医療訴訟の時効は医療ミスから20年?それより前に時効が成立する場合とは?
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医療訴訟の時効は、医療ミスから20年または医療過誤であるとして法的責任追及の可能性を具体的に認識した時点から5年です。
医療事故が発生し、その事故が医師や医療従事者などの過失(注意義務違反)が原因である医療過誤といえる場合、患者やその遺族は医療機関側(病院や医師ら)に損害賠償を請求できます。
しかし、証拠から医療過誤と判断できる事案でも、時効が成立してしまってからでは医療訴訟を起こすなどして損害賠償請求することができません。
気づかないうちに、賠償金を得る権利が失われてしまわないようにすることが大切です。時効が近づいてきたときの対処法もあわせて紹介していますので、最後までご覧ください。
医療訴訟における時効期間と起算点
時効期間や時効がはじまる起算点は、損害賠償請求するにあたって用いる法的な根拠ごとに異なります。
- 不法行為
- 債務不履行
また、損害賠償請求に関して規定している民法が改正されたので、医療ミスの発生時点が2020年3月31日以前と2020年4月1日以降で時効期間が変わるので注意しましょう。
不法行為の時効期間と起算点
不法行為にもとづく損害賠償請求をおこなう場合の時効期間は、以下のとおりです。
医療事故が2020年3月31日以前に発生し、不法行為にもとづいて損害賠償請求を行う場合、損害および加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年で時効が成立するので、それ以降は損害賠償請求ができなくなります。
また、医療事故が2020年4月1日以降に発生し、不法行為にもとづいて損害賠償請求を行う場合、損害および加害者を知った時から5年、不法行為の時から20年で時効が成立するので、それ以降は損害賠償請求ができなくなります。
起算点 | 時効期間 |
---|---|
損害および加害者を知った時から | 3年間 |
不法行為の時から | 20年間 |
起算点 | 時効期間 |
---|---|
損害および加害者を知った時から | 5年間 |
不法行為の時から | 20年間 |
医療事故における「損害および加害者を知った時」とは?
民法724条の「損害および加害者を知った時」とは、判例上「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知つた時」とされています(最高裁判所昭和48年11月16日)。
そして、医療事故における「損害および加害者を知った時」とは、「診療記録などから医療過誤であるとして医療機関側への法的責任追及の可能性を具体的に認識した時」であると判断されるのが一般的です。
なぜなら、被害者は医療ミスによって損害を被ったことを知っていても、カルテ等の診療記録を見ないとどのような医療行為が具体的に行われたかといった状況を把握できないからです。
さらには、被害者には医学的知識がないことがほとんどなので、診療記録などから医療過誤であるとして賠償請求の可能性があるかどうかを判断するには、診療記録を検討する期間が必要です。
実際、裁判例では、証拠保全でカルテを入手してから「相当な検討期間を経過した時」が時効の起算点であると判断されています(大阪高裁平成17年9月13日判決)。
医療事故における「不法行為の時」とは?
一方、「不法行為の時」とは、医療ミスが発生した時点をいいます。被害者が損害の存在を認識していたかなどは関係なく、医療ミスが発生した時点から時効はスタートするので注意しましょう。
注意点:2020年3月31日以前に発生した医療ミスの時効期間が5年になる場合
なお、2020年3月31日以前に発生した医療ミスでも、2017年4月1日以降に「損害および加害者を知った」場合、時効期間は5年間になります。
人的損害に関する不法行為にもとづく損害賠償請求権に対する消滅時効の期間延長は、改正法の施行日である2020年4月1日時点で消滅時効が完成していない場合に適用されるからです。
債務不履行の時効期間と起算点
債務不履行にもとづく損害賠償請求をおこなう場合の時効期間は、以下のとおりです。
医療事故が2020年3月31日以前に発生し、債務不履行にもとづいて損害賠償請求を行う場合、権利を行使することができる時から10年で時効が成立するので、それ以降は損害賠償請求ができなくなります。
また、医療事故が2020年4月1日以降に発生し、債務不履行にもとづいて損害賠償請求を行う場合、権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から20年で時効が成立するので、それ以降は損害賠償請求ができなくなります。
起算点 | 時効期間 |
---|---|
権利を行使することができる時から | 10年間 |
起算点 | 時効期間 |
---|---|
権利を行使することができることを知った時から | 5年間 |
権利を行使することができる時から | 20年間 |
民法166条の「権利を行使することができることを知った時」とは、「債権者が当該債権の発生と履行期の到来を現実に認識した時」をいうと考えられています。
