特養での死亡事故|介護施設や職員に責任を追及できるのか?
更新日:
特別養護老人ホームとは、要介護状態の高齢者が入居できる施設で、社会福祉法人や地方自治体が運営しています。「特養」と呼ばれておりますので、この記事でも特養と記載します。
特養に入所している方は、日常生活における基本的な動作ができないことも多く、思いがけない事故や怪我が発生することもあるでしょう。
本記事では、特養での事故のうち、特に死亡事故についてどのような法律の定めになっているのか、どのような裁判例があるのかなど解説いたします。この記事がお役に立てば幸いです。
目次
特養での死亡事故の責任は?
特養内で死亡事故が起こってしまった場合、いかなる事故の責任を介護施設や職員に対して問うことができるのでしょうか。
ここでは、介護施設や職員の責任について解説します。
職員が負う責任
特養の介護職員の故意や過失にもとづく行為により入居者が死亡した場合には、介護職員は、民法上、損害賠償責任を負うことになります。
また、特養の介護職員が過失により入居者を死亡させてしまった場合には、刑事上の責任として、業務上過失致死罪(刑法211条)に問われる可能性もあります。
2013年に長野県の特養で准看護師が配ったドーナツを食べて入所者が死亡した刑事事件では、准看護師の注意義務違反にもとづく過失の有無が争点となりました。
この裁判の1審では有罪判決が出ておりましたが、2020年7月の控訴審では無罪判決になりました。注意義務違反があるかは、事故が起こることの予見可能性や結果回避可能性があることが前提となります。
特に事故が予見できたかどうかは、事案に沿って個別具体的に検討をする必要があり、裁判所も踏まえてむずかしい判断が迫られることになるでしょう。
一方で、事故があった場合に刑事上の責任が問われる可能性があることから、介護の現場では萎縮するとの批判の声も介護職員から上げられているようです。
介護施設が負う責任
介護施設には、施設契約に付随する義務として、施設入所者に対して安全配慮義務があると考えられております。
そのため、介護施設は可能な限り事故が起こらないような防止措置を取る必要があり、仮に事故が起こってしまったのであれば速やかに治療を行うなど行わなければなりません。
このような安全配慮義務に違反した場合は、介護施設は債務不履行として損害賠償責任を負います(民法415条)。
また、介護施設は行政上の責任を負う可能性もあります。介護施設は、介護保険法上、介護事業者の「指定」を受けているところ(介護保険法70条)、適切な運営を行っていない場合、行政機関から指導・勧告・公表・命令・指定の取り消しなどの処分を受ける可能性があるのです。
死亡事故においてどのような請求が可能となるのかについては『介護事故で家族が死亡|損害賠償請求するときの法的根拠を解説』の記事をご覧ください。
事故報告書の提出が義務付けられている
介護施設内で死亡事故などの重大な事故が発生した場合は、介護施設は速やかに市町村に「事故報告書」を提出しなければなりません。
また、市町村や都道県知事は、介護施設に対して文書等の提出を求めたり、事故の内容等を詳しく質問することが出来ます(介護保険法23条、介護保険法24条)。
事故報告書の内容は介護職員や介護施設が責任を負うかどうかの判断において重要な証拠となるので、報告内容をしっかりと把握すべきでしょう。
特養における死亡事故の賠償金事例
次に、特養で転倒した際に急性硬膜下出血を発症し、死亡した大阪地判平成29年2月2日の裁判例を紹介します。この裁判例では、施設側の過失を認め、慰謝料として約1300万円の支払いが認められました。
事案の概要
Aは、Yが経営する特養に入所しており、深夜にトイレに行こうとしたところ、転倒し、急性硬膜下出血を発症しました。Aは、その後、急性硬膜下出血を原因として呼吸不全により死亡をしております。
Aの相続人は、Yの職員が転倒防止措置を実施しなかったことに安全配慮義務違反にもとづく過失があると主張し、訴訟を提起しました。
一方で、Yからは、「職員はAに対して一人でトイレに行かずナースコールで職員を呼ぶように再三注意を行っていた」と主張して、過失がないと反論しました。
本事案における争点
本件では、介護事業者であるYに安全配慮義務違反にもとづく過失が認められるのかが問題となりました。
安全配慮義務違反の判断は、「事故の予見可能性」と「事故の発生という結果を回避する義務を尽くしていたのか」という点から行われます。
