労災事故の慰謝料は会社に請求できる?労災保険と慰謝料の違い
労災事故が起きた際は、労災保険が適用されることが一般的です。
しかし、労災保険は治療費や入院費、休業補償金は支給されるものの、精神的な苦痛を受けたことに対する慰謝料までは支給されません。
そのため、慰謝料を請求したい場合は、労災保険の申請手続きとは別に、会社などに労災の慰謝料を請求することが必要になります。
今回の記事では、労災事故における慰謝料の種類や慰謝料相場、請求可能となる要件について詳しく解説します。
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目次
労災保険の保険給付の種類|慰謝料は対象外
労災保険の保険給付の種類とは
まず、労災事故が起きたとき、労災保険で受け取れる保険給付は以下の8種類です。
労災保険で受け取れる保険給付の種類
- 療養(補償)給付
- 休業(補償)給付
- 障害(補償)給付
- 遺族(補償)給付
- 葬祭料・葬祭給付
- 傷病(補償)年金
- 介護(補償)給付
- 二次健康診断等給付
※業務災害の場合は、補償給付・補償年金という名称となる
労災保険では、労働災害の状況に応じて、さまざまな給付が用意されています。ケガをした場合には療養補償給付、労災で仕事を休む必要が生じた場合には休業補償給付といった具合で給付が行われます。
慰謝料との違いを明確にするためにも、それぞれ簡単に見ていきましょう。
(1)療養(補償)給付
「療養補償給付」は、業務災害・通勤災害による傷病により療養するときや、労災病院、労災保険指定医療機関などで療養を受けるときにもらえる給付金です。
療養補償給付は、治療のために必要となる費用と同額です。
(2)休業(補償)給付
「休業補償給付」は、労働災害による傷病の療養のために働くことができず、賃金を受けることができない場合に受けることができる給付金です。
休業補償給付の金額としては、休業1日につき給付基礎日額(平均賃金)の60%相当額について支給されます。
給付基礎日額(平均賃金)の計算方法
給付基礎日額(平均賃金)=災害発生日以前の3か月間の賃金総額÷災害発生日以前の3か月間の日数
休業補償給付はケガなどで療養を開始した4日目から支給されます。
また、休業補償給付に加え、休業特別支給金を受給することもできます。休業特別支給金は給付基礎日額の20%です。
つまり、労災で休業した場合は、休業補償給付と休業特別支給金併せて、休業していなければ得られた給与の約80%が支払われます。
(3)障害(補償)給付
「障害補償給付」は、労働災害によって障害が残ったときに受けられる給付金です。障害補償給付は、障害補償年金と障害補償一時金に分けられます。
障害補償年金は、労働災害によって障害等級第1級から第7級までに該当する障害が残ったときに受けることができる給付金となります。
一方、障害補償一時金は、労働災害によって障害等級第8級から第14級までに該当する障害が残ったときに受けることができる給付金となります。
(4)遺族(補償)給付
「遺族補償給付」は、労働災害によって労働者が死亡したときに、遺族等が受けられる給付金です。
遺族補償給付は、遺族補償年金と遺族補償一時金に分けられます。
遺族補償年金とは、労働災害によって労働者が死亡した場合に遺族が受け取ることができる給付金となります。
遺族補償一時金とは、「遺族補償年金を受け取る遺族がいないとき」もしくは「遺族補償年金を受けている人が失権し、しかも他に遺族補償年金を受け取ることができる人がいないとき、かつ、すでに支給された年金の合計額が給付基礎日額1000日分に満たないとき」に支給されるものです。
(5)葬祭料・葬祭給付
「葬祭料・葬祭給付」は、労働災害により死亡した人の葬祭(葬儀など)を行う場合に給付されます。
支給金額は、31万5000円に給付基礎日額の30日分を加えた額、または、給付基礎日額の60日分の高い方の金額です。
(6)傷病(補償)年金
「傷病補償年金」は、労働災害によって負った傷病が、療養開始後1年6か月以降も「傷病が治癒または症状固定していない場合」かつ「症状による障害の程度が傷病等級に該当する場合」に受けることができる給付金です。
(7)介護(補償)給付
「介護補償給付」は、労働災害によって重い障害を負ってしまった方に支給される給付金です。具体的な条件は下記の2点を満たすことです。
介護保障給付を受けられる要件
- 傷病補償年金または障害補償年金受給者
- 精神、神経、胸腹部臓器機能の著しい障害がある者で常に、または、随時介護を受けている者
(8)二次健康診断等給付
事業主が行った直近の定期健康診断等(一時健康診断)において、以下のいずれにも該当する場合には二次健康診断等給付を受け取ることができます。
二次健康診断等給付を受けられる要件
- 血圧検査、血中資質検査、血糖検査、腹囲またはBMI(肥満度)の測定のすべての検査において異常の所見があると診断された場合
- 脳血管疾患または心臓疾患の症状を有していないと認められた場合
二次健康診断等給付は、具体的な金銭が給付されるわけではありませんが、脳血管や心臓の状態を把握するための必要な検査や特定保健指導が受けられます。
労災保険で慰謝料は請求できない
労災保険で慰謝料は請求できません。労災保険は、あくまで治療のためにかかった費用や、労災の不利益を穴埋めするためのものです。
慰謝料を請求したい場合は、労災保険とは別に、会社などに労災により生じた慰謝料を請求することが必要になります。
労災保険の補償と慰謝料は併せて請求できる?
