M&Aで退職金はどうなる?事業譲渡や株式譲渡の役員退職金も解説
- M&Aで退職金はどうなる?
- M&A後、従業員の退職金を支払うのは買い手?
- M&Aにおける役員退職金スキームの活用法は?
M&Aをご検討中の経営者の方は、ご自身の役員退職金や、従業員の退職金に関心をお持ちの方も多いでしょう。
株式譲渡をおこなう場合、譲渡対価を退職金代わりにしようとお考えの方も多いかもしれませんが、役員退職金スキームを用いれば、手元により多くのお金を残せる可能性もあります。
この記事では、M&Aをおこなった場合に、誰が退職金を支払うのか、役員退職金スキームはどのようなものなのかについて解説しています。
是非さいごまでご覧ください。
目次
M&Aと退職金①事業譲渡の場合
従業員の退職金
事業譲渡によるM&Aの場合、譲渡対象となる事業に関連する従業員は、売り手側企業を退職し、買い手側企業へ移籍することになります。
そのため、退職金規定などがある場合、M&Aの時点で、退職金の支給が問題になります。
労働協約、就業規則、労働契約に退職金規定がある場合などは、従業員に対して退職金を支払う義務が発生するでしょう。
事業譲渡によるM&Aの場合、従業員の退職金の支給の流れについては、以下の2つのパターンが考えられます。
パターン1
- 事業譲渡のタイミングで、売り手側企業が退職金を支払う。
- 従業員が買い手側企業に移籍した後、その企業を退職する時に、その企業から退職金を支払う。
パターン2
- 事業譲渡のタイミングで、売り手側企業は、買い手側企業に退職金を引き継ぐ。
この時点では、売り手側企業からの退職金の支払いはない。 - 従業員が買い手側企業に移籍した後、その企業を退職する時に、その企業から「売り手側企業から引き継ぎをうけた退職金」と「買い手側企業での勤務に対応する退職金」をあわせて支払う。
なお、買い手側企業に移籍しない従業員については、依然として、売り手側企業の社員です。そのため、売り手側企業を退職しない限り、退職金の支給はありません。
また、事業承継にともない、みずから退職を選んだ社員については、退職金規定などの要件を満たす場合、その時点での雇用主から退職金を支給することになります。
たとえば、従業員が買い手側企業への移籍を拒否した後、配置転換となり、それが理由で自己都合退職するようなケースが考えられます。
このケースでは、売り手側企業が、退職金規定にしたがい退職金を支払うことになります。
社長・役員の役員退職金
事業譲渡をおこなう場合、会社の一部または全部の事業を売却したにとどまり、会社そのものは存続し、依然として経営権は現経営者の手に残ります。
そのため、現経営者の役員退職金は、事業譲渡のタイミングでは問題になりません。将来、会社の経営から退くタイミングで、売り手側企業が負担することになります。
社長以外の役員についても、売り手側企業に在籍し続けることがほとんどです。
事業譲渡にともない、売り手側企業を退職するようなケースでない限り、M&Aの時点では、役員退職金は問題にならないといえます。
事業譲渡と役員退職金
- 売り手側企業を退職する時に、売り手側企業から、役員退職金を支払う
M&Aと退職金②株式譲渡の場合
従業員の退職金
株式譲渡によるM&Aが行われた場合、会社の所有権や経営権が、買い手側にうつるだけです。
会社そのものは存続するため、従業員は、新しい経営者のもとで働くことが可能であり、会社が倒産したときのように、会社都合による退職という扱いにはなりません。
つまり、株式譲渡によるM&Aが実行されたタイミングでは、退職金は問題になりません。その後、新体制となった会社を退職する時が来たら、退職金の支給が問題となります。
退職金の支給内容については基本的には、売り手企業側の制度を、買い手企業側が引き継ぎます。
つまり、買い手側企業は、売り手側企業出身の従業員については、新たに合意を締結したりしない限り、売り手側企業で適用されるはずだった退職金制度にもとづいて、退職金を支払うことになります。
株式譲渡と従業員の退職金
- M&Aの実施後、従業員が新体制となった会社を退職する時に、退職金の支払いが問題となる
- 売り手側企業の制度にもとづいて、新しい経営者から退職金を支給する
ただし、買い手企業と新しい雇用契約を締結した場合などは、従前の労働条件とは変わってしまう可能性があります。
M&A成約後も従業員の安定した雇用維持を図るのであれば、その旨をM&Aの最終契約書に落とし込んでおく必要があるでしょう。
社長・役員の役員退職金
役員退職金をもらうための手続き
役員退職金は、定款または株主総会決議にもとづき支給されます。
ただし、役員退職金について定款規定を作っている会社は、あまり多くありません。
そのため、ほとんどの企業では、社長や役員が役員退職金を受け取るには、株主総会決議を経る必要があるといえます。
株主総会決議は、株式を譲り受けて新しく株主となった買い手側がおこなうことになります。
そのため、売り手側の経営陣の役員退職金の支給について、買い手側の協力を得る必要があります。
この場合、役員退職金スキームのメリットを、買い手側にも理解してもらう必要があるでしょう。
役員退職金スキームとは
「経営者をもうやめたい」と考えて株式譲渡によるM&Aをおこなう場合、現経営者は退任を予定していることでしょう。