そこで、本件においては、「Yの職員がAの事故を予見できたか」、「Yがその事故を防ぐために適切な対策を行っていたのか」という2点が争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、「Yの職員がAの事故を予見できたか」の点に関し、Aがパーキンソン症候群等の影響で、歩行時にふらつきによる転倒の危険が高いものであったこと、本件事故の少し前にもトイレに行こうとして転倒していたこと、今までもナースコールで職員を呼ぶように注意されていたものの、その注意を聞き入れることが無かったことからすれば、Yには、Aが一人でトイレに行こうとして、その際に転倒する危険性が高いことは予見できたと判断をしました。
また、「その事故を防ぐことができたのか」の点に関しては、Yが高齢者向けの介護事業を営む事業者であることからすれば、本件事故の当時、ナースコールを自ら押そうとしない利用者に対して、離床センサーを設置することが有効であることを認識していたと認定されました。
その上で、離床センサーを設置していないことからすれば安全配慮義務を尽くしていないとして施設の過失を認めたのです。
なお、離床センサーの設置をつけるべきであったという判断は、この判例の他にも京都地判平成24年7月11日でも述べられております。
裁判所では、以上の2点を中心に判断をし、施設に損害賠償責任を認定しました。
特養で死亡事故が生じたら弁護士に相談をしよう
特養での介護事故が発生したら、弁護士への相談をおすすめします。早期に相談をすることにより、証拠の保全、介護施設側との交渉、訴訟提起まで一貫して依頼をすることが可能です。
特に死亡事故など重大な事故が生じてしまった場合は、法律の専門家である弁護士へ相談するメリットは大きいでしょう。
ここでは、弁護士に依頼するメリットについて解説をします。
証拠隠滅の危険性に対応してもらえる
介護事故が起こってしまった場合、介護施設側は施設利用者の家族に対して適切に説明をする義務を負います。
また、介護利用者の家族は、介護施設に対して介護記録等の書類を開示するように求めることが可能であり、介護施設はそれに応じなければなりません。
しかし、悪質な介護施設では証拠の内容を改ざんするなどの行為をしてくる危険性があります。
介護施設側の対応に違和感を覚えた場合は、証拠保全手続(民訴法234条)を行うことが考えられるでしょう。証拠保全とは、裁判官等が施設を訪れ、介護記録などの情報を確認して記録に残しておく手続きの事を指します。
専門家である弁護士であれば、証拠保全手続きを含めて、証拠を揃えるための適切な行為を行ってくれるでしょう。
介護施設側が介護記録の証拠を出そうとしなかったり、介護記録の内容が不自然であると感じた場合には、速やかに弁護士に相談することをおすすめします。
介護施設との交渉を行ってもらえる
介護施設で死亡事故が発生してしまった場合、ご家族は葬儀の準備など、介護施設との対応に時間を取ることはむずかしいかもしれません。一方で、前述したとおり、証拠保全等の関係では早期に交渉や申立を行う必要があります。
そのため、弁護士に依頼しておくと、代理人として代わりに介護施設との交渉を行ってくれます。
専門家による交渉のため、手続きを安心して任せることができます。
弁護士への依頼を行うことで負担が軽くなるので、死亡事故発生後はなるべく早い段階で弁護士への依頼を行うべきでしょう。
死亡事故が裁判に発展しても安心
介護施設で事故が発生した場合に、介護利用者の家族が請求した損害賠償額をすべて介護施設が支払うとは限りません。
事故の発生に関して、介護利用者の過失行為が存在する場合には、介護利用者の過失の割合に応じて損害賠償額は減額となります。
特に、死亡事故のように金額が高額になっている場合は過失の有無だけで無く、損害賠償額でも折り合いが付かないこともありえるでしょう。
そういった場合には損害賠償額を裁判所で決めていくことになりますが、訴訟を提起する際には弁護士の存在が必須になってきます。弁護士を付けずに訴訟を行い、うまくいかずに本来得られた慰謝料を得られないということになると、大きな損失になる恐れがあるでしょう。
そのため、弁護士に依頼を行い、適切な訴訟手続きを行ってもらう必要があるのです。スムーズな訴訟提起を行ってもらうためには、なるべく訴訟を行う前から相談や依頼を行っておくことが望ましいといえます。
裁判手続きについては『介護事故の裁判|介護施設相手に訴訟する方法』の記事をご覧ください。
以上のようなメリットがありますので、介護施設で死亡事故が起こった場合は弁護士への早期相談を行いましょう。
アトム法律事務所では、介護施設で発生した死亡事故に関する無料の法律相談を行っています。
一度弁護士に相談を行い、依頼することが適切かどうかを無料で判断できるため、気軽にご連絡ください。
無料法律相談ご希望される方はこちら
アトム法律事務所 岡野武志弁護士
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了