生前贈与後に相続放棄は可能?持ち戻し・詐害行為・7年ルールなどを解説

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「生前贈与を受けていたら、相続放棄できないの?」「相続放棄したら、もらった財産を返さないといけないの?」

親や祖父母から生前に土地や現金を受け取っていた場合、相続放棄を検討すると、こんな不安が頭をよぎるのではないでしょうか。

結論からお伝えすると、生前贈与を受けていても、原則として相続放棄は可能です。また、相続放棄をしたからといって、受け取った贈与財産を返還する義務は生じません。

ただし、いくつかの重要な例外や注意点があります。この記事では、生前贈与と相続放棄の関係を、法律上の効果と税務上の効果に分けて、わかりやすく解説します。

※本記事の情報は2026年3月時点の税制をもとに作成しています。税法は改正される場合があるため、実際の申告にあたっては税理士などの専門家にご相談ください。

相続放棄の基本をおさらい

はじめに、相続放棄の基本的な仕組みを確認しておきましょう。

相続放棄とは、被相続人(亡くなった方)の財産上の権利と義務のすべてを受け継がないという意思表示です。家庭裁判所への申請によって行います。

相続放棄でなくなるもの・なくならないもの

項目相続放棄後の扱い
被相続人のプラスの財産(預金・不動産など)相続しない
被相続人のマイナスの財産(借金・債務)引き継がない
相続放棄前に受け取った生前贈与原則そのまま保持できる

相続放棄を選ぶ理由の多くは、借金などの債務超過を避けるためです。

そのために、被相続人が有していた財産も相続しないこととなります。

しかし、すでに受け取っている生前贈与がある場合、「それも返さなければならないのでは」と心配になる方は多いでしょう。

相続放棄の手続きについて知りたい方は『自分で相続放棄の手続きをする方法|放棄すべきケースや注意点も解説』の記事をご覧ください。

相続放棄をしても生前贈与は返還しなくてよい

相続放棄をしても、生前贈与で受け取った財産を返す義務は、原則として生じません。

なぜなら、生前贈与はすでに被相続人が存命中に贈与者(あげた側)と受贈者(もらった側)の間で契約が完了した法律行為だからです。

被相続人が亡くなったことや、相続人が相続放棄を選んだことは、原則として過去の贈与契約の効力には影響しません。

相続によって受け継ぐのはあくまで「相続開始時点で被相続人が持っていた財産や債務」です。生前贈与はすでに被相続人の手を離れているため、相続財産の範囲には含まれていません。

相続放棄をすると持戻しも不要

持ち戻しとは何か

民法では、相続人が被相続人から特別の利益(特別受益)を受けていた場合、相続分を計算するときに「その分を相続財産に組み戻す」ルールがあります。これを持ち戻しと呼びます。

たとえば、長男だけが生前に1,000万円の贈与を受けていた場合、遺産分割の際にその1,000万円を考慮して、他の相続人との公平を図る、という考え方です。

相続放棄をした場合、持ち戻し計算は適用されない

相続放棄をした人には、持ち戻し(特別受益)の計算が適用されません。

持ち戻しは、あくまでも「相続人として遺産を受け取る立場にある人たちの間」での公平を図るためのルールのためです。

相続放棄をした人は法律上「最初から相続人ではなかった」とみなされるため、持ち戻しの計算対象から外れます。

ケース持ち戻し(特別受益)の適用
相続放棄をしなかった場合適用される(可能性あり)
相続放棄をした場合適用されない

ただし、被相続人があらかじめ「持ち戻しを免除する」と意思表示していた場合や、贈与の内容によっては特別受益に該当しないケースもあります。詳細は専門家にご確認ください。