退任するからには、役員退職金を手にしたいものです。
株式譲渡をおこなえば、その譲渡対価を手にすることができます。そのため、譲渡対価をそのまま退職金代わりにするのも良いでしょう。
しかし場合によっては、株式の譲渡対価の一部を、正式に「役員退職金」として受け取ることで、手取りを増やすことができます。
これが、いわゆる「役員退職金スキーム」と呼ばれるものです。
役員退職金スキームは、売り手側だけでなく、買い手側のメリットにもなります。
役員退職金スキームの特徴
- 売り手側のメリット
譲渡益の手取りを増やせる節税方法のひとつ。
株式譲渡の対価の一部を「役員退職金」とすることで、譲渡益にかかる税金が減る。
役員退職金は、退職所得の税制優遇を受けられる。 - 買い手側のメリット
役員退職金を支出することで、純資産が減少し、M&Aの対価をおさえることができる。
役員退職金を損益算入することで、利益が圧縮され、法人税の節税につながる。
役員退職金スキームは、株式譲渡の譲渡益の手取りを増やせる節税方法のひとつですが、注意点もあります。
役員退職金スキームの注意点としては、「すべてのケースにおいて、売り手にとって節税対策になるとは限らない」という点です。
役員退職金スキームを活用する場合は、よくシュミレーションをおこない、損をしないように注意を払う必要があります。
M&Aと役員退職金
退職金スキームを活用しない場合
ここでは、役員退職金スキームを活用しない場合と、活用した場合のシュミレーションをおこないます。
まずは役員退職金スキームを活用しない場合について、見ていきましょう。
事例1
- ある社長が資本金1000万円で会社を立ち上げた
- 勤続年数30年で、株式譲渡による会社売却をした
- 株式譲渡の対価は、5億円だった
- 株式譲渡にあたってM&A仲介会社を利用。手数料が2800万円かかった
- 役員退職金の支給はない
この場合、株式の譲渡所得にかかる税金(所得税・復興特別所得税)の税額は9835万5300円となります。
税金とM&A仲介手数料を差し引くと、手取りの金額は3億7814万4700円です。
計算結果
- 譲渡所得の金額
※譲渡対価-(取得費・資本金+株式譲渡の仲介手数料)=譲渡所得
・5億円-(1000万円+2800万円)=4億6200万円 - 税金(所得税・復興特別所得税)
※譲渡所得×20.315%=税金
・4億6200万円×20.315%=9385万5300円 - 手取りの金額
※株式譲渡の対価-(税金+手数料)=手取りの金額
・5億円-(9385万5300円+2800万円)=3億7814万4700円
役員退職金スキームを活用した場合
では今度は、株式譲渡の対価の一部を「役員退職金」として受け取る場合、税金や手取りの金額にどんな変化があるか見ていきましょう。
会社の資本金、社長の勤続年数、譲渡対象となる株式が5億円相当であること、M&A仲介手数料については、さきほどと同様の条件にします。
役員退職金についてはケースバイケースですが、今回は、最後に受け取った役員報酬の月額(最終報酬月額)が80万円だったと仮定して、功績倍率法にもとづき7200万円と仮定します。
事例2
- ある社長が資本金1000万円で会社を立ち上げた
- 勤続年数30年で、株式譲渡による会社売却をした
- 株式譲渡の対価は、当初5億円を想定。退職金スキームを活用し、一部を「役員退職金」として受け取ることになった
- 役員退職金は7200万円
※功績倍率法による役員退職金
最終報酬月額80万円×役員在任期間30年×功績倍率3倍
=役員退職金7200万円 - 株式譲渡にあたってM&A仲介会社を利用。手数料が2800万円かかった
この場合、株式の譲渡所得は4億2800万円となり、その税金(所得税・復興特別所得税)は7922万8500円になります。
計算結果①(株式譲渡の税金)
- 譲渡所得の金額
※5億円のうち、7200万円が役員退職金となるため、譲渡対価は4億2800万円となる。
※譲渡対価-(取得費・資本金+株式譲渡の仲介手数料)=譲渡所得
・4億2800万円-(1000万円+2800万円)=3億9000万円 - 税金(所得税・復興特別所得税)
※譲渡所得×20.315%=税金
・3.9億円×20.315%=7922万8500円 - 手取りの金額
※株式譲渡の対価-(税金+手数料)=手取りの金額
・4億2800万円-(7922万8500円+2800万円)=3億2077万1500円
役員退職金は7200万円ですが、退職所得控除額などの税制優遇を受けられるため、結果として課税される金額は2850万円になります。
この2850万円にかかる税金(所得税・復興特別所得税・住民税)は、1163万4684円となります。
計算結果②(役員退職金の税金)
- 役員退職金の金額
7200万円 - 退職所得控除額
800万円+70万円×(30年-20年)=1500万円 - 税金が課される所得金額
(7200万円-1500万円)×1/2=2850万円 - 退職所得の税金
860万4000円+18万684円+285万円=1163万4684円
▼税金の内訳
※所得税
(2850万円×40%-279万6000円)=860万4000円
※復興特別所得税