労災保険の補償金と慰謝料は、併せて請求することができます。
慰謝料とは、被害者の精神的苦痛に対して支払われる金銭であるため、労災保険の対象となる治療費用や休業に対する補償とは別個の請求といえるためです。
ただし、慰謝料以外の請求を行う際に、同じ内容の補償金を労災保険と会社の両方から受け取ることはできません。
たとえば、労災保険から治療費として療養補償給付金を受け取っている状態で会社に治療費を請求しても、両方を受け取ることはできないということです。
労災事故が起きた場合は、労災認定を受けた後、労災保険からの給付で治療などを行うことが一般的です。そのうえで、労災保険からの給付では不十分な部分を会社に慰謝料として請求していくことが良いでしょう。
労災の慰謝料は3種類|慰謝料の相場
入通院慰謝料(傷害慰謝料)
入通院慰謝料とは、入院や治療のための通院で生じる精神的苦痛に対して支払われる慰謝料のことです。
慰謝料の金額は、原則として入院期間と通院期間をもとに計算されます。金額は事故の状況や、ケガの治療期間などによって異なります。
後遺障害慰謝料
治療を行っても完治せず、残った障害については「後遺障害慰謝料」を請求をすることが可能です。
後遺障害慰謝料を請求するには、労災保険において後遺障害の認定を受ける必要があります。
後遺障害は、障害の程度に応じて第1級~14級の等級が認定され、等級に応じた後遺障害慰謝料が支払われることとなるでしょう。
後遺障害等級ごとの相場は以下の通りです。
後遺障害慰謝料の相場
1級:2800万円 2級:2400万円
3級:2000万円 4級:1700万円
5級:1440万円 6級:1220万円
7級:1030万円 8級:830万円
9級:670万円 10級:530万円
11級:400万円 12級:280万円
13級:180万円 14級:110万円
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死亡慰謝料
死亡慰謝料とは、労働者が労災事故によって亡くなった際に支払われる慰謝料のことをいいます。
死亡慰謝料の相場は以下の通りです。
死亡慰謝料の相場
- 被災労働者が一家の支柱の場合:2800万円
- 被災労働者が母親、配偶者の場合:2500万円
- 被災労働者が独身の男女の場合:2000~2500万円
上記の通り、一家の家計を支える立場であるほど、死亡慰謝料は高くなる傾向があります。
どのような場合に労災事故の慰謝料を会社に請求できる?