相続放棄を行う際の注意点|期間と単純承認

相続放棄を行える期間

相続放棄の申述は、相続の開始を知った日から3カ月以内に行う必要があります。

期間が経過するとすべての財産の相続を承認したとみなされるので(単純承認)、被相続人が負っている負債も含めて相続することになるのです。

期間経過前に単純承認とならないように注意

相続の開始を知った日から3カ月を経過していない期間であっても、相続人が相続財産を処分した場合には、単純承認したとみなされ、相続放棄ができなくなります。

具体的には、預貯金の解約・不動産の名義変更・生活費のために財産を一部消費したといった行為があれば、単純承認が認められるのです。

生前贈与後に相続放棄する場合の注意点

生前贈与が詐害行為として取り消されるリスク

被相続人が債権者を害するような財産状況で、財産隠しや借金逃れを目的として特定の人物に生前贈与をしていた場合、その贈与は詐害行為として取り消される可能性があります。

被相続人の財産が少ないのにもかかわらず、残りの財産の全部やほとんどを贈与してしまうと、債権者(お金を貸していた側)は返済を受けられなくなってしまうでしょう。

そこで民法では、債権者がその贈与行為の取消しと原状回復(贈与した財産を贈与者に戻す等)を求められるという制度を設けています。これが詐害行為取消権です。

第四百二十四条 債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者(以下この款において「受益者」という。)がその行為の時において債権者を害することを知らなかったときは、この限りでない。

民法424条1項

たとえば次のようなケースは注意が必要です。

  • 被相続人が多額の借金を抱えている状態で、特定の相続人に不動産を贈与した
  • 債権者への返済を回避するため、意図的に生前贈与で財産を移転した

このようなケースで、贈与を受けたものが債権者を害するために贈与を行ったことを知っている場合には、生前贈与行為が詐害行為取消請求の対象になるおそれがあります。

なお、相続放棄行為自体は詐害行為取消権の対象とはならないので、相続放棄については有効なままです。

詐害行為取消のリスクについては、弁護士への個別相談をおすすめします。状況によっては早期の対処が重要になります。

遺留分侵害額請求の対象となる

生前贈与がなされていると、他の相続人による遺留分侵害額請求により、侵害分について相続人に支払いを行う可能性があります。

遺留分とは兄弟姉妹以外の相続人が最低限取得できる権利であり、自身に認められている遺留分を確保できるよう、侵害された分の金額を支払うよう請求することが可能です。

この請求の対象には、相続開始前1年以内の贈与に加え、相続人に対する過去10年以内に、婚姻若しくは養子縁組のため、または生計の資本としてなされた贈与(特別受益にあたる贈与)が含まれます(民法1044条3項)。

贈与を受けていない親族がこの制度を利用すれば、本来の遺産に加えて贈与分も一部受け取れるため、あらかじめこうした返還リスクを十分に考慮して対策を講じる必要があります。

相続放棄をしても相続税が課税されるケース

相続放棄を行ったとしても、以下のようなケースでは相続税が課される可能性があります。

  • 相続時精算課税制度を利用した生前贈与を受けた
  • 相続人が死亡保険金を受け取っている

相続時精算課税制度により生前贈与を受けた

相続時精算課税制度とは、贈与税の負担を抑えつつ贈与を行い、相続発生時に贈与財産を相続財産に合算して相続税を計算する制度です。

具体的には、令和6年1月1日以後の贈与については、年110万円の基礎控除を差し引いた後、その超過分の累計に対して2,500万円の特別控除を適用し、それでも超過する部分に一律20%の贈与税が課されます(令和5年12月31日以前の贈与には110万円の基礎控除はありません)。

なお、年110万円の基礎控除の範囲内の贈与は、相続時の課税価格にも加算されません。

そして、相続時精算課税制度を利用して贈与を受けた人が相続放棄をした場合、相続時精算課税で受けた贈与は相続税法の規定(第21条の15・第21条の16)により、相続税の計算対象となります。

