていなければ、発信者情報を辿ることはできません。

プロバイダ側から「該当するログはない」という返答を受けるなど、手詰まりになってしまうのです。

仮処分申立てという行為そのものには明確な時効はありませんが、時間が経ち過ぎると仮処分申立てが意味をなさなくなってしまう場合があります。

開示請求に関するタイムリミットについては以下の関連記事でくわしく解説しているので、あわせてお読みください。

どこに仮処分申し立てをする?

インターネット上の権利侵害に対する仮処分の申立ては、原則として相手(債務者)の住所地を管轄する裁判所です。

仮処分申立ての管轄

仮処分申立て相手とは
削除請求の仮処分削除したい投稿のあるサイト
IPアドレス開示の仮処分誹謗中傷の投稿のあるサイト
ログ保存の仮処分IPアドレスから特定したプロバイダ

そのほか利用規約で管轄を指定しているサイトやSNSについては、利用規約に従うことになります。たとえば掲示板サイト・爆サイであれば、利用規約内にて裁判所の管轄を東京地方裁判所を明記しています。

仮処分申立てをスムーズに進めるなら弁護士に相談

仮処分申立てでは、権利侵害を一刻も早くやめさせる必要があることや、仮処分命令がなければ権利が侵害されるおそれがあることを明確に主張せねばなりません。

「嫌なことを書かれた」「営業妨害を受けた」など気持ちや被害内容について実感はしていても、どんな権利侵害なのかを法的根拠を明らかにして説明することは、知識がないとなかなか難しいことです。

また、裁判官相手に面談をしたり、双方審尋の場に立ったりといった対応も、時間や労力がかかることでしょう。

ネットトラブルにくわしい弁護士であれば、仮処分申立てへの対応にも慣れています。

仮処分申立てが認められる見込みはどれくらいあるのか仮処分申立てにかかる弁護士費用の見積もりをしたいなど、お悩みを解決するためにも、まずは弁護士との法律相談を始めることがおすすめです。

下記バナーからはネットトラブルにくわしい弁護士を探すときのポイントをまとめた解説記事をご覧いただけますので、あわせて参考にしてください。

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岡野武志弁護士

監修者


アトム法律事務所

代表弁護士岡野武志

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高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。

保有資格

士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士

学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了