そして、医療事故における「権利を行使することができることを知った時」とは、「診療記録などから医療過誤であるとして医療機関側への法的責任追及の可能性を具体的に認識した時」であると判断されるのが一般的です。つまり、不法行為の「損害および加害者を知った時」の意味とほぼ同じだと考えられます。
また同様に、「権利を行使することができる時」も、医療ミスが発生した時点をいうことになるでしょう。
上記のような結論になるのは、実質的に同じ損害賠償債権であるのに法律構成によって時効期間が異なるのは不合理だからと考えられています。
法律上の時効以外にも注目すべき期間
法律で定められた時効期間以外にも注目しておくべき期間として、医療機関が所有するカルテなどの保管期限があげられます。
また、実際に医療訴訟に発展した場合、判決まで長い期間を要する可能性が高いことを認識しておく必要があります。
カルテなどには保管期限がある
医療訴訟を検討している方はまず、カルテなどを収集して、証拠の確保に努めてください。
ただし、カルテなどの診療録は保管期間が5年と定められています。
(帳簿等の保存)
保険医療機関及び保険医療養担当規則 第九条
(略)患者の診療録にあつては、その完結の日から五年間とする。
※ 「完結の日」とは、一般的に「治療が完結した日」と解される
また、カルテ以外の日誌、処方箋、エックス線写真などといった診療に関する諸記録は保管期間が2年と定められています。
保管期間 | |
---|---|
診療録(カルテなど) | 5年 |
診療に関する諸記録(日誌、処方箋、エックス線写真など) | 2年 |
医療機関側が保有する資料は、医療ミスなどを立証するための重要な証拠として扱われます。そのため、保管期間を過ぎた資料が破棄されてしまうと、医療訴訟を進めるにあたって重要な証拠が無くなってしまうことになるのです。
もっとも、医療機関側としても患者から医療ミスの訴えを起こされた場合に備えて、義務付けられた保管期間より長めに保管しているケースもあるようです。近年では電子カルテ化が進んでいます。保管期間を過ぎたからといって必ず破棄されているとは限りませんので、医療機関に確認をとるようにしましょう。
医療訴訟は判決までの期間が長い
医療訴訟に限らず、事案によって判決までの期間を一概に表すことはできません。ただし、「裁判の迅速化に関する法律」により、裁判はできるだけ2年以内の短い期間で終結するように目指すことが示されています。
医療訴訟の場合、民事訴訟を提起してから第一審までの平均審理期間は、令和5年度時点で2年2ヶ月程度となっています。通常の民事訴訟の場合、民事訴訟を提起してから第一審までの平均審理期間は、令和4年度時点で10.5ヶ月程度となっていることからも、医療訴訟は判決までの期間が長いことがわかります。
審理期間の目安 | |
---|---|
通常の民事訴訟 | 1年未満 |
医療訴訟 | 2年2ヶ月程度 |
かつて、医療訴訟の平均審理期間は、平成12年度時点で35.6ヶ月の期間を要していたとの統計があることからも、医療訴訟の審理期間が短くなっていることがうかがい知れます。とはいっても、通常の民事訴訟よりもまだまだ長いので、医療訴訟は判決まで時間を要する点について理解しておく必要があるでしょう。
そもそも時効とは?何が出来なくなる?
ここまでは医療訴訟に関する時効について解説してきましたが、そもそも時効とはいったい何なのかといった基本的な内容をおさえておきたいと思います。
消滅時効は請求権の効力を失うこと
時効と一口にいってもさまざまな種類があるので、ここでは医療ミスと関連する民法の「消滅時効」について解説します。
基本的に、消滅時効が成立すると医療機関側へ損害賠償請求できる権利を失います。つまり、消滅時効が完成するまでに損害賠償請求しておかないと、医療機関側から適切な賠償金を得られなくなるのです。
「時効のことなんて知らなかった」で済む話ではありません。知っていたかどうかにかかわりなく、時間経過とともに時効期間も減っていくので注意しましょう。
時効が法律で決められている理由
一般的には、「事故から時間が経過することで証拠が散逸し、立証がむずかしくなるため」、「事故から時間があったにもかかわらず、権利を行使しようとしなかったため」といった理由から、時効が法律で決められていると考えられています。
証拠が散逸し、立証がむずかしくなるため
事故から時間が経てばたつほど、証拠を集めるのはむずかしくなります。
たとえば、先述したように医療機関側にはカルテなどを保有する保管期間が設けられているので、時間が経過すると証拠となるカルテが破棄されている可能性が高まります。また、人の証言を得るような場合では特に、記憶が次第に薄れていくものなので、正確性が乏しくなってしまうでしょう。
このように、時間が経過すると証拠集めがむずかしくなることがわかります。
権利を行使しようとしなかったため
いくら正当な権利を持つ人でも、必要な対応をとらず放置し続けたのであれば、その権利を失ってもやむを得ないだろうと考えられています。
医療訴訟の時効が近づいた時の対処法
何も対応をとらなければ時効期間は進んでいってしまいますが、時効を延長させるための対処法が存在します。時効の「完成猶予」と「更新」です。
時効を延長させれば、その間に損害賠償請求をすることが可能になります。
ここからは、時効を延長させるための「完成猶予」と「更新」をおこなうにはどのような方法があるのか主な対処法を5つ紹介します。
(1)医療訴訟を提起する