そのため、相続税が課される可能性があるのです。

この点は多くの方が見落としやすい落とし穴です。相続時精算課税制度を使っていて相続放棄を検討している場合は、必ず税理士に相談することをおすすめします。

相続時精算課税制度の利用要件やリスクなどを詳しく知りたい方は『相続時精算課税制度をわかりやすく解説!改正の変更点などもわかる』の記事をご覧ください。

相続人が死亡保険金を受け取っている

死亡保険金を受け取ると、相続放棄をした後でも相続税がかかる可能性があります。

死亡保険金は相続財産ではありませんが、被相続人の死亡により受け取る財産のため「みなし相続財産」と呼ばれ、相続税の課税対象として扱われるためです。

相続放棄した方でも相続財産ではないため受け取り自体は可能ですが、相続税が課される可能性があります。

このようなケースでは、相続放棄をした方は死亡保険金の非課税枠(500万円×法定相続人の数)を自身には適用できない点に注意が必要です。

なお、非課税限度額の計算の基礎となる「法定相続人の数」には相続放棄をした方も含めてカウントするため、他の相続人の非課税枠には影響しません。

死亡保険金の税法上の扱いについて詳しく知りたい方は『死亡保険金に相続税はかかる?生命保険の控除・税金の計算・申告をわかりやすく解説』の記事をご覧ください。

死亡する3~7年以内に生前贈与がある場合の計算に注意

相続人に通常の生前贈与(いわゆる暦年贈与)を行ってから一定期間内に贈与者が亡くなった場合、生前贈与された財産が相続財産に加算されるため、相続税の計算の際に注意が必要です。

ただし、相続放棄を行った相続人に対してなされた贈与は、相続人への贈与といえないため原則として加算の対象外となります。

対象となるには、相続放棄をしたものの、死亡保険金などのみなし相続財産を受け取ったり、遺言により遺贈を受けたといった場合です。

令和5年度(2023年)の税制改正により、加算の対象となる期間が相続開始前3年以内の贈与から7年以内に順次拡大されています。

  • 令和5年12月31日以前の贈与: 従来どおり、相続開始前3年以内の贈与が加算対象
  • 令和6年1月1日以降の贈与: 加算対象期間が段階的に最長7年へ延長されるルールが順次適用
贈与者の死亡時期加算の対象期間
〜2026年12月31日死亡前3年以内
2027年1月1日〜2030年12月31日2024年1月1日〜死亡日(段階的に延長)
2031年1月1日〜死亡前7年以内(フル適用)

なお、延長された期間(相続開始前3年超7年以内)に受けた贈与財産の価額の合計額から、総額100万円を差し引いた残額が相続税の課税価格に加算される緩和措置があります(相続財産そのものから控除するのではありません)。

生前贈与の加算のルールや改正による影響などについては『暦年贈与と7年ルールを解説|持ち戻し期間の改正・適用時期・緩和措置まで』の記事で詳しく知ることが可能です。

相続放棄した場合における具体的な計算例

以下のような事情を前提として相続税の計算を行います。

  • 法定相続人は子供3人
  • 基礎控除額は4800万円(3000万円+600万円×3人)
  • 他の相続財産額が4000万円

相続時精算課税制度により贈与を受けた相続人のみが相続放棄をした

相続時精算課税制度により令和6年に3,000万円の贈与を受け、贈与を受けた相続人のみが相続放棄を行った場合の相続税の計算は、以下の通りです。

2,890万円(3,000万円-110万円)+4,000万円-4800万円=2,090万円

2,090万円に対して課された相続税について、相続放棄をしても支払いが必要となります。

※この例は令和6年1月1日以後に贈与を受けた場合を前提としています。令和5年12月31日以前の贈与の場合は基礎控除110万円の控除はなく、3,000万円全額が相続税の課税価格に加算される点にご注意ください。」という注記を追加する。

死亡保険金を受けた相続人のみが相続放棄をした

死亡保険金として1,000万円を受け取った相続人が相続放棄をした場合の相続税の計算は、以下の通りです。

1,000万円+4,000万円-4,800万円=200万円

200万円に対して課された相続税について、支払いが必要になります。

生前贈与後の相続放棄に関係する疑問点

Q.相続人に債務を受け継がせない他の方法はある?