労災事故が起きた際にどのような場合でも、被災した労働者は会社に慰謝料を請求することができるのかというと、実はそうではありません。
会社に労災事故による慰謝料を請求するには、以下の3つの要件のどれかに当てはまる必要があります。
- 会社に安全配慮義務違反がある
- 会社に使用者責任がある
- 会社に工作物責任がある
会社に安全配慮義務違反があるケース
会社には、労災事故を防ぐために安全装置の設置や指導を行い、労働者の安全への配慮をする義務があります(労働契約法5条)。
日ごろから施設の設備や備品の点検を怠っている職場環境では、安全配慮義務違反となる可能性が高いでしょう。
また、長時間の残業を強いられて、精神的また肉体的にも疲れが溜まって注意力が散漫となり起きた労災事故も安全配慮義務違反となる可能性が高いと言えます。
会社に使用者責任があるケース
他の労働者が原因で労災事故が起きた場合、会社は労働者が被った損害を原則として賠償する責任があります。これを使用者責任と言います(民法715条)。
たとえば、リフトカーで倉庫内のものを移動させていた労働者が、不注意によって他の労働者に衝突してケガをさせてしまった場合などがあげられます。
ケガをしてしまった労働者は、会社へ使用者責任を問うことが可能です。
このような他の労働者の過失によって起きた労災事故でケガや死亡した際は、会社へ使用者責任に基づく慰謝料請求ができます。
会社に工作物責任があるケース
会社内のエレベーターなどの施設や工事現場の足場の倒壊、土砂の崩落などによる労災事故でケガや死亡した場合も会社に対して慰謝料の請求が可能です。
民法717条により、会社は工作物責任を負うからです。
工作物責任とは、土地に接着して人工的に工作物を設置又は保存した際に、瑕疵があってそのせいで他者がケガなどをしてしまった場合に起こる工作物の占有者や所有者の責任をいいます。
瑕疵とは、簡単に言うと工作物が壊れてしまっているなどして、本来の安全性を欠いた状況のことです。
このような本来の安全性を欠いた工作物が原因で起きた労災事故は、工作物の占有者や所有者である会社に対して慰謝料の請求が可能となります。
労災事故の慰謝料請求を弁護士に相談するメリット
では、これらの要件のうち1つでも満たしている場合は、被災者本人がご自身で慰謝料を請求することは可能なのでしょうか。
また、弁護士に相談・依頼するとしたらどのようなメリットがあるのか確認しましょう。
安全配慮義務違反を立証する
会社に慰謝料を請求するには、安全配慮義務違反の有無を立証する必要があります。
使用者責任においても、事故を起こした労働者が負うべき注意義務の内容や注意義務違反の具体的な内容を立証していくことになります。
これらを被災された労働者の方が一人で証明するのは、不可能ではありませんが非常に困難であると言えるでしょう。
ましてや、悪質な会社であれば、「労災隠し」をしてくる場合もあります。
会社が労災の発生を労働基準監督署へ報告しなかったり、虚偽の報告を行ったりする可能性もゼロではありません。
弁護士に相談・依頼すれば、労働者の代理として、立証のための活動を行ってくれます。
弁護士が法的な観点から適切な立証を行うことで、慰謝料が請求できる可能性が高まるでしょう。
また、会社との直接の交渉などは、精神的な負担も大きいです。弁護士に交渉を任せることで、ご自身は治療に専念できる点も弁護士を依頼するメリットと言えるでしょう。
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適正な慰謝料額を請求できる
交渉なしに会社が適切な慰謝料額を支払うことは少ないと言えるでしょう。会社はできる限り、被災した労働者に対する慰謝料は少なくしたいと考えるのが通常です。
後遺障害が残った際や死亡した際のおおよその慰謝料額は上記しましたが、実際は労災事故の悪質性やその後の会社側の対応などで大きく慰謝料額が変わることも多いです。
そのため、労災事故における慰謝料の金額はケースバイケースで個別に考える必要があります。
労働トラブルを専門にした経験豊富な弁護士は、実際に相場として使われている計算方法や過去の類似例をもとに正確な慰謝料相場額の請求を行ってくれます。
また裁判になっても適切な慰謝料額の請求を行うことが可能です。裁判を視野に入れて会社との交渉を行ってもらえる点も弁護士に相談・依頼するメリットでしょう。
最初の相談は無料のところが多い
直接のメリットではないかもしれませんが、弁護士の法律相談は初回は無料で行っているところも多いです。
初回相談では、会社に慰謝料を請求できるかどうか相談し、今後の見通しを立てるのが良いでしょう。
また、完全成功報酬型を採用している弁護士事務所もあります。
そのような弁護士事務所は、着手金を一切とらないで和解や裁判で勝訴して得られた慰謝料の一部を成功報酬として得るため、慰謝料の請求が認められなかった場合、お金はかかりません。
ただし、通常の完全成功報酬型ではない弁護士事務所に比べて、解決したときの成果報酬は高めになっている場合が多いです。依頼するときのご事情に合わせて、弁護士事務所を選んでみましょう。
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まとめ
この記事では、労災事故による慰謝料は会社に請求できるのか詳しく解説しました。労災保険では慰謝料は支払われないため、慰謝料は会社などに請求する必要があります。
労災の慰謝料を請求したいとお考えの方や、慰謝料を請求できるのか分からないという方は、まず弁護士事務所に相談してみてはいかがでしょうか。
高校卒業後、日米でのフリーター生活を経て、旧司法試験(旧61期)に合格し、アトム法律事務所を創業。弁護士法人を全国展開、法人グループとしてIT企業を創業・経営を行う。
現在は「刑事事件」「交通事故」「事故慰謝料」などの弁護活動を行う傍ら、社会派YouTuberとしてニュースやトピックを弁護士視点で配信している。
保有資格
士業:弁護士(第二東京弁護士会所属:登録番号37890)、税理士
学位:Master of Law(LL.M. Programs)修了