医療訴訟とは、医療ミスにまつわる民事上の争いごとについて解決を図るために、裁判所が判決を出す方法です。
医療ミスを裁判で争うために民事訴訟を提起すると、訴訟が終了するまで時効の完成は猶予されることになります。また、判決の確定や裁判上の和解成立によって訴訟が終了すると、その時点で時効が更新されます。
時効の完成猶予 | 訴訟の提起 |
時効の更新 | 判決の確定、裁判上の和解成立 |
つまり、医療訴訟を提起すると自動的に時効が延長されるのです。
医療訴訟の詳細な流れや裁判費用の目安は、関連記事『医療訴訟とは?医療ミス(医療過誤)の裁判の流れと弁護士に依頼するメリット』をご確認ください。
(2)医療機関側に対して強制執行の申し立てをおこなう
強制執行とは、医療機関側の財産を差し押さえて、差し押さえた財産から強制的に損害賠償金を支払わせる方法です。
医療機関側に対する強制執行の申し立てをおこなうと、申し立て手続きが終了するまで時効の完成は猶予されることになります。また、強制執行が終了すると、その時点で時効が更新されます。
時効の完成猶予 | 強制執行の申し立て |
時効の更新 | 強制執行 |
つまり、強制執行の申し立てをおこなうと自動的に時効が延長されるのです。
(3)医療機関側に対して催告する
催告とは、医療機関側に対して、損害賠償を請求している旨を示すことです。
医療機関側に内容証明郵便などを送付して催告することで、時効の完成が6ヶ月間猶予されることになります。
時効の完成が6ヶ月猶予されるにとどまるので、訴訟を検討しているものの準備段階で時効が成立してしまいそうなときに催告は有効です。
猶予期間の6ヶ月以内に訴訟を提起すれば、訴訟が終了するまで時効の完成は猶予されることになりますし、訴訟が終了するとその時点で時効が更新されることになります。
(4)医療機関側から協議をおこなう旨の合意を得る
協議をおこなう旨の合意を得るとは、医療機関側に損害賠償について話し合おうと持ち掛け、話し合いに応じてもらうことです。
医療機関側から協議をおこなう旨の合意を得ることで、合意を得た時点で時効の完成が猶予されます。協議をおこなう旨の合意によって時効の完成が猶予される期間は、以下のうちいずれか早い時です。
- 合意を得た時から1年
- 当事者間で定めた期間(1年以内に限る)
- 当事者の一方が協議の続行を拒絶する旨の通知を書面でしてから6ヶ月
上記の期間が到来する前に、再度当事者間で協議をおこなう旨の合意を書面で行えば時効の完成を更に伸ばすことも可能です。しかし、時効の完成を伸ばすのが認められるのは、本来であれば時効の完成猶予がなかった場合の時効完成日から5年が上限となっているので注意しましょう。
また、たとえ2020年3月31日以前の日付で協議の合意書面をとっていても、時効の完成猶予の効果は得られません。2020年4月1日以降の日付で協議の合意書面をとりなおしておく必要がある点にも注意してください。
(5)医療機関側から承認を得る
承認を得るとは、医療機関側に損害賠償請求を支払う責任があると認めてもらうことです。
医療機関側から承認を得ることで、承認を得た時点で時効が更新されます。
承認を得たことを証明する方法や形式に決まったルールはありません。ただし、以下のような行動を医療機関がとれば、承認を得たといえます。
- 損害賠償金を承認する旨を書面に記している
- 損害賠償金の一部を被害者に支払っている
- 示談金額を提示している
医療訴訟の時効に関する不安をお持ちの方へ
医療訴訟を検討していても、時効などに不安があるという方は弁護士相談がおすすめです。また、弁護士に相談することで、医療訴訟以外に示談や調停といった方法による損害賠償請求があることも知れるでしょう。
医療訴訟の時効は柔軟に判断されることもある
医療訴訟に関する時効期間と時効がはじまる起算点については先述した通りですが、医療事故の事案によって時効は柔軟に判断される場合があります。医療事故という事案の特殊性から、時効は通常の場合と違う配慮がなされることがあるのです。
ご自身では「大昔のことだから時効が成立してしまっているだろう」と感じたとしても、法律の専門家に判断を仰いでみることをおすすめします。
医療事故について弁護士に相談や依頼すべき理由やメリットについては、こちらの関連記事『医療ミスの示談・訴訟に強い弁護士に相談|医療事故は弁護士選びが重要』で詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
医療訴訟以外にも解決方法があるのか弁護士に相談しよう
医療訴訟を検討している方は、まず法律の専門家である弁護士に相談してみてください。相談することで、医療訴訟に適した事案かどうか、時効が成立する前の事案かどうかなどについてお話しすることができるでしょう。
医療訴訟は時間・費用・手間が膨大にかかりますが、医療事故を解決するためには、訴訟以外にも示談や調停といった解決方法があります。
ご自身がお悩みの事案ではどのような方法をとるのが最適なのか、弁護士からアドバイスがもらえるでしょう。
お一人で医療機関側と対応していくのは不安が大きいはずです。弁護士に悩みを話してみましょう。
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アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了