相続放棄以外にも、被相続人が債務整理を行う、または、相続人が限定承認を行うといった方法があります。

債務整理とは、減額や免除を行って借金である債務を整理することであり、主に以下の3つの方法があげられます。

  • 任意整理:債権者と交渉して債務を減額してもらいつつ返済を行う
  • 個人再生:裁判所を通じて債務を減額してもらいつつ返済を行う
  • 自己破産:裁判所を通じて返済が困難であると判断してもらい、債務の支払いを免除してもらう(免責手続き)

このような方法により、相続が生じる前に債務を片付けておきましょう。

どのような手段をとるのが望ましいのかについては、弁護士に相談することをおすすめします。

限定承認による方法

限定承認とは、相続の際にプラスの財産とマイナスの財産を明確にし、プラスの財産の方が多い場合には相続を行うという手続きです。

限定承認を行うためには、相続人全員(相続放棄をした相続人を除く)で裁判所に申立てを行う必要があります。

手続き自体が複雑なため、利用する場合は弁護士に相談すると良いでしょう。

Q.土地の生前贈与を受けて相続放棄する場合に注意すべきこととは?

土地などの不動産を生前贈与で受け取った場合、相続放棄との絡みでいくつか注意すべき点があります。

  • 登記は相続放棄の前に完了させておく
  • 土地の贈与税はすでに支払い済みか確認する
  • 詐害行為のリスク(不動産の場合は特に注意)

不動産の贈与を受けた場合、所有権移転登記を完了させていなければ、第三者に対して所有権を主張できません(民法177条)。登記が済んでいない状態では、相続関係人や債権者との紛争、二重譲渡のリスクなどが生じるおそれがあります。

また、土地を生前に贈与された場合、贈与時に贈与税を納めますが、相続放棄をしてもすでに支払った贈与税が還付されることは原則ありません。

そして、現金と比べて不動産は金額が大きく、債権者の目につきやすい財産です。被相続人が借金を抱えている状態での不動産の生前贈与は、詐害行為として取り消されるリスクが相対的に高まります。

相続放棄すべきか否か?生前贈与がある場合の判断ポイント

生前贈与を受けている状況で相続放棄を検討する場合、以下のポイントを整理してみましょう。

法律面の確認

  • [ ] 被相続人は借金(債務)を抱えていたか
  • [ ] 債権者を害する状況で生前贈与が行われていないか(詐害行為のリスク)
  • [ ] 生前贈与に関する契約書・登記などが整備されているか

税務面の確認

  • [ ] 受け取った贈与は暦年贈与か、相続時精算課税制度を利用した贈与か
  • [ ] 相続時精算課税を使っていた場合、相続放棄後の相続税負担を試算したか
  • [ ] 相続放棄しない場合の相続税総額と比較しているか

総合判断

  • [ ] 相続財産(プラスとマイナスの合計)と受け取り済みの生前贈与を比較したか
  • [ ] 相続放棄した場合の次順位相続人への影響を考慮したか

注意: 相続放棄は一度申請すると原則として取り消せません。生前贈与がある場合は特に、相続財産の全体像を把握した上で判断することが重要です。

生前贈与を受けつつ相続放棄するなら事前の相談を

生前贈与と相続放棄の組み合わせは、民法上のルールと税法上のルールが複雑に絡み合います。

特に相続時精算課税制度を利用している場合や、被相続人に借金がある場合は、思わぬリスクが潜んでいることがあります。

生前贈与自体が取り消されてしまったり、想定外の相続税が生じてしまうといったリスクを防ぐためには、弁護士や税理士などの専門家に事前の相談を行うべきでしょう。

専門家に相談することで、生前贈与や相続放棄により生じるリスクを知ることができ、事前の対策が可能となります。

高部孝之税理士

監修者


高部孝之税理士事務所

税理士高部孝之

2019年税理士試験合格 2020年税理士登録
都内大手税理士法人にて約13年間勤務。資産税部門の責任者などを経て、2024年に独立し浅草にて資産税を強みとする税理士事務所を開業。
専門用語を用いず、平易な言葉で説明することを大切にしており、お客様が親しみやすく相談しやすい税理士を理想としています。

保有資格

税理士・FP技能士1級・相続診断士

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