860万4000円×2.1%=18万684円
※住民税
2850万円×10%=285万円 - 手取りの金額
※役員退職金-税金=手取りの金額
・7200万円-1163万4684円=6036万5316円
株式譲渡による手取り額と、役員報酬金による手取り額を合計すると、手取りの金額は3億8113万6816円となります。
計算結果③(手取りの金額)
3億2077万1500円+6036万5316円=3億8113万6816円
役員退職金スキームを活用しなかった場合の手取り額は、3億7814万4700円でした。
一方、役員退職金スキームを活用した場合の手取り額は、3億8113万6816円でした。
両者を比べると、役員退職金スキームを活用したほうが、299万2116円多く手元にお金を残せることが分かります。
このケースでは、株式譲渡によるM&Aにともない、うまく役員退職金スキームを活用できているといえます。
役員退職金でよくある質問
Q.役員退職金の税制優遇って何ですか?
役員退職金を受け取る場合、所得税の対象となる退職所得の金額は、原則として以下のように計算します。
退職所得の場合、税金がかかる金額は、退職金として受け取った金額から、一定の控除額を差し引いた金額の半分になる点で税制優遇があるといわれています。
退職所得の金額
=(収入金額-退職所得控除額)÷1/2
国税庁 タックスアンサー(よくある税の質問)「 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」より引用。204.3.25現在の情報です。最新の情報についてはご自身でご確認ください。
Q2.退職所得の控除額について教えてください。
退職所得控除額は、勤続年数が20年以下の場合と、20年を超える場合で、計算方法が変わってきます。
勤続年数が20年以下の経営者の方の場合、原則として、40万円×勤続年数が退職所得控除額となります。
勤続年数が20年を超える場合は、800万円+70万円(勤続年数-20年)という計算式で、退職所得控除額を算出します。
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
---|---|
20年以下 | 40万円×A (80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 | 800万円+70万円× (A-20年) |
国税庁 タックスアンサー(よくある税の質問)「 No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」より引用。204.3.25現在の情報です。最新の情報についてはご自身でご確認ください。
たとえば勤続年数が15年3ヶ月の場合、端数は切り上げて、勤続年数16年として計算します。勤続16年の場合、退職所得控除額は460万円です(40万円×16年=460万円)。
勤続年数が21年の場合、870万円です(800万円+70万円×(21-20年)=870万円)。
Q3.役員退職金にかかる税率を教えてください
退職金にかかる税金については、以下のようなものになります。
表の見方としては、さきほどQ1で見たように「(収入金額-退職所得控除額)÷1/2」という計算式で算出した退職所得が「課税される退職所得金額」になります。
たとえば、課税される退職所得金額が195万円の場合、その5%を税金として納める必要があります。
課税される退職所得金額が330万円の場合なら、23万2500円が所得税となります(330万×10%-9万7500円=23万2500円)。
課税される退職 所得金額(円) | 税率 | 控除額 (円) |
---|---|---|
1,000~195万以下 | 5% | 0 |
195万~330万以下 | 10% | 97,500 |
330万~695万以下 | 20% | 427,500 |
695万~900万以下 | 23% | 636,000 |
900万~1800万以下 | 33% | 1,536,000 |
1800万~4000万以下 | 40% | 2,796,000 |
4000万~ | 45% | 4,796,000 |
国税庁 タックスアンサー(よくある税の質問) 「別紙 退職所得の源泉徴収税額の速算表」より引用。204.3.25現在の情報です。最新の情報についてはご自身でご確認ください。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
現在、株式譲渡によるM&Aや、事業譲渡をご検討中の経営者の方は、ご自身の役員退職金や、従業員の方の退職金について大きな関心をお持ちだと思います。
ご自身のケースで一番お得な退職金の受け取り方を検討するためにも、一度、M&Aの専門家に相談してみるのも良いでしょう。
M&Aの相談窓口については、「M&Aの相談窓口は?無料相談できる相手は?相談相手に依頼できる?」の記事をご覧ください。
また、M&A後のご自身の身の振り方については「会社売却後の人生はどうなる?会社売却で経営者・社員等のその後は?」の記事で解説しています。第二の人生の過ごし方について、是非ご参考になさってみてください。
皆様のM&Aが成功することを心より願っています。